MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルワン3-3

2009-04-20 | オリジナル小説
ポールの声は広い内部の空洞に幾度もこだました。何重にも重なった悲鳴が奥へ奥へと石の壁と床を伝い響いて行く。そして更に谺となった。
無様に涙と鼻汁を垂らしながら追われる青年は壁を伝って行く。奥に行けば行く程、肌寒かった空気は暖かくなっていくようだった。自然に裸体の彼はその熱をたよりに進んだ。次第に酸味を増す空気に混じって、硫黄の匂いも堪え難くなる。
すぐ後ろに追っ手は迫っていた。それは今にも獲物に手を伸ばそうとしていた。
荒い息をし時々、咳き込む獲物は混乱と暗闇でまったく気がつかない。
ついに獲物は袋小路に自分が追い込まれたことを知る。
絶望した手が当たりを手当り次第に探り回った時だった。ふいに突然、明りが灯った。
ポールは見た。自分が巨大な遺跡の石の扉の前に立っていることを。扉には無数に絡み付く文様が唐草のように覆っていた。その両脇に見たことのないガラスのような丸いものが瞬いていた。驚いてポールが手の場所を置き換える。すると文様に新たな光の筋が浮き上がる。ポールは唖然とする。彼はこれを知っていた。なぜ知ってるのかもわからなかった。

「思い出したかい。」後ろで声がした。ポールはリック・ベンソンの声であることを感じたが恐怖よりも驚愕と好奇心が勝った。隣を見ると見慣れたリックが立っていた。何事もなかったかのように。
「なぜ?」ポールの声にならない問いに彼は続ける。
「お前の特殊能力さ。これの為だと思い出した?」
ポールはこわごわと自分の両手を見つめる。彼が手を離すと明りがふっと消えた。
「僕は機械に電気を流すことができる・・何一つわからなくても、機械を動かせる・・」ポールはつぶやく。「昔からそうだった・・母さん達はこれで苦労したんだ・・これを隠すために・・」ポールが
触れる。又文様が光り、明りが再び灯った。
「でも・・これは金属じゃない・・岩だろ?」
「電気を通す岩もあるんだろ。」リックが答える。「これは動力で制御されてるんだ。古代人が造ったのさ。」
そして夢を見てるような虚ろな眼のポールに命じる。
「開けてごらん。お前ならできるさ。」
「どうやって・・?」
「開けと思うだけでいい。」
開け。ポールの意識が瞬いた。そして。
すさまじいパワーが、光りの洪水、光りの渦が壁一面を走る。絡み付き捩れ、瞬く。その美しさにポールはすべてを忘れた。並び立つリックも笑みを浮かべて見つめる。
巨大な扉が音を立てて、前に動き出した。
リックはそっとポールを抱えて後ろに下がった。
カビ臭い淀んだ空気が隙間から吹き出してくる。広がって行く暗闇は深い暗黒だった。
その時。
リックと呼ばれたモノはその隙間から、何かの気配を全身で嗅ぎ取った。
1000年ほど前、ここを訪れた時には感じなかったもの。
長い、長い時を生きて来た彼にも、それは初めての感触。
不覚にも反応が遅れた。
「ポール!」彼はとっさに倒れた青年に覆いかぶさった。
明りはたちまち覆い隠された。
その漆黒の闇の中、何かが襲いかかって来た。

半透明のクラゲのようなもの。節足動物のような柔らかい無数の足に覆われている。そして、それは重かった。まるで倍の重力がかかったように、ひしゃげてつぶれていたが、それは生きていた。リックと呼ばれたモノはそれを片手ではね飛ばす。
「ポール!逃げるよ!」ぐにゃぐにゃの体を抱え上げる。
しかし、すぐにもう1匹が襲いかかってくる。広い空間はあっと言う間に扉から這い出て来るぬるついたクラゲで膨れ上がる。金属が酸で溶けるようなすさまじい香り。クラゲは鳴いていた。ギィギィと言う耳障りな音が四方八方に満ち満ちる。
生臭い液に滑ってポールが床に投げ出される。彼は事態を把握できないままに更なるパニックに陥った。壁面の明りがバチッという音と共に押しつぶされた。
若者は思わず、つい今しがた恐怖でしかなかったはずの男の名を叫んでいた。
「リック!リック!助けてリック!」リックと呼ばれた者はすぐさま若者を押しつぶそうとしていた生物を撥ね除けた。無我夢中でポールはその足にすがっていた。
「リック!痛い!痛いよ!」闇の中でもリックの目はすべてを見てとる。
「嘘だろ!なんなんだよ?痛い!顔が焼けるようだ!」ポールの顔は焼けただれていた。見ると、クラゲに触れたリックの全身の皮膚もぶすぶすとくすぶるように泡立っていた。ただ、彼は痛みを感じなかっただけだったのだ。
「ポール!しっかりしろ!」彼はクラゲどもを恐れることなく押さえつける。しかし、その両手はブクブクと泡を立ててゲル状の肉に吸い込まれて行く。指が溶けて行く。
「ちくしょうめ!」リックは吠えた。赤い目が燃え上がる。
「役にも立たん体さ!この肉めが!」
その瞬間、リックと呼ばれる体の内側から何かがミシッと盛り上がった。それは肉を押し破って今まさに誕生しようとしていた!

