売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『幻影2 荒原の墓標』第3回

2014-01-31 09:43:18 | 小説
 今日で1月も終わり。つい最近正月を迎えたばかりと思っていたのに、月日が経つのは本当に早いと思います。
 今回は『幻影2 荒原の墓標』の第3回目を掲載します。


            

 美奈の愛車、赤いメタリック塗装のミラは、まもなく車検だ。二年前、オアシスに入店してしばらくしてから、通勤用として買ったのだった。オアシスで閉店間際に客が入ると、店を上がるときには帰りの電車がなくなってしまう。美奈の家は、春日井市の高蔵寺ニュータウンの団地で、終電に乗り遅れると、帰るすべがない。タクシーを使えば、非常に高くつく。まだ勤め始めたばかりで、あまり指名もなく、収入も少なかったころだから、帰りのタクシーに一万円近い出費を費やす余裕はなかった。それで終電に乗り遅れたときは、葵や恵、さくらのマンションに泊めてもらっていた。しかし乗り遅れる都度泊めてもらうのも気が引けた。そのため通勤用に、中古の軽自動車を買ったのだった。

 今は車が大好きになったが、そのころはあまり車に関心がなかったので、ただ通勤用に走ればいい、ということで、総額で三〇万円以下だった中古のミラを買った。前の所有者が七万キロ近く乗り、美奈も買ってから二年弱で、すでに三万キロ以上走っている。通勤だけで往復五〇キロ以上になる。
 一回だけ車検を通し、あと二年乗ろうかなと思いながらも、公休日に家の近くの中古車店を覗いてみた。その中古車店は、数十台の中古車を揃えた、大きな店だった。今の美奈なら、新車でも買えるだけの経済力があるが、とりあえず近くの中古車店を見に行ったのだった。
 すると、何となく気になる車があった。まだ新車といってもいいトヨタのパッソが、車体価格わずか二四万八〇〇〇円となっている。車検が一年以上付いている。色はパールホワイトだ。明るいいい色だと思った。しかし、値段や色のことだけでなく、何となく引きつけられるようなものがあった。美奈が買わなければならないような、何かを感じた。
 美奈がその車の窓から内装などを見ていると、後ろから 「その車、とてもお買い得になっていますよ」と女性の声が聞こえた。
「確かにすごく安いと思いますが、まだ新しいのにこんなに安いということは、事故車なのですか? ほかの同じぐらいのグレードの車は、安くても四〇万以上の値が付いていますのに」 と美奈は尋ねた。需要が多いためか、軽自動車はさらに高価だった。
「いえ、事故車ではありませんよ。元オーナーの方が、とても安く売ってくれたので、この値段にできたのです。お買い得ですよ。まだ一年ちょっとしか乗っていませんし、走行距離も五〇〇〇キロほどです。丁寧に乗っていたので、傷みもほとんどありません」
 その女性販売員は、名刺を美奈に渡しながら言った。名刺には、丹羽敦子(にわあつこ)とあった。三〇代前半と思われる女性だった。
「でも、この車からは、なんか不思議な気を感じるのです。他の人が乗ると、大変な事故を起こしそうなので、私が買わなければならないような」
 美奈のその言葉に、丹羽はギクリとしたようだった。
「立ち話も何ですので、ちょっとお店の中に入られませんか?」 と丹羽は勧めた。
 店の中で、きれいな応接セットに案内された。丹羽はコーヒーを出してくれた。
「木原様は、今お車を探してみえるのですね」
 丹羽は美奈の名前を聞き出し、姓で言った。
「はい。今乗っている車が、まもなく車検だし、もう一〇万キロ走っているので、もう一回車検を通そうか、それとも買い換えようかと迷っています。軽で燃費はいいけど、何人か乗せて走ると、ちょっと狭いし、パワー不足も感じますし。いい車があれば、買い換えようかとも考えています」
「今日はお車でみえたのですか?」
「いえ、この近くなので、歩いてきました」
「そうですか。お車だったら、拝見したかったのですが。わたくし、二級整備士の資格を持っていますから。一度、お見せいただけたら、買い換えるべきか、もう一回車検を通すべきか、アドバイスもできますよ。さっきのパッソは特別ですが、それ以外にも、お値打ちな車をたくさん揃えてございます」
「はい。それでは、一度車を持ってきます。でも、さっきのパッソ、何となく気にかかるのです。さっきも言いましたが、他の人が乗ると、事故を起こしそうなんです。こんなこと言っては申し訳ないのですが」
 美奈は浄土真宗のある宗派の寺で生まれ育った。とはいえ、特に霊感が鋭いということはなかった。最近、ある事件にかかわったことが契機となり、その事件の被害者の霊が美奈の守護霊となった。その守護霊の名は千尋という。そのような気配を感じるのは、もしかすると千尋からのメッセージなのかもしれない。
「木原様は霊感が強い方のようですね。正直に申しますと、あの車の前のオーナーの方は、車の中で亡くなったのです。でも病気で亡くなったのであり、決して事故は起こしていません。運転中に心臓発作を起こし、車を安全に路肩に停め、そのあとで亡くなったのです。ちょうど高校生の娘さんが同乗しており、車を停めたあと、携帯で救急車を呼んだのですが、間に合いませんでした。それであのような価格で売り出したのです。もちろん車の中は、きれいに清掃してあります。でもその話をすると、気味悪がられて、なかなか買い手がつかなかったのです」
 丹羽はそのような説明をした。すると、美奈の心の中に、 「美奈さん、あの車を買ってください。もし、他の人が買えば、前のオーナーの憑依(ひようい)により、必ず大事故を起こします」 という声が聞こえた。
「千尋さんですね。でも、私があの車に乗って、大丈夫なのですか?」
 美奈は心の中で尋ねた。
「はい、美奈さんなら大丈夫です。亡くなった女性はこの世に未練を残し、霊界で救われていないため、あの車に乗った人に救いを求めます。しかし、救いを求められた人は、十分にその意図を受け止めることができず、重圧に負けて大きな事故を起こしてしまうのです。でも、美奈さんなら大丈夫です。それほど凶悪な霊ではないので、私がその霊を説得、浄化し、美奈さんを交通事故から守る、あの車の守護霊にしてあげられます」
 美奈は瞬時にそれだけのことを聞いた。丹羽は、中空を見ながら何かと話をしているような美奈に驚いていた。
「あの車、買います」 と美奈は決断した。
 その日のうちに美奈は契約をした。ETCとカーナビをつけてもらうことにした。支払いは全額現金だ。今乗っているミラの下取り価格の見積もりをした上で、支払いをすることとし、手付け金として、二万円を置いてきた。明日、住民票等必要書類を持参することとなった。オアシスでの仕事は午後からなので、午前中に役所に行ける。団地のすぐ近くに、春日井市役所の出先機関がある。車庫証明などの手続きも簡単だ。丹羽に勧められ、防錆処理やボディーのコーティングなどのオプションも頼んだので、納車は一週間後となった。丹羽敦子は 「これからも末永くお付き合いをお願いします」 と言った。


