売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

久しぶりの登山

2015-07-28 21:43:55 | 日記
 最近、体調があまり優れず、弥勒山に登っていませんでした。今日は2ヶ月ぶりで弥勒山に登りました。

 

 家を出てから15分ほど歩いたところで、カメラを忘れたことに気づき、家に戻りました。
 帰ったついでにトイレなどを済ませて家を出ましたが、またまたカメラを忘れてしまい……
 かなり時間をロスしたので、登山口の植物園まで、徒歩で行くつもりだったのが、結局車で行くことになりました
 2度もカメラを忘れ、ひょっとしたら、認知症の兆候?

 植物園のイグアナ君は、最近高齢のためか、巣箱の中に閉じこもってばかりです。大久手池の畔で、カモが休んでいました。カワウが1羽池に来ていましたが、魚を獲るためか、潜水してなかなか浮き上がらず、結局写せませんでした。

  

 今日はいつもと違うルートを歩いていると、新しい道を見つけました。多治見側に下りる道はあまり歩いていませんが、春日井側の道はほとんど歩いているつもりだったので、どこに通じるのかと興味津々で、その道を行きました。
 最初はしっかりした踏み跡でしたが、途中から道が怪しくなり、川のところで、とうとう道がなくなってしまいました。やはり獣道だったのでしょうか?
 引き返すのもしゃくなので、上に向かっていれば、いずれ林道に出るだろうと、道なき道を進みました。途中、かなり蜘蛛の巣を破壊しました。なるべく避けるようにしていましたが。
 特撮番組で、怪獣が建物を破壊しますが、怪獣も生きるためにやむなく家を破壊するのでしょうか? 蜘蛛の巣を破壊していて、ふとそう思いました。
 怪獣が街を破壊するので科学特捜隊などの防衛組織やウルトラマンに駆除されるのなら、私も蜘蛛(スパイダーマン?)に駆除されそうです(笑)。今はウルトラマンXが放映されています
 まもなく無事思った通りの場所に出ました。

  

 山の頂上近くではアブラゼミ、麓ではヒグラシが鳴いていました。最近、団地ではアブラゼミよりクマゼミのほうが優勢のようです。


 

『地球最後の男――永遠の命』 第7回

2015-07-24 22:53:41 | 小説
 今日は土用の丑の日、うなぎ受難の日です。
 残念ながら、私はうなぎなんて贅沢はできませんが。
 もう数年、うなぎを食べていません
 うなぎ料理といえば、名古屋名物、ひつまぶしもあります。私の彼女が名古屋に来たとき、ひつまぶしをごちそうしたら、とてもおいしいと喜んでいました
 ひつまぶしのことを、間違えて“ひまつぶし”といったりすることがあります
 子供のころだと、金曜日なのに、なぜ土曜? なんて疑問がありました。
 『地球最後の男――永遠の命』も今回で7回目です。



 その夜、田上は店に出た。一〇時ごろ、またやさぐれ軍団の三人がやってきて、酒を飲んでいた。三人は店に出てきた田上を見て、驚いたようだった。
 「私の顔に何か付いていますか?」
 田上は何気ないふうを装って訊いた。
 「いや、何も。あれからチンピラどもは悪さをしていないかね?」
 「はい、おかげさまで、静かなものです。先週、あのチンピラたちを追い払ってくれたおかげですな」
 三人は顔を見合わせた。「当分立てないように、ボコボコにボコってやった」という報告を受け、店に様子を見に来たのに、店長は痣一つない、きれいな顔をしている。まさか間違えて他人を襲ったのでは? 男たちは不安になった。三人は勘定を済ませ、早々に立ち去った。
 「いつもありがとうございます。またよろしくお願いします」
 田上は皮肉を込めて見送った。

  その翌日のことだった。店に柄のわるい男五人がやってきて、店長を出せ、とすごんだ。
 「いったい何の用ですか?」
 田上はその男たちが先日自分を襲った者たちだと気がついたが、平然としていた。
 「ちょっと顔貸してもらおう。そこまで来てくれや」
 田上は店の中で暴れられてはたまらないと思い、ついていくことにした。心配顔で見守るバーテンやホステスたちに、「なに、心配することはない。ちょっと留守するが、店を頼んだぞ」と言いつけた。
 田上はやさぐれ軍団の道場に連れていかれた。待っていたのは例の三人だった。それから、もう一人五〇歳を超えていると思われる男がいた。
 「何の真似ですか? これは」
 不死身の身体になった田上に恐怖はなかった。ただ、痛い目に遭うのはいやだなという思いは脳裡をよぎった。不死身でも痛いものは痛い。
 「質問するのはこっちのほうだ。これから訊くことに、正直に答えてもらおう。一昨日の深夜、おまえはこいつたちに襲われたのか?」
 三人のうちの兄貴格と思われる男が田上に尋ねた。
 「さあ、襲われたって何のことだか?」
 田上はとぼけた。
 「そうだな。いくら何でも、明け方に大怪我をして、夜無傷でいるはずがない。やはりおまえら、人違いをしたな?」
 兄貴格はチンピラたちを睨んだ。
 「そんなことはねえ。俺たち、絶対人違いなどしてませんよ」
 チンピラの一人が怯えながら言った。
 「ならどうしてこの店長さんは無傷だったんだ。俺たちは次の夜、さっそく確認に行ったが、店長さんは傷一つなく、ぴんぴんしていたぞ」
 「本当に間違いないですって。俺たちだってこいつの顔はよく知ってます。あのときも間違いないと確認しましたから」
 「暗がりで間違えたんじゃないのか?」
 「いえ、そんなことありません。俺たちみんなこいつの顔は知ってます。人違いだと大変なので、みんなで確認しました。おい、あんた、間違いなく俺たちに襲われたと言ってくれよ。間違えて別のやつをボコボコにしたとあっちゃあ、俺たち指(エンコ)詰めなくっちゃならないんだよ」
 チンピラの一人が田上に泣きついた。
 「そういうことか。親からもらった身体に傷をつけるのはかわいそうだ。確かに俺はそいつらに襲われた。昨日の明け方、自宅の近くでな。かなりひどくやられたがな」
 店の中ではないので、田上も乱暴な言葉を遣った。やくざ相手に丁寧な対応をするのがしゃくだった。そんな押し問答をするのは、自ら自分たちがやったと認めているようなものなのに、他人をわけもなく袋叩きにして、万一問題になってはさらにまずいことになると考えているのだろう。
 しかし、指を詰めるということから、もし腕を切り落とされた場合、いくら不死身だといっても、腕は再生できるのか、ふと不安がよぎった。ただ、南アルプスの転落事故では頭が砕けたはずなのに、元に戻っていたので、おそらく大丈夫だろうと、あえて考えた。
 「それならなぜあんたには傷一つついてなかったんだ? 俺が様子を窺いに行ったときには、襲われて一日も経っていなかったんだぞ」
 「私はこう見えてもけっこうタフでしてね。それに回復も早いし。本来なら、あんたたちがやったことは傷害罪として警察に訴えてもいいんですけどね。今の話、すべてICレコーダーに録音していますよ。しかしもう用心棒の話はいっさいなしにするということで、手を打ちませんか。暴対法で、みかじめ料はもう無理ですよ」
 「あんた、いい度胸してるね。俺たちを恐喝しようというのか? 傷害罪は親告罪だが、あんたの状態を見ていると、とても暴行を受けたという感じには見えないね。それじゃあ暴行を受けたといっても、警察は信じないぞ。それとも、服に隠れている部分に傷があるのかね?」
 兄貴格は田上を睨んで、すごんだ。田上は自分は不死身なのかどうかは、まだ完全には確証がなかったとはいえ、一昨夜の回復力を考えると、それほど恐ろしいとは思わなかった。しばらく兄貴格との睨み合いが続いた。
 「あんたにゃ負けたよ。あんたの店には、これからいっさいちょっかいは出さない。約束する」
 兄貴格が負けを認めた。すると、それまで無言でいた五〇歳ぐらいの男が、「あんた、気に入ったよ。飲み屋の店長にしておくのは惜しいぐらいだ。よかったらうちの組に来ないか? それ相応の待遇はさせてもらう。俺は大杉組若頭補佐の薮原正治(やぶはらまさはる)だ」 と田上を誘った。大杉組は日本最大級の暴力団、道心会(どうしんかい)の中核をなす組織だ。
 まさか暴力団からスカウトされるとは思ってもみなかった田上は、驚いた。若頭補佐といえば、かなりの大物だ。田上はやくざになる気はなかったが、あからさまに断ってもまずいと思い、「そうですね。まあ、考えてみます」と曖昧に応えておいた。

