MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルワン-2-1

2009-04-18 | オリジナル小説
            プロローグ・ゼロ


「ユリ。」
青年は少女に呼びかけた。女の子は草むらを熱心にかきわけている。虫が飛び立つ。
すぐに走って来た。手の中に大事そうに何かを隠して。
少女は青年にそれを見せる。赤い宝石のような実をいくつか。汁で手が染まっていた。
「ノイチゴ。」青年は教える。「食べられます。」
青年は年若く背が高かった。Tシャツとジーパンだけの簡素な服を着たひょろりとした体の上にやさしくためらいがちな顔が乗っていた。
彼の言葉で少女は無言ですぐに口にふくむ。複雑な表情。
「微妙?」青年は笑う。「ほのかな甘味ですから。まだ、野性味が強いですか?」
少女が実を差し出すと青年は首を振った。
「ワタシはいりません。みんな食べていいんですよ。」歌うように話しかける。
「アワのように消えるでしょう?」彼は口に出せない少女の触感を口にする。
少女は彼が食べなかった実を大人しく口に含んだ。
歩き出す。
草深かった。蔓延った蔓の下の土塀の跡を探りながら進む。獣道が途切れ途切れに続いていた。
「トンボです。」
少女は手を出して掴もうとする。「欲しいですか?」
青年が手を差し出すと飛行虫がためらいもなく、指先に止まった。
「静かに。そっと。」差し出す。少女はその透明な羽をおそるおそる撫でた。
青年がトンボを放つと少女はその後をしばらく目で追っていた。
「ココみたいですね。」
青年の呟きに慌てて追い駆ける。
錆びた門柱がすさまじい雑草に丈高く覆われていた。
青年は何でもないように門に触れた。鉄の門は軋みながら開いて行った。
草々が音もなく左右に分かれる。二人は草のアーチの中に踏み込んで行った。
しばらく進むと廃屋が現れた。木造の洋館だったらしい。
今はペンキが剥げ、窓枠も壊れガラスのないそこから青々とした草が吹き出している。
屋根は辛うじて残っているようだったが壁はところどころ、板が腐って穴が開いていた。
ひさしに近づくと、コケ深い香りが感じられた。
青年はしばらく自分のうちの声に耳を傾けるように黙ってその建物の前に立ち尽くした。

「こっち、こっち!」ふいに声がした。見上げると若い男が崩れかけた2階のテラスの手摺に腰掛けていた。「なかなか、来ないからさぁ。眠りかけてたよ。」
青年は上に手を振る、少女に笑いかけた。
「まちがいない・・みたいですね。」
走り出した少女は大胆に正面玄関だったドアをこじ開けようとする。入るつもりらしいが取っ手がなかった。青年が後ろから長い手をのばし、そっと触れる。大きなしみだらけの2枚ドアは軋みながら中へと開いた。枯れた蔦がちぎれる音と共に。クモの巣から虫の残骸が散った。
「あぶないぞ、ユリ。」ドアを開いたのは背の高い大柄な女だった。「気をつけろ。」
言葉は優しい。ためらいなく踏み出そうとする少女をやさしく制す。
少女は目の前の女の手にそっと自分の手を絡ませた。女は青年を見やった。
「どうやら、算段は付きそうだな。」
「小細工しなくても売ってくれそうだってね。」2階にいたはずの男がいつの間にか、後ろから玄関に入ってくる。「かなり、おんぼろだよ。タトラが昔の再現写真を発掘してくれているけど、そっくりそのまま修復するのは手がかかるってよ。」
「我は何も昔通りに再現しなくてもいいと思うがな。」
「できれば。」青年が言葉を切る。「再現したいんです。」
「そうか。」ため息と共に大人3人は辺りを見回した。
床は落ちて草に覆われていた。奥に崩れかけた階段が見える。薄暗い廃虚に屋根の隙間から無数に光の帯が落ちていた。色あせた壁紙は蔦に大部分、覆われている。
「・・予算さえあれば、大丈夫だろう。」
「銀河の果ても金次第ってね。」
2人の会話を制するようにユリが身動きした。
「ほら。」青年が息を詰める。2人も少女と並んで緊張に身を固くした。
壊れた階段を白い微かな影が降りてきた。白い素足がつかの間、ハッキリと見えた。
影は踊るように階段を降り、息を潜める彼らの間を通り外の明るさの中へと消えた。
青年も息もせず、目を閉じていた。すべての神経を影へと集中させて。
やがて、彼は息を吐きだす。「ユウリ・・」
彼の中で万華鏡のように意識が煌めき、彼は数秒間小さなパニックに陥る。
そして一筋の水が目尻から溢れ落ちた、しかし彼はそれを拭う事もできない。
強く手が引かれたことで、彼はやっと霧散した意識を一つにまとめることができた。
気がつけば、物問いた気な少女の目が見上げていた。
「やっぱりココにいましたね・・」
彼は晴れ晴れと笑った。涙が滴り落ちた。それは不思議そうな子供の顔をかすっては、塗料のはげ落ちた乾いた板の上に落ちて吸い込まれていった。
「あー、あー!」
少女はそれを見ると女から手を離し、小さな掌で青年に触れた。彼はされるままに屈みこむ。
涙をふき取る、小さな手の感触に青年は何度もうなづく。
「ココに帰っていると思ったんです・・」幸せそうだった。
「アギュレギオンともあろうモノが・・不覚です・・」