それは人の形をしていたが、人ではなかった。黒き鋼のような体を持つ禍々しい何か。跡形も無いリックであった肉片と血漿を振り落とし、毛だらけのゴツゴツとした手の先の長い爪をひと払いするとギィギィとなくクラゲは散り散りに散った。その欠片がポールに降り注ぐ。肉を焼く痛みにポールは悲鳴を上げる。
「くそ!」取り敢えず、ここを離れなくては。
黒き影は人間の若者を腕にかき抱く。背の上にのし掛かっていたクラゲ達が立ち所に粉砕される。その飛沫からポールをかばいながら、中空に飛び上がった背中には黒光る巨大な羽が出現していた。
赤い眼差しは切り込みのように切れ上がり、牙に裂けた口がこの世のものとも知れぬ咆哮を上げる。その振動に石組みは軋み、埃と砂が降り注いだ。
もはやリックではないそれは身を翻すと、知り尽くした地下遺跡のさらなる上へと飛んんで行った。今や扉は再び閉ざされんとしていた。石の動きは挟み込まれる得体の知れない物達をものともせず、力強く分断し再び一面の壁へと戻って行く。むしり裂かれたうごめく陰が床をのたうつばかりだ。ポールがこれではあの扉の奥へと進むチャンスはもうなかった。
床は溢れ出た半透明のクラゲにもはや覆われてしまった。それらは蠢き、侵入者の匂いを嗅ぎギィギィと上へ立ち上がろうとしては崩れ落ちる。そして、時折燐光のような光を発した。
(あんなモノはいなかったさ・・どこから、沸きやがったんのさ?あれはなんなのさ?)
目まぐるしく思考する。
(見たこともない。俺が産まれる前の古代生物?いや、違うさ。匂いが違う。こいつらは、今までいたどの生物の匂いもしない。)
奥へ奥へと進む。腕の中のポールが呻いた。
(こいつがいるから、うかつに外には出られやしないよ。)
ポールの装備はすべて失ってしまっている。彼の全身は焼けただれている。飛行しながら、それはポールの体を検分する。
(かなり、やられてしまったね・・俺の油断だ・・くそ!・・)
ようやく、クラゲから遥か彼方の横穴を発見する。
そっと、若者を下に下ろす。そしてリックの声でそれは呼びかけた。
「ポール!ポール、大丈夫か?」
名を呼ばれた青年は呻き、荒い息でもがいた。
「リック・・リックなのか?」
「ああ、大丈夫か?」
「あれは・・あれは?」
「大丈夫さ。もういないよ。」
「・・あれは、何?」
「わからん・・」
「リック!目が見えないよ!」それは闇のせいではなかった。ポールの顔は液体を流したように崩れていた。
「・・息が・・?」唇が溶けた穴がヒューヒューとなる。
「しっかりしろ!大丈夫さ!大したことないって!」嘘を付いた。
「リック!リック!」脅えた声。「僕、死ぬの?」
「ばかな!」リックの声は打ち消す。
「リック!」ポールの指のない手が岩の上をさぐる。「どこ?」黒いモノは手を伸ばす。
「怖いよ!」その手は先だけがリックの手となる。
ポールは夢中で掴もうとする。惨状を悟らせないように包み込むように握った。
「放さないで・・僕・・」声が弱まる。辺りは熱気に包まれていたが、冷たい体は己の寒さに身震いする。
「君がいてくれて・・良かったよ・・」
「ばか!死ぬな!」
「もう・・いいよ・・君が誰でも・・なんか・・全身が・・動けない・・」
「もう、話すなポール!」
「話したいんだ・・話せる間・・楽しかった・・・ずっと・・」
リックの声はいらだつ。
「おい、まさか!又、死ぬっていうのかよ?冗談じゃないよ!どれだけ待ったと思ってるのさ!」
「ごめん・・でも、感謝してる・・」
「ほんとさ!まったくさ!」偽りの声を捨て去ってわめく。「大損害だって!」
ポールの耳にはもう届かない。彼は虚ろになっていく。
全身の大半をケロイドに覆われた若者は急速に死に向って行く。
「リック・・君は・・逃げて・・」
「ふざけんなよ!いつも、いつも・・!」泣きが入る。
息はどんどん掠れてく。
ポールの脳裏に再び記憶の残光が瞬く。
「なんだか・・前も・・こんなことがあった?・・ような・・」
声は途切れた。
リックの声と手をしていたものは呆然として息と鼓動が止まるのを聞いていた。
「ちくしょう!あの、クラゲ野郎が!化け物が!せっかくいいとこまで行ったのに!」
若者の手を放リ出す。
八つ当たりに辺りの岩に元に戻した腕を力任せに叩き付ける。岩が消し飛ぶ。
思わず、反射的にその石から横たわる肉体を庇いながら、つい苦笑いをした。
「またかよ!笑えるね、また大失敗さ!どっちみち、死ぬってわけさ!」
獣のような黒い人影は、両の羽を開いた。
「仕方がないよ・・又、一から出直しってか・・!」
足下のポールの体が痙攣する。死の断末魔。
「いよいよさね!また、始まるさ!」
気分を切り替えたそれは舌なめずりをする。


痙攣が終わると同時。死んだ肉体から、何かが飛び出した。
「鬼ごっこの始まりさ!」歌うように叫ぶと、それは後を追って飛び立った。
溶けた肉を暗闇に投げ出す、その肉体はあっという間に光るクラゲの海に飲み込まれた。そんな顛末にも、もう興味がない。
魂の去った骸にはもはや用はない。

地の中、海の中、そして空へと。
日は遥か西に傾き、赤く染まった海にポツンと浮かぶサルページ船が見えた。
デッキを行き交う船員達の中に、青ざめて為す術も無い本物のグレタ・ヘルマン博士もいるはずだった。港からもうスピードで出港する高速船は、行方不明者を捜す巡視船と大金持ちのリック・ベンソンの父親の寄越した船かも知れなかった。
でも、空を行くポールから放たれたモノとそれを追うモノにとってはもう、それらは遠く縁もゆかりもなくなったのだ。

ポールから逃れでたモノは銀色に発光し、星の重力に沿ってあっと言う間に星を回った。追うモノもそれに劣らぬ早さで付いて行く。
途中、もやもやとした慚愧達が触手を伸ばそうと寄って来る。
この星の大気圏に浮遊するものたち。
「手を出すんじゃないよ!これは俺の獲物さ!」
慚愧達は爪と牙に因ってズタズタに切り裂かれる。
その光景を目にした、1人の婀娜っぽい鬼が途中まで付いてきた。
「デモン!デモンバルグ!」それは答えない。
「またなの?あきないわねえ?それ、そんなにおいしいの?」
「シセリ、散りな!お前でも容赦しないよ!」
シセリと呼ばれた魔物は肩をすくめて追尾をやめる。
「やんなっちゃう。デモンバルグったら。もう何千年もあれだもの。」
追いついた他の魔族の女達が笑い合う。
「古き魔物は仕方ないよ。」
「あたしらとはおつむがちがうってさ。」
「シセリだってあのお方にちょっかい出すんじゃないよ。」
「そうそう、あのお方の獲物にもね。」
彼らはお互いを噛みちぎり合い、混ざり合う。けたたましい声をあげて。
「そんなことより、生きた人間を食いにいきましょうよ。」
「この下で憎み合ってるわよ、盛大にね。」
「また、戦争かい?」
「それはいいわ。」
「今度のは長いといいねえ。」
女達は急降下して行く。

