売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『幻影2 荒原の墓標』第7回

2014-02-28 14:59:39 | 小説
 2月も今日で終わり、明日からはいよいよ3月です。
 最近は暖かくなりました
 昨日、国道19号線で春日井市の郊外を走っていたら、道の脇にある表示板の気温表示が12℃となっていました。少し前は0℃とか-2℃でしたが。
 ところで、昨日、このブログの閲覧数が、100,000PVを超えました。訪問者数も55,000IPです。多くの方に見ていただけ、嬉しいですが、さらに楽しいページ作りをしたいと思っています。よろしくお願いします

 今回は『幻影2 荒原の墓標』7回目の掲載です。



            

 夜遅く、美奈は 「これから行ってもいいですか?」 と三浦から電話を受けた。美奈にとっては、断る理由など、全くなかった。
 アイリと別れてから、恵は美奈と同じように、へその下に牡丹と蝶を入れた。左肩の蝶、左の太股のマーガレットに続く、三つめのタトゥーだった。さくらは恵の肌に、フリーハンドで下絵を描いた。牡丹の花は何百枚と描いていて、描き慣れているものの、さくらは真剣にペンを運んだ。
 下絵が完成し、いよいよ施術に取りかかった。途中から、仕事を終えたトヨがさくらの施術を見に来た。
 四時間程度で、赤い牡丹と青っぽい蝶は完成した。和彫りのような様式化した牡丹ではなく、実物を写し取ったような、美しい花だった。恵も美奈の腕や太股に彫られている、写実的な牡丹を希望していた。
「うまいわ。それに彫るのが少し早くなったし。夏ごろには、さくらもプロとしての許しが出ると思うよ。これは、私もうかうかしていられないな」
 トヨは弟弟子のさくらを褒めた。卑美子は来年には子供を産むつもりで、年内にトヨ、さくらの二人でもスタジオを運営できる体制を作ろうとしている。だから、早くさくらを一人前のタトゥーアーティストに育て上げたいと思っている。さくらなら、その期待に十分応えてくれそうだ。
 恵をマンションまで送っていったので、美奈は少し前に自宅に戻ったところだった。三浦は今篠木署にいるとのことだ。篠木署からなら、三〇分とかからない。美奈は大急ぎでシャワーを浴び、着替えをした。
 しばらくしてチャイムが鳴った。三浦だった。美奈は三浦を部屋の中に招じ入れた。
「またタトゥーに絡む事件が起きたのですか?」
 美奈はコーヒーを淹れながら三浦に尋ねた。
「ああ。今日の早朝、犬を散歩させていた人が、浅宮公園で、女性の遺体を見つけましてね。死因は絞殺。背中に大きな鳳凰のタトゥーがあったので、その写真をさくらさんに見てもらったんですよ」
「そうだったんですか。それでまた鳥居さんと一緒に捜査をすることになったんですね」
「ええ。鳥居さんとは前回、コンビを組んで、人柄はわかっていますからね。僕も最初はでーれーおそぎゃあ(とても恐ろしい)人と組まされたもんだと思いましたが、今では鳥居さんの良さをよくわかっています」
 三浦は鳥居がよく使う名古屋弁を真似た。その言い方に、美奈も笑ってしまった。美奈も初めて鳥居に会ったときは、この人、刑事というよりやくざじゃないのかな、というような怖さを感じた。しかし、何度も会ううちに、鳥居は気むずかしそうに見えても、実は気さくな、優しい人だということがわかってきた。かつて、手がつけられない不良だった卑美子や彼女の夫を更生させたのも、鳥居だった。だから卑美子は鳥居には恩義を感じている。
「さくらさんがその被害者のタトゥーが、岐阜の冥さんの手によるものだと教えてくれたので、被害者の身元がわかりました。徳山久美という人でした」
 三浦は美奈が淹れてくれたコーヒーをすすりながら言った。
「相変わらず、美奈さんが淹れてくれたコーヒーはうまいですね」
 三浦がコーヒーを褒めたとき、美奈は別のことを考えていた。背中に鳳凰のタトゥーをした徳山久美が絞殺された。どこかで聞いたことがある。どこでだったかな。そう心の中で呟いたときに思い出した。
「そうだ。北村弘樹の『鳳凰殺人事件』だわ」
 美奈が突然叫んだので、三浦は驚いた。
「三浦さん、その被害者の名前、北村弘樹さんが書いた小説と同じなのよ。背中に鳳凰のタトゥーがあるということも」
「え? それ、どういうことですか?」
 美奈は一瞬、なじみ客である北村のことを告げるのをためらった。しかし、北村の『鳳凰殺人事件』はけっこう売れており、どのみち他の読者から指摘されるだろうと思った。だから、美奈も類似性に気づいた一読者として、三浦に話すことにした。もちろん、北村がミクの常連であることは話さなかった。少し三浦に申し訳ない気もしたが。
 美奈は『鳳凰殺人事件』の本を三浦に示し、作中に登場する“徳山久美”のことを話した。
「なるほど。作品の中では東京都内の公園の近くで絞殺されたことになっていますが、よく似ていますね。作中の久美は美奈さんと同じく、お寺の娘となってますが、美奈さんがモデルみたいですね。実際には父親はサラリーマンです」
 何となく三浦は北村が美奈の客であることに、気づいたようだった。しかし、そのことについては、お互い、それ以上触れなかった。
「明日の捜査会議で、このことも提案してみます。この本、しばらく貸してもらえますか?」
「はい、どうぞ。でも、この作品が書かれたのは、今年の初めごろだったので、たぶん、偶然が重なったのだと思います。それとも、誰かがこの作品を真似て事件を起こしたのかもしれません」
 美奈は北村が事件に無関係ならよいが、と祈った。もうこれ以上自分の客が事件とかかわってほしくないと思った。
「いちおう北村さんには、アリバイを確認してみます。一読者から類似性の指摘があったということにして、美奈さんの名前は出しませんから、安心してください」
 そこまで言うと、三浦は捜査本部に戻ろうとした。
「でも、もう捜査本部には誰もいないんでしょう。今日はもう遅いから、よかったら今夜はうちでゆっくりしていきませんか? 間もなく日付も変わりますし」
 美奈ははにかみながら、三浦に尋ねた。三浦はこれまで事件の関係で一度、プライベートで一度美奈の家を訪れたことがある。しかし、泊まっていったことはなかった。
「しかし、女性の家に突然来て泊まるというわけにも。それに、着替えも持ってきてないので……」
「そんなこと、気になさらないで。自宅だと思って、ゆっくりくつろいでください。明日も捜査で多忙になると思いますから、あまり迷惑はかけませんわ。警察署の仮眠室よりは、よく休めますよ。でも、やはり全身いれずみのソープレディーのところに泊まるのは、いけないかしら」
 最後に美奈は少し寂しそうな顔をした。それは演技でも何でもなかったが、三浦はその寂しそうな顔を見て、泊まっていくことにした。