 

チラシまき

2014-01-29 10:07:27 | 日記
 昨日、私の著書のチラシを700枚まいて、高蔵寺ニュータウンのURの集合住宅はほぼ巻き終えました。約7,700枚でした。
 10,000枚をはるかに超えると思っていましたが、意外に少ないと思いました。
 ただ、転居して空き室になっているところが多く、空き室を含めれば10,000戸を超えると思います。
 また、オートロックのマンションや、チラシお断りと表示してあるところには入れませんでした。
 まだチラシまきをして、本は4冊しか買ってもらっていません。ほとんどは読まれることもなく、ゴミ箱や資源回収に回されると思いますが、中には読んでくださる方もいると思います。
 1%が読んでくれたとして、100人ぐらいは私の名前を知ってもらえたかもしれません。
 まだ一戸建ての住宅にはほとんど配布していないので、次はそちらにまこうと思っています。

 

『幻影2 荒原の墓標』第2回

2014-01-24 10:33:57 | 小説
 昨日、お米を買いに行ったら、アメリカカリフォルニア産の米が非常に安く売っていました。
 大丈夫かな、と少し不安を抱きながらも、一度試してみようと買ってみました。
 今朝、さっそく炊いて食べてみました。私は柔らかいご飯より、多少歯ごたえがあるものが好きなので、いつもより若干水を少なめにして炊きました。
 それでも炊きあがりはダラッとした感じでしたが、まずいというほどではありませんでした。
 値段を考えれば、なんとか及第点かなと思いました

