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西園寺由利の長唄って何だ!

長唄を知識として楽しんでもらいたい。
軽いエッセイを綴ります。

花魁の髪形

2020-01-30 | 浮世絵で見る悪所の変遷
この絵は勝川春扇(かつかわ しゅんせん・生没年不詳)の浮世絵です。
制作年は不詳ですが、春扇は文化3(1806)年から文政3(1820)年の間、
春扇を号していましたので、この絵はその頃のものと思われます。

2019年12月18日の花魁と比べるとずいぶんと派手な髪形になっている。
この髪形は立兵庫(たてひょうご)というもので、この時代の花魁の間で流行ったもの。
櫛やかんざしの數もおびただしくなり、「首から上で城が立つ」という時代になっていくのです。

    

芸者

2020-01-29 | 浮世絵で見る悪所の変遷
芸者という称が定着しておよそ50年、文化(1804〜)の時代に入りますと
芸者にもプロ意識が芽生えてきたと見え、このような仇な姿に変わっていきます。

この絵は勝川春扇(かつかわ しゅんせん・生没年不詳)の浮世絵です。
制作年は不詳ですが、春扇は文化3(1806)年から文政3(1820)年の間、
春扇を号していましたので、この絵はその頃のものと思われます。

1月12日の芸者と比べると、かなり大人の雰囲気がします。
時代性もあるのでしょうが、きりりといい雰囲気です。
おそらく深川の芸者でしょう。三味線箱を抱えているのは置屋の女子衆か。

    

    
     

初期の芸者・3

2020-01-27 | 浮世絵で見る悪所の変遷
これは磯田湖龍斎(1735~1790・享保20~寛政2年)の描いた芸者の絵です。
タイトルは不詳、
制作年は明和7(1770)年とあります。 
1月12日の絵より6年ほど前の芸者を描いたものですが、
髪の形がずいぶんと違います。

結構短期間で進化していたようですね。
恐らく深川の芸者でしょう、箱屋の小僧が三味線箱を抱えています。
これから船にでも乗るのでしょうか。

   

初期の芸者・2

2020-01-13 | 浮世絵で見る悪所の変遷
磯田湖龍斎(1735~1790・享保20~寛政2年)の初期の芸者絵をもう1枚。
タイトルは「今様妓舞都幸」(いまようげいしゃみやこのさち)、
制作年は安永5〜10(1776〜81)年とあります。 

この絵は「妓舞」と書いて「げいしゃ」と読ませていますから、
舞専門の芸者なのでしょうか。

   

初期の芸者

2020-01-12 | 浮世絵で見る悪所の変遷
芸者は吉原よりも、岡場所の方が先に発生しました。
そのルーツは歌舞伎からはじき出された踊子です。

芳町の踊子菊弥は深川に移り住み(享保21・1736年頃)、
門前仲町で三味線の師匠を始め、
多くの仲町踊子を育てましたので、
深川は踊子の本場といわれるようになりました。

初期の芸者は踊り子時代のなごりと、お上の目を逃れるために、
町娘と見まごうような姿で出勤しました。
到着すると持参した留袖の座敷着に着替えて酒席に侍るのです。
帰りはまた振袖に着替えます。

この絵は磯田湖龍斎(1735~1790・享保20~寛政2年)の描いた「今様妓女六歌仙」です。
制作年は安永5〜10(1776〜81)年とあります。     
   

書き入れは小野小町の歌です。
「わびぬれば 身を浮き草の 根をたえて 誘う水あらば いなむとぞ思う」