 その夜、初めて二人は交わった。以前、三浦がオアシスに客として来たことがあった。しかしそのときは美奈は三浦の胸の中で泣くばかりで、コンパニオンとしての仕事が果たせなかった。その日は、結局時間まで、二人はベッドに腰掛けたまま、話をしていた。
 今は美奈の守護霊となっている千尋の遺体が発見された現場で、初めて三浦に出会って以来、片時も忘れることがなかった三浦と、とうとう身体を交え、美奈は感激で涙が止めどなく流れた。
 美奈はオアシスに勤める前は、性的に潔癖すぎるぐらいだった。それがソープランドのコンパニオンとして働いているうちに、性に対する潔癖性やストイックさは失われていった。しかし、性に対してだらしがなくなったわけではない。コンパニオンとしての対応は、あくまで仕事として割り切り、心まで性奴と化すことはなかった。
 もちろんコンパニオンとしては、真心でもって客に尽くしていた。だからこそ、ミクはオアシスのナンバーワンに登り詰めることができたのだ。それでもコンパニオンとしての対応と、心から愛する人に対する姿勢は、全く違っていた。その夜、美奈は今までにないほどに燃えていた。仕事を離れたときの、清楚な美奈のイメージからは考えられないほどの乱れようだった。しかしそれは淫らなものではなく、崇高な愛の表現だった。
 ただ、三浦は殺人事件の捜査で、多忙な身なので、あまり夜遅くまで無理をさせなかった。
 三浦は翌朝早く美奈の家を出て、着替えのために名古屋市北区の自分のアパートに帰っていった。

