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「はじまりのみち」(2013年日本映画)

2013年06月11日 | 映画の感想・批評
 「クレヨンしんちゃん」シリーズで斯界ではつとに有名な原恵一監督が初めて実写劇映画に挑戦した力作である。これは原監督にとっても“はじまりのみち”ではないか、と思いながら見た。
 冒頭で紹介されるように、映画の主人公である木下恵介は戦争中、奇しくも黒澤明とほぼ同時に監督に昇進し、処女作を撮る。東宝の黒澤は「姿三四郎」を、松竹の木下は「花咲く港」を撮り、ともに処女作がその後のふたりの対照的なテーマや作風を象徴している。そうして、この映画の主題でもある木下の第四作「陸軍」をめぐって、軍部の横槍により次回作がつぶされるという憂き目に会い、それを断腸の思いで伝達する城戸四郎(松竹大船撮影所長)とのやりとりがあって、木下は将来に絶望し撮影所を去る。
 「陸軍」は軍部プロバガンダを容易に想起させるタイトルにもかかわらず、本作でも引用される長いラストシーンで田中絹代扮する母親がわが子の出征する姿に思わず手を合わせて無事を祈る姿が軍国の母にあるまじき行為として当時軍部の批判を浴びたのである。いったいあの木下という新人は女々しいにもほどがあると、次回作の企画を中止させてしまった。
 木下は脳溢血で倒れた母を疎開させるためリアカーに乗せて、家財道具運びの便利屋を伴い、兄と四苦八苦して山を越え谷を越えて疎開先に向かう。その道中で便利屋から木下をその監督と知らずに「陸軍」という映画のラストに感動したという話を聞かされ、また母にお前の一生の仕事は映画監督だと諭され、再び撮影所に戻る決心をする。
 最後に、松竹での木下の代表作が次々に映し出されて、そのトリを「新・喜びも悲しみも幾年月」における母親(大原麗子)の台詞「戦場に行く船でなくてよかった」で締めくくるあたり、木下の厭戦思想は戦後も一貫している。戦争の否定は「女々しさ」を肯定するところから始まるのである。  (ken)

監督・脚本:原恵一
撮影:池内義浩
出演:加瀬亮、田中裕子、ユースケ・サンタマリア、濱田岳、大杉漣、斉木しげる