 その後、ときどき大杉組の組員たちがマルミに飲みに来るようになった。とはいえ、騒ぎを起こすこともなく、田上を席に呼び、世間話などをしていった。客として対応する程度なら、暴力団員への便宜の供与には当たらない。代金はきちんと支払ってもらっている。
ときには薮原が来て、「この前の話、そろそろどうかね」と決心を促したりもした。田上の勧誘が目的の一つでもあるのだろう。最初は大杉組の組員を怖がっていたバーテンやホステスたちも、田上が「彼らは店の中では何もしやしないよ。やくざだからといって避けることはせず、ほかの客と同様に扱ってやってくれ。変な遠慮などすれば、かえってめんどうになるかもしれん」と言い聞かせ、やがて恐れなくなった。
店員たちはひょっとして田上がみかじめ料の支払いに応じたのではないかといぶかった。けれども田上はそれを頑として否定した。田上の決然たる態度にやくざたちも敬意を払ったという説明に、店長ならあるいはそんなことがあるかもしれないと、店員たちは納得した。

 そんなある日のこと、事件が起こった。薮原は田上を横に侍らせ、酒を飲んでいた。すると、慌ただしく入ってきた若い男が、いきなり拳銃を取り出し、薮原に向け、何発も発射した。大きな銃声が鳴り響いた。悲鳴が店内を飛び交った。薮原の近くには、何人もの用心棒がいたが、とっさのことで、なすすべがなかった。だが、異変を感じた田上は、若い男が拳銃を振りかざした刹那(せつな)、薮原をかばって、前に躍り出た。弾丸は三発田上に命中した。一発は心臓を貫いていた。拳銃を発射した若い男は、そのあと、逃げることを忘れたかのように、放心してその場に座り込んでしまった。用心棒たちはその男を取り押さえ、殴る蹴るの暴行を加えた。
 「だめだ。田上さんは心臓を撃ち抜かれている。それ以外にも胸や腹部の急所に当たっている」
 何度も修羅場をくぐり抜けてきた薮原は、さすがに落ち着きを取り戻し、倒れている田上を見た。
 「田上さんは俺を守ってくれたんだ。用心棒どもは役に立たなかったのに」
 薮原は、若く見えるが、自分より年上の田上には、さん付けで呼んでいた。薮原は田上に瞑目した。すると、わずかに田上が動いた。
 「まさか、まだ生きている? 心臓を撃ち抜かれているのに。それとも、わずかに心臓を逸れているのか?」
 薮原は驚いた。田上はさらにうなり声を上げ、そして目を覚ました。
 「ば、ばかな。心臓を貫通されて生きているだと?」
 「やはり俺、不死身なのですかね。弾は心臓に当たっているはずなのに、もう傷は治ってしまったようです」
 田上はゆっくり立ち上がった。薮原は驚愕のあまり、何も言えなかった。
 「薮原さん、俺が不死身だということは、内緒にしておいてください。あくまでも弾は当たってなかったということに」
田上は小声で薮原に頼んだ。薮原は頷くしかなかった。
 まもなく警官と救急車がやってきた。救急隊員は薮原の用心棒たちに袋叩きにされた男だけを救急車に搬入した。暴力団員同士の抗争として、大杉組の組員たちは警察に連行された。また、田上も目撃者として、同行を依頼された。田上は警官が到着する前に、銃撃により、血で汚れた服を着替えておいた。


『地球最後の男――永遠の命』 第6回

2015-07-18 13:34:14 | 小説
 台風11号の影響でかなり雨が降りました。幸いうちの方はたいした被害はありませんでしたが、四国、近畿地方は大きな被害が出たようです。被害が大きかった地方の、1日も早い復興を祈っています。
 温暖化の影響か、最近は台風が多く、そして大きなものが発生するようになりました。
 日本は巨大地震や火山噴火など、自然の猛威にさらされているといえましょうか。
 自然災害だけでなく、世界のあちこちで紛争などが多く起こっています
 自然災害はやむを得ない部分がありますが、紛争は人類がもう少し賢くなれば、防げるはずです。
 自然災害でも、地球温暖化に伴う災害は減らすことが不可能ではありません。
 人間同士で争っているときではないと思います。