 今回は『幻影2 荒原の墓標』第2回目を掲載します。


       第一章 墜ちた鳳凰

            1

「はい、ミクちゃん、またご指名だよ。少し休んで、三〇分後に高村(こうむら)さん」
 オアシスのナンバーワンコンパニオンのミクは、客を送り出すと、フロントの沢村にそう声をかけられた。最近は接待が終わるとすぐまた次の指名があり、なかなか身体も心も休まらない。これもナンバーワンコンパニオンの宿命なので、仕方がない。
 ミクは名古屋市中村区にあるソープランド、オアシスの売れっ子コンパニオンだ。背中一面に美しい騎龍観音のタトゥー、腕や太股などにも牡丹の花や蝶が入っている。ミクにとって、全身のタトゥーはトレードマークになっている。

 ミク――本名木原美奈――は、オアシスにもう二年以上勤めている。つい最近、親しくしていた同僚のミドリ、ルミが退職し、少し寂しい思いをしている。ケイを加えた四人娘は、常にオアシスの人気の上位を占め、一生変わらぬ友情を誓い合っていた。しかし、そのうち二人が先月末でオアシスを退職した。
 ミドリは結婚し、新しい生活を始めるため、故郷の静岡に帰っていった。ルミはタトゥーアーティスト、さくらとして、新しいスタートを切る。
 四人は生涯の友情を誓い合うため、マーガレットのタトゥーを入れた。花言葉は 「真実の友情」 だ。最初はケイ、さくら、美奈と、タトゥーアーティストのトヨの四人が入れた。そのときは、ミドリは婚約者の手前、入れることはできなかった。だが、静岡に行くミドリは、みんなと離れるのが寂しく、ぜひとも一生消えない友情の印として、一つだけ、マーガレットのタトゥーを入れたいと婚約者の中村秀樹を説得し、退職前にトヨに彫ってもらった。
秀樹も 「君一人だけに痛い思いをさせられない」 と名古屋までやってきて、ミドリと同じ場所、右の脇腹に紫紺の牡丹の花を入れた。マーガレットはいかにも少女趣味だと言って、牡丹にしたのだった。そのとき初めて、美奈たちはミドリの婚約者に会った。眉目秀麗な美男子とはいえないまでも、優しく、誠実そうな人柄が感じられた。秀樹に牡丹を入れたのは、トヨではなく、師匠の卑美子だった。卑美子とトヨの施術室は別々だが、そのときは卑美子の計らいで、トヨの施術室で、二人同時に施術を行ったのだった。
 ミドリが右の脇腹にしたのは、美奈がマーガレットを入れた場所と同じだからだ。それに脇腹なら、ワンピースタイプの水着で隠せるので、子供が生まれても、プールや海に一緒に入ることができる。ただ、脇腹は痛みが激しく、タトゥーの施術のとき、ミドリは歯を食いしばって苦痛に耐えたのだった。
ケイとさくらは、マーガレットのタトゥーを、左の太股に入れている。トヨはタトゥーの練習のため、自分で自分の手足に彫り、身体のあちこちがタトゥーで埋まっているため、まだ何も彫らずに残っていた右の太股に入れた。トヨは自分自身でマーガレットを彫った。美奈はすでに左右の太股に、牡丹の花が入っていたので、まだ空いている脇腹に彫ったのだった。
 六月にミドリは結婚式を挙げる。ジューンブライドだ。マーガレットの花を入れた四人と卑美子は、結婚式に招待されている。美奈はミドリ――今では本名で葵と呼んでいる――に会うのを楽しみにしている。

