MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルワン-1-3

2009-04-12 | オリジナル小説
                 幕間1


太陽系、第3惑星『地球』。
思えばレギオン(特殊な人類)であるアギュが生きた惑星に降り立つのは初めてのことと言って良かった。
恒星に超新星や死に行く太陽があるように、惑星にも内部に熱い溶鉱炉を秘めた生きた星とただの物質の固まりに過ぎない死んだ惑星がある。
アギュが産まれたのは勿論生きた星、オメガ星系第3惑星第2衛星であったが彼は5歳になるかならないかで、ペテルギウス第23番惑星に連れ去られている。臨海した人類をだしたことにより、厄災に見舞われたオメガ星系はその自由を奪われ星も人も連邦の終わりない過酷なコントロール監視下に置かれて久しい。憎まれこそすれ、迎える者とて誰もいないこの星は既にアギュの故郷とは言えなかった。
彼が500年に及ぶ時を過ごした第23番惑星は、その地殻のほとんどを人工的に浸食された既に冷えきった死核星、その回りを回るスクールは無論ただの人工衛星に過ぎない。
その後、彼が向かい入れられたオリオン連邦の中枢・・・オリオン・シティは連邦のすべてを統括し、運営し監視する連邦の頭脳であり心臓部であるが・・・その実態は第23惑星と同じく内部まで作り替えられた死んだ星の集合体に過ぎなかった。
彼は生きた星をその肌で知らない。
彼の部下であり友人とも言えるガンダルファとシドラ・シデンの故郷、生命に満ちあふれた星ジュラの話を聞いても状況にプラスされるそのわき上がる感情が完全には理解できないところがあった。光、風、匂い。そして温度変化や時間によって長い間、積み重ねられる感情の変化。

果ての地球と呼ばれる、その星に降り立ったその日のことをアギュはその終わりない生涯の中でけして忘れないことだろう。
臨海した彼にとって視覚は何重もの次元と共にすべて同時に知覚され、把握される。
アギュにはすべてが燃え立つ陽炎のようであったろう。
地上は幾つものブレを持ちながら揺らぎ渦巻く。無数の生命が放つ熱気が煌めきながら大気圏一杯に吹き上がっているのだ。その次元の揺らぎの中に、ドラゴンボーイである2人の部下のワームドラゴンの姿が過るのが、アギュには時々感じられた。バラキとドラコも自らが選んだパートナーの新しい任務地を観察するのに余念がないようだった。
アギュの視覚はワームドラゴン達の持つ視覚とあまり変わりないはずだった。
宇宙に無数に広がる次元の穴であるワームホール。そこを住処とするワームドラゴンは幾つもの次元に股がって生きる生物であったから。
とうとうアギュは一度に入って来る情報量に消化不良になりかけた。
「あれが感じられるか?」たまらず、傍らのガンダルファに話かける。
「この星は幾つもの小さい次元が無数に重なっている。」
「へーえ、まったく感じないね!」
「すべての生命・・・同じ波長を持つものが小さい次元を共有している・・・ように見える。」
「ふーん、全然、まったくわかんないよ。」
その返事に眉を寄せたのは少し離れて回りを警戒していたシドラ・シデンだった。
ガンダルファは自らの好奇心のままに、右に左に首を振るのに忙しかったからまったく上の空だった。彼らが初上陸に選んだ地は見渡す限りの平原だった。ひとっこ一人いない。風に揺すられ音を立てるアシのてっぺんで小さな小鳥が高らかに歌う姿しかない。シドラは久方の爽やか酸素を花の香りと共に馥郁と吸い込んだ。
背の高いアギュは内側から光輝く髪を風になぶられるまま、太陽を魅せられたように見つめている。さすがにここではアギュに目がくらむことはない。シドラは横目で観察を続けたが、気を引き締める側から自然と開放感に緩んで行くのは避けられないということを実感しただけだった。
すべての音が光がざわめきとなって何年も動かない空間で過ごして来た耳朶に優しく触れていた。アギュは憑かれたようにまだ語り続けている。シドラはそれはもはや、誰にとも言えないのだろうとは思った。しかしひとたびいみじくも軍人となったからには、いわゆる部下というものがガンダルファのように上官をほっときっぱなしでいいのであろうか。そう迷いながらもシデンはその姿に何かを思い出さずにはいられなかった。
「これは・・・この星の核が生きている証なのだろうか。核活星とはみんなこのようなものなのかな?」
「さあな。」シドラ・シデンが歩み寄る。「我はワームとは違う。この星は我の母星ジュラに似てはいるが・・・その時はまだ我は次元など縁がなかったからな。」
それから、鼻から思い切って息を吐き出すと「おぬしがそんなに次元に感心があるとはしらなかったぞ、アギュ。まるで誰かさんのようだ。」
調度、アギュはガンダルファの方に顔を向けたのでその表情はわからなかった。
「体が臨海化していけば。」苦い口調が加わる。「嫌でも興味を持つようになるさ。」
フンと、その返事に納得したわけではなかったが、シドラ・シデンはもともとアギュにもその誰かさんにも関心がなかったので、それきりその事を思い出すことはなかった。
「それそれ。」代わりに、ガンダルファがアギュに向かって指を振る。
「それこそ、お前らしい言い方だって、アギュ。中枢に行ってからのお前と来たらさ。」
「アギュ隊長と呼べ。」コホンとシドラ。
「もしくは元帥。」
「呼ばなくていい。」すかさず、アギュが言う。「これは、命じる。」
「命じられちゃ、しょうがない。」
「命令ではな。」シドラが肩を竦めた。
シドラの理想とする軍隊は不発の予感がして来た。まあ、仕方がない。理想と現実。
「それより、さっきの続きです。」アギュが空を指差す。シドラの目にも飛び回る相棒の姿は見えていた。
「ワームドラゴン達にも次元の層が厚いことが、わかっているように思われるがどう思いますか?。どのくらいの層を体感しているのでしょうか?。」
「我に聞かれても。」
「シドラさぁ、ワームと一体化すれば、僕らにも感じられるんじゃない?」
ガンダルファは手に止まった小さな虫をためすがめす観察する。
「まあ、所詮ドラゴンに乗れたって、降りていれば生身の原始人だからね、僕ら。」
そういうと手を振って虫を空に放った。
「つまり、臨海進化したおのれは我らと感覚が違うということだ。」
「そうか・・・そうですね。」
アギュはその言葉を誇らしくも寂しく感じる。
「そんなことより。」ガンダルファが振り返る。「ここがユウリの故郷なんでしょ?。」
「ここより、もっと小さな土地です。」アギュが丁寧に答える。
「ユウリの産まれた地があります。5歳まで育った家が。」
「我は・・行ってみたい。」シドラがつぶやく。
「勿論、おぬしのことだ。行くんだろう?」
「行くどころか。」アギュは黙って眩しい笑みを向けた。
「そうこなくちゃ。」
3人はしばし黙って、光と影を見つめていた。