 今回は『地球最後の男線――永遠の命』の6回目です。第2章に入ります。




            2 抗争


 飯場での仕事を辞めた田上は、当初の予定通り、東京に出た。練馬区の古いアパートの一室を借りたが、家賃の高さに驚いた。以前田上が住んでいたF市なら、半額以下で借りられる。
 東京ならいくらでも仕事があると思っていたのに、不況でなかなか仕事が見つからなかった。五〇代半ばという年齢もネックだった。外見は二〇代で十分通じるのだが、履歴書に記載してある年齢を見て、面接官は戸惑った。田上は年齢を偽って書いてやろうとも思ったが、住民票などの証拠書類を要求されれば、すぐにわかってしまう。飯場で稼いだ金も、物価が高い東京では、残り少なくなった。
 田上は場末のバーの従業員として働くこととなった。そこは履歴書などを要求せず、田上も三〇歳と偽って入店した。どのみちずっと働き続けるような職場ではない。もし年齢詐称などで問題になれば、さっさと辞めて、別の仕事に移ればいいと軽く考えていた。
 その店のバーテンダーが辞めたため、田上がそのあとを継いで、バーテンダーとなった。若作りで精悍な顔つきの田上は、女性客に人気があった。小さな会社ではあったが、かつて有能な常務取締役だったという経歴があり、経営や対話術にも優れ、田上の評判は上々だった。場末のバーとはいえ、田上がバーテンになってから、少しずつ客が増えていった。この不景気の世の中、客が増えていくというのは、店にとってもありがたかった。
 ようやく田上は自分の居場所を確保できたように思えた。飯場での仕事もわるくなかったが、やはり山の中より、都会で生活したい。ここでは彼の前科も知られていなかった。立地条件もよくなく、ぱっとしない店だったが、田上一人の人気で、客が集まってきた。その功績を認めた店の経営者は、田上を店長に抜擢し、新宿歌舞伎町の店を任せた。ごみごみした雑居ビルの二階の店舗だった。
 歌舞伎町の店マルミも、田上が店長になってから、ますます発展した。人出が多い歌舞伎町で、客が増えたので、現在の店では手狭になった。経営者はさらに大きな店舗を買い取り、そこに移転した。新しいマルミでも、店は繁盛した。売り上げは旧店舗の倍以上に上がった。

 マルミの経営は順風満帆に思えた。しかしある日、ホステスが客とトラブルを起こした。その客は二人連れの、柄がわるそうな男だった。男の一人がわざと足を伸ばし、ホステスをつまずかせた。その拍子に、ホステスが持っていたグラスのウイスキーがその男の服にこぼれた。
 「何だ、てめえ、服が汚れたじゃないか。どうしてくれるんだ!」
 男はすごんだ。ホステスは謝って、おしぼりで服を拭いた。が、そのあと、「でも、お客さんが足を引っかけたんですよ」 と弁解した。
 「てめえ、自分がドジ踏んでおきながら、客に責任なすりつけようっていうんか!!」
 客は激高して、テーブルをひっくり返した。グラスが砕ける音がした。その近くの席にいた客たちが驚いて逃げていった。その様子を見た田上は、客のところに駆けつけた。
 「お客様、いかがされたのですか?」
 田上を見たホステスは「店長」と言って、田上の身体の後ろに隠れた。
 「てめえが店長か? てめえはこの店のホステスに、どういう教育をしているんだ? 客の服を汚しておいて、客のせいにしているんだぞ、このスケは」
 「でも、その人はわざと私に足を引っかけたんです」
 「自分で勝手につまずいておいて、その言いぐさは何だ」
 そう言って男は今度は椅子を床にたたきつけた。椅子が壊れる派手な音がした。
 (こいつらは言いがかりをつけて、店から金を脅し取ろうという気だな。少額の金で片がつくのなら払うべきか。いや、ここは断固断るべきだろうな。逆に椅子やグラスの弁償をさせてやりたいぐらいだ)
 田上はそう考えた。
  そのとき、後ろから「おい、そこのあんた。何を言っとるんじゃい。その姉ちゃんに足を引っかけたのは、あんたのほうだろ。わしら、ちゃんと見とったんだからな」と、これもまた一目でその筋の者とわかる男が言い寄った。それまで暴れていた男たちはその一言で縮み上がった。そして店から退散した。
 「ありがとうございます」
 胡散臭いと思いながらも、店の窮地を救ってくれた男に、田上は礼を言った。三人で少し前に店に入ってきた客だ。以前、一、二度見かけたことがある。
 「あんた、どこの生まれかね?」
 男は田上に尋ねた。
 「はい、G県の出身ですが、それが何か?」
 「いや、しゃべり方にわずかに訛りがあるので、地方出身の人かと思ってね。地方の出身なら知らないかもしれないが、この辺りは柄がわるいチンピラなども多いので、気をつけないといけない。そのことを忠告しておこうと思ってね」
 「はい、ご親切にありがとうございます」
 「この店もかなり賑わっているようだし、またあんなことが起こっては、この店の名に傷がつく。あんなことが起こらないよう、これから俺たちがこの店を守ってやろうと思ってね」
 「はあ?」
 田上は気のない返事をした。そうか、これで読めた。こいつらはグルで、用心棒代としてのみかじめ料を取ろうというのだな。今は暴対法により、みかじめ料を払ったほうも処罰される。この話は断固として断るべきだ。
 「いえ、せっかくのご親切なお申し出ですが、お手数かけるわけにもいきませんし、当店としては、大丈夫です」
 「まあ、そんな遠慮はしなさんなよ。俺たちの道場の者はこの酒場が気に入っているんで、ここを守ってやりたいと思っているんだよ」
 「道場、ですか?」
 「ああ、おれたちはこの近くの、“やさぐれ軍団”という格闘技道場の者だ。あ、ひょっとしたらあんた、俺たちのこと、みかじめ料目当ての暴力団だと勘違いしていないか?」
 田上はやさぐれ軍団という格闘技道場の噂を聞いたことがある。道場の名前はときどき変えているようだが、結局は暴力団の隠れ蓑であり、知り合いの飲食店は月何万円もの用心棒代を請求されたという。拒否したら、息のかかった不良たちを店に送り込まれ、さんざん嫌がらせを受けた。放火された店もあると聞いている。
 これはめんどうなことになった、と田上は考えた。月数万円ですむのなら、嫌がらせを受けるよりはいいかもしれないが、暴力団にみかじめ料を払っていたことが知られれば、店の名に傷がつく。田上は徹底して断ることを決めた。断固たる態度を取れば、暴力団も引き下がると聞いている。田上は三人の男を追い返した。
 「そんなことを言っていいのかよ? 俺たちが守ってやらないと、この店はチンピラどもにいいようにされるぜ」
 男たちは捨て台詞を残して帰っていった。
 「店長、大丈夫ですか? あいつら、格闘技の道場といっても、しょせんやくざでしょう? みかじめ料の支払いを断って、店員が襲われたとか、放火されたという事件も起こっていますから」
 バーテンが心配そうに田上に尋ねた。
 「それはごく一部の話だ。こちらが断固たる態度を取っていれば、そうは手を出さないよ。曖昧な態度を見せると、かえってつけ込まれるので、はっきり断るほうがいい。万一何かあれば、すぐに警察に連絡することだ」
田上は自分に言い聞かせるように言った。しかし、ひょっとしたらめんどうなトラブルに巻き込まれるかもしれないと思った。そうなった場合、俺が身体を張ってでも店を守ろう。俺は不死身の身体を手に入れたのかもしれないのだから。もし不老不死なら、やくざなど恐れることはない。