 最近、高村がミクの常連になった。本人は高村と名乗っているが、ミクは彼が北村弘樹という作家であることを知っていた。しかし、ミクのほうからはいっさいそのことを言い出さなかった。客のプライバシーに触れないのは、プロのコンパニオンとして、当然のことだった。
 去年の一〇月下旬、初めて北村から指名を受けたミクは、どこかで見たことがある人だ、と薄い記憶があった。しかし、そのときは誰だったか思い出せなかった。客のことをあれこれ詮索するのはよくないと思い直し、ミクはサービスに努めた。
 北村は東京に転居する以前に、オアシスには何度か来店したことがある。もう五年以上も前のことだ。久しぶりにオアシスに来たのは、自殺を決行しようとした前日だった。自分へのこの世との餞別のつもりで、最後に女を抱こうと思い、北村はオアシスに足を運んだ。以前よく指名したコンパニオンは、とうに店を辞めていた。店頭に置いてあるアルバムを見て、ミクの華麗なタトゥーに目を奪われ、ミクを指名したのだった。人生の最後に抱くのなら、全身を美しく飾った女性がふさわしいと思ったからだ。ふだんなら、前もって予約をしなければ、ナンバーワンの売れっ子、ミクが空いていることはめったにないのだが、そのときはたまたま空いていた。
 北村はミクの心づくしの応対に満足し、帰っていった。この世の最後の思い出だ。もう二度と女性を抱くことはない。
 その翌日に北村は南木曽岳の中腹で自殺を試みた。だが、不思議な声のおかげで、北村はもう一度やり直すことを決意した。
 ミクのことが忘れられない北村は、ミクの常連客となった。
 その後、ミクは殺人事件の容疑者ということで、週刊誌を賑わしたことがあった。ミクと付き合っていた男が殺害された事件だった。警察がミクのアリバイは成立していると断定したにもかかわらず、全身タトゥーのソープレディーという話題性につけ込んだ一部のマスコミは、あることないことを週刊誌や娯楽夕刊紙などに書き立てた。この件では、ミクは非常に辛い思いをした。
 ミクに同情しながらも、その事件に北村は興味を持ち、事件に対し、いろいろな推理を話して聞かせた。そのとき、ミクは彼が、かつて推理小説作家として、話題をさらっていた北村弘樹だということを思い出した。だがミクはあえてそのことには触れなかった。客のプライバシーはいっさい詮索しないというのが、コンパニオンとしてのマナーだった。

 それからしばらくして、北村弘樹は一冊のミステリーを自費出版で発表した。北村はかつて築いた人脈を利用し、多くの知人にその本を贈呈した。それが何人かの評論家の目にとまり、鬼才の復活ということで、話題になった。これまで全く忘れられていた作家だったが、鬼才の復活と宣言するに値する、優れた作品だと評価された。こうして彼は、文壇に復帰した。