入浴事故

2014-02-27 22:26:14 | 日記
 先日、友人から、最近は入浴のとき、大丈夫かと言われました。
 以前にも入浴中の事故について、触れたことがあります。
 最近も時々浴槽から出るときにめまいが起こります
 入浴事故年間死亡者が17,000人もいると言いますが、自分がその中の1人にならないよう、注意をしています
 まず、最初はお湯の温度を37~38℃と低めにします。寒いときは、身体を洗うために湯船から出ると寒いので、湯に浸かりながら追い炊きをします。うちの風呂は、ガスで沸かすタイプです。
 一酸化炭素中毒の危険があるので、入浴中の追い炊きは注意が必要です。私は浴室の窓を少しだけ開けて、換気をしています。
 風呂から上がるときはお湯の温度が42℃以上になることがあるので、いったん湯船に腰掛けて、身体を拭きます。これをしないと、湯船から立ち上がるときに、立ちくらみで意識が遠くなることがあります。
 入浴中の事故は、風呂から上がるとき、血圧が急に低下してめまいを起こし、湯船の中に倒れて溺死することが多いようです。
 これから暖かくなるので、多少は危険性が低くなるとはいえ、入浴中の事故には気をつけたいものです。

車検

2014-02-26 22:11:39 | 日記
 明日車検で、前日に車を持ち込むと割引があるので、今日、なじみのガソリンスタンドに我がパッソを運びました。代車を借りなければ、3,000円の割引になります。
 それで帰りは2.2kmの道のりを歩きました。ついでにガソリンスタンドの近くのマックスバリューにも寄ったので、4kmほど歩いたことになります。もうすっかり春めいて、暑いぐらいでした。家に着いたときには、すっかり汗ばみました
 先週、オイル交換のついでに、事前点検をしてもらいました。そのとき、「大事に乗ってますね。特にわるいところはありません」と言われました。
 中古で買って、4年で55,000km走りましたが、今のところ故障は1度もありません。
 今のパッソには、あと4年ぐらいは乗ろうと思っています。1000ccのエンジンで、パワーがあまりなく、高速道路での走行がいまいちですが、小回りがきき、燃費もまずまずで、それほど不満はありません。 

指のひび割れ

2014-02-25 10:26:45 | 日記
 毎年指のひび割れに悩まされますが、今年は特にひどかった……。指紋に沿って、バックリ割れてしまいます。右手親指の爪のあたりが深くひび割れてしまい、物を強く握ると出血し、激痛が
 一時期、よくなりかけたのですが、立春を過ぎてからまた寒くなり、ひび割れがさらにひどくなりました。
 オロナイン軟膏を塗ると、軽いところはよくなりますが、深いひび割れには効果がありませんでした
 でも、最近少し暖かくなり、ようやくひび割れがよくなってきました

『幻影2 荒原の墓標』第6回

2014-02-21 19:40:27 | 小説
 今日、久しぶりに弥勒山、大谷山に登りました。

  
 
 先週の金曜日に大雪が降りましたが、もう1週間が過ぎ、もう雪は残っていないかと思ったら、まだ大量に残っていました
 このところ気温が低かったので、日陰にはたくさん雪がありました。

  
  

 

 山頂からは中央アルプスや御岳がみえましたが、透明度はいまいちでした。

  

  弥勒山の山頂は、日が当たるため、雪はほぼ溶けていました。

 今回は『幻影2 荒原の墓標』6回目を掲載します。
 『幻影』シリーズの登場人物は、けっこうスタジオジブリから名前を借りています


            

