MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルワン3-3

2009-04-20 | オリジナル小説
ポールの声は広い内部の空洞に幾度もこだました。何重にも重なった悲鳴が奥へ奥へと石の壁と床を伝い響いて行く。そして更に谺となった。
無様に涙と鼻汁を垂らしながら追われる青年は壁を伝って行く。奥に行けば行く程、肌寒かった空気は暖かくなっていくようだった。自然に裸体の彼はその熱をたよりに進んだ。次第に酸味を増す空気に混じって、硫黄の匂いも堪え難くなる。
すぐ後ろに追っ手は迫っていた。それは今にも獲物に手を伸ばそうとしていた。
荒い息をし時々、咳き込む獲物は混乱と暗闇でまったく気がつかない。
ついに獲物は袋小路に自分が追い込まれたことを知る。
絶望した手が当たりを手当り次第に探り回った時だった。ふいに突然、明りが灯った。
ポールは見た。自分が巨大な遺跡の石の扉の前に立っていることを。扉には無数に絡み付く文様が唐草のように覆っていた。その両脇に見たことのないガラスのような丸いものが瞬いていた。驚いてポールが手の場所を置き換える。すると文様に新たな光の筋が浮き上がる。ポールは唖然とする。彼はこれを知っていた。なぜ知ってるのかもわからなかった。

「思い出したかい。」後ろで声がした。ポールはリック・ベンソンの声であることを感じたが恐怖よりも驚愕と好奇心が勝った。隣を見ると見慣れたリックが立っていた。何事もなかったかのように。
「なぜ?」ポールの声にならない問いに彼は続ける。
「お前の特殊能力さ。これの為だと思い出した?」
ポールはこわごわと自分の両手を見つめる。彼が手を離すと明りがふっと消えた。
「僕は機械に電気を流すことができる・・何一つわからなくても、機械を動かせる・・」ポールはつぶやく。「昔からそうだった・・母さん達はこれで苦労したんだ・・これを隠すために・・」ポールが
触れる。又文様が光り、明りが再び灯った。
「でも・・これは金属じゃない・・岩だろ?」
「電気を通す岩もあるんだろ。」リックが答える。「これは動力で制御されてるんだ。古代人が造ったのさ。」
そして夢を見てるような虚ろな眼のポールに命じる。
「開けてごらん。お前ならできるさ。」
「どうやって・・?」
「開けと思うだけでいい。」
開け。ポールの意識が瞬いた。そして。
すさまじいパワーが、光りの洪水、光りの渦が壁一面を走る。絡み付き捩れ、瞬く。その美しさにポールはすべてを忘れた。並び立つリックも笑みを浮かべて見つめる。
巨大な扉が音を立てて、前に動き出した。
リックはそっとポールを抱えて後ろに下がった。
カビ臭い淀んだ空気が隙間から吹き出してくる。広がって行く暗闇は深い暗黒だった。
その時。
リックと呼ばれたモノはその隙間から、何かの気配を全身で嗅ぎ取った。
1000年ほど前、ここを訪れた時には感じなかったもの。
長い、長い時を生きて来た彼にも、それは初めての感触。
不覚にも反応が遅れた。
「ポール!」彼はとっさに倒れた青年に覆いかぶさった。
明りはたちまち覆い隠された。
その漆黒の闇の中、何かが襲いかかって来た。

半透明のクラゲのようなもの。節足動物のような柔らかい無数の足に覆われている。そして、それは重かった。まるで倍の重力がかかったように、ひしゃげてつぶれていたが、それは生きていた。リックと呼ばれたモノはそれを片手ではね飛ばす。
「ポール!逃げるよ!」ぐにゃぐにゃの体を抱え上げる。
しかし、すぐにもう1匹が襲いかかってくる。広い空間はあっと言う間に扉から這い出て来るぬるついたクラゲで膨れ上がる。金属が酸で溶けるようなすさまじい香り。クラゲは鳴いていた。ギィギィと言う耳障りな音が四方八方に満ち満ちる。
生臭い液に滑ってポールが床に投げ出される。彼は事態を把握できないままに更なるパニックに陥った。壁面の明りがバチッという音と共に押しつぶされた。
若者は思わず、つい今しがた恐怖でしかなかったはずの男の名を叫んでいた。
「リック!リック!助けてリック!」リックと呼ばれた者はすぐさま若者を押しつぶそうとしていた生物を撥ね除けた。無我夢中でポールはその足にすがっていた。
「リック!痛い!痛いよ!」闇の中でもリックの目はすべてを見てとる。
「嘘だろ!なんなんだよ?痛い!顔が焼けるようだ!」ポールの顔は焼けただれていた。見ると、クラゲに触れたリックの全身の皮膚もぶすぶすとくすぶるように泡立っていた。ただ、彼は痛みを感じなかっただけだったのだ。
「ポール!しっかりしろ!」彼はクラゲどもを恐れることなく押さえつける。しかし、その両手はブクブクと泡を立ててゲル状の肉に吸い込まれて行く。指が溶けて行く。
「ちくしょうめ!」リックは吠えた。赤い目が燃え上がる。
「役にも立たん体さ!この肉めが!」
その瞬間、リックと呼ばれる体の内側から何かがミシッと盛り上がった。それは肉を押し破って今まさに誕生しようとしていた!