「ミクさん、久しぶりですね」
 個室に入ると、高村と名乗っている北村が、声をかけた。
「そうですね。この前見えたのは、私が殺人犯だと嫌疑をかけられていたころだったので、もう一ヶ月以上お会いしてないですね。あのときは、いろいろご高説を拝聴させていただきました」
「あれからいろいろあって、忙しくてね。ところで、ミクさん、ひょっとして僕のこと、知っているんじゃないですか?」
「え、何のことですか? 私が高村さんのこと、存じ上げているって」
 ミクはあえて知らないふりをした。
「いや、ミクさんなら、きっと僕の正体に気づいているでしょう。ミクさんも推理小説ファンだと言ってましたからね。この前は森村誠一先生や内田康夫先生の大ファンだと聞きましたが、北村弘樹はご存じですか?」
 ここまで言われれば、もうとぼける必要はないと思い、ミクは 「はい、五年ほど前、『幻想交響曲』という作品でデビューされて、最近また新しいご本が話題になってますね。実は、高村さんのこと、どこかでお目にかかったことがあるかしらと思っていましたが、この前、いろいろな推理を聞かせていただいて、先生のことを思い出しました」 と応えた。
デビュー作はベルリオーズの幻想交響曲をモチーフとした、覚醒剤と幻覚を絡ませた印象深い作品だった。テレビドラマ化されたときは、原作のイメージ通りに、効果的に幻想交響曲のいくつかの楽章が、BGMとして挿入されていた。
「ははは。やはり気づかれていましたか。でも、ミクさんならほかでべらべらしゃべったりしないと信じてますので、僕も安心しています」
「はい。お客様のプライバシーについては、決して口外いたしません。コンパニオンには、医者や弁護士のような守秘義務があるわけではありませんが、お客様のプライバシーを口外しないのは、当然のマナーですから」
「僕は新しい作品で、タトゥーがある女性を重要人物として登場させましたが、ミクさんを無断でモデルにさせていただきました。でも、殺される役にしてしまい、どうもすみませんでした」
「私の先輩があの作品を読んで、『この人、ミクみたい』と言っていました」
 ミクこと美奈は高村が北村弘樹と気づき、最近新しい本を出したので、さっそく読んでみた。登場人物の、背中に鳳凰を彫った久美という女性は、自分をモデルにしているのだな、ということに気づいた。親友の恵(めぐみ)――オアシスでの源氏名はケイ――が、美奈が読んでいる本を見て、 「あ、この本、今話題になってる本ね。読んだら、私にも貸して」 と言った。そして、本を読み終えた恵が、登場人物が美奈にそっくりだと気がついた。名前もミクを逆にして“久美”。ただ恵は、ある事件で美奈のことが週刊誌などで報道されたので、それでモデルにされたのだなと思っているようだった。その作品が、事件が起きる以前に書き上げられていたことに、恵は気づいていなかった。
「いや、ほんとにすみません。モデルにするのなら、やはり事前に許可を取るべきだったかもしれません。でも、自分が作家だなんて、ちょっと言いにくかったもんで。作品のモデルにするつもりで、取材として、タトゥーを彫るときの様子もいろいろ訊いてしまいました」
「いえ、気になさらなくてもけっこうですわ。私は何とも思っていませんから。先輩も、週刊誌などに出てしまったから、それでモデルにされたと思っています。私のお客様が書いただなんて、全然気づいていませんから」
 ミクは微笑みながら言った。
「ところで、高村さんは、作家として復帰なさったら、また東京のほうに行かれるんですか? 以前は東京にお住まいだったそうですが」
「いや、やはり住み慣れた名古屋がいいので、当分はこっちにいるつもりです。今は東京にいなくても、パソコンメールなどで簡単に原稿が送れる時代ですから。でも、なぜ?」
「いえ、高村さんが東京に行かれたら、もう会えなくなると思いまして」
「大丈夫ですよ。これからもときどき、会いに来ますから。でも、僕も少し顔を知られちゃったので、これからは変装してこなくては。やはり作家がソープランドに出入りしてる、なんてすっぱ抜かれてはいやですから。ところで、もう本名を知られてしまったけど、ここでは高村にしといてください」
 ミクはいろいろな話をしながら、北村の身体を洗ったり、本番のサービスをしたりした。この仕事に就いて、もう二年以上が経ち、ミクの仕事ぶりは堂に入ったものだ。オアシスのナンバーワンを張るのに恥じないものだった。

 美奈は北村に会ったことにより、自分も小説家を目指してみようと思った。美奈は高校生のころ、作家になりたいという夢を持っていた。作品もいくつか書いた。だが両親の死もあり、高校を卒業すると、大学への進学を諦め、OA機器を扱う商社に入社した。さらにはタトゥーを入れる資金を貯めるために、ソープランドのコンパニオンとなり、小説を書くどころではなかった。
 しかし、ソープランドのコンパニオンをしていられるのも、若いうちだけだ。その気になれば三〇歳を超えてもできる仕事ではあるが、美奈としてはそういつまでも続けるものではないと思っている。コンパニオンを辞めたときのために、何か自分の特性を活かせる仕事を見つけておきたいと考えていた。
 けれども、ほとんど全身にタトゥーを入れてしまった今、なかなか美奈を雇ってくれる会社がなかった。美奈は最近公休日に、いくつかの会社の面接を受けてみたが、大きなタトゥーがあるとわかった段階で、すべて断られていた。美奈は採用決定後にタトゥーがあることを知られ、トラブルになるのがいやなので、面接の際、事前にタトゥーがあることを申告していた。中には、事件で週刊誌に書き立てられてしまったので、美奈のことを知っている面接官もいた。やはり当分はオアシスで頑張るしかないと思った。
 店長からも、ミドリ、ルミという貴重な戦力が退職してしまったので、ケイ、ミクにはさらに頑張ってほしいと期待されている。最近オアシスにも新しい若い娘(こ)が何人も入店し、新陳代謝も激しいが、やはりケイ、ミクは得がたい人材だった。
 それで、しばらくは今の仕事を続けながら、小説を書いていこうと思った。すぐに小説が売れなくても、当座の生活には困らない。まずは、自分が巻き込まれた殺人事件をモチーフにして、創作をしてみるつもりだ。ペンネームは、オアシスでの源氏名、ミクをそのまま使い、木原未来(みく)にした。ソープレディーとしての名を使うことに抵抗はあったが、葵、恵、さくらという生涯の友に巡り会った、出会いの場を大切にしたいという思いがあった。“未来(みらい)”という字も、希望に満ちているようで、気に入っていた。
 作家になろうという希望を親友の三人に話したら、大賛成してくれた。
「美奈は才能があるから、いつかきっとデビューできるよ」 と三人は美奈を励ました。
 葵が静岡に帰ってからも、毎日のようにメールのやりとりをしている。葵は早くいい作品を書いてデビューできるよう、祈っているよ、と言ってくれる。
 さらに美奈の守護霊となっている千尋からも、それはとてもいいことだから、ぜひおやりなさい、というメッセージがあった。
 北村と出会ったことが、美奈に一大決心をさせたのだった。