デモンバルグは飽きることなく、追い続けた。
「さあて。この間みたいに何百年も回られちゃあ、かなわないよ。」一人ぐちり笑う。
「やっと、再生したっと思ったらもうあれだものさ!今度こそって、何回めやらさ!」
力強く鋼の羽が羽ばたく。並走し語りかける。
「さあさあ!さっさと産まれ変っちゃってちょうだいよ!」

その時、魂がぐぐっと方向を変えた。
「おやおや。今度はそっち?はいな、付いてくわさ!」
銀色の魂は青い海を瞬く間に横切り果ての小さい島へと向う。
夜となった半球の大地の煌めきが迫ってくる。
魂は再びぐっと高度を下げた。
「今回はえらく早くないさ。なんだか、すごく積極的さね。まあ、その方が、こっちはありがたいけどさ。」
魔物はほくそ笑む。「いっちゃって~ちょうだいよ!」
その時、星をちりばめたような大地の異変に気が付いた。

「おやおや?」つぶやく。
遥か先、地上に光があった。
「なにさ?あれ?」赤い目を瞬く。
蒼い光。
「今日は初めてづくしだね。あんな光り、見たことないよね。」当惑する。
「ありんこ共が作ったものにあんなものあったかね?どんくさい人間どもがまたなにやら発明したのかしら?」
魂は倍に加速する。
「あれに引かれているのさ?」羽ばたきを強める。
「まさか、あれを目指してるわけって?」
全速力で追う。見る見る地上の光が近づいて来る。
白き山の頂きの先、真っ暗な山あいの町の一点。
そこを目指して一直線にかつてポールだった魂は空を切った。
そして、輝きの中心にある一軒の建物に飛び込んで行った。

スパイラルワン3-2

2009-04-20 | オリジナル小説
[二人とも通信は聞こえるわね?]
[ラジャー]
二人は重りを手に途中までを順調に沈んで行った。
[こっちさね]
リックが先頭に潜り、後ろのポールを導いていく。だがこの時、彼の手が体の影とわき上がる泡に隠れてなんらかの動きをしたことにポールはまったく気が付かなかった。光が差し込む美しい海の世界に目を奪われていたからだ。水は暖かく、泡が柔らかく彼の体を包んでまとわりついていた。海水の心地よい流れに彼は早く身を任したかった。
だから、ポールはその他にもリックがした様々なことに気づくチャンスをまったく失ってしまったのだ。
そのまま二人はさらに進み、さらに深く潜っていった。
やがて、辺りは薄暮のように陰ってきた。
[なんか。静かだね。]ポールが通信で話しかける。
[グレタにしては変じゃない?。・・・喧嘩したんだろ?]
[ふて腐れてるんじゃない?。]リックはポールの手を引いた。
[へええ、リックったら、道解ってるみたいだ。]
ポールはおもしろがる。リックは答えなかった。
[すごいね。あの海中地図みんな暗記するなんて。僕だって覚えたつもりだったけど、実際に潜ると全然位置が把握できないよ。]ふと後ろを気にする。
[・・潜水艇が見えないけど。]
[壊れたんじゃん?]
[え?キムがあんなにメンテしてたのに?それはないんじゃない?]
[現にいないじゃないさ?]
[博士!博士、聞こえる?潜水艇が来てないよ!]
ポールは切り替えて呼びかけた。返事はなかった。
[通じない・・?]信じられないという響き。[大変だよ、船との通信が・・!]
[いいじゃん、あいつらにずっと監視されているんじゃ耐えられないよ?]
落ち着き払ったリックの言葉にふいに不振を覚える。
[まさか・・リック]
[そう。そうなんよね。俺がさっき潜水艇を壊しといたわけさ。]
ポールはあきれかえった。
[そんな・・どうしちゃったの?遊びじゃないんだよ。]
[大丈夫だってさ。俺はさ、あいつらに付きまとわれたくないんだよ。]
[付きまとうったって。]
一見、御しやすそうにのらくらと振る舞うリックに人はつい、油断してしまう。しかし、なんだかんだ言ってもわがままな育ちのリックなのだ。その我慢の限界を超えると、あらぬ方へ暴走してしまうことは実はこれまでもたまあったのだった。ポールは知っている、彼にはほんとはとても意固地な面があるのだ。
ポールはため息をつく。
[まさか・・・船との通信も?]
[静かでいいじゃん。]
[でも・・命綱もなくて・・どうするんだ?すぐ、引き返そうよ。]
[俺に任しておけってさ・・みんなわかってるんだから]
[まだ、そんなに離れてない・・今から浮上すれば、きっと船が見つけてくれるよ。]
[もう手遅れさ。見つかるもんか。俺に付いてくればいいんだから。][リック!]
[帰りの心配はしなくていいさ。俺が無線を持ってるもん。]
ポールは疑わしく思ったが言葉を飲み込む。これまでの経験からも、いくらなんでもリックだってそこまで馬鹿ではないはずだ。
臍を曲げたリックは、ちょっとだけ博士やお父さんを心配させたいだけなのだろう。ひょっとして・・やはり僕が博士と成り行きでしてしまったことが原因なのかもしれない。そう思うと強く言えなかった。
[今頃、上じゃ騒ぎになってるよ。]ポールはそうぼやくだけに留めた。
リックは何も答えず、身振りで付いてこいと合図しただけだ。
その様子に迷いは感じられない。
二人は海底からおぼろに立ち上がる岩柱と山の尾根伝いに尚も進んでいった。
あたりはさらに暗くなる。二人の手のライトだけが心細げに水中を照らす。
何匹かの魚が遠慮がちに横切るがすぐに光の輪の外へと逃げ去る。
[なんだか、今日は魚が少なくない?]ポールは心細くなって呼びかける。
先を進むリックは力強く足ひれを動かす。ひたすら岩の間を沈んで行く。
ためらってると戻って来て、ポールの手首をつかんだ。
[俺にはわかってるんだって言ったじゃん。信じろよ。付いてくればいいさ。]
[リック・・]まったく、これはちょっとやり過ぎだ。リックの手を反射的に放そうとしたが、がっちりと捕まれていた。ポールには逆らうことも見捨てることもできない。
[・・まずいんじゃない?沿岸警備に電話されたら・・博士ならやるよ・・きっと。それにほんとに・・もしも迷ったら・・?]もう迷ってるのかもしれない。
[他の奴らに邪魔されたくないじゃんさ?]リックは尚も進み続ける。
[俺達、二人だけで見つけるんだもん。]
[・・気持ちはうれしいけど・・みんなで見つけても別にいいんじゃないか?]
[あれは俺達の宝さ。俺達だけのものさ。わかるよね?]
困惑し辺りを見渡すが自分たちから漏れる酸素の泡の向こうに暗い闇と岩の稜線が浮かぶばかりだった。手はガッチリと掴まれている。
[リック、危険だ。]必死にポールは説得する。
[僕たち二人だけなんてクレイジーだよ・・いくらなんでも・・]
[ポール、見ろさ]
ふいにリックの動きが止まった。巨大な水中の崖の中腹のようだった。
[・・模様がある!]ポールも一時、不安を忘れた。
リックは手を放すと浮かび上がった岩の切れ込みに近づいた。フットベルトからナイフを取り出し、上に着いた貝や海藻を手際よく剥がして行く。ポールも興奮を隠しきれず、ライトで岩場を照らし続ける。しかし、リックの動きは灯なんか必要としないぐらい素早く無駄が無い。(やり慣れてる?)ふと、そんな思いが過る。(まさか?僕らはやっと今日、ここにたどり着いたんだから。学生時代からの夢に・・)
やがて、人工で掘られたとしか思えない幾何学模様が露になる。
[すごい!本当にあったんだ!バミューダの遺跡!]
リックが模様の要所、要所に触れ、回すような仕草をする。と、幾何学模様の真ん中に位置していた丸い石がはずれた。後にはポッカリと穴が口を開く。
[入るさ。]有無を言わさずリックが命令する。
ポールは呆然とする。(あれ?こんなことまであの古文書に載っていたっけ?まるで・・まるでかつて知ったる・・みたいだ・・そんな馬鹿な・・リックはあの古文書の続きを密かに手に入れていたとか?まさか、それなら・・僕に見せてくれたはず・・)しかし、体が勝手に進む。穴の中へとポールは滑り込む。中は狭い。人一人がやっと通れる狭さ。明らかに人工的な水路だ。灯の届かない先は真っ暗だが、なぜか恐怖感は無い。(待て・・待てって)ポールの心は突き進む体とは反対には落ち着かなくなる。
(この感じ・・こんな狭い穴の中を・・前にもある?前にも同じようなことを体験した・・?)
後ろからリックの灯が付いてくる。水路はやがて行き止まり、垂直に続いていた。
ポールはためらわずに上へと進んだ。その道順を知っている自分におののきながら。
すると突然、上に開いた穴が大きくなった。

