たとえば脳脊髄液減少症・・・・・・

ある日、ソレは突然やってきたかにみえました。
30年前の交通事故の記憶がよみがえる・・・・・・

美容院に行こう!Ⅱ

2008年07月21日 | ささやかな幸せ

じゃ~ん。
行けちゃいました~ヒャッホ~
ついに実現しました。
「美容院で髪を切る」とゆー一大事業を。
カット15分間を無事耐えキリました。
さすが、プロのハサミは切れ味が違います

感激です!
貞子から、いきなり高島礼子に変身しました~。
ンなわけナイナイ

髪が軽くなると、身も身体も羽がはえたみたい。
思わずスキップしたくなります。
(脳みそ、ケイレンしそうだからできないけどさ)
こんな感覚、何年振りでしょう。
夢は強く願うと叶うものですね

たかが「千円カット」ごときでこうまで幸せになれるなんて・・・。
健康な人にとって、ドォってことない事が、
テイズイ患者の私にとっては至上の悦び
その時そのお店に居合わせた誰よりも、
私は、幸せなお客様だったコトでしょう。
なんだかすっごく得した気分。

こんな時は、この過酷な病気にさえ感謝したくなります。
元気な人にはこんな幸せとても味えませんもの。

「幸せ」ってさ。
普通の日常にいくらでもゴロゴロころがってる「ふつーの事」。
それを大事に大事にすくいとって、抱きしめられるかどうか。
神様が平等に振り注いでくれる光を「ありがたい」と受け取れ、
何に対しても喜べ、感謝できるかどうか、なんですね。
「幸せな人」とそうじゃない人の差って
実はそこだけなんですよ

もし、人の価値を数値で計るとすると、そこかもしれません。
自分に降ってきたカードを大事に受けとめて、
なくしたものは数えない。
得られたものだけ喜こんで。
どれだけ感謝できるかどうか…
その感謝指数の深さで決まるんだろうな~

「貧しき者は幸いである」(by聖書)

最近、この言葉の含む意味が少し分ってきた気がします。
富も名誉も健康も、な~んも持ってない者は、
その分、天から与えられるものが大きいって意味なのかなって。
な~んもないから、頂くものはすべてありがたい。
すべてがいとおしい

千円カットで、極上のヨロコビに浸れる私。
「貧しき者」である事に感謝です


美容院に行こう!

2008年07月12日 | ささやかな幸せ
暑い日が続いています。
低血圧の私は朝からグロッキー(死語?)
皆さん、水分補給に抜かりはありませんか~

ところで前々から気になっているのですが。
脳脊髄液減少症の患者さんって
ヘアカットどうなさってるのかしらん
髪の毛って、プータローしてても伸びるんですよね。
爪も髪も生きてる限り伸びるんです

熱海初診までの「完全引きこもり」の期間、
私の髪は無法地帯でした。
外に出られない=美容院なんて問題外
でも髪の毛は、無情にも伸び続けます。
伸びると、シャンプーが面倒くさっ。
体調悪いと、レゲエの人みたいな匂いがしてきます。
抜け毛も半端じゃありません。
お前は癌か!と思うほど凄まじい
排水溝にトグロを巻く髪をティッシュで掴みながら叫びます。

「オー!マイガッ!。(おぉわが髪よ!)」
ひゅう~ひゅう~ 

長時間起きていられない私にとって、
ドライヤーで乾かすのも苦痛です。
そこで思い切って。裁ちバサミでやってみました。
ブチッ。バサッ。チョキ。
鏡に映る私は、どーみても間が抜けた貞子状態。
ふと思い付いて二つに分けてゴムで結んでみました。
あらっ意外とキュートじゃん。
その日から不気味な女子高生みたいな、
ドリフのおさげ髪がマイスタイルとなったのです

宅配便や生協のお兄さんに、ギョッとされるのさえ慣れれば
なんて事ありません。
もうすでに女捨ててますから~~
どんなにザンギリ頭も結んじゃうばなんとかなるのさ。
1日の大半を横になって過ごす私にとって、
この髪型は合理的かつエコロジー。
ヘアゴムを左右で色違いにしたり、遊んだりして結構楽しんでます

しかし
ペインクリニックに通院し始めてから3ヶ月半。
思わぬ「夢」が芽生え始めました。

それは
「髪切りた~い!美容院で!」
というささやかだけど大きな願い
前々々回のクリニック帰り、目が合ってしまったのです。
「1000円ヘアカット」(シャンプーなし・カットのみ・税込)
という看板。
なんと魅惑的なフレーズでしょう。そそられますぅ。
しかも、クリニックの斜め向かいのビルの二階です。
徒歩30秒

とはいえ美容院への道は、近くてとてつもなく遠い。
なかなか果たせない「夢」なんです。
座った姿勢が何より辛い私にとって、
「美容院でヘアカット」なんてありえない。
「夢」にすらエントリーされるはずもなく。
シャンプー台をいきなり後ろに倒された日にゃそりゃあもう、
脳味噌グァングァン揺れちゃって。気絶しちゃうかも…… だし。

