たとえば脳脊髄液減少症・・・・・・

ある日、ソレは突然やってきたかにみえました。
30年前の交通事故の記憶がよみがえる・・・・・・

ん!?硬膜がいいカンジ~(上)

2008年05月31日 | 脳脊髄液減少症

生食パッチ8回目、継続中。

クリニックへの
行きはヒーヒー
帰りはルンルン
そして翌朝には、身体ガチガチ
のパターンの繰り返しです。
相変わらず、身体の大しけ状態もちゃんと健在です。

でもでも前回くらいから、身体の揺れ方がビミョーに変化してきました。
なんとも形容しがたい感覚なのですが

硬膜の動きがなんとも心地よい~♪」

って感じ

「硬膜」なんて、私もこの病気になるまで、
その存在すら知りませんでした。
硬膜とは・・・・・・
「脳と脊髄を覆う3層の膜のうち、一番外にあたるもの。
硬膜の内にあるクモ膜とは密に接着しています。
硬膜は非常に厚く強靭な膜であって、脳と脊髄を周りの組織から隔て外傷や感染から守るという役割を担っています。」(byウィキペディア)

しかしこの「硬膜」のメカニズムは現代医学では、ほとんど解明されていません。
この「硬膜」が裂けたり穴が空いて、脳脊髄液が漏れているのでは~?
と医学の既成概念を打ち破った仮説から発見された「脳脊髄液減少症」。
この仮説をベースに、漏れがあるならそこを塞げばいいじゃん、

って事で、血の凝固作用を利用して
硬膜外腔に自家血を注入するのが「ブラッドパッチ」(BP)という治療法です。


そもそも。
その名の通り「硬くて」頑丈な硬膜が破けるワケがない。
よってそこから髄液が漏れ続けるなんてありえない!

というのが、否定派医師連の主張のようです。
でも髄液は必ずしも硬膜からだけでなく、
その内側にある「くも膜」からジョアジョア漏れる場合もあります。
くも膜は硬膜と違って、薄くて裂けやすいので、それなら十分ありえます。

今年2月に熱海受診の際、S教授も
「むしろ硬膜から漏れるのはわずかで、「くも膜」から漏れてる場合の方が多いと思う」とおっしゃってました。
つまり熱海の先生は、もはや「硬膜に穴があく」説にそれほどこだわっていない印象を受けました。
それよりも BPによって「改善」される点を重要視してらっしゃる。
とにかく目の前で苦しむ患者をなんとか救いたい!
との一念で編みだした苦肉の策がブラッドパッチだと思います。

患者からすれば、漏れているのが「くも膜」だろうが「硬膜」だろうが
そんなの関係ねぇ(チョイ古)
要は、今ある辛い辛い症状が緩和されればそれでいいのです。

それをエビデンス(科学的根拠)がないだの、
患者をモルモットにしてるなど、と
グダグダ非難するだけ非難して
患者の苦しみにはまるで無関心…。
もはや、ここには「患者のための医療」は存在していません。

さらに
「BPで改善された患者率を改ざんしてる」とか
「S教授は数年前と、言う事が違ってきてる」とかとか。
ナンセンス、としか言いようがありません。

変わってくるのは当たり前でしょう~~~
症例が増えるに従って、改善する率も、検査の方法も
原因の認識も進化するし、変わってくるものでしょう。

むしろ、いつまでも、昔の持論にしがみついて頑なにならず
常によりよい医療を探して、柔軟に対処なさってるわけで。
過去のご自分の発言や論文なども、あえて否定なさる「勇気」を
お持ちの医師だと思います。

確かにブラッドパッチで良くならない患者がいるのは事実です。
もしS教授の治療方針に疑問をいだき、
もっと違う観点・視点からの治療法で、改善できるものがあるのであれば

ぜひ、世に広めて頂きたい!

BP非難をなさるエネルギーを
是非、そちらの方に注いでください。
折角、優秀な頭脳を「否定するための否定」だけに使うのはあまりに
MOTTAINAI

時間と労力の無駄遣いです。
BPしても改善されない、または悪化してしまった方の救済のために
「真の原因」や治療法を研究し示してほしい、と思います。

おっと、

横道にそれました
「硬膜」のお話でしたね。

硬膜の動きが分る、なんてありえない、
と言われてしまえば、それまでなのですが。

私は、倒れてからずっと自分の「硬膜」のご機嫌を伺い対話してきました。
「硬膜」は現代医学で認識されている以上に
複雑で、繊細な動きをし、さまざまな筋肉や神経と干渉しあって働きつづけています。

少なくても、私はそう実感しています。
なぜ、そう確信するにいたったか……は次回に。

ここ数日のような不安定なお天気は、「硬膜」が変な風に緊張し、よじれ
具合が悪くなります。
私の場合、これが、クリアされれば

「完治~~~~」

への出口が見えてくる予感がするですが・・・


気にすることなく、し続けなさい

2008年05月18日 | 心に残る言葉

「あなたの中の最良のものを」

人は、不合理、非論理、利己的です。

気にすることなく、人を愛しなさい。

あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく、善を行いなさい。

目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなく、やり遂げなさい。

善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。
気にすることなく、し続けなさい。

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく、正直で誠実であり続けなさい。

あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。
気にすることなく、作り続けなさい。

助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく、助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを、世に伝えなさい。
蹴り返されるかもしれません。

でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。

……………………………………………………………

マザーテレサの言葉です。

何ごとも「し続ける」ことは難しい。


たとえ、それが正しいと信じていたとしても。
どんなに強い信念を持っていた、としても。
続ける事は生易しいものではありません。

順風の時は楽だけど、
逆風の中で航海し続けるのは、並大抵のことではありません。

私もこのブログを閉鎖しよう、と何度も考えました。
熱海で「漏れなし」と診断され、ブラッドパッチ適用にならなかった時、
続ける意味を失ったような気がしました。

「漏れあり」のお仲間から、ハズレたような孤独感を感じました。

このまま、ブログを続ける事で関係者の方々に迷惑をかけるのでは~
との危惧もありました。

「ほーら見ろ!1年以上待って、そのザマかよ!
だから、髄液が漏れるなんてありえないの!」

アンチS派の方々から、嘲笑される事も、おそれました。

でも、それでもとりあえず続けてみようと思いました。
ひょっとしたら、同じような方がいるかもしれません。
ひょっとしたら、自分に与えられた役割は、
続ける事で見えてくるのかもしれない…

そうも思っています。

マザーの気高さ崇高さと比べるのは、とてもおそれ多いのですが、

でも
もしももしも

こんな私のブログでも、共感して下さり、
何かしら気付きのキッカケにして下さっている、としたら
そんな方が一人でもいて下さったとしたら

続けている意味があったと思います。

そして、さまざまな理由でブログを辞められていく中で、
心ないバッシングや嫌がらせにも屈せず、続けて下さっている先輩患者さんには、
心から感謝しています。
私は、この方々に、「生きる力」を頂きました。

あなたの中の最良のものを、世に伝えなさい。
蹴り返されるかもしれません。
でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。」


これが、私にとって「最良」な事なのかどうか、今はさっぱり分かりません。
答えは、まだまだ出ないでしょう。

でも、これからも、「最良」のものを求め続け、探し続けます。

もし、それが最良な道ではなかった、としても
今、私ができる限り、分る範囲の情報を
発信し続ける事が、今の私の「最良」だから・・・・・・。
 


もしも、この世に・・・・・・

2008年05月06日 | 心に残る言葉

風薫る五月です。

私は、相変わらず寝連休でした。

でも、生食パッチのおかげで、
通院のため、外出ができるようになりました。
熱海に行く前から考えると、ものすごい進歩です。
1人でタクシー呼んで、1人でお出かけできるようになったのですから

今週は、連休でクリニックもお休み。
今日、冬眠中、ずっと閉め切りっぱなしだった、窓を開けたら
五月の風が部屋の中にひら~~んと流れてきました。
ささやかな幸せを感じます。

こんなちっぽけな事で、幸せになれるワタシ
随分と、安上がりな女になったものです。

さて

「もし、この世に病気がなかったら…」

の続きです。

つまり、
病気も障害も老化も死も

この世の中に、必要じゃないものなんてないのです。

誰1人として、必要じゃない人間なんていないし
すべての事に、すべてのものに理由があります。

それは、病気や障害だけでなく、事故やさまざまな悩みや苦しみもまた、
いつか来るはずの「いい日」のためにあるのです。 

人は、必要な時に、必要な人と出会い、必要な試練を受け
それを乗り越え、そのたび成長し
そして散っていきます。
それが、宇宙の法則ってものです。

人間の都合で勝手に変えてはならない法則です。

もし、今後、科学や医学がどんどんどんどん進歩して
「障害者」や「病気」や「老化」や「死」がなくなった
としたら…。

人類は滅亡することでしょう。

でも、
その時代その時代で、
ちゃんと向き合ってクリアしなければならない課題が用意されています。

今、ワタシは
「脳脊髄液減少症」という、
現代の医学では、なかなか難儀で、厄介な病気を抱えて生きています。
大半の医師や保険会社や行政は、
いまだに「ありえない病気」として、放置しています
健康保険も効かず、理解も得られず
社会から見放されている患者も、数多く存在します。

私たち、現役患者は、おそらく、
この病気の「生き証人」として
今この時代に、生かされているのでしょう。

今、真摯に、この病気と向き合い、
低次元なバッシングにも負けず、闘ってくれている医師がいます。

地位も名誉もご自分の時間もかなぐり捨て、
なりふり構わず日々、激務をこなされる医師がいらっしゃいます。
そして、一方、その医師を
お金とプライドと自己満足のためだけに、迫害する輩もいます。

もしも
今、この「脳脊髄液減少症」という病態を
この世から無きものとして、切り捨てていく、という事が続けば、
現在苦しんでいる数十万とも言われる患者だけでなく、
未来の人類をも見捨てる、事になるでしょう。

今、真剣に向き合わない「ツケ」は次の世代に
「負の遺産」として残す事になる……はず。

日本の医師界、現代医学は、今まさに試されようとしているのです。

そして
この病気の「語り部」として選ばれた私達患者も
辛いながらも、声をあげ、叫び、訴え続けて行く事が
与えられた大きな使命なのかもしれません。