チラシまきで本の注文が来ました

2014-01-22 13:44:19 | 日記
 最近、近所のニュータウンで私の著書のチラシをまいています。今まで6,500枚まきました。
 一昨日、近所の方より本をいただきたいという連絡が入り、『ミッキ』と『宇宙旅行』を買っていただきました。
 前に2冊買ってくださった方もみえ、これで4冊です。
 実際、チラシ印刷に万単位の費用がかかっているため、全く採算はあいませんが、それでも私の名前を知ってくれる人も増えるでしょうし、ほとんど無名の私にとって、そのことはありがたいです
 チラシの大部分はそのままゴミ箱に直行でしょうが、目にとめてくださる方が少しでもいれば嬉しいです。
 最近、インクジェットプリンターの調子が悪くなり、かなり印刷ロスが出ます。もう古い機種なので、そろそろ買い換えの時期かもしれません。今はキヤノンのMP520を使っています。インクがすぐなくなってしまうので、インク代がかかります

『幻影2 荒原の墓標』第1回

2014-01-16 12:40:08 | 小説
 新しい年になり、はや半月が過ぎました。
 地球が温暖化しているといいながら、今年は寒い日が続きます。
 厳寒も温暖化の影響ともいいますが。
 今年は『幻影2 荒原の墓標』を掲載します。本を出版したときから、さらに文章や内容を見直し、加筆や修正をしたので、一部単行本とは違った表現があります。
 もし興味を持っていただければ、本を読んでくださると嬉しいですが。

 
        プロローグ

 男は死ぬ気だった。
 かつては大型新人、新しい推理小説の旗手ともてはやされ、華々しくデビューしたのに、最近は全く書けなくなってしまった。何とか書き上げた作品も、評論家にこき下ろされ、ファンからも愛想を尽かされた。
 最初のうちこそ、自分で何も書けないくせに、他人の作品をけなすことしか知らない評論家に、俺の真価がわかってたまるか、と強がっていたのだが、ファンから見放され、新作を出しても、販売冊数が激減したのは響いた。
 最近ではアイディアが浮かばず、作品が書けなくなった。書き出しさえ何とかなれば、あとはうまく展開させることができるだろう、と書き始めても、途中で続かなくなってしまう。
 出版社からの注文にも応じられず、せっかく依頼が来ても途中でキャンセルすることが続いた。もはや推理作家、北村弘樹の名は、文壇から葬り去られてしまったかの感がある。

 北村は東京で借りていたマンションを解約し、名古屋の実家に戻った。家賃も大きな負担になっていたのだ。死ぬのなら故郷の名古屋の近くでと思い、以前、よく登った南木曽岳(なぎそだけ)に来た。
 中央本線で南木曽まで行き、読書(よみかき)小学校、等覚寺(とうがくじ)の前を通り、 上の原から南木曽岳登山道に入った。名古屋を発ったのが午後になってからで、南木曽駅に着いたのは、午後二時近かった。山に登るには遅すぎる時間だ。
「これから登るのですか? もう遅い時間ですが、大丈夫ですか?」
登山道の途中で出会った下山者に不審がられ、声をかけられた。
「はい。ちょっとそのへんを歩くだけで、すぐ戻りますから」
北村はこのように応えておいた。
この辺りは広大な森林に覆われている。北村は、ある程度の高度まで登ったところで、森林の奥深くに入り込み、そこで睡眠薬を飲むつもりだった。山ではもう晩秋といってもいい時季で、夜はかなり冷え込む。睡眠薬と寒さの相乗効果で、確実に死ねると思った。
 北村は“巨大樹の森”と呼ばれる、標高一三〇〇メートルほどの、ブナやカシ、ミズナラなどの巨木が林立する辺りから、登山道を逸れて、斜面を下った。人知れず巨木の森の中で、自らの命を絶つつもりだった。