 それから一週間が過ぎた。早朝四時ごろ、田上は帰宅を急いでいた。店は夜中の二時ごろまで開いているので、閉店後、後片付けをしていると、帰るのは明け方近くになってしまう。日の出が早い夏だと、東の空が白んでくる。田上は明治通りと大久保通りが交差する近くのワンルームマンションに住んでいる。ただ寝に帰るだけの家なので、贅沢な部屋は必要ない。店へは歩いて通勤できる。自宅まであと少しというところで、数人の男たちに囲まれた。メインストリートから中に入っている道なので、人通りはなかった。
 「あんたがマルミの店長さんか?」
 男の一人が声をかけた。田上は身構えた。男たちは田上だと確認した。一人がいきなり田上に殴りかかった。田上はそれをかわした。
 「何だ、おまえたちは?」
 田上は先週来た、やさぐれ軍団とか名乗った男たちが飼っているチンピラどもだろうと考えた。そいつらがさっそく脅しをかけに来たのだろう。
相手は田上の質問には答えず、また殴りかかってきた。その攻撃を避けたところで、後ろからがっちりとつかまれた。田上はすかさず後ろの相手の脇腹に、肘撃ちを食らわせた。相手がひるんだ隙に、振り払った。田上は南アルプス山中での飯場生活で、かなり体力をつけていた。荒くれどもの間で、けんかにも慣れていた。相手が三人までなら何とかその場を逃れる自信はあった。だが敵は五人いた。さすがの田上も多勢に無勢だった。田上は袋叩きにあい、ひどく打ちのめされた。
 「よし、もう行くぞ。あまりやり過ぎて、死んでしまってはさすがにまずい」
 兄貴分らしき者がそう言って、暴漢たちは引き上げていった。
田上はしばらく倒れていた。
 「ひどくやられたもんだな。あばらを折られたようだ」
 田上はそう言いながら立ち上がった。家までもう数百メートルといったところだが、歩けるだろうか? そう思って歩き始めると、痛みは全くなかった。あれだけひどくやられたというのに、どういうことだ? 痛みさえ感じないほどやられてしまったのだろうか? いや、違う。身体の機能には何の支障もない。二、三分倒れていたうちに、傷は癒えてしまったのだ。間違いなく肋骨が折れた衝撃を感じたのに、深呼吸をしても痛みが全くない。折られたはずの前歯も、何ともなっていない。田上は自宅に急いだ。
浴室で自分自身の身体を鏡に映した。痣や傷痕が全く見当たらない。あれだけやられれば、湯に浸かれば、染みてひどい痛みがあるはずだ。それも全くない。
 やはり俺は特殊な力を授かったのだろうか? 子供を作れなくなったのは、不老不死の見返りのようなものだったのかもしれない。生物はやがて己という個体が死んでしまうので、自分の子孫を作り、新しい命を引き継いでいく。だが、永遠の命を獲得すれば、自分の分身を作る必要はない。不老不死の遺伝子を持つ個体がどんどん増えれば、やがて地球は大混乱に陥る。
 ベニクラゲが不老不死だという話を聞いたことがある。老いた個体はポリプの状態まで若返り、また新たに若いクラゲとして再生する。その意味では不老だといえる。だが、いくら不老といっても、魚に補食されればその個体は死を迎える。不老ではあっても、不死ではない。それにクラゲには脳がなく、単純な神経系があるだけだと聞いている。たとえ不死であっても、生きているという実感もなく、本能のままに波間を漂っているのでは、生きている意味もないように思える。
 田上は子供を欲しがっていた亜由美を思い出した。亜由美には気の毒なことをした。俺は不老不死より、亜由美との平凡な幸せを願っていたのだ。田上はそのことに改めて気がついた。
悪魔は亜由美と結婚するという願いを聞き届けてくれた。しかし、俺が不老不死を願ったために、その幸せはめちゃくちゃになってしまった。不老不死など願わなければ、そろそろ孫もでき、一家揃ってささやかな幸せを楽しんでいたのかもしれない。
悪魔が不老不死を願うのをやめろ、と言ったのは、そういうことだったのか。不老不死も必ずしもいいとはいえないかもしれない。田上は改めてそう思った。それでもせっかく悪魔からもらった不死身の身体だ。
 バスの事故に遭ったときのことはよく覚えていないが、救急隊員に救出されたときは、絶望視されていたという。山で谷底に転落したときは、数十メートルの高さを真っ逆さまに落ち、間違いなく頭が砕けていたはずだ。それが目を覚ましたときは、頭痛がひどい、という程度だった。病院で再度目を覚ましたときには、もう痛みも感じていなかった。核兵器で一瞬のうちに蒸発でもしない限り、俺は不死身の身体を手に入れたのだろうか?
 死なないのならこの世に怖いものはない。よし、俺は亜由美との幸せな家庭を作れなかったが、その分この世の中でどんどんのし上がってやろう。田上は決意を新たにした。


『地球最後の男――永遠の命』第5回

2015-07-11 17:25:34 | 小説
 今日は久々の晴れ間で、久しぶりに布団を干せました。時々干さないと、カビが生えてしまいそうです
 最近、かんす(名古屋弁で蚊のこと)がよく部屋に入ります。最近入り込むかんすは、ヤブ蚊ではなく、ほとんどアカイエカです。電子蚊取りをつけていても、平気で飛んでいるので、頭にきます。少し煙いけど、昔ながらの蚊取り線香を焚いています。蚊取り線香のほうが効果がありそうです

