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「ベイビー・ブローカー」(2022年 韓国映画)

2022年07月06日 | 映画の感想・批評
 物語の始まりは雨。夜空にうかぶ教会の十字架の下、赤ちゃんポストの前の路上に赤ん坊を置き去りにする若い女性ソヨン(イ・ジウン)。「必ず迎えに来ます」と書いた手紙を添えて。その直後、車中からその様子を見ていた女性刑事スジン(ぺ・ドゥナ)が赤ん坊をポストに入れる。ポストがある施設で働くドンス(カン・ドンウォン)はこの赤ん坊をこっそり連れ去り、クリーニング店を営みながらも裏稼業はベイビーブローカーというサン匕ョク(ソン・ガンホ)の元へ。二人は裏稼業仲間である。翌日思い直して戻って来たソヨンと共に彼らは養父母探しの旅に出ることになる。彼らを現行犯逮捕しようとスジンと後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)も後を追っていく。
 クリーニング店のオンボロワゴン車でのロードムービーが始まる。最初の養子縁組候補の夫婦からは「眉毛が薄い」とクレームがつき破談。3組目の死産したばかりの女性からは「お乳をあげてもいいですか」と聞かれ、この場面は胸をつく。養子縁組はうまくいかないまま、ドンスが育った児童養護施設に立ち寄った一行は、子ども達から大歓迎をうける。ドンスは良き兄貴分だが、その広い背中には言い知れぬ寂しさがつきまとう。彼もまた「必ず迎えに来ます」と書かれた手紙とともに捨てられたのだ。翌日施設の少年ヘジン(イム・スンス)がワゴン車に闖入。ワゴン車の後部ハッチが壊れていたからだが、このワゴン車の家には誰をも受け入れる寛容さがある。ヘジンが加わり遊園地で遊ぶ疑似家族の姿は楽しそうで微笑ましい。この後は…‥決して甘い結末ではないが、作品に込められた生への肯定は強く心に残る。
 是枝監督が韓国の俳優・スタッフとタッグを組んだこの作品、2013年の「そして父になる」と対をなす作品といえる。スジン刑事の心の変化に注目したい。「捨てるくらいなら産むな」と吐き捨てるように言った彼女だが、疑似家族を追跡し見張るうちに、やがてそれは見守る視線に変わっていった。一方ソヨンには、子どもを育てられないある重大な理由があった。
 ソヨンの息子は旅の途上で体幹もしっかりし、みるみる大きくなっていく。作品が順撮りされているのがわかる。皆で面倒をみているのだが、サン匕ョンの扱いが慣れて安定感がある。演じるソン・ガンホにとって、きっと最年少の共演相手だろうが、そんな相手とも息のあった演技を見せるこの俳優は本当に魅力的だ。
 冒頭の赤ちゃんポストは2000年4月にドイツで設置されたのが始まりである。日本では2007年に熊本慈恵病院に設置され当時大きな話題となる。韓国では2009年にソウル市内の教会に設置され、近年法制度の問題で一気に人数が増加している。
 この作品を観たその日に「プラン75」を観る。近未来の日本で満75歳から自らの生死を選択できる制度が国会で可決・施行され‥‥というお話。誕生から人生の終焉まで、『命』について思いを巡らせる一日となった。(春雷)

原題:BROKER
監督・脚本:是枝裕和
撮影:ホン・ギョンピョ
出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ぺ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン