売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『地球最後の男――永遠の命』 第8回

2015-08-03 20:44:44 | 小説
 毎日猛暑が続きます。春日井市と山一つ隔てた隣の多治見市は、3日連続で、日本最高気温だったそうです。高知県四万十市、埼玉県熊谷市と暑さ日本一を争う、多治見市の面目躍如です。あまりありがたくない日本一かもしれませんが。
 今日は夕立があり、昼間熱された屋根が冷やされて、多少は涼しくなるかと期待しています。このところ、連夜の熱帯夜で、エアコンがない私は扇風機を使っていますが、夜は寝苦しく、睡眠不足気味です
 5階建ての団地の最上階なので、屋根が熱されて、一晩中30℃を大きく超える日が続きます。

 今回は『地球最後の男――永遠の命』の8回目です。


 田上は大杉組に三顧の礼で迎えられた。マルミで大きな騒動が起こり、田上はマルミにいられなくなった。そこを、大杉組若頭補佐の薮原が、是非とも大杉組に来てほしいと、手厚く迎え入れたのだった。最初は暴力団に入ることにためらいを見せた田上だが、ある意味チンピラや半グレたちの乱暴を押さえ、街に秩序をもたらすのも、暴力団の大きな役割であり、田上さんには合法部門で手腕を発揮してほしいと説得された。秩序といっても、暴力と恐怖による支配に頼った秩序でしかないのだが。マルミを辞めざるを得なかった田上は、やむなく薮原の口車に乗った。
 不老不死となった身体で、いつかは大きなことを成し遂げてやろうと考えている田上は、裏の世界でどんどんのし上がり、やがては組長として組織を合法的なものに改組し、政治の世界に食い込むのも悪くはないだろうと思った。
暴力団を全廃し、組員の受け皿になる合法的な組織を作り、徐々に更生させていく。どんな方法で組員を更生させるかは、これからじっくり考えていけばいい。俺にはその時間があるのだ。世の中から暴力団をなくせば、世間に貢献できるだろう。いろいろおもしろいことが体験できそうだ。

 薮原を襲ったのは、対立する組織ではなく、薮原の勢力を恐れた、若頭の一味だということが判明した。組長はその若頭を絶縁し、薮原を新たに若頭に抜擢した。薮原と拮抗していた他の若頭補佐も組から脱退し、以前の若頭についた。
「田上さん、せっかく合法部門にと来てもらったのに、やっかいなことになってきた。対立する組織との抗争ならやむを得ないが、つい最近まで身内だった者から命を狙われることになるかもしれん。やつらは田上さんも当然標的にするだろうから」
 今や上下関係なしの兄弟分となった田上に対し、薮原は詫びた。
 「いや、気にしないでくださいよ。こうなったからには、薮原さんも俺も一蓮托生ですよ。それに俺はちょっとやそっとでは死にませんからね」
 「しかしなぜ田上さんは心臓を撃ち抜かれても死ななかったんですか? それが不思議でしかたがない」
 「それは俺にもわかりません。もう三〇年以上前になりますが、バスの事故で一度死にかけたのですが、医者も奇跡だと驚く回復をしました。その事故がきっかけで、そんな力を得たのかもしれません。それ以降、外見上年を取ったようには見えなくなりました。南アルプスで転落したときも、頭が割れたはずなのに、数十分後には回復してしまいました」
 田上は悪魔との契約とは言わず、適当に言葉を濁した。悪魔との契約というのも、単なる夢の中での絵空事なのかもしれない。

 元大杉組若頭安岡義久(やすおかよしひさ)が、時を同じくして大杉組を脱退した、息のかかった組員と共に設立した安岡一家は、道心会と対立する豊国会(ほうこくかい)に接近した。豊国会の会長は、手土産(てみやげ)として薮原もしくは田上の命(タマ)を取ってくるよう要求した。しかし鉄砲玉が薮原の殺害に失敗したことで、警察も暴力団同士の抗争を厳戒している。だから表立って戦争を始めることはできなかった。
 それで安岡はヒットマンを送り込んだ。薮原は警戒が厳重なので、まずは田上が狙われた。田上は組事務所からの帰り、一人で歩いているとき、二人組に襲われた。
 「あんたが田上さんだね。大杉組幹部に用いられたにしては、夜中に一人歩きとは不用心だね」
 一人が田上の後ろに回り込み、田上の退路を断った。
 「おまえたちは安岡一家の者か?」
 「ああ、そうだ。誰に殺されたか知らずに死んじゃあ死にきれないだろうから、教えておいてやる」
 そう言って一人がいきなりナイフを抜き、田上に躍りかかってきた。そして心臓を一突きした。その男は田上の心臓を貫いていることを確認した上で、ナイフを抜き取った。そのとき、血液が傷口から吹き出した。
 「たわいない。これで俺たちも刑務所(べっそう)から出たら、金バッジだぜ」
 二人の男は意気揚々と引き上げていった。

