売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『地球最後の男――永遠の命』 第12回

2015-08-29 12:19:36 | 小説
 台風15号が過ぎ去ってから、天候不順の日が続きます。今月上旬のような酷暑がなくなり、過ごしやすい日が多くなりましたが、ときどき暑い日もあるので、まだ熱中症には気をつけないといけません。
 8月ももう29日、子供たちにとっては夏休みはまもなく終わりです
 『涼宮ハルヒの暴走』では、夏休みを終わらせたくないハルヒが、無意識のうちに時間の流れをリセットし、夏休み(8月17日から31日)を15,498回も繰り返した、という話があります。アニメでは『エンドレスエイト』として同じような話を延々8回も繰り返しました(笑)。
 
 今回は『地球最後の男――永遠の命』第12回目です。




 日が沈み、まもなく花火の打ち上げとなった。娯楽が少ない農村では、近隣の村からも多くの人たちが花火見物に訪れた。そのため、過疎の農村が非常に活気づいた。
田上と紅蘭は、陽明に指定された場所に向かった。そこは村の外れの見晴らしがいい高台で、花火見物の穴場だということだった。村の中心から離れているので、人出もない。ここからなら落ち着いて花火が見物できそうだ。やや遅れて陽明が現れた。田上と紅蘭は陽明に挨拶をした。陽明は軍服ではなく、上等なスーツを身に纏(まと)っていた。
 「こんばんは。わざわざこんな遠いところまでご足労かけました。でも、ここからは花火がよく見えますよ」
陽明は田上を無視しているかのように、紅蘭だけに話しかけた。
まもなく最初の花火が打ち上げられた。そして、次々と多彩な花が夜空に咲き乱れた。
 「きれいですね。少し遠かったですが、この場所に来てよかったですよ」
 「子供のころ見つけた花火見物の秘密の穴場です。知っているのは、俺と当時の仲間たちだけです。仲間たちも皆解放軍に入隊しました。今年の夏はこの時期休暇を取れたのは、俺だけですが」
 相変わらず陽明は紅蘭のみを相手にした。田上はおもしろくなかったが、特に何も言わなかった。
 花火がまもなく終了になるというころ、陽明はとうとう目的を切り出した。
 「実は紅蘭さん、あなたにぜひ俺と一緒に帝京に行ってほしいのです」
 その陽明の言葉に、さすがに田上はかちんときた。
 「ちょっと待ってくれ。紅蘭は俺の妻だ。黙っていれば、勝手に紅蘭に色目を使いやがって。面倒を起こしたくないと思って今まで黙っていたが、夫の目の前で妻を口説くとは、もう我慢がならん」
 「何だ、君は。みすぼらしい農民のくせに。この帝国では、平民が軍人に逆らうことは許されないのだぞ」
陽明はそれまで無視していた田上を、初めて意識したかのようにすごんだ。
 「待ってください、陽明さん。私は花火見物だというので来たのです。そんな話になるようだったら、ここで帰らせていただきます」
 紅蘭が二人を遮った。
 「いや、俺はあなたを手に入れます。欲しいものは腕ずくでも奪う。これが帝国のやり方です」
 「だから帝国は日本も腕ずくで奪ったのですか? あなたは日本侵略で武勲を立てたのでしょう? でも、この村では大震災のとき、日本の方々には非常にお世話になったはずです。私は沿岸部の貧しい半農半漁の村で生まれ育ったため、直接大震災は体験していませんが、話は聞いています。あなたはそんな大恩がある日本の人たちを、率先して虐殺したのですか? そんなあなたについていくつもりはありません。私は雄貴を愛しています」
 「俺だって最初は日本人を殺すのはいやでした。でも、それは帝国の命令です。俺は帝国人民解放軍の軍人である以上、軍の命令には逆らえません。そのおかげで俺は将校に昇進できたのだし」
 「最初はいやだったけど、今は平気なのですか?」
 「俺は帝国軍人です。帝国の命令は絶対です。今は日本人を殲滅せよと命じられれば、躊躇なくやりますよ。それが帝国軍人の魂というものです。それに日本(リーベン)鬼子(グイズ)も、かつての戦争で、俺たちの国を蹂躙しています。俺は帝国でのし上がっていくつもりです。だから紅蘭さんには何不自由ない生活をさせてあげますよ」
 「私はそのような、平気で恩を仇(あだ)で返すような人にはついて行けません。私たちの国は古来、礼節を重んじることを信条としてきたはずです。確かに日本とは不幸な歴史があります。でも、日本はその後、平和国家として世界に貢献してきました。そしてあの震災のとき、両国の未来の友好を誓い合ったはずです」
 長(おさ)はこの青年の心に訴えて、帝国人民解放軍内のシンパにできないかと言っていたが、陽明の心は腐っている、魂を帝国に売り渡してしまったのだと紅蘭は考えた。紅蘭は田上と腕を組んで、陽明を無視して自宅に帰ろうとした。
 「待ってください。紅蘭さんはこんな田舎で腐ってしまってもいいのですか? 帝京で、上流階級の仲間入りをしたいとは思わないのですか? そんなみすぼらしい田舎男より、俺のような帝国軍人こそあなたにふさわしいですよ」
 陽明は追いすがった。それでも紅蘭は田上と一緒にさっさと先に進んだ。
 「ならば腕ずくでその男から奪うのみ」
陽明は田上に殴りかかった。しかし田上は紙一重で陽明のパンチをかわした。その身のこなしを見て、陽明は田上がただ者ではないことを見抜いた。だが、自分は解放軍でもエリート将校であり、格闘術では誰にも負けないと自負している陽明は、田上を見下していた。それで、体勢を立て直し、また田上に襲いかかった。田上はみぞおちに軽くパンチを入れただけだが、陽明の身体は頽(くずお)れた。田上と紅蘭はそのままその場を立ち去るつもりだった。するとそこにレジスタンス組織の仲間が二人現れた。それは田上も紅蘭も予期しないことだった。二人は田上たちに、家に帰っているように指示をした。

 気を失った陽明は、レジスタンス組織のアジトに連れていかれた。そこには村長(むらおさ)がいた。村長を合わせた三人で、陽明の説得を試みた。帝国政権は、村に対し、非常に冷たく、大地震の救援さえおろそかにしたこと、そしてそのとき大いに世話になり、村人が感謝の念を抱いている日本に対し、恩を仇で返すかのように侵略し、多くの人の命を奪ったことを訴えた。その侵略には、陽明も解放軍として参加している。
 「陽明よ、おまえはそんな帝国をどう思うかね」
村長は問い質した。
 「どう思うもこう思うもない。俺は帝国の軍人だ。帝国に忠義を尽くすだけだ」
陽明は頑なに答えた。
 「本当にそう考えているのか? 帝国の間違いを正そうとは思わんかね?」
 「くどい。さてはおまえたち、帝国に楯突く反政府組織の手先だな? 軍に戻ったら、さっそく人民警察におまえたちの仲間を逮捕させてやるぞ。ただ、俺をこのまま帰せば、郷里の仲間としてのよしみで、今回だけは見逃してやらんでもないが」
 逆に陽明は三人を恫喝した。陽明はなかなか頑固なので、村長はこれまで隠していたことを陽明に告げた。
 「実はおまえの祖父(そふ)、光安(こうあん)(グァンアン)は地震のとき死んだのではなく、帝国人民警察に殺されたのじゃ。光安はわしと同じく、以前の共和国の運動員だった。それで反帝国と見なされ、人民警察に捕まり、拷問の末に殺された」
 「嘘だ。祖父(じい)さんが共和国のイヌ、国賊だと? いい加減なことを言うな」
 「嘘ではない。わしも光安も新しい国を作るために働いた同志じゃった。だが、軍部によるクーデターが起こり、独裁軍事政権が発足したので、一緒に反帝国として戦ったのじゃ。おまえは祖父を殺した帝国が憎くはないか?」
 「それが本当だとしたら、祖父さんは帝国に逆らった逆賊だから、殺されて当然だ。俺は誇り高き帝国軍人だ。帝国でどんどんのし上がっていくのだ。それより、あんたは祖父さんの同志だったというが、祖父さんが殺されたというのに、のうのうと生きていたのか?」
 「わしはこの国に新しい平和な政権を築くまでは死ぬわけにはいかん。だからおまえの祖父が捕まったが、あえて見て見ぬ振りをした。逆の立場で、わしが捕まっても、見殺しにする光安のことは決して口外しなかっただろう。生き残った者が新しい政権を作るために奔走する。これが同志たちの暗黙の了解事項なのじゃ。陽明よ、おまえも考え直して、祖父の遺志を継ぐ気はないか?」
 村長はさらに説得を試みた。
 「ふん、くだらん。きさまら反乱分子が、帝国を覆すだと? ばかも休み休み言え。叩きつぶされるだけだ。もう一度言う、今度だけは俺も目をつぶる。俺をここから帰せ」
 三人は陽明の説得は不可能と結論した。そうである以上、気の毒だが、陽明を生かして帰すわけにはいかない。目をつぶるといっても、信用できなかった。陽明を帰せば、おそらく武装した人民警察が村に乗り込んでくるだろう。
 祖父のこと、大地震のときの帝国の仕打ちなどを陽明に話し、何とか村人たちとの絆を紡ぎ出して、解放軍の中にシンパを作りたかったのだが、これほどまでに石頭で、頑固一徹とは。もはややむを得ない……。
 「陽明は予定を切り上げて軍に戻った」
 村長は田上たちにこう伝えておいた。田上と紅蘭は、うすうす事情を察していたが、あえて何も訊かなかった。


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