ポールは水面から顔を出した。灯で回りを照らす。広すぎて灯が回りに届かない。目に写るのは敷き詰められた石畳の床だけだった。呆然としたまま、うっかりマスクを外そうとする、その手を押えられる。リックだ。待つように合図すると、彼が先に外した。
「大丈夫。」ポールもマスクを外し、手袋で鼻から海水を拭った。据えた匂い。かび臭い、生臭いような海水の香り。それに混じって微かな金属のような匂いもする。
「リック、ここは・・?」
リックは早くも床にはい上がった。見ると、穴の回りは段になっている。ポールも後に続くが水中では忘れていた装備の重みに苦戦する。這い上がる途中でふらついて膝をつくが、リックはまったく知らん顔だ。自分だけさっさと立ち上がりライトも向けず、上を見回している。ポールはまた不安になる。なんとか体を立て直したところで、ゴトンと言う大きな音に心臓が脈を打った。リックが重いボンベを床に落としたのだ。
「まったく、面倒くさいのさ。こんなもん。」口調が少し変った。
「リック?」ポールは装備を付けたまま、ライトが照らす自分の幼なじみを見つめた。
「お前も早く、楽におなりよ。これからが大変なんだからさ。」ニヤリと笑う。
目がライトに赤く反射する。
「リック・・君?」たじろいだ。何故か、体が震えた。
「リック・・だよね?」
照らし出された赤い目をした顔が、傷口のような口を開く。
「当たり前じゃないさ?俺はリックよ。お前の親友の・・そうじゃん?」
ライトを反射する白い犬歯。
「20年も一緒に育ってきたのにそんなこと言うなんてさ。ほんと悲しいね、悲しすぎるさね。」
ポールは眩暈を覚えた。
「そう・・そうだよね。」
「さあ、ボンベをはずして。行くよん。」
ポールは当惑して、立ち尽くす。ただただ、穴の開くほど見つめるばかりだ。
「行く?・・どこへ・」
「どうしたん?時間がないのさ。」
「リック・・君、ここ・・来たことあるんだ?」抱ききれぬ疑問をついに吐き切った。
リックは自分のライトを消した。彼の上半分が闇に沈む。
「リック・・お願いだよ・・答えてくれ。」
ポールは彼の顔を照らすのが恐ろしかった。
闇の中でも親友の目は燃えるように瞬いた。
「お前はどうなんさ?そんなお前はさ・・」我知らず後ずさる。
「ここに来た覚えがないの?ポールちゃん・・いや、そうじゃない・・のさ」
男の口調が変わった。女の声のように滑らかに、艶を含んで。
「・・船のことは忘れてないじゃないか?今だって、毎日夢に見てるって行ってたじゃないさ。空を飛ぶ船さ・・あれは、夢じゃないんだよ。ほんとは知ってるだろ?思い出すんだよ・・恋した乙女のことだって?お前の定めのことだって・・?」
「いったい・・なんのこと?そりゃ・・だって、夢だろ?」足がガクガクと震えた。
「この前はいつだったかな・・1000年ほど前かねぇ?・・ここに来た時、お前はすぐに思い出したのに・・そうそう、そうだったね・・そして、喉を掻き切ってお前は死んだんだっけ?ねえ?」
リックの影が大きく黒くなる。
「あれから、お互い又しなくてもいい苦労をしたのさ・・だから、今度はそんなことはしないよね?死ぬなんてさ・・俺を残して・・許さないから・・」
ポールは恐怖が次第に実態となって自分を鷲掴みにする予感に尚も後ずさる。暗い見知らぬ遺跡の中、石に足がもつれた。
「なんなんだよ!知らない、なんにもわからないよ・・!」
「あんなに可愛がった、ドウチのことも?。お前が名付けてくれたのに・・デモンとさ。ねえ、ベラト、ベラトス・ゼルトロセ・アポクリュトスよ・・剣の若者よ。」
その名前にポールの心臓は動悸を打った。
瞬間、彼の脳裏に。炎、燃える都。白い腕。悲しげな女性の姿がつかの間よぎる。
そして浮かぶ、巨大な船。見慣れた光景だった。銀色の舳先が陽光を切り裂くように風を切って青空を進む。たまらなく美しい船。刹那、船は炎に包まれる。回りは黒よりも濃い漆黒の闇。燃え盛る船が空を割って突っ込んで来る、落ち行く船。それは自分の真上に。巨大な幻にポールは耐えきれずに身を思わず竦めた。
押さえようと両手を回すが、全身が痙攣しだす。乱れ打つ心拍。ポールは驚愕に目を見開いたまま、身を捩った。全身の毛穴から汗が吹き出す。
「なに?なんなの?なんなんだよ!」彼は恐怖に叫び声をあげた。
瞬間ポールはリックに後ろから抱きすくめられている。
ものすごい力だった。
「逃がさないさ。ポール。」混乱する耳に嗄れた聞き慣れない言葉が入り込む。
「ずっと待っていたんだから。」耳たぶを噛むその声にポールは全身の毛が逆立った。堪え難い嫌悪感が背骨を走り、振りほどこうと全身であらがう。振りほどけない。
「誰だ?おまえ、誰だ?」気違いのように、口走り続ける。「誰なんだ!」足と手でその体を痛めつけようとあがくが、締め付ける力はまったく衰えることがない。
「誰だって?愛しいポール。」のしかかる真っ黒な影が冷たくに告げる。
「お前の親友、大恩人のリックじゃないさ?」
「違う!」悲鳴を上げる。「お前はリックじゃない。」
「リックさ・・ずっとお前を見つめていたさ・・ずっとお前を待っていた・・こうやってお前とここに来る日をさ・・そりゃあもう、指折り数えたのよう・・ずっとずっと、お前を捜していたんだからさ・・」
悲鳴の合間に途切れ途切れに語り続ける声は呪文のように柔らかく、ポールは次第に抵抗力を失っていった。気がつくと、その声にぐったりとして耳を傾けていた。疲労感が体を覆っていた。
「覚えていないのかい?」体を揺すられてうつろな目を向ける。
「・・何を?」口の中が乾き切っていた。
「おまえさ。おまえはいったい誰なんだい、ポール?」
「・・知るもんか・・僕以外の誰でもない・・お前こそいったい誰なんだ?」
ざらついた自分の声。
相手は悲しげにほおっと息を吐いた。生臭い香りと硫黄のような香りが鼻をつく。
「・・思い出させてやるさ・・」熱い息と口が迫って来た。声にならない悲鳴を上げて逃れようとする。ぬめぬめとした物が顔を這う、あっと思う間もなく蛇のような長い舌が口に入って来た。噛みちぎろうとするが弾力のある肉ですぐに口の中がいっぱいになった。喉を熱い蛇が降りて行く。息がつまり、苦しさに目から涙があふれる。
「こんなに乾いて・・かわいそうにさ・・俺が潤してやるさ・・」
耳元の声がだんだん遠くなって行った。
体の芯が熱く固くなる。その部分が柔らかい肉のひだに包み込まれた。
相手は女だ。女の体を持っている。両手に押しつけられる重い乳房の感触。
ポールの肩を床に押さえつける腕も細い。まぎれもない女の体臭。
香しい唇から伸びた舌が彼の口腔をむさぼっていた。
これは夢なのか、体と精神が分離してしまったのか。
ただただ、堪え難い快感が全身を貫いた。
彼は意識を失った。