  
 巨大樹の森 女型の巨人が出てきそうです?(笑)


 もう時刻は午後四時を回り、釣瓶落(つるべお)としの秋の日は、夕暮れが迫りつつあった。特に深い山の中では、日が陰るのが早かった。
 ずいぶん森の中を歩き回った。もうすっかり暗くなり、ヘッドランプがなければ辺りが全く見えなかった。
「もうこの辺りでいいか」
 北村は呟いた。あまり登山道から逸れても、自分の遺体の発見が遅くなってしまうだろう。自宅の部屋には両親宛の遺書を遺しておいた。遺書には南木曽岳で自殺する旨を書き残した。今日は友人の家に泊まると言っておいたが、二、三日も戻らなければ、両親は机の上に置いてある遺書を発見するだろう。そのときのために、あまり奥深く入り込まないほうがいい。今夜さえ発見されなければいいのだ。
日が沈み、ずいぶん寒くなった。彼はフリースのジャケットを羽織った。
「これから死のうというのに、寒くてジャケットを着るとはな」
 北村は自嘲した。
「俺の命もあと数時間。生涯最後のひとときを大事に過ごそう」
 そう言って、北村は麓のスーパーで買った弁当と酒を取り出した。暗いので、キャンドルに火を点けた。幸い風がなく、キャンドルの火は安定していた。
「これが最後の晩餐か。それにしては、しけてやがるな。まあ、人生最後の食事だから、味わって食べるとするか」
 北村は紙パックの日本酒の封を開け、プラスチックカップに注(つ)いだ。弁当と酒を、時間をかけ、じっくり味わった。食べ終わると、酒の酔いも回り、しばらくぼんやりしていた。猛烈な寒気が襲ってきた。
「では、この辺りで始末をつけるか。自分の人生は、いったい何だったのかな。せっかく公務員としてそれなりにやってきたのに、なまじ書いた小説が新人賞の次点となり、注目されたのがいかんかったのか。結局それで天狗になってしまい、人生を棒に振ってしまったのだ。しかしまあ、三五年の人生で、いろいろな体験もでき、それなりによかったのかもしれん」
 北村は五年前、三〇歳のときに書いた推理小説を、ある文芸誌の新人賞に応募した。初めて投稿した作品が、奇抜なトリックと怪奇な作風で最後まで最優秀新人賞を争った。結局次点だったが、選者によっては、受賞作より高く評価された。その作品が単行本として出版され、新人ながらベストセラーとなった。北村は両親の反対を押し切り、地味な公務員を退職して上京した。
 矢継ぎ早に出版した二作目、三作目も高く評価され、大型新人として一躍文壇の寵児ともてはやされた。さらに発表した作品も好意を持って迎えられた。しかし、幸運もそれまでだった。八作目以降は、それまでのトリックの切れ味がなくなり、アリバイ崩しも陳腐なものとなった。また、殺人手段として、呪いの藁人形を使ったことが顰蹙(ひんしゅく)を買った。ホラー小説ならまだしも、いくらオカルトふうな作風に仕立てても、呪いを推理ものに使ったことはまずかった。作中で、人間の強い念は、人を斃(たお)すほどの力がある、と説明しても、受け入れてもらえなかった。そして、犯人は、人を呪わば穴二つという諺(ことわざ)の通りに、自滅してしまうのだが、それも安易に過ぎると批判された。
 推理小説のトリックには、双子、秘密の通路、超自然現象や超能力などは禁じ手とされている。人気アニメの主人公のように、瞬間移動ができれば、どんなアリバイでも可能になってしまう。
 それでも最初の勢いだけで、何とか売り上げは維持できた。だが、いつまでも過去の遺産、燃え残った燠(おき)でやっていけるような、甘い世界ではなかった。
 やがては読者からもそっぽを向かれ、本の売り上げも激減した。六作目まではベストセラーとなり、印税も以前の公務員の年収以上であった。だが、その勢いがこれからもずっと続くものという幻想を抱いていた北村は、収入を蓄えようとはせず、かなり贅沢をした。