。。。。。。スパイラルワン-2へ続く


スパイラルワン-1-2

2009-04-12 | オリジナル小説
昔話がやっと一段落してから、二人はその部屋を後にすることになる。
次の間にはニュートロンと呼ばれる数人の女性がかしこまっていた。
なかなか対談が終わらないので、彼らの何人かはさぞや待ちこがれてじれていたことだろう。しかし、もともと表情の乏しい顔からは何も見出せはしない。
「紹介するわ。」イリトは手短にそのうちの一人を招きだす。
事務的な口調で後は下がるように命じた。
娘達のわずかな逡巡に彼女らの名残惜しさが強く現れていた。
「おかえりなさいませ。」
進み出た一人が丁重に挨拶をする。宇宙人類としては大きな方だが、小柄で細身の女性。イリトと同じく髪も瞳も白く、色素がない。切れ長の端正な面差し。
「もう、いくらかは見知ってくれたかしら?」
アギュは黙ってうなづく。先ほどと違って不機嫌なのをイリトは見て取った。
「彼女はゾーゾー。中継基地で待機するでしょう。」構わず続ける。
「細かい手配はすべて任せても大丈夫。ここでの生活も快適に取り仕切ってくれたはずです。」
アギュがゾーゾーを見ることはなかった。光は視線をさけるかのように強まった。
イリトは自分が指名した部下が唇を噛むのを目の端にとらえたが深追いはしなかった。
「あと何人かを私は系外に配置します。」
「滞りなく。」アギュは手短にささやくとその場を後にしようとする。
「会いに行くのね?」イリトは引き止めるでなく自然に会話を続ける。
「連れて来てるんでしょう?・・そろそろ、いい頃かしら?」イリトはゾーゾーに促す。
「彼の大切な人に変わりはない?」
「ありません。すべて順調に進んでいると認識してます。」こわばった顔。まぶしいのか、目がさらにつり上がる。
その返事に光は再び、うなづいた。
素っ気無い反応に女性はさらに強く歯を噛み締めていた。いつものことだった。この娘達の誰もに彼は素っ気ない。誰一人、名前を聞かれた者もいない。このほんの数日前、ここに到着した時から。
彼は奥へと進んで行った。幾つもの扉が彼が近づくと開き、そして、閉ざされた。