「ところで・・ポール。そろそろ思い出したかい?」
全身が重く、けだるかった。ゆっくりと目を開けた。
床に落ちたライトの中にリックが座っていた。
やはり、夢だったのか。枕元のリックがポールを覗き込む。
自分だけが服を着ていないのにポールは気がつく。瞬間、ぞっとする。下半身の痕跡にも。全速で走った後のように鼓動が乱れ、言葉は喘いでいた。
「・・何をしたんだ?」リックは息を切らしてもいない。
「望むことをさ。」彼は微笑む。ポールはリックを殴ろうと手を挙げるが力が入らなかった。
「この・・変態!」体を起こそうともがく。「触るな!」怒りが爆発した。
自分の服がズタズタに裂け、散乱している。
「もう服なんかいらないのさ。」リックのニヤニヤ笑い。「どうしてもって言うなら俺のを貸そうかい。」「いらない!」
ポールはやっと体を起こす。「女だった・・おまえじゃない。だけど・・だけど・・何をしたんだ?僕に!これが目的だったのか?僕は・・僕は君を信じていたのに・・!」
「なんで?喜んでたじゃないさ?」リックは立ち上がり、言葉に詰まる彼を見下ろす。
「俺だぜ。」リックは服を脱ぐ。その胸にはさっきまでなかった、見事な乳房があった。
起立した乳首がつんと上を向き、くびれたウエストは淫らなカーブを描く。ポールが目を白黒させる間にそこにはもう全裸の女が立っていた。顔もリックの面影を宿したままにどんどん女の顔になっていく。それは博士だった。昨夜、彼をベットに誘った同じ顔。「気がつかなかった?俺だったのに。」金髪の中から、青い切れ長の目が厚いまつげの下、恥ずかしげに見つめる。「お前があんましうらやましそうだったからさ。グレタで自分でしてただろ?だからさ。」わずかに朱にそまる肌は白く、黒い茂みへ続く。事態を把握できないポールは催眠術にかかったようにそれを見ていた。。赤い唇が扇情的に瞬く。
「思い出すまでさ・・もう1回、やるかい?愛しいポール・・」
催眠術が解けた。あとは無我夢中だった。わけもなくただ叫びながら、ポールは盲滅法に遺跡の奥へと走っていた。


置き忘れられたポールのライトだけがひそっそりと床を照らしていた。
「また、鬼ごっこかい?あきないのさねえ。」リックだった女は冷ややかに笑うと静かに跡を追う。「逃げられっこないのに。」
そして、全裸の女は乱れた足音の放つ絶叫の方へと軽々と跳躍して行った。

スパイラルワン3-1

2009-04-20 | オリジナル小説
         プロローグ・プラス


さて、話は少し飛ぶ。アギュがユリと共に日本の山合いの待ち合い室で苦渋に苛まれている頃。それより、少し時間がさかのぼる。
この星で彼らが出会う、もう一方の主人公達もある展開を迎えようとしていた。