 作家デビューから五年、今ではすっかり名前も忘れられてしまった。そういえば、そんな作家もいたね、と本人を目の前にして残酷に言われ、北村は生きていく気力を失った。
 メンタルクリニックでは、軽い鬱病と診断された。夜眠れないからと処方してもらった睡眠薬も致死量以上に溜まったので、睡眠薬自殺をすることにした。どうせ死ぬなら、東京のマンションより、故郷の近くで、何度も登り、お気に入りの南木曽岳で死のうと考えた。最後に両親の顔を見たいと思い、少し前に実家に戻ったのだった。
 夜も更けて、気温がぐんと下がってきた。フリースのジャケットでは、もはや寒さに耐えられなくなった。キャンドルもまもなく燃え尽きる。では、そろそろ睡眠薬を飲み、永遠に目覚めることのない眠りに就こうかと思った。
 北村は用意したペットボトルのグレープの果汁飲料で、大量の睡眠薬を飲もうとした。
 いざ睡眠薬を口に含もうとしたとき、頭の中に、 「死ぬのはやめろ。おまえには輝かしい未来がある。こんなところで死んではいけない」 という男の声が響いた。
「誰だ? 誰かいるのか?」
 北村は叫んだ。こんな山奥の森の中に、しかももう夜の一〇時近い時間に人がいるわけがない。登山道からかなり離れているはずなのだ。それにその声は、耳に入ってきた音声ではなく、直接頭か心に響いてきたような気がする。
「もう一度言う。死ぬな。おまえにはまた作家として、輝かしい未来が再び訪れるのだ。夜が明けたら、山を下り、もう一度やり直せ」
 この声は人間のものではない。直接俺の頭の中に聞こえてくる。北村はこう判断した。
 ひょっとしたら、これは俺の守護霊の声なのではないか? 自殺しようとしている俺を救おうとする、守護霊なのではないか?
 北村は作品の中では、霊的な現象を取り扱っているとはいえ、それはあくまで作品上のことであり、霊の存在を積極的に信じているわけではなかった。作品を書く必要上、心霊学の本はよく読んだ。しかし常識的、科学的に考えれば、霊とか死後の世界は否定すべきではないか、というスタンスを取っている。
だから守護霊がいる、ということは信じていなかった。ある種の書物によれば、人は生まれたときから、誰もが守護霊を持っている、という。また、強力な守護霊が主人公を数々の危難から守る、という漫画を子供のころに読んだことがある。それでも彼は守護霊の存在を確信できずにいる。しかも自分に守護霊が付いているなんて、とても信じられなかった。守護霊がいるのなら、なぜ俺はこんなに落ちぶれたのだ?
 高額な御供養料を払えば、守護霊を授けてくれるという、大きな教団もあるが、そんなものはインチキだと北村は思っていた。彼は作家として人気が凋落したころ、その教団の信者である知人から、御守護霊様をいただけば、また作家としての栄光を取り戻すことができるので、入信しないか、と“お導き”を受けたことがある。そのとき北村は、そんないかさまみたいな宗教は信じられないと、知人を一蹴した。
 しかし、 「死ぬな」 という声は、ひょっとしたら守護霊の声なのではないかと思えた。耳に届いた声ではなく、テレパシーのように、直接頭に響く声。人間であるはずがない。そうでなければ、山奥に棲むキツネかタヌキの霊なのか?
 それとも本能的に死を恐れる自分の心が作り出した、幻覚のようなものなのかもしれない。それが一番合理的な解釈かと北村は考えた。
 とにかく北村は、もう死ぬ気を失っていた。両親の顔が脳裏に浮かんだ。両親を悲しませないためにも、もう一度頑張ってみよう。声が言うように、やり直してみよう。死ぬのはいつでもできるのだ。
何とか夜中の寒さをしのぎ、北村は翌朝、無事に下山した。