黙って見送ったイリトはゾーゾーのため息を今度は聞き逃さなかった。
「そのうち、心を開くかもしれない。」上司であるイリトは言い聞かせるように言った。
「それはあなた次第。」
「努力します。」ゾーゾーは不平は飲み込んだ。
「あなたが試したことを知ってるのかも。」イリトはちょっと意地悪く付け加えた。
部下の透けるような顔に血が登るのを彼女は見た。
「私にも報告が来ていたから。志願したんでしょ?」イリトはため息をつく。
「まあ、仕方ないわ。私だって可能性があれば、試したでしょうから。若かったらね。」ちょっと鋭い視線になる。「若いとなかなかあきらめが付けられないわよね。不可能と解ってても。」その視線にさらされた部下は黙って視線を下げる。
「凍結卵子ね?。でも、ダメだった、でしょ?」
こわばった顔で部下は告げる。「私の受精児は臨海しませんでした。」
「そうなのよ。もともと、私達ニュートロンでは確率が低いのよ。彼が進んで提供してくれたDNAをあなたも無駄にしたもんだわ。」イリトの声には非難は見られなかった。
しかし、ゾーゾーは話を遮った。「・・もう、いいですか?」
「ええ。あなたも準備があるでしょ。」
イリトの目はまだ何かを言いたそうだった。今度は、この部下は挑戦的に上司を促す。
頑固で意固地な表情がその眼にはあった。触れさせるもんか、と。
イリトは笑ってはいけない。
「あなたは、私の部下の中でもピカイチだわ。」
イリトは部下の目を受けて立つ。彼女が目をそらすまで。
「過度の期待はしないことね。」
「・・言ってることがわかりません。」美しい部下はやはりかたくなだった。
「行っていいわ。」
放免されたゾーゾーが急ぎ足で退出するとイリトは広い室内に一人残された。
「恋というやつは。」
鋭い光が白い双眸の奥底で光る。イリトはこれまで自分の人選に不安を感じたことはない。しかし、今初めて彼女を選び出した自分は正しかったのかと、すこしだけ自信が揺らぐ。あの娘がアギュの子供を望んだことまでは構わない。ニュートロンの野心的な女なら誰もが一度は夢見ることだ。イリト自身は臨海進化は原始星人しか起こりえないと言う学説を支持し、確信している。アギュが協力的になったおかげで、細胞が手に入りやすくなったからと言って安易にばらまくのは感心できなかった。
生地はどうあれ、自分の命令には素直な娘だと思っていたのにあの挑戦的なまなざしはどうだろう?
もし、アギュの側に置くべきではないと感じたら即座に更迭しなければいけないだろう。
イリトは無意識に踵を鳴らしていたことに気づきやめる。
「恋する乙女。」まったくやっかいだった。
「宇宙人類でさえ足下をすくわれるのかしらね?」
やがて、イリトは力を抜くと長く息を吐いた。


プライベート空間?(それはほぼ正しかった)の一番奥まった部屋にアギュはたどり着いた。
その室内に浮いた立体のベッドと呼ばれる空間にアギュは入って行った。
肉を持たなくなる彼の為にと作られた人口次元。
初めて強い疲れを覚えた。
上目遣いの白い女の顔が過る。「嫌なオンナ。」吐き捨てるような言葉が口をつく。
「ゾーゾー。忘れるな、部下というよりは中枢の監視者だろう。」
「ジブンのコドモが臨海せずに破棄されても平気なオンナ。コドモに臨海進化という重荷を背負わせてまでも、己の出世を望むヤツ。」
「考えても身震いする。」
まるで会話のような独り言が迸る。
その内からの迸りに、アギュは力なく身を任せていた。
濃い密度の空間に彼は今、捕らえられていた。それは本来なら、心地よい場所。
その中で様々な思いが渦巻き広がって行く。

彼が今、並々ならぬ覚悟と共に切り抜けた戦い。
その戦いは一口に総括するならば、人類と人類亜人種との相克であった。
ヒューマノイドとカバナ・リオン。
人類が始祖のアースから発展し作り上げたオリオン連邦は、いまや銀河のオリオン腕と呼ばれる一帯に広がっている。
そしてその戦いも既に二つの民族が始祖のアースを出た時から始まっていたのだった。何万百年に渡る戦乱と何百年かの休戦、それらを幾度も繰り返し一度はほぼ完全にオリオン連邦に勝敗が上がった形になりカバナ・リオン達を中心とするダークサイトはオリオン腕とペルセウス腕の真ん中のボイドに放逐された。
それがペルセウスの他民国家の後ろ盾を得て、勢いを盛り返してからは戦いは連邦内部からペルセウスに臨する辺境地域へと変わってしまったのだ。
連邦を奪還しようというダークサイトとそれを阻止しようとするライトサイト。二つの人類。宇宙人類と呼ばれるニュートロン、進化体同士の果てしない戦いであった。