そこは太平洋を挟んだ対岸。アメリカの東海岸、カリブ海。
バミューダトライアングルと呼ばれる海域の洋上。
1艘のサルページ船が沖合に止まっていた。
デッキに立つ白いTシャツの人影は身を乗り出すようにして上空を見上げている。
船倉から上がって来た黒ずくめの男はしばし足を止めた。
「ポール、落っこちるよん。」
「リック!」
その声に慌てて欄干に登っていた足を降ろす。
はじけるように顔を向けた白人の男はあたふたと指を上げる。
「見てよ!UFOだよ!間違いないよ!」
リック・ベンソンは日陰から歩み出るとゆっくりと付き合って空を見る。
「今度はどこよ?」
「ほら、あそこ。あそこ。」
「まぶしすぎてわからないね~。」
「あ、もう、わかんなくなった!。」
ポールは上気した顔に露骨に落胆の色を浮かべた。
「消えちゃった・・」
「この辺は昔から目撃例が多いのよん。俺もおとといの夜、博士と見たもんね。」
リックはポールの頬をつつくとタバコをくわえる。
「にしても、最近ちょっと多いね。確かに。」
「もしかして。」ポールは反射的にライターを捜すが、リックのが早い。
「僕らの今回の冒険と関係あったりして?」
「ふふ、まさか。」リックは深く吸い込むと煙を吐き出した。
「UFOは俺らの範疇外でしょ。」
「でも、でもさ。」ポールは未練たらしく空を捜してる。「バミューダトライアングルの過去の消失事件は地球外生命体のしわざだったりして。だとしたらさ。」
彼の目は夢見るように輝き、声は熱を帯びた。
「僕らが今日、バミューダの遺跡に潜ることを知って偵察に来たとも考えられなくない?」
「考えられなくもないが考えたくない。俺はそういうの興味ないの。」
リックの眼は眠そうだ。
「でも。」顔を振り向けたとたんにリックの煙が眼にしみた。
「古代神話にもUFOらしい怪しい記述とか遺跡の絵とかあるじゃない?オーパーツとかだって。僕らの研究にだってきっと、まったく関係なくないよ。」
「そうかね~?」リックはけだる気に話を打ち切る。
「それより、いよいよなんだよね。ポールさあ、興奮してる最中に悪いけど、今はさUFOなんかで浮き足立って欲しくないないんだよね。」
たちまちポールはうなだれる。「ごめん。」
そんなポールにリックは呵責を覚える「しまったな。俺、口悪りぃから、軽い気持ちで言ったんだけど。言い過ぎたかも。」
しかし、うなだれたポールには内心、うなだれるだけの理由があった。そのことでポールは今日のリックの眼がまともに見れる気がしない。横目で並んだ友達を見た。
黒い髪に黒い瞳。骨格のしっかりした太い眉がユダヤ系の特徴を表している。鍛え抜かれた筋肉が覗く胸元から折り畳んだ地図を取り出す。
「ほらよ、ポール。」
仲直りの印にそれを受け取るとポールは広げる。
「こんなにとんとん拍子にことが進むとさ。正直、とまどっちゃったりしない?。」
「しない、しない。俺の財力じゃ当然。」
リックは大型船のデッキに目を走らせる。「って言うか、俺の親父か。」苦笑い。
「こんなに大掛かりにしちゃって。どこのお偉い大学のチームかと思われちゃうよね。」
「気にすんなってこと。」リックは煙を空に吐き出してにんまりする。
「俺らのガキの頃からの夢がやっとかなうんだからさ。」
「信じられないよ。まだ・・」
「現に俺らは今、ここにいるのよ。死のトライアングルの真ん中にさ。」
「ほんとここに・・トライアングルの秘密が眠ってるのかな?」
リックは肩をすくめた。
「俺らが手に入れた古文書によるとね。眉唾だっていうヤツもいるけどさ。」
「バザールで君のおじさんが手に入れたんだよね。でも、不思議だな・・それが僕らを同じ大学まで導いた・・そしてこんなところまで連れてきたんだ。」
ポールはいったん言葉を切った。リックは強くなってきた陽ざしが反射する海を見つめている。雲一つない。風も凪いでいる。
陸地も遥か彼方、海鳥の姿もUFOの影も今は見られない。
「天候は良好だね~。うっかりしてた、サングラスを博士のとこ、忘れて来た。」
「ほんと感謝している。君にも博士にも。」
「今更、何を言うんじゃん?無二の親友じゃん?。」
「ああ、だけど。僕はさ・・」ポールも思い出してサングラスをポケットから取り出す。
二人は同い年には見えない。ポールはまだ少年の面影を残し、ずっと幼く見える。
いつもよりも更に顔色が白いのは日焼け止めのせいだろう。線が細い印象にたがわず、彼の肌は弱い。日焼けするとすぐに水ぶくれができる。
「リック、僕は・・」
サングラスで眼を隠すと、ポールはちょっと頭を下げた。
「どうしていいかわからないくらい感謝してるんだ。大学の学費のことだって・・」
「よしてちょ。お前はさ、誰よりも考古学をやりたがってたしさ。俺は俺の相棒と同じ研究を続けたかっただけじゃん。それに、これは俺の復讐なんよ。わかるっしょ?」
