売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『地球最後の男――永遠の命』 第9回

2015-08-07 11:46:07 | 小説
 トイレのタンクが壊れてしまいました。うちのトイレはレバーをひねると、ゴムフロートが排水弁を開けて排水する方式です。
 そのゴムフロートが、30年以上使用しているために劣化したのか、レバーに接続するチェーンとつなぐ部分がちぎれてしまいました
 なんともならないので、タンクのふたを開け、使用後は手でゴムフロートを開閉しています。
 これは明らかに経年による劣化なので、修理は無料でやってもらえるといいですが。

 今回で『地球最後の男――永遠の命』第2章は終わりです。



 中央アジアの一角で勃発した農民、牧畜民、労働者たちの暴動は、民族・宗教対立も巻き込み、大きな勢力となった。その勢力は、貧しい最下層の人たちの共感を得て、ますます大きく膨張していった。欧米の支持を得たその民主的勢力は、やがて一党独裁の政権を倒し、アジアの大部分を席巻した。そしてアジア大陸で大きな民主主義国家を樹立した。
 しかし、軍事クーデターが起こり、独裁政権による大アジア帝国が出現した。「アジアは一つ」をスローガンとして、かつての清朝の最大版図をも上回る広大な領土を収奪した。
圧倒的な軍事力と経済力を保持するその帝国に、欧米諸国はもはや太刀打ちできなかった。その帝国は、やがて日本人民を資本主義権力から解放することをもくろんだ。資本家どもから搾取を受け、苦しんでいる日本人民を救済する、というのが大義名分だ。そして解放した日本の国力を、世界解放のために役立てる。世界平和のための武力行使を、国連は黙認せざるを得なかった。

 大アジア帝国は琉球県を琉球国として独立させた後、自国に琉球省として組み入れていた。米軍基地は琉球県民や左翼勢力、大アジア帝国の工作員などの反対運動により、すでに撤去されていた。米軍基地撤去には大アジア帝国の露骨な圧力もあった。日本政府は強大な大アジア帝国に逆らうすべはなかった。

 大アジア帝国人民解放軍が博多市に上陸し、九州一帯を制圧した。田上はそのことを臨時ニュースを聞く前に、政府関係者から知らされた。帝国側にも多少の犠牲者は出たものの、圧倒的な大アジア帝国の軍事力に刃向かう者はなく、やがて西日本は大アジア帝国の手に落ちた。西日本は大アジア帝国東夷省(とういしょう)となり、省都を大陸に近い、博多市に置いた。
日本国民は、いざとなったら日米安全保障条約に基づき、アメリカが日本と共に戦ってくれると期待していた。だが、米議会は日米安全保障条約第五条「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」 という規定により、危険を伴う日本での米軍の出動を許可しなかった。つまり「自国の憲法上の規定及び手続に従って」、アメリカ政府は核攻撃の応酬となる危険性がある、大アジア帝国との戦争を避けたのだった。そして日本の国防軍は、強力な大アジア帝国人民解放軍に屈服した。
 日本政府は対応を協議したが、すでに西日本は大アジア帝国人民解放軍の手に落ちており、もはやなすすべがなかった。政府は解放軍の前に全面降伏した。東日本も東北地方以北は日本自治区となり、それ以外が東夷省に組み込まれた。