このような戦闘が続く限り、中枢議会と交わした誓約により彼はボードシップに居を移さなければならない。だから、星に行った後もこの休戦状態が長引くようにと彼は今日徹底的に敵を叩いたのだった。イリトが自分と中枢の間に割って入ってくれると知った今、肩の荷が降りてしまったアギュは無性に自分の願いだった5000光年彼方に飛んで行きたくなった。
アギュは独り言を止めて、空間を漂い思いにふける。
仲間に会いたかった。特に、特別な仲間。ガンダルファとシドラ・シデン、 原始星ジュラ出身の2人のドラゴンボーイ。ワームドラゴンの使い手である2人とはかつて宇宙の監獄と呼ばれたスペーススクールで深い縁を繋いだ。
自分が臨海した元帥を演じなくても済む、心を許せる仲間だった。
しかし、まだその任地へ向かう為の彼の準備は完璧ではなかった。
実はそれも、アギュ自身が無意識に今まで引き延ばしていたのかもしれない。
運び込んだ受精卵はここに着いたその時点でも、すでに目覚ましい発達を遂げていた。
アギュは疲れた意識をひとつにまとめようと努力した。肉体を持つ人間ならば別々に対処する身体の疲労と精神の疲労が、そのどちらもが、ひとつになった彼自身を2倍に疲弊させていた。
二つの人格を統合した彼は(そのことは先に旅立った二人すらしらない)その為に時に自分の意識が議論するかのように分裂している感覚を抱く。今も二つの意識が口々に自分を責め立てているように思えた。二人の記憶を彼は持っている。今はどちらも自分にとっては他人のように遠く感じた。焦燥に彼の体は重く黒ずんで行く。
自分の肉体がどういう状態なのか、実は彼にもよくわからなかった。彼の前に臨海した人間は6人。いずれも心を閉ざし、臨海の途上で人類を見捨て、宇宙の彼方に逃げてしまった。
踏みとどまったのは、彼が初めてだった。
何か補給した方がいいのかもしれない、とぼんやりと思った。しかし、食欲はまったく感じなかった。彼はまだ食べようと思えば、普通の食べ物を採ることもできた。もともと小食だったけど。しかし、彼を観察している科学者の話でははっきりとした内臓の働きは確認できなくなったと聞いていた。エネルギーに変換した食べ物の方が自分にはもうふさわしいのだろう。
それはなんだかとても味気ない。
これから、いったい自分はどうなって行くのか。はなはだ、心もとなかった。


その時、金の光が彼の脳裏に閃いた。ただ一人、いつも自分を励まし支えてくれた者。自分がそばにいて欲しいと思った少女。彼女の笑顔。そして、声。
それだけが彼に残された唯一、確かな記憶のように思える。
自分の片方が殺し、片方が救えなかった少女。
心の奥底からかすかな楽器の振動が伝わったようだ。
彼女だけを自らの主人と認めた壊れた楽器の欠片。
体の奥底から響いてくる懐かしい音。心がしびれるように満たされて行った。
気がつくと疲れが洗われるように消えていた。
彼の体は美しい光を再び取り戻す。
心臓があるべき場所で金色の光が鼓動していた。
彼はベッドを滑り出た。
再びいくつかのドアを巡る。
その体には溌剌とした生気がみなぎり、目は星のように燃えていた。
「ワタシの希望の欠片だ。」彼は呟く。「まだ、あのコが残されている。」
「過ちを償うことができる」ふいに目に陰りがやどった。「ただし。」
「あのコが成長して、ワタシがしたことを知ったら?」
「言わなければわかりはしない。」
「言わないで、ワタシはワタシを許せるのか?」無意識に口から溢れ出る言葉に彼の顔が苦痛に歪んだ。
「あのコはワタシを許してくれるだろうか。」
アギュは立ち止まると、しばし息を吐き呼吸を整えた。それを繰り返すと、顔から覗いた苦悩の色は影を潜めていった。彼は静かに呟いた。
「それは・・・未来の事はワタシにもわからないのだから。」
「行こう。もう、動き出した。ワタシが・・ワタシ自身が動かしているのだ。」
苦痛を飲み込み再び、アギュは歩み出した。

行き着いた部屋には大きな水槽のような装置があった。
壁の全面が窓になってる以外は特徴がない。
泡が無数に浮いてる水槽の中に全裸の幼女が眠っていた。
アギュはしばしむさぼるように子供を見つめた。何者かの面影を探し求めて。