それは人の形をしていたが、人ではなかった。黒き鋼のような体を持つ禍々しい何か。跡形も無いリックであった肉片と血漿を振り落とし、毛だらけのゴツゴツとした手の先の長い爪をひと払いするとギィギィとなくクラゲは散り散りに散った。その欠片がポールに降り注ぐ。肉を焼く痛みにポールは悲鳴を上げる。
「くそ!」取り敢えず、ここを離れなくては。
黒き影は人間の若者を腕にかき抱く。背の上にのし掛かっていたクラゲ達が立ち所に粉砕される。その飛沫からポールをかばいながら、中空に飛び上がった背中には黒光る巨大な羽が出現していた。
赤い眼差しは切り込みのように切れ上がり、牙に裂けた口がこの世のものとも知れぬ咆哮を上げる。その振動に石組みは軋み、埃と砂が降り注いだ。
もはやリックではないそれは身を翻すと、知り尽くした地下遺跡のさらなる上へと飛んんで行った。今や扉は再び閉ざされんとしていた。石の動きは挟み込まれる得体の知れない物達をものともせず、力強く分断し再び一面の壁へと戻って行く。むしり裂かれたうごめく陰が床をのたうつばかりだ。ポールがこれではあの扉の奥へと進むチャンスはもうなかった。
床は溢れ出た半透明のクラゲにもはや覆われてしまった。それらは蠢き、侵入者の匂いを嗅ぎギィギィと上へ立ち上がろうとしては崩れ落ちる。そして、時折燐光のような光を発した。
(あんなモノはいなかったさ・・どこから、沸きやがったんのさ?あれはなんなのさ?)
目まぐるしく思考する。
(見たこともない。俺が産まれる前の古代生物?いや、違うさ。匂いが違う。こいつらは、今までいたどの生物の匂いもしない。)
奥へ奥へと進む。腕の中のポールが呻いた。
(こいつがいるから、うかつに外には出られやしないよ。)
ポールの装備はすべて失ってしまっている。彼の全身は焼けただれている。飛行しながら、それはポールの体を検分する。
(かなり、やられてしまったね・・俺の油断だ・・くそ!・・)
ようやく、クラゲから遥か彼方の横穴を発見する。
そっと、若者を下に下ろす。そしてリックの声でそれは呼びかけた。
「ポール!ポール、大丈夫か?」
名を呼ばれた青年は呻き、荒い息でもがいた。
「リック・・リックなのか?」
「ああ、大丈夫か?」
「あれは・・あれは?」
「大丈夫さ。もういないよ。」
「・・あれは、何?」
「わからん・・」
「リック!目が見えないよ!」それは闇のせいではなかった。ポールの顔は液体を流したように崩れていた。
「・・息が・・?」唇が溶けた穴がヒューヒューとなる。
「しっかりしろ!大丈夫さ!大したことないって!」嘘を付いた。
「リック!リック!」脅えた声。「僕、死ぬの?」
「ばかな!」リックの声は打ち消す。
「リック!」ポールの指のない手が岩の上をさぐる。「どこ?」黒いモノは手を伸ばす。
「怖いよ!」その手は先だけがリックの手となる。
ポールは夢中で掴もうとする。惨状を悟らせないように包み込むように握った。
「放さないで・・僕・・」声が弱まる。辺りは熱気に包まれていたが、冷たい体は己の寒さに身震いする。
「君がいてくれて・・良かったよ・・」
「ばか!死ぬな!」
「もう・・いいよ・・君が誰でも・・なんか・・全身が・・動けない・・」
「もう、話すなポール!」
「話したいんだ・・話せる間・・楽しかった・・・ずっと・・」
リックの声はいらだつ。
「おい、まさか!又、死ぬっていうのかよ?冗談じゃないよ!どれだけ待ったと思ってるのさ!」
「ごめん・・でも、感謝してる・・」
「ほんとさ!まったくさ!」偽りの声を捨て去ってわめく。「大損害だって!」
ポールの耳にはもう届かない。彼は虚ろになっていく。
全身の大半をケロイドに覆われた若者は急速に死に向って行く。
「リック・・君は・・逃げて・・」
「ふざけんなよ!いつも、いつも・・!」泣きが入る。
息はどんどん掠れてく。
ポールの脳裏に再び記憶の残光が瞬く。
「なんだか・・前も・・こんなことがあった?・・ような・・」
声は途切れた。
リックの声と手をしていたものは呆然として息と鼓動が止まるのを聞いていた。
「ちくしょう!あの、クラゲ野郎が!化け物が!せっかくいいとこまで行ったのに!」
若者の手を放リ出す。
八つ当たりに辺りの岩に元に戻した腕を力任せに叩き付ける。岩が消し飛ぶ。
思わず、反射的にその石から横たわる肉体を庇いながら、つい苦笑いをした。
「またかよ!笑えるね、また大失敗さ!どっちみち、死ぬってわけさ!」
獣のような黒い人影は、両の羽を開いた。
「仕方がないよ・・又、一から出直しってか・・!」
足下のポールの体が痙攣する。死の断末魔。
「いよいよさね!また、始まるさ!」
気分を切り替えたそれは舌なめずりをする。


