~運命の日~髄液を抜かれる(1)~
実はその日のこと、靄がかかったようでよく思い出せません。
あまりにショッキングすぎて、記憶装置がフリーズした状態になったのかもしれません。
なぜあの日、あの脳外科に行ったのか。
なぜあの日、髄液検査にうなづいてしまったのか。
その日は朝から体調が悪くぐったりと横になっていました。
頭痛もひどく、脊髄あたりに、地獄の底から這いずってくるような
何ともいえない、いや~な悪寒を感じていました。
普通のひどい頭痛とは明らかに違う、恐ろしい感覚です。
そして夜、救急である脳外科に搬送され
CTスキャンの後、髄液採取を勧められるのです。
「ズイエキ・・・ですか?」
その時私は「脳脊髄液」と「骨髄液」を混同し、恐怖をあらわにしていたのですが
「なーに、すぐ終わりますよ。この液が澄んでいたら
くも膜下出血じゃないって証明されるし安心ですよ。
このまま帰宅しても不安でしょ?
点滴するからお泊りしてもらう事になりますけどね。」
どーみても30歳前と思われる若い医師から、血液検査をするようなお気楽な説明を受けました。
その光景は、今思い出すとなぜか、モノクロの映像です。
髄液採取は意外なほどにあっけなく済みました。
エビのように背中を丸くし、
局部麻酔注射を受けた後に、エイっといとも簡単に
針を刺すのです。
「ホラ大丈夫だね。よかった。よかった。」
結果はその場で知らされました。
注射器の中の液体は見事に澄んでました。
くも膜下出血ではない。ではこの尋常ではない頭痛は一体なんなんだ。
医師は「命に別状はない」頭痛と軽く考えていたようですが
この数日間、安静にしても安静にしても回復しない体調に
普通ではない不安、恐怖がうずまいていました。
身体に異変を感じたのは、髄液採取から5,6時間後の事です。
トイレに立った時に、オソロシイほどふらついたのです。
ふわふわメマイは何年も続いていて慣れているのですが
この時のふらつきは、半端じゃありません。
首と頭蓋が不安定に揺れ動くような感じです。
体調は夜が深まるにつれ、ますます悪化していきました。
動悸・頻尿・手足の冷感・吐き気・身体の振動感・・・・・・。
でもまだこれらの症状は言葉で表現できるし、堪えられる。
何より辛いのが、後頭部から頚椎にかけての
得もいわれないザワザワするような気分の悪さです。
そして、そして
とても、この世のものとは思われない感覚
か、顔と頭のすべてがズレている!
目も鼻も口も耳も
顔のパーツ全てが、あるべきところからずれているのです。
もう気が狂ったとしか思えません。
首から上で、何かとんでもない事が起っている!
自分の身体に一体なにが起きたんだ!
もうパニック状態です。
このまま死ぬのかもしれない。
時々、手足を動かしては「まだ生きている」と確かめ確かめ。
薄れゆく意識の中でナースコールを押しました。
(つづく)