 「くそっ、政府も降伏か。結局わしらはどうなるんだ?」
 薮原は組事務所で怒声をあげた。
 「解放という大義名分による、侵略をされた東南アジアなどの国を見ていると、結局は大アジア帝国の民族浄化政策で、俺たちは粛正されるのが落ちでしょうね。あらゆる手を使い、日本文化を衰退させ、民族同化を図る。女性は強姦され、帝国民族の子供のみを産ませる。資産などはすべて没収され、公用語は帝国語となる。日本語の使用はいずれ禁止されるでしょうね。やがて日本の地から日本民族は抹殺されるかもしれません。せっかく道心会を全国組織にまで育て上げ、これからというところだったのに」
 田上は答えた。
 「田上さん、あんたは落ち着いているね。まあ、あんたはそう簡単には死なないからいいが。しかし、何とかならんのかね。今はやくざがどうの、組がどうのと言っている場合じゃない。日本の国、日本人が消滅しようというときだからね。わしはろくでもないやくざかもしれんが、国を愛する気持ちだけは持っている。国というより、日本の同胞、美しいこの国土を。国防軍が当てにならんのなら、全国に六〇〇〇人いる俺たちの仲間で、レジスタンスでも組織して、一戦交えてやりたい気持ちだ。どうせやつらに生殺しにされるのなら、かなわぬまでも、一矢報いてやりたいよ」
 「薮原さんの気持ち、よくわかります。しかし相手が解放軍ではしょせんジェット戦闘機に竹槍で挑むようなもんでしょう。俺たちが築き上げた合法部門の資産も、すべて没収されて、もう何の力もありません。組員たちを犬死にさせるだけです。それより俺が本当に不死身なら、チャンスを作って、帝国の皇帝、大高祖(だいこうそ)を暗殺してやりたいと思っています。皇帝を気取りながら世界解放とは、とんだお笑いぐさですよ」
 「田上さん、あんた、それ本気かね」
 「ええ。近いうちに大陸に渡り、何とか大高祖に近づき、この手で暗殺してやりますよ。俺だってこの国をやつらに蹂躙させたくはない。妻を誤って死なせてから、二度と殺人の過ちだけは犯さないようにと心に決めていましたが、大高祖だけは別です。せっかく神から、いや、悪魔かな、不死身の身体を授かったんだから、それぐらいのことはやってやります」
 「できるものなら是非お願いしたいものだ。わしはもう七〇を過ぎた老人なんで、いつ死んでもかまわんが、若い連中が帝国のやつらに踏みにじられるのはたまらんからな。不死身のあんたなら、何とかやってくれるかもしれない。あんたはもともと俺たちのようなやくざではなく、堅気の人間なんだから、ヒーローになる資格がある」
 「いや、俺は人一人を殺している、殺人犯です。いくら裁きを受けたからといっても、その事実は消えやしない。しかし、この国の人々を助けたいという気持ちには偽りはありません」
 田上は祖国を救うことが、亜由美の命を奪った罪への償いになれば、と考えていた。しかしそのためには新たな命を奪わなければならないことになる。いくら祖国を守るためといっても、しょせん戦争は大規模な殺し合いでしかない。

  その後、帝国による日本人弾圧は激しさを増した。関東以西の東夷省には、大陸より帝国人民が入植し、日本人は北海道、東北に許された日本自治区に追いやられた。自治区といいながら、日本民族に自治権はなかった。抵抗するものは、見せしめとして容赦なく処刑された。日本民族は家畜以下の扱いだった。やがて田上は日本自治区から姿を消した。

 田上は小舟を使い、最上川の河口近くから日本を発った。大陸に渡るためだ。本来なら、大陸に近い北九州から出発したかったのだが、東夷省となっているところでは、警戒が厳しい。日本海の荒波を横切って行くのはきついが、比較的監視の目が緩い東北から旅立った。薮原だけにはその目的を話し、そっと別れを告げた。薮原は日本人のため、是非とも成功してほしい、と別れ際に二人だけの送別会を開いてくれた。
 航海は辛かった。真夏の太陽は田上を容赦なく焼きつけた。暑くてたまらないときは、海中に潜った。持参した水と食糧は、台風崩れの低気圧に遭遇したとき、波に奪われてしまった。それで魚を獲って飢えと渇きをしのいだ。途中、対馬海峡の辺りで帝国の巡視船に遭遇したので、舟を捨て、海中に潜んだ。それ以降、田上は泳いで大陸まで行くことにした。
太陽や星の位置で、方角の見当をつけた。台風が近づいたときは、生命の危機を感じた。いくら悪魔から不死の身体をもらったとはいえ、大波に呑まれたときは、死の恐怖を味わった。また、鮫の群れに襲われたこともあった。海中で武器も持たずに鮫の群れと戦うことは、銃刀を持った大勢のやくざと戦う以上に大変だった。左脚を大腿部から食いちぎられたが、失った脚はすぐに再生した。鮫の一匹に傷をつけると、出血した鮫を仲間たちが襲った。その隙に、田上は何とか鮫の群れから逃れることができた。それからしばらく、海を漂流していた田上は、やがて気を失った。


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