そして覚悟を決めたように、光が何かを呟くと、水槽の泡が激しくなった。
水が沸騰するように急速に蒸気となって行く。
深閑とした静寂とその風景は合致しない。
とうとう幼女は蒸気となった暑い空気に揺すられるように水槽の底に降り立った。汗ばんだ素足の回りの水たまりが次々に蒸発して消えて行った。
でも子供の目は閉じられたままだ。
光が近づくと水槽は姿を消した。
しばし、ためらい、それから静かに呼びかける。
「ユリ、こっちへおいで。」
その口調はボード・ルームでのものともイリトの会話ともまったく違っている。
ためらいがちだが、柔らかく力強い。
子供は微笑んだ。目を開く。大きくて強い目だ。
ちょっとふらついたが、すぐに確固たる足取りで光に近づく。
「あー」口を開いて見上げる。笑いかけたのだ。両手で光に触れようとするがうまくつかめないらしかった。
アギュは腰をかがめるとしっかりと子供の両手を受け止めた。
「今日・・・産まれた。」彼はやっとそれを決意できたのだった。
「とうとう、産れたのですね。」
ふいに避けようのない喜びがわき上がって来た。

ためらいもなく、裸のままの子供を光の腕へと抱き上げた。
物珍しげに小さな手が光の髪を撫で擦る。光の欠片が飛び散ると子供は楽しそうに大きな声で笑った。
よく似ている。彼は柔らかい頬を指で触った。弾力のある頬にエクボが作られた。
自分にもどこか似ているはずだった。二人の遺伝子が合わさったのだから。
でも彼は自分の面影は探さなかった。今の彼の慰めにはならないから。
アギュレギオンが窓に近づくと、宇宙を移して濃い闇に満たされていたその面に変化が表れた。
一時、水面のように渦巻くとそこには惑星の姿が映し出される。
白い雲が覆う、青い星。
アギュは子供をその星の方へと掲げた。
「あれがユリのハハの星ですよ。」子供は食い入るようにそのスクリーンを見つめる。
「美しいでしょう。」彼の目はその星よりも蒼い。
幼子は振り返り見比べるようにそれをのぞき込んだ。そして、また笑う。
「あの星に行きますか?」ささやく。「ワタシとともに。」
「あー!あー!」
子供は身を捩らせると彼に何かを訴える。
ニコニコと笑いながら。
「ええ。約束ですから。」
彼の意識の影達も感慨深く今は口を閉ざしているようだった。
湧き上がる深い思いに彼の光の表面も打ち震えた。
彼はしばし、それに耐えるかのように眼を閉じた。
「我が子よ。」そして、眼を見開く。
「私達3人の大切な子供。」
目の前に心配そうに見上げる黒い瞳があった。
アギュレギオンは静かに微笑むと童女を固く胸に抱きしめた。



スパイラルワン-1-1

2009-04-12 | オリジナル小説
             プロローグ・マイナス



銀河は戦国時代であった。


オリオン腕と呼ばれる領域ととペルセウス腕の間の前線戦場地帯。
熾烈な戦闘が行われている地点から何光年も離れた前線基地。
オリオン連邦のベースキャンプ・シップ。
それは小惑星ほどの次元ボード・シップであった。
船の内部は多重次元が人工的に作り出されていたために肉眼によって、空間は歪んで捻じれて広がって見える。一次元しか認識できない原始体にとってはいたたまれない場所であっただろう。次元感知能力の優れた進化体達だったらば、さらに幾重にも重なったブレた内部が捉えられていただろう。
どちらにしても、保護スーツなしでは存在しえない程の密度の濃い船内であった。
乗組員の数は驚くほど少ない。
彼等も陽炎のようにゆらいで見える。その場にいたり、いなかったり。


その一見、白一色の果てない砂漠の核に蒼い光が瞬いていた。
「ガード7754をγX1010508YZからω11008911に移動。」
光が言った。
「敵機σからαに進入。σ1140518にナイト6500を移動。」
「了解。戦闘に突入。」
「注意せよ。υ58は手薄。」
「ω-θは殲滅完了。」
「ドラゴン部隊υに到達。」
「ドラゴン部隊はγに回避。α・ω・θをυに集結」
「υに敵機を追い込みます。」
「穴を塞ぐ為にドラゴンを投入します。」
「穴は私が塞ぐ。ドラゴンは回避させよ。」
「その方がてっとり早いですが?」
「ドラゴン部隊戦闘回避。前線後方零基準点に下げる。」
やや強い口調で光は遥かに揺らぐ影達に告げる。
「αx1010αy512αz66478・・」
言葉より先に中空のボードを次々と光が走る。次元と次元が重なり交わる点へ目まぐるしく戦機が配備されて行く。
100や200、いや千や万の光点が彼の的確な指示によって幾つもの次元を跨いでボードを滑るように動き続ける。その光の軌道点の残像はときおり、対峙する二つの膨大な軍団の全貌をボード上に揺らめかせる。
どんな小さな敵軍の移動、1機たりとも彼の目に捉えられぬものはないようだった。
チューブのような次元の回りを網のように走る細かい道が毛細血管のように浮かび上がる。