 今回は『地球最後の男――永遠の命』第5回です。


 田上は殺す意思は全くなかったが、結果的には妻を死に追いやってしまった。犯行現場を直接見ていた証人はなく、刑事たちは近所の聞き込みなどで、夫婦の仲はあまりよくなかったという噂を聞いた。亜由美の両親は、娘から聞かされていた、田上への愚痴を鵜呑みにし、彼への感情はあまりいいものではなかった。しかし田上は亜由美の両親へ深い謝罪の気持ちを示し、両親も寛大な処置を望むようになった。裁判では殺人罪ではなく、傷害致死か過失致死かを問われた。

 検察は田上に対し、傷害致死で懲役五年を求刑した。夫婦仲が悪化する中でも、なんとか以前の幸福だったころの生活を取り戻したいと望んでいたという元職場の同僚の証言などが取り入れられ、裁判官は情状酌量の余地を認めて、懲役三年六ヶ月の実刑を言い渡した。田上はその判決を受け入れ、控訴しなかった。検察も控訴せず、判決は確定した。

 田上にとって、懲役は辛いものだった。両親はすでに亡くなっており、兄妹(きょうだい)も田上を見放した。面会に来てくれる人はいなかった。
しかし、本当に辛いのは、出所後のことだった。田上の財産は、その多くを亜由美の両親に賠償、贖罪として与えてしまった。だから出所後の田上は、ほとんど金がない状態だった。生きていくために、職を探さなければならない。けれども、前科を持った田上に世間の風当たりは厳しかった。なかなかいい仕事に就けない。長期にわたる不況という状態も輪をかけて、就職がむずかしかった。
田上は生きていくために、慣れない肉体労働をした。各地で土木工事に従事した。中にはたちのわるい依頼主もいて、賃金の多くをピンハネされたりした。しかし、生きていくためには劣悪な条件でも働かなければならなかった。

 田上は南アルプスの奥深くで、バラックのような宿舎に住み込んで、砂防ダムの工事や維持管理に従事した。
 その仕事は辛かった。夏は暑く、冬は寒かった。冬の積雪はそれほどでもないが、標高が高いので、寒さが厳しい。仕事は重労働だ。しかし、宿舎のおばさんは気さくな人で、田上に親切にしてくれた。飯場の仲間たちにとっては、母親のような存在だった。作ってくれる食事もうまかった。近くに温泉も湧いており、仕事後、露天風呂に入るのが楽しみだった。同僚は荒くれで乱暴者が多かったが、人里離れた山奥で働く仲間として連帯感が強く、田上もほどなく溶け込むことができた。
 土木工事の現場で働き始めたころの田上は、華奢な感じだったが、今では日に焼け、筋肉もついて、たくましくなっていた。重労働ですぐに倒れてしまうのではないかと案じられたが、病気もせずに過ごしてきた。擦り傷、打ち身程度の怪我はしょっちゅうだ。それでも大きな事故に遭わずにすんだ。

 田上が南アルプスの砂防ダム工事現場で働き始めて、四年の歳月が流れた。田上はもう五〇代になったが、二〇代で通じる若々しさを保っていた。日焼けして、精悍さが増していた。飯場の仲間には、二〇代の若者もいたが、彼らと並んでもどちらが年上かわからないような状態だった。体力も若い人たちに負けてはいなかった。
 「おじさん、若いね。それで五〇過ぎているなんて、とても思えないよ。仕事だって、俺たちよりできるし」
 重労働の力仕事でも、田上は若い人たちに交じって、難なくこなしていた。
 飯場の仲間たちは、休日は麻雀や花札に興じたり、テレビを見たりして過ごしている。将棋や碁をたしなむ者はいなかった。スマートフォンのゲームをやっている者もいる。この辺りは電波が圏外になっているところが多いが、宿舎はかろうじて電波が届くので、携帯電話やスマホで家族や友人と話すことはできる。携帯電話は唯一、外の世界とつながる手立てだ。
 飯場の軽トラックを借りて、たまに遠く離れた街に買い物に行く者もいる。そのときは、仲間からもついでに買い物を頼まれたりして、けっこう大変だ。雑誌や漫画本などもそのとき大量に仕入れ、休みや仕事が終わってからの時間つぶしに読んだりする。
 田上は休日に、南アルプス前衛の藪山への登山を始めた。田上は若いころ、けっこう登山をした。南アルプス深南部には二〇〇〇メートル級の高い山がいくらでもあるが、休日に日帰りで登るのは無理だった。それで、飯場の近くの山を歩いた。登山の装備があまり揃っていなかったので、近場を歩くだけにしていた。深い森に覆われた南アルプス深南部の山は、それほど展望はきかないが、歩くこと自体がいい気分転換になる。
 最初は同僚たちは、せっかくの休日にわざわざ疲れに行くことはないよ、と田上の山歩きを笑っていた。しかしやがて二人、三人と登山仲間が増えていった。