「・・君のお母さん。」
「そう!俺のクソ親父さま。金の亡者ね。母さんを自殺に追い込んでのうのうと今も商売繁盛、驀進中。胸くそ悪いったら。いつだって仕事と金、金と女!なんだからさ。」
リックの顔に悪魔的な影が差す。「あいつに俺の要求は断れるわけないのよ。罪悪感、たっぷり煽ってやってるから。ざまあみろさ。あんだけ女囲って、唯一の跡取り息子は今も俺一人だもんね~。あいつのバットの打率の低さはきっと神様の罰なんだよ。」
リックは笑いをかみ殺す。「だからさ、あんたの学費なんか俺へのお小遣いのうちに含まれてるし、俺と母への慰謝料や遺産の分け前から言ったってほんの微々たるものってあいつは思ってるさ。」リックは波間に唾を吐く。
「だから、気にしないでちょ。俺はもっともっとあいつの金を使ってやるから。この船だってさ、すごいじゃん?今年の誕生祝い。」
男らしい容姿からはマッチョな性格を想像させる。実際はまるで正反対に振る舞い、なんでも冗談や軽口にしてしまうリック。しかし、ポールは長い付き合いの間に彼の奥底の繊細な内面を知っている。そして、本当の彼は外見そのままに男っぽく粘り強く、そして執念深い一面もあることを。
だからポールはどこかでリックに気を使う。
「たまたま・・近所で・・偶然、同じ趣味だったってだけで。僕みたいな貧乏人が君のおかげで得をしてるって・・みんな、言ってるよ。」
リックはますます肩をすくめた。
「そんなしょうもない悪口言うの、どうせ博士だろ?」
ポールは図星を付かれて、黙ってしまった。その様子にリックは声をあげて笑う。
「相変わらずだな!いつまでたってもさ!」ポールの肩をたくましい両手で抱く。
「お前っていつも変わらないよね。ほんとずっと、変わらないでいてちょ!。」
ポールはこういった、リックの自分への激しい愛情の発露に時々、困惑する。ただでさえ、誤解が耐えないリックの振る舞いなんだから。これだから、自分まで誤解されるのだ。ちょっとうらめしく思うが、リックに対する感謝の念はそれよりもあまりあって大きい。感謝と、少しばかりの窮屈さ。なんだか飼われている動物のような。
あわててそんな思いを打ち消した。
「ポール、恩に着るのはよせって言ったじゃん?。」リックの目が覗き込む。
反らしがたい程の力を持つ強い瞳。サングラスをしてても魂の秘密まで見透かされそうだった。実際時々、こうやって怖いぐらいにリックはポールの気持ちを読んだ。
「俺はさ、お友達がいなかったんさ。無理もないさね。ひねてたもんね。成金のいけすかない息子として、学校ではいつもつまはじきだったさ。お菓子をせびられる以外はさ。普通に口利いてくれたのってさ、あんたぐらいだったじゃん?」リックはなつかしそうにため息をつく。「読んでる本を見て俺の方から、あんたに声をかけたんだよね。」
「超自然、古代遺跡の謎。」二人は同時に題名を口に出し、吹き出した。
「お互い、変な12歳だった。」笑顔のポールにリックは肩をぶつける。
「その調子。やっと、いつものあんたさ。」
「僕の秘密を・・知っているのも君だけだ。」ポールは声を潜めた。
「特殊能力と言ってちょ。」リックも潜める。
「ところで、ポールさ・・まだ、例の・・夢は見てるのかい?」
「ああ・・」ポールは息を吐き出して伸びをした。「なんでだろ?ここんとこ・・船に乗ってから特に激しいんだ。船だからかな。なんだか・・・何か、あるような。」
「・・何を?」
「わかんないよ。僕の夢に出て来る船は、どういうわけかいつも空を飛んでるんだし。でも、そうだな・・夢の中の僕は何かを知っているんだ・・それが、もう少しで思い出せそう・・そんな感じかな。」
「まどろっこしいね。」リックは感慨深気に顎をかいた。
「まったく。」ポールは肩をすくめる。「変な話だよね。ずっと・・子供の頃から同じ夢を見てるなんて。しかも、だんだんストーリーが進んでいく・・こんなの、聞いたことないよね。」
「そうさね。俺は・・あまり夢なんかみないからさ。覚えてないからかもしれないけどさ。
何にしても、それもお前の前世か何かなんだろうよ。前世が実証された話は色々な本にも載ってるし。俺は信じてるよん。」
「これもあれも、僕の悩みの種さ。聞いて笑わなかったのは、リックだけだ。」
「勿論、どっちも誰にも言ってないよ。博士にもさ。」
ありがとうと言ってポールは力を抜いた。
「博士とは結婚するんだろ?」
「さあ、どうだかね~。」はぐらかす。
豪華なサルページ船のキャビンを仰ぎ見る。突き出た煙突の先にだらりとアメリカ国旗が下がっている。ポールは落ち着かない。
「婚約してるって聞いたよ。」
「博士が言ったん?彼女は俺の金の方が大好きなんだと思ってたさ。」
「また、そんな。」冗談めかした口ぶりにも羨望の響きがわずかにこもる。