「撃破!」
「υ撃破!」
「δSWに1機逃走はかった。ω5561で追撃。」
「δ撃破!」
「敵、一個師団はリオン・ボイドに退却。」
そこここから影達のため息がさざなみのように伝わる。
ここ数日はほんの小競り合いに過ぎない。
カバナ・リオンは斥候を出し、進軍すべき抜け道を探る。連邦はそれを阻み、死守する。オリオンのペルセウス側前線部隊に阻まれ、カバナ・ボヘミアン(誇り高き遊民)と自らを呼ぶダークサイトの軍団は一歩もリオン・ボイドから踏み出せずにいる。
連邦のすべての船舶は空賊の襲撃や略奪にさらされることなく安全に航行し続けている。
斥候はすべて撃破された。進入できるワーム・ホールはもはやひとつもない。
磁気嵐によって新たなホールが産まれるまでは。


「今日のところは。」光が告げる。「もう動きはないでしょう。」
「すばらしい。」
「あなたの次元空間を把握する能力にかなうものはない。」
「我々にはあそこまで明確に対象を追う能力は及ばない。」
「さすが。」
「さすが、臨界進化。」
称賛に浸ることを拒むかのように光は核から立ち上がる。
現れたスロープをなぞるように光は落下していった。


光は蒼い人の形をしていた。


ボード・ルームから光が退出するとブレた空間は次第に一つになって行った。
人の形となった影がため息をつく。
「あれが、臨界進化体の力なのか。」
遥か横に配置されていたはずの隣の人物がそれに答える。
「彼は最高元帥になった。」
「最強のボードマスターだから当然だ。」別の小さき人が話しに加わる。
「彼無くして連邦はダークサイトを押えられない。」
人々は巨大なドーム型の内部構造の下部に寄り集まる。
「彼が小部隊を率いるという噂を聞いたが・・?」
「それは本当らしい・・彼は中枢を拒絶した。」
「なぜ自らあのような辺境に?」
「臨界進化の考えることなど我々にわからるわけがない。悩むだけ無駄だ。」
「なるほど。」
「それもそうだ。」
「彼が元帥のままであることが重要なのだ。」
「中枢も監視は続けているのだろう?」
「勿論。」
「無駄なことだ。臨界進化体がその気になったら誰も逃亡を阻止できない。」
「やらないよりはまし、というわけだ。」
「彼は逃亡しないと中枢議会で宣誓しているのだがね。」
「わかるものか。それも正気のうちだけだ。」
「発狂した他の臨界体のように、いつか彼も消えてしまわないとは限らない、ということ かな?。」
「それは困る。彼がいなくなるとこの戦況が維持できなくなってしまう。」
「どっちにしても、それは何千年も先のことだ。」
「我々は誰一人、生きてはいまいよ。」
「そりゃそうだな。臨界進化体の寿命は数億年との話だからな。」
「推察だ。」
「確かに。誰も確かめられるわけない。」
どっと笑い合う。
喧々諤々、話は続く。


蒼い光、アギュレギオンは船外に退出しながらニヤリと笑った。
相変わらず、みんな話題が尽きないようだ。


アギュは満足そうに自分が生み出す重力に身をまかせるまま落ち続けた。甘美な墜落。
肯定否定、異論反論、自分へのうわさ話が彼の耳に集まっては散っていったが、それはもう不快ではなかった。
彼は自分が必要とされていることを知っていた。畏怖され崇められていたが、恐怖や嫌悪を抱かれているわけではなかった。軍隊を志す原始体の子供達の遠慮がちの尊敬や混じり気の無い愛情は彼に心地よい充足感を与えてくれていた。
ただひとつ。付きまとう胸の痛みを除いては。