 ある日のことだった。しばらく雨が続いた後、晴天となった。雨で三日間仕事を休んでいたため、飯場の人たちは、朝食を食べ終えると、すぐに工事現場に向かった。
 昼休みが終わり、さて、午後の作業にかかろうか、というときだった。登山者が二人、血相を変えて工事現場に駆け込んできた。
 「大変です、この先の崖で、仲間が足を滑らせて、崖の下に落ちてしまいました。助けてください」
その男の言葉に驚いた工事現場の人たちは、さらに詳しい状況を訊いた。少し先の切り立ったところで、三人のパーティーの先頭を歩いていた人が、雨でぬかるんでいた道で足を滑らせ、崖から転落してしまったという。幸い一〇メートルほど下が棚状に出っ張っており、そこに引っかかっているが、雨で地盤が緩んでいて、人の重みで崩壊する危険もある。
 その辺りをときどき歩いている田上は、だいたいのことは了承した。一刻も早く助けないと、せっかく棚に引っかかっているのに、その岩棚(テラス)自体が崩壊し、谷底に転落してしまいかねなかった。
 「親方、俺が行きます」
 田上は工事現場の監督に申し出た。飯場の人たちは「監督」ではなく、「親方」と呼んでいた。
 「田上、大丈夫か?」
 「山歩きは俺が一番慣れています。ちょっとロープを借りていきます」
 田上は工事現場にあったロープを持って、登山者と現場に急いだ。田上とときどき一緒に山を歩いている同僚が二人、田上の手伝いでついていった。
 事故の現場に着き、田上は登山者たちの示す方向を見た。滑落した登山者は気を失っているようだ。棚はまだ大丈夫だ。
 「よし。俺があのテラスに降りて、あの人をロープで結わえる。君たちは、そのあとあの人を引っ張り上げてくれ」
 田上は登山者と二人の同僚に指示をした。
 「おっさん、大丈夫ですか?」
田上のことをおっさんと呼んでいる若い同僚が言った。
 「大丈夫だ。俺はクライミングの経験もある。早くしないと、テラスが崩壊する恐れがある」
 「すみません。僕たちはただ山歩きを楽しんでいるだけで、岩登りなどしたこともなくて」
 「いくら岩登りはしないといっても、山歩きをするのなら、三点確保などの基本はマスターしておいたほうがいいよ」
 田上は二人の登山者をやんわりたしなめてから、身体をロープで縛り、注意深く垂直に近い岩壁を下降していった。部分的にはオーバーハングになっているところもある。テラスに降り着いた田上は、気を失っている登山者の身体を、ロープで結わえた。身体になるべく刺激を与えないよう、田上は着ていた上着を脱ぎ、ロープで縛る部分に当てた。
 「よし、いいぞ。ゆっくり引き上げてくれ」
 田上は上で待機している四人に声をかけた。
 「おっさんはいいのかよ」
 「ああ。俺はあとでいい。まず、この人を引き上げてくれ」
 登山者の身体は少しずつ引き上げられていった。ロッククライミング用のザイルではないが、人一人の体重なら、十分支えることができるだろう。
上にいる四人は、力を合わせて、滑落した登山者をゆっくり慎重に引き上げた。
 「おっさん、無事引き上げましたよ。次はおっさんの番だ」
 そう言って、田上の若い同僚が、ロープを田上に投げつけた。田上がそのロープを受け取ろうとしたとき、突然、足元のテラスが崩れた。田上はロープをつかもうと、手を伸ばしたが、わずかのところで空を切った。田上は真っ逆さまに数十メートルの高度差がある谷川に転落していった。
 「おっさん!!」「田上さん」
 四人は驚いて田上の名を呼んだ。しかし田上の身体ははるか下方の谷川に転落し、姿を確認することもできなかった。
 田上の二次遭難で、工事現場は仕事を中止して、田上救出に向かった。しかし飯場の同僚たちは、本格的な登山をしたことがなかった。それで麓の警察や消防署、山岳会にも救援を要請した。
田上は谷底まで墜落していた。とても助かるとは思えない高度差だった。しかししばらく気を失っていた田上は、目を覚ました。右脚が折れているようだ。全身に激痛が走った。立ち上がることができない。しかし、あれだけの距離を落ちて、よく助かったものだと思った。頭を強打しているようなので、油断はできないと心配ではあった。よほどひどい怪我をしているのだろう。いずれ救援が来るだろうから、それまでは動かず、じっとしていたほうがいいと判断した。田上にはまだ冷静さが残っていた。
 もう三〇年ほど前になるが、バスの事故で死にかけたことがあった。あのときは絶望視されたのだが、奇跡的に快復した。心配された後遺症なども全くなかった。俺は悪運が強いのか、それとも死に神に嫌われているのかな、と自嘲した。ふと頭に浮かんだ〝死に神〟という言葉から、悪魔を連想した。そういえば、バスの事故に遭う前に、悪魔から不老不死を与えられたという夢を見たことがある。まさかあれは現実だったのではないだろうな。あのときは亜由美と結婚したいという願いも悪魔に伝えたが、まさにその通りになった。結果的には、あまり幸せな結婚ではなかったが。
〝人間万事が馬〟という。バスの事故に遭ったことが亜由美と結ばれるきっかけとなった。しかし、亜由美と結婚したばかりに、自分は殺人者になってしまった。人生は何が幸福で、どんなことが不幸につながるかわからない。しかし悪魔との契約は、W・W・ジェイコブズの短編小説『猿の手』のような大きな代償は求められなかったものの、願いがかなったとしても、最終的には幸福にはなれないのだろうか。
 田上はそんなことを考えているうちに、また意識がもうろうとしてきた。

 「田上、気がついたか」
 飯場の親方が田上に声をかけた。田上は病院のベッドで寝ていた。地元の山岳会の会員が事故現場の地形に詳しく、田上が墜落した地点に安全に行ける道を知っていたので、救出が円滑に進んだ。三日間降り続いた雨で谷川は増水しており、もし流れに呑み込まれていれば、命はなかったという。あれだけ高いところから落ちたのに、軽傷ですんだのは奇跡だと医者も言っていたそうだ。
 軽傷だって? そんなはずはない。脚の骨が折れていたし、頭も強打していた。全身打撲で激痛が走っていた。
 しかし今は痛みはほとんどない。折れていたはずの右脚も何ともないようだ。あのときの激痛は夢だったのか?
 田上は様子を見るため一日入院していたが、何ともないので、翌日には退院した。強打したと思っていた頭部も異常がなく、脳内出血などで悪化する心配はないと言われた。田上が助けた登山者も、左脚を骨折しているとはいえ、命に別状はないそうだ。病院には親方と宿舎のおばさんが車で迎えに来てくれた。
「今日はゆっくり休養して、明日からはまた仕事をよろしく頼むぞ。しかし、あそこから落ちたのにぴんぴんしてるとは、おまえもつくづく悪運が強いやつだな」
 親方はあきれ顔で田上に言った。それでも田上が何ともなく、すぐに復帰できることを喜んだ。
 「今日はお祝いでごちそうを作ってあげますからね。助けられた登山者の家族の方が、とても田上さんに感謝していましたよ」
 宿舎のおばさんも喜んでくれた。

 (やはりあの夢は本当だったのだろうか)
 田上は悪魔との契約の夢のことを考えた。三〇年前のバスの事故といい、今回の転落事故といい、死んでいても不思議ではない事故に遭いながらも、こうして無事生きている。でも、そんなばかなことが。俺が無事だったのは単に偶然、もしくは幸運だったからだ。
 しかし、俺の外見は、三〇年前とほとんど変わらないほど若い。いや、力仕事で鍛えられ、五〇歳を超えた今のほうが体力的には、ずっと強靱だろう。あのときの望みは不老不死だった。確かにあれから全く年を取っていない。少なくとも、外見は。もし本当に不老不死なら、どんなことでも恐れることはない。田上はやはり自分は不老不死になったのだと確信を持ちつつあった。
俺もそろそろ街に戻るべきだろうか。田上はあと半年ここで働いて、来年の春には街へ戻ろうと決意した。

