シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

あなたはまだ帰ってこない(2017年 フランス、ベルギー、スイス)

2019年03月27日 | 映画の感想・批評


 20世紀のフランスを代表する女流作家マルグリット・デュラス(1914-1996)の自伝的原作「苦悩」(1985)を、ゴダールやキェシロフスキーの助監督などを務めたエマニュエル・フィンケル監督が映画化。
 1944年6月、ナチス占領下のパリ。30歳のマルグリット・デュラスは、夫ロベール・アンテルムとともにレジスタンスの一員として活動していたが、ロベールが突然ゲシュタポに連れ去られた。夫の情報を得ようとパリのナチス本部に通うマルグリットに近づいてきたのは、ゲシュタポの手先の謎の男ラビエで、彼が夫を逮捕したという。ラビエは自分の口添えで収容所では夫を労働免除にした、拷問もしていないと情報を小出しにしながら、マルグリットを呼び出すのだった。そんな彼女を、レジスタンス運動の仲間であり愛人でもあるディオニソスは、心配しながら見守り続けた。
 米英軍のノルマンディー上陸、独軍のパリ放棄、ド・ゴールのパリ帰還と、パリにも明るい空気が流れ始め、ナチスに囚われていた人びとが続々とフランスに戻ってくるが、夫は姿を見せない。もしかしたらナチスは撤退する前に収容所の囚人たちを銃殺したのでは、それとも拷問で既に殺されたのか、不安と絶望感がマルグリットの神経を蝕んでいく。
 戦争中に愛する人や親しい人が戦場に駆り出されたり、反政府・抵抗活動などで捕らえられたりした女性は大勢いた。そしてマルグリットのようにまだ帰ってこない人を待ち続けた女性も大勢いたはずだ。ところで、待つことの苦しさは、その人が無事帰ってきたら消えるものだろうか。デュラスの苦悩は、夫の生死がわからないからなのか、帰ってくることをただ待つ辛さだったのだろうか。夫が生きていたと知らされた時、アパルトマンの窓から仲間に抱えられた夫を見た時にみせるマルグリットの反応が、彼女の“愛の苦悩”の複雑さを表している。
 愛する人の無事を祈り、帰還を切望しつつも、「不在」の時間はそれまでの関係に変化をもたらす。廃人同様になって戻ってきたロベールを献身的に介護したあと、夫の「不在」がもたらしたさまざまな“苦悩”の果てのデュラスの選択を、観客は受け入れられるだろうか。
 デュラスは作家としてだけでなく映画監督、脚本家としても多くの作品に関わっている。ゲシュタポに連れ去られた夫を待ち続ける女を描いた、アンリ・コルビ監督の「かくも長き不在」(1961)の脚本がデュラスだったことを、「あなたはまだ帰ってこない」の公開情報で知った。(久)

原題:La douleur
監督:エマニュエル・フィンケル
脚本:エマニュエル・フィンケル
原作:マルグリット・デュラス 「苦悩」
撮影:アレクシ・カヴィルシーヌ
出演:メラニー・ティエリー、ブノワ・マジメル、バンジャマン・ビオレ、シュラミ・アダール、グレゴワール・ルプランス=ランゲ、エマニュエル・ブリュデュー