「・・・まったく、見えなかった。」ガンダルファはショックを隠せない。
「・・本当に彼女だった?」おそるおそる隣のシドラに尋ねる。
目を皿のように見張っていたシドラ・シデンだったが、黙って首を振った。
「見えなかったが・・感じた。」「嘘、まじ?」「なんとなく・・な。」
「やっぱり嘘なんだろ?」「嘘ではない・・・」
喉の奥でうなるシドラにガンダルファは自分の肩を見る。
「ドラコには人影のような薄い質量が見えたみたい。」
「確かにな。」シドラもしばし何かに耳をすます。
「バラキも感じたみたいだ・・・しかし、ユウリだとは確信が持てないと言ってる。バラキは大きすぎるから、この空間にあまり近づけないのだ。おぬしのドラコの方がより近かったはずだから、そっちが正しいのだろう。」
「そうか・・シドラ本当に嘘付いてない?」
「嘘などついていない。我だってちゃんと見たかったんだ。」
唇を噛む2人は、慈しみ合う傍らの親子を見つめ続ける。

アギュは尚も溢れる涙を止めようともせずにしばし息を詰めて、思いを凝集させていた。
傍らの2人の存在は頭から飛んでいる。
「カノジョは・・・閉じ込められた空間にいるのです。だからワタシ達に見ることができても、向こうにはわからないのかもしれない。まるで終わらない夢の中で同じ行動を無限に繰り返しているように・・・ワタシ達の声を届けるすべがありません。
今は・・・」
思いあぐねている彼にユリが何かをしきりに伝えようとする。
「フタリ?・・・フタリいるのですね?」彼はしばし驚きをうちに秘めて、娘の真剣なまなざしと向かい合った。そして、微笑む。「アナタにはわかるのですね?アナタはニュートロンではないけれど・・・そういう力があるのかもしれない。ユウリは特殊能力者でしたから・・・。」
それから、通り過ぎた影の匂いをかぐように消えて行った空間を脳裏に再現する。
「ああ、なるほど・・・。」にわかに彼は納得する。「混じり合ってしまったのかもしれませんね?ユウリのオカアサンもこの地で亡くなっているはずです。そのヒトの思いも彷徨っているのかもしれません。」

「どういうことだ?」シドラが割って入る。「説明してもらおう。」
シドラ・シデンの口調こそ、同じ学園の生徒だった頃と何ら変わらない。彼女に見えないように、ガンダルファはちょっと笑いをかみ殺した。
「ユウリとハハオヤ・・・フタリの思いが惹かれ合ったとしても不思議はないんです・・・オヤコですからね。ユウリの思いはそこに吸い込まれてしまったのかもしれません。だから・・・ワタシ達の声が届かないのでしょうかね?」
「・・・フン!おぬしの声なら届いて当然とでも言うのか?」シドラの皮肉なつぶやき。
「まあまあ、シドラ。」「大した自信だな。」
「シドラ、上司、上司。」しかし、ため息まじりに付け加えずにはいられない。
「ユウリはさ、アギュが好きだったんだしね・・・。」「フン!」
アギュは下を向き、ユリに語りかける。
「でも、そうだとしても・・・ワタシにはフタリがヒトツになっていることはまったくわからなかった・・・」彼は、ユリを笑って見下ろす。「きっとフタリはすごくよく似ているのですね・・・勿論、アナタもフタリにとてもよく似ているから・・・。」
ガンダルファとシドラ・シデンも改めてユリを見る。
彼らの記憶する面影が強く重なる、大きな目でユリは真剣にアギュを見上げていた。
涙を拭ったアギュが蒼い瞳を再び曇らせたので、ユリは悲しい気持ちでいっぱいになっていた。幼いながらもユリは彼を慰めてあげたかったのだ。しかし、ユリはそれを言葉にするすべがない。どういうわけか・・・年不相応に急激に成長させられる遺伝子の弊害だという説もあるが、通常よりも付加を与えられて育った子供にはこういう例が多かったのだ。
「ユリ、どうした?」シドラの声の気がかりなトーンにアギュは我に帰った。
自分に縋る小さな手を見下ろし、少女の目が涙で一杯になっているのにやっと気がついた。
彼はもう一度、かがみ込むと先ほど、ユリが彼にしたようにその涙を指で優しく拭き取った。
「悲しい思いをさせましたね。大丈夫ですよ、ワタシは。ガンダルファとシドラ・シデンもね。ワタシがきっと何か方法を見つけますから。」
青年は自分の胸に手を当てる。そこにはいつの間にか体と服を透かして浮かび上がったオレンジの光が輝やいていた。
「ここにあるユウリの欠片・・・必ず、残りの魂とひとつにします。」
ユリをその胸に抱きしめた。「取り戻します。必ず。」
「頼むぞ。」シドラがつぶやく。
「できることがあれば、なんでも協力するからさ。」
2人にもアギュは力強くうなづいた。
胸の奥で柔らかく息ずく光の確かな息吹にも。

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