彼はボード・シップから張り巡らされたアーチの一つを渡り隣接するベース・シップへとたどり着いた。
白い女性が今宵は彼を待っていた。


「お久しぶりです。イリト・ヴェガ。」
アギュは彼女の存在をすでにボード・シップに乗り込んだ直後から意識していた。
目まぐるしいあの戦いの最中にも。
「先ほど、ルームまでいらっしゃってましたね。」
「お見通しね。さすがだわ。」イリト・ヴェガは満足そうに目を細めた。大きな椅子に沈み込んだその姿は、満ち足りた白猫を思わせる。
「野次馬根性でね。ちょっと意識を飛ばしただけだったのに。」
アギュは彼女の向かいにフワリと腰を下ろした。
「勿論、あなたの勝利を信じていたからこそのことだけど。」
「それはどうも。」微笑むアギュの光は光度を落とし、イリトには彼の指が輝く髪を所在なげに玩ぶのが見てとれた。(美しい指だこと。)イリトはますます目を細める。あからさまな賛辞をアギュが好まないことも知っていたが敢えて防壁は設けなかった。(どっちにしたってお見通しなんでしょ、アギュ?私の意識なんて)
「そうそう暇人ではありませんよ。」アギュがニヤリと答える。
「でも防御していれば覗きません。」
「あらあら、覗いて欲しいのに。」ポッチャリとした頬が緩んだ。「ほんとよ。」
「できれば辞退します。」彼は会話を楽しんでいた。
二人がこのように親し気に言葉を交わすようになったのは、つい最近のことだった。
それまでの二人は監視される者とする者といった、動かしがたい緊張関係が常に存在していた。それは主に、アギュの方が心を開かなかったからというのが大きな起因だったのだが。
アギュが逃亡しイリトが連れ戻すという過去のある事件をきっかけに、アギュは劇的に変わった。
後にイリトは自分がアギュのことをよく解っていたならばこの事件は防げたのではないかと、後ろめたい気持ちでしみじみと思ったものだ。彼のことをもっとちゃんとした人間として対等に遇していれば、もっと早くに事態は好転していただろう。
イリトははっきりと形を取らない潜在意識レベルでアギュの観察を続けた。
彼の光度はますます下がり、今や普通の人間のようにさえ見えた。陽光のような髪の毛を除いては。彼の臨海は不完全であり、まだその最終形態への途上と思われる。ある程度、彼は自分の肉体の濃度をコントロールしている。パネルを操る時の彼が現在可能な臨海化のリミットなのか、実際はある程度まだコントロールされている姿なのかすら正確に判断できる科学者は誰もいない。
アギュは薄いスーツを着ていた。まだ普通の洋服のように見える。彼はやがて物理的な服等、必要なくなるだろう。ひょろ長く上へと背が伸びて、少し痩せたようだ。外観が少年から青年になっただけかもしれないが。彼を男に見せている頬のきつい線もやがては消えるだろう。彼は性別も失うのだ。そう思うとその固さも大人へと変わる前の少女のようだと考える。イリトはあやうくニコニコするところだった。おっとあぶない。こんな妄想は彼には禁物。
しかし、アギュは言葉通り、イリトの意識の中身などには興味はなさそうだ。
青みを帯びた白い顔は泉のように蒼をたたえた瞳のせいで余計に青ざめて見えた。
ふいにイリトは彼が寂しそうに見えることに驚いた。
イリトは当たり障りない彼の日常を尋ね続けた。アギュは嫌がる様子も見せず、それに答えている。二人は端から見ると、まるで息子とその母親のように見えただろう。
実際にはアギュの方が長い時間を生きていたが。
「落ち着いたようね。」イリトは用心深くそこに踏み込んだ。
「はい。御陰様で。」皮肉ではなかった。こんな言葉遣いをどこで学んだのだろう。
「もう・・大きくなったのかしら?」イリトはアギュの瞳が輝くのを見た。
「ええ。連れて行けます。」
突然、彼がのびのびと幸せに満ちあふれるのがわかった。イリトは意識下で思う。
臨海進化体とは私達が思うよりもずっと無防備な存在ではないのかしら?。肉体と精神が融合するということは、いわば心が常にむき出しになることと同じであるのかもしれない。喜びも悲しみも隠せないのなら、それは何よりも脆い危うい存在と言ってもいい。そんな風に思うなんてとイリトの意識が苦笑う。試験管で子供を作る、ニュートロンの女に母性本能があるなんてね。それでも、イリトは今日彼に自分の進退を告げに来たことを、自らに感謝したのだった。
「じゃあ、向こうで私も会えるわね。」
これにはアギュも不意を突かれたようだった。すぐに彼は事態を飲み込む。
「アナタこそ・・何をしているんです?」
アギュの装甲を初めて崩したイリトはますます猫じみた笑いを浮かべる。
「中枢での地位は?」
「政治はもうあきてしまったの。」残念そうにため息を付く。