普通の人にとって、心地よいはずの時間が、
脳脊髄液減少症の私にとっては、命懸け。
拷問地獄・阿鼻叫喚タイムと化すことでしょう
一生「貞子」でもいいや、
と悟りを開きかけていたのですが・・・。

それが…。
どうよ。この変わり様。

「携帯電話でのネット予約可・キャンセルOK!」
なんて甘い言葉でしょう

もうキヨブタです
クリニックの時間に合わせて思い切って予約してみようかな~。
生食パッチ直後なら「カット所要時間19分」の間、
耐えられるかもしれません

今度の生食の日。

賭けてみます飛んでみます
アタシ。

ん!?硬膜がいいカンジ~(中)

2008年07月03日 | 脳脊髄液減少症

7月に入りました。

梅雨は明けていませんが、不思議と体調はそれほど悪くありません。
私の場合、体調の法則がはっきりしません。
雨だからといって悪化するわけでもなく、
晴れていてもダウンはちゃんとする…。

だが待てよ。
たしか、去年の今頃は、身体の中枢部からくる疼痛が半端じゃなかったはず。
頭の中の円グラフは
「辛い」「痛い」「狂いそう」で99.9%を占めていたはず
毎日「神様助けて~~
とすがって祈って、ひれ伏して。

それが今は…… 病気以外の事を考えている時間が
結構増えてるじゃ~ん
アレが食べたい!とか
新しい服がほし~~い!とか
美容院行きた~い!とか
フツウに生きる「意欲」が復活しつつあります

ひょっとしてひょっとして、

これって「改善している」とも言うカシラ?

脳脊髄液減少症の改善って、「亀」のようにノロいのです。
ノロいだけじゃなくて、千鳥足。三歩進んで二歩さがる。
時には、一歩進んで百歩下がる時だって。
この超スローな改善経過については、
複数の先輩患者さんが書いてらっしゃいますが、ホント実感です。

「改善は年単位で考えて。」
とはS医師も重々言われている事です。
数日のスパンで見ても、変化はまるで分からない。
週単位でも全然分からない。月単位でもまだまだ。
3ヶ月とか6ヶ月でみると、少し違いが見えてきます。
さらに年で考えると、明確です。

確実に一年前と比べると、身体も心の有り様も変わってきてます。
それが一見、症状悪化のようにしか思えなくても
明らかに以前とは「違っている」。
身体の揺れは相変わらずだし、頭蓋だって不安定。
それでも、去年とは、「違っている」
ただ、単に忍耐力が強くなっただけなのかもしれない……

それでも
このビミョーな変化を、私はゼヒとも「希望」と呼びた~い
じゃないと、こんなじれったい病となんかと、付き合ってられませんもの。


さてさて、前置きが長くなりましたが「硬膜」の続きです。

先日、生食パッチ11回目の際
「あのぅ、このところ硬膜の動きがイイ感じなのですぅ~

ペインクリニックの医師に思い切って、ぶつけてみました。
コノ手の話は、フツーのドクターにはまず通じません。

「硬膜の動きが分かるだと~?」
「脳が揺れ動くだと~?」
「脳味噌が耳から出そうだと~?」
いきなり眼差しが憐れみに変わり、
頼みもしないのに精神科への紹介状をさっさと書き始めちゃったりします……
これまで遭遇したよくあるパターンです。

でもこのドクター見事に受け入れてくれました。
「ほほぉ。硬膜の動きが分かるとはなぁ~プロだねぇ~」
と軽く流してくれました。
ありがたい。
早速電子カルテに「こうまくがイイ感じ…」と入力しています

このドクターは、貴重な脳脊髄液減少症の良き理解者。
キーボード操作も初々しい、愛すべきキャラです。
変換ミス・タイプミスもお得意です。
この前も堂々と

「生殖パッチ」

と打ってました。
ヲイヲイ……


おっと、そんな事はどうでもいい、
話が横道にそれました。
「硬膜」でしたね。

硬膜と脳脊髄液とは、非常に密接な関係があります。
ただ、西洋医学ではあまり重要視されていません。
脳脊髄液が漏れようが減ろうが、命に別状ない。
と思い込まれているからです。
でもこれは、明らかに認識不足

私は、髄液採取直後、脳脊髄液が急激に減少した時、
人はどのような事態に陥るのか…を身をもって体験しました。
人が「人間らしく」生きる事は最早不可能です。

脳脊髄液が、人にとって如何に重要な役目を担っているのか…
を知っているのは、髄液が減少した事のある人達だけです

(研修医の皆さんにお願い。
「髄液採取しあいっこ」を、是非、実習項目に入れて下さい。
患者の痛みを知る絶好のチャンスです!)

見た目にも、血液検査など一般的な検査にも異常は表れません。
画像も専門医が見ないと異常は発見されません。

ところがです。
こんなにも西洋医学で軽視されている脳脊髄液や硬膜の緊張を
治療の中心にしていた、民間療法があったのです。

さて、S医師も認めて期待なさっている、その代替医療とは……。

次回に続きます