痙攣が終わると同時。死んだ肉体から、何かが飛び出した。
「鬼ごっこの始まりさ!」歌うように叫ぶと、それは後を追って飛び立った。
溶けた肉を暗闇に投げ出す、その肉体はあっという間に光るクラゲの海に飲み込まれた。そんな顛末にも、もう興味がない。
魂の去った骸にはもはや用はない。

地の中、海の中、そして空へと。
日は遥か西に傾き、赤く染まった海にポツンと浮かぶサルページ船が見えた。
デッキを行き交う船員達の中に、青ざめて為す術も無い本物のグレタ・ヘルマン博士もいるはずだった。港からもうスピードで出港する高速船は、行方不明者を捜す巡視船と大金持ちのリック・ベンソンの父親の寄越した船かも知れなかった。
でも、空を行くポールから放たれたモノとそれを追うモノにとってはもう、それらは遠く縁もゆかりもなくなったのだ。

ポールから逃れでたモノは銀色に発光し、星の重力に沿ってあっと言う間に星を回った。追うモノもそれに劣らぬ早さで付いて行く。
途中、もやもやとした慚愧達が触手を伸ばそうと寄って来る。
この星の大気圏に浮遊するものたち。
「手を出すんじゃないよ!これは俺の獲物さ!」
慚愧達は爪と牙に因ってズタズタに切り裂かれる。
その光景を目にした、1人の婀娜っぽい鬼が途中まで付いてきた。
「デモン!デモンバルグ!」それは答えない。
「またなの?あきないわねえ?それ、そんなにおいしいの?」
「シセリ、散りな!お前でも容赦しないよ!」
シセリと呼ばれた魔物は肩をすくめて追尾をやめる。
「やんなっちゃう。デモンバルグったら。もう何千年もあれだもの。」
追いついた他の魔族の女達が笑い合う。
「古き魔物は仕方ないよ。」
「あたしらとはおつむがちがうってさ。」
「シセリだってあのお方にちょっかい出すんじゃないよ。」
「そうそう、あのお方の獲物にもね。」
彼らはお互いを噛みちぎり合い、混ざり合う。けたたましい声をあげて。
「そんなことより、生きた人間を食いにいきましょうよ。」
「この下で憎み合ってるわよ、盛大にね。」
「また、戦争かい?」
「それはいいわ。」
「今度のは長いといいねえ。」
女達は急降下して行く。

デモンバルグは飽きることなく、追い続けた。
「さあて。この間みたいに何百年も回られちゃあ、かなわないよ。」一人ぐちり笑う。
「やっと、再生したっと思ったらもうあれだものさ!今度こそって、何回めやらさ!」
力強く鋼の羽が羽ばたく。並走し語りかける。
「さあさあ!さっさと産まれ変っちゃってちょうだいよ!」

その時、魂がぐぐっと方向を変えた。
「おやおや。今度はそっち?はいな、付いてくわさ!」
銀色の魂は青い海を瞬く間に横切り果ての小さい島へと向う。
夜となった半球の大地の煌めきが迫ってくる。
魂は再びぐっと高度を下げた。
「今回はえらく早くないさ。なんだか、すごく積極的さね。まあ、その方が、こっちはありがたいけどさ。」
魔物はほくそ笑む。「いっちゃって~ちょうだいよ!」
その時、星をちりばめたような大地の異変に気が付いた。

「おやおや?」つぶやく。
遥か先、地上に光があった。
「なにさ?あれ?」赤い目を瞬く。
蒼い光。
「今日は初めてづくしだね。あんな光り、見たことないよね。」当惑する。
「ありんこ共が作ったものにあんなものあったかね?どんくさい人間どもがまたなにやら発明したのかしら?」
魂は倍に加速する。
「あれに引かれているのさ?」羽ばたきを強める。
「まさか、あれを目指してるわけって?」
全速力で追う。見る見る地上の光が近づいて来る。
白き山の頂きの先、真っ暗な山あいの町の一点。
そこを目指して一直線にかつてポールだった魂は空を切った。
そして、輝きの中心にある一軒の建物に飛び込んで行った。

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