 翌年の三月末で田上は飯場の仕事を辞めて、東京に出ることにした。長らく住んでいたM市や生まれ故郷のG県に戻っても、亜由美も両親ももういないのだし、どうせなら日本の首都の東京に行こうと考えた。砂防ダムの工事現場での賃金は安かったが、人里離れた山奥で、お金を使うこともあまりなかったため、五年間の稼ぎで、けっこうまとまった金が貯まっていた。
親切にしてくれた宿舎のおばさんも、もう年を取り、山奥の生活が辛くなったといって、田上より少し前に辞めて、麓の実家に戻っていった。代わりに別の女性が来てくれたが、山奥の生活に慣れるまで、まだしばらくかかりそうだった。


『地球最後の男――永遠の命』第4回

2015-07-04 16:23:57 | 小説
 最近梅雨本番で、不順な天気が続きます。今年はエルニーニョの影響で、梅雨が長引くということです。これから梅雨本番で、大雨になりやすいのですが、大きな災害が起きないことを祈ります。

 今回は『地球最後の男――永遠の命』第4回です。


 ある日、田上は会社の部下たちをねぎらうために、慰労会を開催した。新しい企画が当たり、会社の売り上げが大幅に増えたために、担当の部署の社員たちを招いて、田上のポケットマネーで慰労会を開いたのだった。田上は部下たちに気配りをよくするので、人望があった。特に若い女性社員たちには、若々しい外見もあり、人気が高かった。さらに、常務は種なしだから、アバンチュールをしても安全だというあまりありがたくない噂が女性社員たちの間に広まり、色目を使う若い女性社員も多かった。
 その日も会が行われているうちから、田上に対する、女性社員の色目は激しかった。そして、二次会が終了した後も、一人の女性社員がしつこく田上にまとわりついた。田上も酔いが回ったのに加え、日ごろから亜由美の突っ慳貪な態度におもしろく思っていなかったので、つい彼女の誘惑に乗ってしまった。
 田上が帰ったのは、午前二時に近いころだった。今夜は慰労会で遅くなるから、先に寝ていてもいいと言ってあったので、亜由美はもう寝ていると思った。夫の帰りを寝ないで殊勝に待っている亜由美だとは思っていなかった。しかし、その日は亜由美は寝ないで待っていた。
 「あなた、いったいいつまで遊んでいるの?」
 寝室に入るなり、亜由美は食ってかかった。ベッドは別々にしているとはいえ、二人は同じ部屋で眠っている。
 「今日は部下たちの慰労会だと言っておいたじゃないか。俺も日ごろは忙しいから、たまには部下たちと羽目を外して、遅くまでのんびりしたいよ。部下たちと三次会まで付き合っていたんだよ」
 「でも明日、いや、もう今日ね。今日は平日よ。それなのに、こんなに遅くまでみんなを引っ張っていたの? 寝坊して遅刻者がたくさん出たら、常務であるあなたの責任ね」
 亜由美は思いっきり嫌みを言った。
 「いや、みんながみんな遅くまで付き合ったわけではないからね」
 「なるほど。三次会まであなたに付き合ってたのは、若い女の子ね。カッターシャツに口紅が付いてるわ」
 「え、そんなはずは……」
 田上は慌てて自分のカッターシャツを確認した。
 「口紅なんて嘘よ。そんな陳腐な手に引っかかるなんて。でもその慌て方、やはり若い女と一緒にいたのね。かすかに香水の香りがするわ。シャネルのチャンスね。普通、あなたぐらいの年になれば、けっこう加齢臭が気になるものだけど、あなたはほとんど体臭がないから、香水や石けんの香りがすぐわかるのよ」
 亜由美は鼻をクンクンさせた。
 「ひどいよ。引っかけるなんて。俺だって、たまには若い子と遊びたくなるよ。今の君を見ていると」
 「それはどういうことよ。どうせ私みたいなおばあちゃん、若い子と比べれば、魅力なんてないわよ。あんたはいつまでも若々しくていいわね。もう、悔しい!!」
 亜由美は田上に殴りかかった。
 「おい、よせよ。みっともない。酒臭いな。やけ酒でも飲んでいたのか?」
 田上は軽く亜由美の手を払っただけのつもりだった。しかし勢いづいた亜由美は、転倒して家具の角に額を打ちつけた。酒に酔っていたせいもある。亜由美は激痛で一瞬気を失った。打ちつけた部分に手をやると、血がべったりと付いていた。
 「あ、ごめん。そんなに力を入れたつもりじゃなかったけど。謝るよ。すぐ救急箱を持ってくるから」
 事を荒立てるつもりがなかった田上はすぐに謝った。
 「女の顔を傷つけておいて、ごめんですむと思ってるの? もし傷が残ったら、どうしてくれるのよ?」
 憂さを晴らすためにブランデーを飲んでいた亜由美は、常ならぬ剣幕で田上をののしった。そして田上に猛然と襲いかかった。亜由美はねちねちと嫌みを言ったり、泣きわめいたりすることはあるが、あからさまに暴力を振るったことはなかった。田上は亜由美の剣幕にびっくりした。亜由美を何とか押さえようとして、田上は必死になった。気付いたときには、亜由美の首をぐいぐい押さえていた。
 亜由美はぐったりした。そして、田上は初めて亜由美の首を絞めていたことに気がついた。亜由美は死んでいた。
 「ば、ばかな。こんなことって……。たいして力を入れたつもりじゃなかったのに。おい、何とか言ってくれ。死んだ真似をして、俺をからかっているんだろう? 頼む、冗談だと言ってくれ」
 田上は必死になって亜由美に呼びかけた。何かの間違いだろ? 先ほどまであんなに元気だった亜由美が、もう物言わぬ物体に還元してしまったとは、とても信じられなかった。田上は見様見真似の救急蘇生法を試みた。人工呼吸や心臓マッサージを何度もやってみた。
推理小説などで、絞殺や扼殺で死んだと思われていた被害者が、実はまだ生きていて、後に意識を取り戻した、という描写がよくある。亜由美もひょっとしたら、気を失っているだけで、やがて意識が戻るのではないか、と望みをつないだ。しかしいくら蘇生法を繰り返しても、亜由美の苦痛で歪んだ顔に笑顔が戻ることはなかった。
 田上はもはや現実を受け入れるしかないことを悟った。