 しかし田上は無事で、傷一つ負っていないという情報を安岡一家が確認した。安岡義久は田上を襲った三下の二人を組事務所に呼び出して、問い詰めた。二人は間違いなく田上の心臓をナイフで一突きにした、絶対人違いじゃないし、刺したあと、心臓を貫いていることを確認した、と弁明した。
 「それじゃあなぜ田上の野郎はぴんぴんしているのだ?」
 「そんなこと言われても、俺たちにはわかりませんが……」
 二人は震えながら言った。そのとき、別の一人が「組長、待ってください。そいつらの言うことは本当かもしれません」 と安岡を遮った。
 「前に薮原を襲撃したとき、薮原をかばって、田上が銃弾を受けたんですが、やつは死にませんでした。薮原は銃弾が逸れたと言っていましたが、間違いなく命中していました。その場にいた者がそう証言しています。以前にもチンピラどもが田上を痛めつけたことがありましたが、やつは全くの無傷でしたぜ。田上には何か秘密があるのでは? それで薮原も田上を兄弟分として用いているのでは?」
 「どういうことだ? 田上は不死身とでもいうのか? ばかなことを」
 安岡は憤った。そのときだった。
 「殴り込みだ!!」
 玄関の方から、そんな叫び声が聞こえてきた。怒声に交じり、銃声が飛び交った。玄関は修羅場と化しているようだった。
 「殴り込みだと? 誰だ、そんなふざけた野郎は? 大杉組のやつらか? 田上を襲ったんで、報復しに来やがったのか」
 安岡は不安げにモニターに目をやった。この事務所はまだ開設して間もなく、抜け道などの備えはなかった。最近は暴対法のせいか、なかなか事務所に適した物件を借りられない。本格的な事務所を構えるまでの一時しのぎに借りた建物なので、いざというときの備えは十分ではなかった。その分、玄関には多くの組員を配して、警戒を厳重にしていた。
 「相手は何人だ?」
 「はい、田上一人です」
 「何だと? 田上一人だと? 雑魚(ざこ)一匹に何手こずっているのだ? 殺してもかまわん。とにかく、大きな騒ぎになる前に、早いとこ叩きつぶせ!!」
しかしたった一人を相手に何人もの屈強な男たちが手こずっている。殴っても刃物で斬りかかっても、拳銃で撃っても田上は立ち上がってくる。そして素手で一人一人を叩きのめしていった。田上はついに組長室に乱入した。
 血だらけになって仁王立ちしている田上を見て、安岡は震撼した。
 「何をしている、早くやつを殺せ!! 仕留めたやつは、幹部に抜擢してやるぞ」
 安岡は怒鳴った。その声に応じ、組員たちが田上に拳銃を発射した。しかし田上は倒れない。安岡一家の組員たちは、そんな田上に恐怖を覚え、何もできずに立ち尽くした。
 「ばかな。拳銃でも倒れないとは。やつはターミネーターか?」
 安岡はまるでアメリカ映画に登場する殺人マシンが目の前に迫っているように怯えた。安岡を守るべき幹部たちも、修羅のごとき形相の田上に、手出しできずにいた。田上は安岡を睨んだ。
 「もう俺たちを狙うな。ご覧のとおり、俺は不死身だ。俺を殺したければ、ミサイルでも持ってきて、粉々にするんだな。もし大杉組に手を出せば、今度はおまえを殺す」
 田上は自分に刺客を差し向けられたことで、抑制が利かなくなっていた。もし悪魔からもらった不死の身体でなければ、自分は二度殺されていたことになる。それで、盟友の薮原にも何も言わず、単独で安岡一家に殴り込みをかけた。怖いとは思わなかった。銃弾を急所に三発受けても、心臓を刃物で貫通されても死ななかったことで、もはや悪魔との契約は現実のものだったと確信を持った。撃たれたり斬られたりすれば激痛はあるが、決して死にはしない。それに、以前に比べ、回復や再生のスピードが格段に速くなっている。
 それでも、安岡一家の組員は殺したり重傷を負わせたりしない程度に痛めつけるという理性は保っていた。不死だという確信があるからこそ、できることだった。田上はたゆまぬ鍛練により、今は超人的な強さを身につけていた。
 安岡の用心棒たちは戦意を失った。安岡も鬼の形相の田上に降参した。
 「わかった。もう決しておまえたちを襲わない。約束する。おまえのような化け物を相手にするのはもうたくさんだ」
 「化け物だと? 相手を見てものを言え。まあ、武士の情けだ。おまえらも、たった一人にこれほどまでにやられたとあっては、やくざとしてのメンツが丸つぶれだろう。俺は今日のことは決して口外しない。おまえたちが約束を守ればな。しかしもしまた俺たちを狙うようなことがあれば、次は容赦しない。俺一人で安岡一家を徹底的にぶっつぶす」
血まみれの衣服を隠すため、用意しておいたコートを羽織って、田上は意気揚々と引き上げた。

安岡はもう田上たちを狙うことをしなかった。近所から、何度も銃声のような音がしたと通報を受け、出動した警察にも、組の内輪でちょっとしたいざこざがあったが、もう解決した、と言い逃れ、事件をもみ消した。

 やがて薮原は全国組織道心会の三代目会長となり、田上は合法部門を一手に任された。娯楽施設、風俗産業から土建、ホテル、飲食業など、道心会が手がけている合法部門は莫大だった。登記上は道心会と切り離してあるので、暴対法の対象となることもなかった。田上の才覚で、合法部門はさらに発展し、大きな収益をもたらした。
  田上は道心会の合法部門を掌握し、その潤沢な資金力を背景に、与党権力に喰らいこんだ。そして政界にも太いパイプを築いていた。不老不死となったからには、大きなことをやってやろうという野望は、早くも結実しつつある。田上は満足だった。自分が不老不死であるのと同様、この栄華も長らく続くと考えていた。しかし、それはある日、もろくも崩れ去った。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