「ほら、もともと私は研究者じゃない?原始星の方が好きなのよ。」
「ニュートロンなのに。」
「そう変わり者の進化体。」
どちらかと言うとアギュはイリトの身を案じてるようだった。
「最高機密研究所の所長だったアナタなら望むままの地位がもらえますよ。それに、ワタシを中枢に引き止めたのはアナタの手柄だ・・」声が沈む。
「枢機院でも元老院でも、誰も拒みはしないでしょう。」
「私、年寄りは嫌いなのよね!。」イリトはガンダルファ言うところのおばちゃんパワー全開で身を反らす。
「頭の固いとっちゃん坊やなんか相手にするのはもう、まっぴらなの。
ほんとに私、どっちにしても若くてかわいい子の方が大好きなの。シドラやガンダルファや、それにあなた!。」イリトはアギュの若い部下達の名前を挙げた。
とうとうアギュは笑い出した。「見かけだけはですよ。」
「それに、あなたと一緒に行ったほうが余生が楽しそうだもの。」
イリトはほっとして微笑みかけた。
「私はあなたの上司になるわね。太陽系駐屯部隊の。もともと、あなたが酔狂なのよ。ほんとにね、最高元帥様が私の部下なんて奇妙よね。このことだけでも、ものすごい出世じゃなくて?親類どもがうらやましがるわ。それに私がお目付役みたいにあなたを監視してるからって気にするこっちゃないわよ。だって、多分私はほとんどこちらに待機しているから。中継基地にも普段からいるわけじゃないし。私にも継続中の研究とかあるしね。・・行きたいのはやまやまだけど。・・ほんとはぜひとも第3惑星に降り立ってみたいのよ。でもねえ・・あちらで浮いちゃうと困るでしょ。原住民達を驚かせるだけだもの。私の現地デビューはもっとデータを集めてからね。大丈夫よ。ここからでも幾らでもリサーチは可能でしょ?。今ね、ちょっと激しくあの星に興味を燃やしちゃってるの。どんどんデータを送ってきてちょうだい。すでに派遣されてた人達から話も聞いてみたいし。だから、そっちはそっちでやることをやって。あなた達は心置きなくね、どうぞ好きなだけ、お好きなように振る舞っててかまわないのよ。あなたに全権を任せるつもりなの、いけない上司かしらね。」
アギュは生き生きとしたイリトの話を黙って聞いていた。
自分がどれだけ緊張していたのか今、彼は初めて思い知った。
待ちわびた星への行幸。仲間はとうに先に行ってた。彼がそう命じたのだから。
自分はこの銀河のはずれの戦いの為に出発を延ばした・・延ばさざるを得なかったのだ。
でも本当は・・本当のところは、どこかで自分は恐れていたのかもしれない。
なぜなら驚いたことに、イリトのこの報告に彼が感じたものは安堵だったから。
臨海進化した自分が心細いなどと。
「いいんですか?短い生を。」アギュは静かにイリトの話に割り込んだ。
「アナタのキャリアがすべて無駄になるかもしれませんよ?」
「ご心配なく!」イリトは立ち上がる。
「私、あなたにはできない贅沢をね、あえてすることにしたの。」
彼女は子供のようにおどけてみせた。
「みんなが後ろ指を指す通りに、人生を無駄遣いしてみようと思うの。」
それから慌てて心配そうに言い足す。「今の嫌みに取らないでちょうだいね。」
「ありがとう。イリト。」
胸に暖かいものがこみ上げてきて思わず、アギュも立ち上がった。
「アナタには感謝してる。」ニッと笑った顔と言い方にふと昔の面影が覗いた。
イリトが初めて研究所に着任した頃、外界を拒絶して眠りについていたアギュは既に500年生きていたが外見は12歳の子供と言って良かった。その後、目覚めたアギュは可愛げのない思春期のガキのままに、イリトにやたらと反抗的に接したものだ。しかし、連邦の中枢に自分の居場所を獲得したいとイリトに助力を求めたアギュはまるで別人だった。今、彼女は感慨深く思い返す。悲劇が彼を大人に変えたのだと、まるで母親のような胸の痛みを覚えたものだ。臨海進化体に恐れと疑心を抱き続ける人々の信頼を得る為に身を低くして、ひたすら粘り続けたアギュ。その姿勢はイリトの心の中にも、驚きと共に深い感動を生じさせていった。それまでのアギュに対する考えを180度転換したイリトは気がつけば自分でも驚く程に、まさに政治生命を投げ打って彼に尽力していたのだ。それは今も一点の後悔もない。
心身ともに急激に成長したアギュ。
初々しい青年期の入り口といった外見をイリトは眩しい思いで見つめる。
その誇らしい息子と言っていい男は、かつての姿からは想像もつかない落ち着いた物腰で気負いも媚もなく彼女に相対している。ほんの一瞬、懐かしい子供の面影をイリトに思い起こさせたまま。
アギュはイリトがどぎまぎするのも構わず、静かにその手を取った。
優しく、包み込むように。