 田上は亜由美と暮らした二〇年以上にわたる年月を回想した。気が強い女性ではあったが、美人で明るく、人を思いやることができる聡明な女性だった。田上は同じ部署にいた、そんな亜由美に思いを寄せていたが、亜由美にとって、田上は職場の同僚以上でも以下でもなかった。同僚として気さくに話しかけてはくれても、決して恋に進展することはなかった。
 その状況が一変したのは、田上がバスで事故に遭い、生死の境をさまよってからだった。亜由美は田上を心から心配し、そのことが自分は田上に恋をしているということを気付かせたのだった。
 それから一年の交際のあと、二人は祝福されて結婚した。新婚当時の田上は嬉しさのあまり、有頂天になっていた。事故に遭う前はあまり力を入れていなかった仕事も、真剣に取り組むようになり、みるみる業績はアップした。会社の幹部からも認められ、田上は出世コースに乗り、課長、部長と昇進し、若くして常務取締役となった。
 亜由美との新婚生活にも満足だった。しばらくは子供を作らず、二人だけの生活を楽しもうと、避妊をしっかりしていたので、田上の欠陥はわからなかった。やがてそろそろ子供を作ろう、ということになった。亜由美は会社を退職した。新婚の数年間は甘い記憶ばかりが残っている。
しかし、二年、三年と経っても子供はできなかった。ひょっとして亜由美に何か子供ができにくい原因があるのではないかと検査を受けた。だが亜由美には問題がなかった。医師は夫も検査を受けることを勧めた。結局不妊の原因は田上にあった。
田上が原因で子供ができないことに、亜由美は消沈した。亜由美としては、子供を二人ぐらい産み、明るく幸せな家庭を築きたいと夢見ていた。その望みがかなわなくなったのだ。もちろん田上も病院の指導により、不妊症の改善を試みた。体外受精なども検討した。しかし、結果は芳しくなかった。田上も子供を欲しかったのだが、こればかりは何ともしようがなかった。養子をもらう気にはなれなかった。
 やがて、亜由美は田上に辛く当たるようになった。亜由美は三〇代も後半になり、容色が徐々に衰えていったのに、田上は若いままの状態を保っていた。そのことも亜由美の癇に障った。そして亜由美は、自分の美貌を保つために、浪費をするようになった。エステや化粧品、サプリメントの代金はばかにならなかった。いくら田上が常務となり、経済的には余裕があるとはいえ、これ以上浪費が増えてはたまらなかった。田上はあまり無駄な支出をしないよう、亜由美に注意した。
 「子供ができないのだから、少しぐらいは贅沢させてよ。それに、これはあなたのためでもあるのよ。あなただって、私にいつまでも美しくいてほしいでしょう」
 亜由美は全く年齢を感じさせない田上に当てつけを言った。 子供ができないのは自分に責任がある以上、多少のことは大目に見ようと田上は我慢した。
結婚後の数年間を除けば、決して幸せな結婚生活だったとはいえなかった。いくら田上のほうで、亜由美を愛そうとしても、亜由美は田上を受け入れようとはしなかった。これも不妊症の原因が自分にあることや、年相応に老けることなく、いつまでも若々しさを保っている自分に、亜由美が業を煮やしていることがわかっているだけに、田上は亜由美を理解しようと努力した。亜由美が自分から離婚を言い出さなかったのも、心の片隅では、まだ田上を愛しているからだと、あえて考えるようにしていた。
 しかし、すべては終わってしまった。自分のこの手が、すべてを終わらせてしまったのだ。
 田上は自分が大事に思っていた人の命を奪ってしまったことの重さを考えた。以前ほど愛していたとはいえないまでも、長らく一緒に暮らしてきた妻を殺してしまったのだ。もう亜由美は元に戻らない。命とはいったい何なのだろう。つい我を忘れて、ちょっとこの手に力を込めただけで、簡単に壊れてしまうほど、もろいものだろうか? 自分は大事故に遭っても死ななかったのに。
自分は人を殺してしまった。俺はもう殺人者なのだ。田上は人殺しという言葉の重みを、つくづく考えた。
 田上は幼いころ、子供らしい好奇心と残酷さで、虫や魚、カエルやトカゲ、ほ乳類ではネズミの命を奪ってきた。虫や小さな魚を殺したときは、さほど罪悪感はなかったが、カエルやトカゲの場合は、殺される直前に暴れ回るところを見て、多少の罪の意識を感じたものだ。決して気持ちがいいものではない。さらに高等な動物であるネズミを殺したときは、なおさらだった。
 直接殺したわけではないが、食べるということで、豚や牛、鶏、鯨などの高等な動物の命を奪っている。まあ、食べることに関しては、聖職者や完全なベジタリアンを除けば、誰でもしている行為だし、自分たちの命を維持するためにはやむを得ないことであり、何とも思わなかったが。ただ、子供のころ、飼っていた鶏を父がつぶして食べたときには、鶏がかわいそうだ、という感情がこみ上げた。
 しかし今度は、動物ではなく、最も深いつながりを持っていた妻の命を、この手で奪ってしまったのだ。
 田上はしばらく、その場で呆然としていた。

 どれほど時間が経過しただろうか。田上は少しずつ冷静になっていった。自分が妻を殺してしまったという現実を、認識できるようになった。
 さて、どうするべきか。ここから逃げるべきだろう。しかし逃げたところでどうなるだろうか。やがては妻の遺体が発見され、まずは夫である自分が最重要容疑者になるだろう。いくら逃げようとも、警察から逃げおおせるはずがない。
 それなら亜由美の遺体をどこかに隠し、亜由美は家出した、ということにして、何事もなかったように振る舞って過ごせばいいのでは。近所の人たちは、自分たち夫婦がうまくいっていないことを知っている。遺体さえ見つからなければ、妻が恋人を作って、出て行ってしまったと言えば、それほど疑われることもあるまい。
 それとも、首つり自殺を偽装するか。だが、警察なら縊死か扼殺かをすぐに見破ってしまうだろう。

翌朝、田上は体調不良で休むという連絡を会社にしておいた。明るいうちに亜由美の遺体をどこに棄てるかを考え、暗くなってから行動を開始するつもりだった。
 しかしそんなことはとてもできなかった。やはり警察に自首をして、罪を償うべきだ。田上は覚悟を決め、さっそく警察署に出頭をした。