エルピーダメモリの坂本幸雄社長は米半導体大手マイクロン・テクノロジーなどとの業務・資本提携交渉を進めるかたわら、広島工場(広島県東広島市)の売却問題に悩み続けた。
「このまま超円高が定着するなら、日本で生産はできない」。2011年9月、坂本社長は苦渋の決断を迫られていた。
●為替で帳消し
約1年で対ドルでは約10円上昇して75円に。パソコン需要の減少で、DRAM価格は1年前の3分の1に急落。
坂本社長は、広島工場の生産能力の約半分に相当する設備を台湾子会社に移す検討に着手した。「血へどを吐く思いでサムスンとの技術の差を縮めても、為替ですべて帳消しだ」(五味秀樹取締役兼最高技術責任者)。
ウォン安を追い風に低価格攻勢をかける韓国勢に太刀打ちできなくなり、国内唯一のDRAM生産拠点、広島工場の存在意義が大きく揺らいだ。
だが、繊細な製造設備を大量に移設するには数百億円の費用がかかることが判明。技術が成熟し日用品並みになったパソコン用DRAMを、国内で採算が合うよう生産する手立てはなかった。
季節が秋から冬に変わる頃、坂本社長は広島工場を外部に売却する方針に転換した。
「中国の半導体産業発展に貢献してもらえませんか」。最先端技術の導入に意欲的な中国の誘致活動に応じ、内陸や沿岸の地方都市幹部とも会談した。
●日本でも採算合う
12月初旬。半導体の受託製造で世界2位の米グローバル・ファウンドリーズが売却先として最有力候補に浮上する。半導体の開発・設計を専門に手がける世界の半導体会社から生産を受託して、急成長を続ける企業だ。
官民ファンドの産業革新機構の幹部が同行し、グローバル・ファウンドリーズ社の担当者が広島工場を視察した。DRAMと製造工程が似通っているので、システムLSIの生産ラインに転換できる。
買う側にとっては改修費用はある程度かかるが、工場新設に比べれば大幅に安上がりだ。「この工場なら受託生産事業で利益がでる」。広島工場は大型のウエハー換算で、月産能力が10万枚を超える国内最大級の工場。
グローバル・ファウンドリーズ社は米国やドイツなどにある自社工場と合わせて部材を調達すれば、日本でも採算が合うと判断した。
革新機構は昨秋からルネサス、富士通、パナソニックの3社のシステムLSI事業を統合する計画を主導してきた。稼働率が低迷する3社の主力工場も買い取り、広島に生産を集約する構想を描く。受託生産事業では規模がモノを言うからだ。
革新機構とグローバル・ファウンドリー社の担当者は約1年がかりで国内の主な半導体工場に足を運んできた。世界と競う拠点として「条件に合致するのはエルピーダの広島工場だけ」(革新機構幹部)だった。
エルピーダは広島工場を売却すれば資金に余裕ができ、更生計画が前進する。その場合も一部の設備は借りて付加価値の高いスマートフォン用DRAMを生産し、研究開発機能は残す考え。
●是非を問う声も
ただ、公的資金を投じたエルピーダの経営破綻で、約280億円の国民負担が発生した。システムLSI事業の再編に公的資金を投じることの是非を問う声が出るのは必至。
一方で、日本から「巨大市場の次世代メモリーにつながるDRAMの灯を消していいのか」との意見もある。広島工場をどうするのか、関係者との調整は破綻前よりはるかに複雑になった。
【記事引用】 「日本経済新聞/2012年3月3日(土)/土面」