「俺はさ。」ふいにリックはマジになる。
「お前があいつと寝たって平気だよ。」
「リック・・!」ポールは固まる。
「あいつのことだ。俺の嫉妬を煽る為とか言ってさ、やりそうじゃん。」
「・・・」ポールは言葉が出なかった。それはつい昨夜、出航パーティの夜。酔いつぶれたポールは気がつくと、リックの彼女のベッドにいたのだ。
「誘惑されたんだろ?」リックはこともなげに言う。
「良かったんだといいけど・・初めてだったんだろ?」
良かったどころじゃなかった。
ポールの体が熱くなりかけたので、急いで思い出を封印する。
「知ってたんだ。」顔は青ざめたポールは自分の心が少しだけ楽になるのを感じる。
「平気なの?」

若々しい声がデッキに響いた。ポールはギクリとする。
「ヘルマン博士、ご苦労さまっす。」
近づいてきた金髪の女性にリックは軽く頭を下げた。
いつにも増して短すぎるスカート。ポールの眼に眩しすぎた。
モンローウオークが映える糖蜜色の肌、彼女には大胆な水着がよく似合うだろうとポールは思った。だけど、期待してはならない。高揚した気持ちがわずかに落ち込む。すばらしいプロポーションを白衣に押し込めているのは、すべてリックの為なのだから。
自分なんて合間のスナック菓子程度だろう。未だ、昨夜の大不運、気がつけば大幸運が信じられなかった。夢だったのだろうか。博士からポールは完全に黙殺された。
ポールが付いたため息に初めて、やっと女の鋭い視線が走った。
少しだけ散ったぎこちない火花をリックは黙殺する。
「待ってよ。ポール、行かなくていいからさ。」
ポールを熱心に引き止める様子を博士は苦々しく見つめている。
表面的には何事もないように言葉を続ける。
「二人で潜るなんて危険すぎるわ。」博士と呼ばれた女性は甘えるような、訴えるような目を背の高い黒髪の若者に向けた。「アスラムとキムも連れて行って、ね?」
「潜航カメラは用意できました?」ポールが遠慮がちに首を伸ばす。
「いつでもOKよ。」博士は強ばった笑顔をポールに見せた。
「カメラはずっと遠隔操作で追尾するし、二人の現在位置は電波で常に把握できるわ。」そして今度はとろけるように「でも、深海なのよ。何が起こるかわからないから・・」
リックに再び目を向ける。彼女の手がリックの襟にそってなぞるように降りて行く。そして意味深にジーンズのボタンのところで止まった。
リックがその手を静かに払いのける。
「防水トランシーバーも持って行くんしょ。」青年はそっけなく答える。
「俺たちの潜水はずっと君の監視下にあるんだから大丈夫だってさ。」
「もう、またそんなこと言って!当然の措置でしょ?」
ふくれる博士にリックは面倒くさそうに相づちを打つ。
「わかったよ、博士。会話も出来るんだしさ、異常があったらすぐ引き上げてくれて構わないさ。命綱も付いているんだし。」
彼は小柄なポールを振り返った。
「いくよん、ポール。準備開始。カウント・ダウンだって!」
「わかった、リック!オーケー!」
なんだかんだ言って、ポールは心が浮き立って来るのを感じた。
身を翻すと急ぎ足で、逃げるように自分の部屋へと続く階段を降りて行った。
途中でウエットスーツ姿のキムに呼び止められた。
「また、当たられた?」たどたどしい英語でニヤニヤと聞く。
「ああ。」ポールは苦笑いを浮かべてみせる。「困ったよ。リックが冷たいからさ。」
「わかるよ。君ら、仲良し過ぎる。だから、彼女、いつも焼きもち」キムはポールの肩を叩く。「潜水の準備?終わったら、いつでも任せてよ。」
「君も潜るの?」
「念のため、着ただけ。博士の言いつけ。アスラムもしてる。」
「ふうん。御念の言ったことで。」ポールは感心する。「リックが聞いたら怒るかも。」
「だから、私も困ってる。」キムは階段に向かう。「私の雇い主、リックさん。なのに博士が色々言いつける。聞かないとヒステリー。」肩をすくめた。
「君の苦労、よくわかるよ。」ポールは片目をつぶると自室に飛び込んだ。

「グレタ」デッキに残されたリックは博士のファーストネームを口にする。
「大丈夫さ。何もないじゃん。とにかく最初は二人で潜りたいのさ。」
グレタの手を取る。「二人の夢なんだもん。」
「私の夢でもあるのに。」尖る唇。「今は。」
リックもポールの後を追って歩き出す。グレタが付いて来る。
「いくら幼なじみだからって・・そんなに仲間はずれにしなくったって。」
リックの部屋は操舵室から離れたキャビンにあった。
「君、ちょっと考え過ぎさ。」部屋に入るなり、勢い良く上半身をはだけた体にグレタの目が吸い寄せられる。声のトーンが優しくなる。
「心配なのよ。本当は愛する人をこんな危険なところに潜らせたくないのよ・・」
青年は笑って全裸になった。「ほら、ほら。これが見たくないの?」「いやよ、もう。」「ほんとは見たいくせに。」青年は力づくでグレタを引き寄せた。
「見るだけじゃ嫌よ。」グレタが囁く。
「信頼する人に上で目を光らせていて欲しいだけじゃん?」耳たぶに息を吹き込む。「君と俺が潜ったら誰が計器を監視すのよ?ポールにゃ、できないよ・・」
しばらくあらがっていた博士も勿論、本気ではなかった。
リックの手が色んなところへ這い込むと、堪えきれない押し殺した声を上げる。「悪い人ね・・こんなにやきもきさせて・・ダメよ、ダメったらこんなとこで・・」しばらく無言
でむさぼった後でリックが体を押しやった。「後は帰ってからのお楽しみ!。」
「怒ってるのね?」乱れた髪と服の裾を直しながらグレタはあがった息を整える。
「なんでポールを誘惑したのさ。」リックは背を向けて黙々とウエットスーツに足を入れる。男の声に嫉妬の匂いを感じ取ることさえできたら。女は口びるを噛む。
「ポールはウブなんよ。すれっからしの相手はかわいそうじゃん。」
「言ってくれるわね。」眉が持ち上がる。
「あいつは俺の大事な親友よ。」
「私よりも、いつもいつもポールが大事なのね!。」
「またか、よしてちょ。」
「あの子、私に気があんのよ。気づいてるでしょ?。いつも私をチラチラ盗みみてさ。ぞっとするわよ。だから、ちょっとからかってやったのよ。だけどポールときたら、私の目をまともに見ることもできなかったわ。いざとなると何もできやしないしのよ、ほんと、うんざりするほどお子ちゃまだったわね。」
「やめろ。」リックの背中には押さえがたい怒りが満ちていた。
「あいつの知りもしないで。それ以上の悪口はききたくないさ。」
「どうしてそこまで?それとも・・噂どうり?」
グレタは彼女を拒む背中に必死に切り込む。「二人はできてたりするの?」
リックはやんわりと振り返る。手応えのなさは博士をいらだたせる。
「焼きもちは女を老け込ませるよん。根拠のない侮辱はよくないさね。」
博士の目が怒りに燃え上がる。
「あ、そう!。」むかっぱらを立てて立ち上がる。
「私の男でなければ、あんたなんて世間からゲイだと思われたわよ!あんたがまともな男だって言う証明を、私がしてやったようなものなのよ!感謝して欲しいわね!」

乱暴な音を立ててドアが閉まった。
リックはその後をじっと見つめた。
「証明する為だって、きついさね。」忍び笑い。
「ばか女。」目がぐるっと裏返る。「おまえともこれが最後さ。」
やがて表情を戻すとリックは黙々と準備を続ける。
その顔はさっきまでの生き生きとした人間らしいものが去り、人形のように無表情だ。荒削りに掘られた精悍な木彫り。
「時は満ちたさ。」開いた口から声だけが漏れる。
「どれだけこの時を待ったことか。」
太もものベルトにナイフを取り付けるとリックは部屋を出た。


デッキに戻ると準備を整えたポールがボンベを背負っていた。ウエットスーツを着たアスラムとキムにもリックは何も言わなかった。その他、彼の父が付けた会社の社員5人も彼を待っていた。博士は何事もなかったように計器やケーブルを点検している。
面と向かって目を合わせない。その様子を見て取った、ポールやキムにも緊張が走る。
浅黒い肌のアスワンはおもしろそうに見物といったところ。
「行くよん。」リックは機嫌良く彼らに声をかける。「酸素は2時間?。」
「気をつけて。」博士の目は船べりに腰を下ろしたリックの背にじっと注がれていた。
「行ってきます、グレタ。」ポールがぎこちなく笑って後に続く。
足ヒレが翻り二人は船の視界から消えた。