 卑美子のスタジオを出た二人の刑事は、三浦が運転する車で、岐阜市に向かった。近くの交番で殺鬼のスタジオを確認し、一時間半ほどで目的地に着いた。四〇キロほどの道のりだが、夕方の渋滞にさしかかり、道がやや込んでいた。
 岐阜市は人口約四〇万人、広大な濃尾平野の北にある、岐阜県の県庁所在地だ。市内を清流長良川が流れている。かつて織田信長が天下布武の印章を用い、天下統一への足がかりとした地である。
皐月タトゥースタジオに到着したとき、殺鬼は施術中だったが、冥は空き時間だったので、さっそく尋ねることができた。“殺鬼”ではインパクトが強すぎるので、スタジオ名は“皐月タトゥースタジオ”にしている。
 三〇歳をいくらか超えた殺鬼に対し、冥はまだ二〇代半ばぐらいの年齢で、トヨと同程度に思われた。しかしトヨは実際の年より若く見られがちだが、二七歳だ。丸顔でかわいい感じのトヨやさくらに比べ、冥は面長で気が強そうな顔立ちだ。長い髪を栗毛色に染めている。左目尻の下に、小さな赤いバラのタトゥーがあった。一生タトゥーアーティストとしてやっていくという強い決意を示すため、女性にとっては大切な顔に、消すことができないタトゥーを殺鬼に彫ってもらったのだった。
 二人は警察手帳を示し、訪問した理由を告げた。そして、さっそく被害者の背中の写真を見せた。冥は二人の刑事を事務室に案内した。
「ああ、これは去年の春先に彫った、徳山久美さんです。三回来てもらいました。この感じの鳳凰は、久美さんにしか彫ってないので、間違いありません。私がお客さんに彫り始めて、初めての大きな仕事だったので、よく覚えています。それまではワンポイントが多かったですから」
 冥は写真を見て、すぐに反応した。冥は刑事の求めに応じて、久美の免許証や同意書のコピーを渡した。免許証の写真はコピーなので、やや不鮮明ではあるが、写真は間違いなく被害者のものだった。免許証や同意書にある住所は、愛知県一宮(いちのみや)市になっていた。年齢は二七歳。同意書に書かれた電話番号は、被害者が持っていた携帯電話のものだろう。しかし携帯電話や免許証など、身元を示すようなものは持ち去られていた。
「刑事さん、私が一生懸命になって彫ったお客さんが殺されただなんて、無念でなりません。特にそのころはプロとして彫り始めて間もないころだったので、すごく思い入れがあるのです。その人は自分を強くするために、ぜひとも背中に鳳凰を入れたいと言っていて、私も彼女が強くなれますように、と心を込めて彫ったものです。協力は惜しみませんので、どうか、犯人を捕まえて、久美さんの無念を晴らしてあげてください」
 冥は三浦の腕をとって、目を潤ませながら懇願した。きつそうな顔立ちだが、意外と優しいのかもしれない。
「ところで、こんなことを訊いてお気を悪くされないでほしいのですが、冥さんは昨夜一〇時から一二時の間、どこにいましたか? 冥さんを疑っているわけじゃないですが、被害者に関わりがある人すべてにお訊きしていることですから」
 三浦は申し訳なさそうに、アリバイを尋ねた。
「はい、私もミステリーのファンですので、わかっています。昨日のその時間、先生がまだお客さんに彫っていたので、私もこのスタジオに残っていました。先生が証明してくれますし、何ならお客さんにお訊きくださってもけっこうです。そのお客さん、とても気さくな方なので、このようなやむを得ない場合なら、きっと証言してくれると思います」
 そのとき、客に施術をしていた殺鬼が手を休め、弟子の冥のところにやってきた。殺鬼はショートヘアで、メタルフレームのメガネをかけた、クールな感じがする美人だった。彫り師というよりは、冷徹な学者か研究者を思わせた。首筋や、長袖から露出する手首から手の甲、指にかけて、タトゥーが入っているので、彫り師だと知れる。本名は皐月(さつき)で、漢字の表記を“殺鬼”としている。
「お話は仕事をしていても、聞こえてきました。私が今使っているマシンは、ロータリー式で音が静かですからね」
殺鬼のスタジオは、冥と二人で切り回している。他に雑用をしている、鬼々(きき)という彫り師見習いの若い女の子がいる。鬼々も冥と同じ理由で、左のこめかみに、小さな桜の花を入れている。
 殺鬼にはかつて男性の弟子がいたが、冥が弟子入りする前に独立して、今は別のところで、“皐月ファミリー魄(はく)”という名で、仕事場を構えている。
 殺鬼の店は、施術するブースが二つと、事務室、待合室、トイレ、狭いキッチンがあるだけの、小さなスタジオだった。卑美子のスタジオの3LDKの間取りよりかなり狭く、2DK程度の広さだ。それでも将来鬼々がプロのアーティストとなり、自分のブースを持っても、まだ余裕がある。事務室はパーティションで仕切られているだけなので、話していれば、施術中の殺鬼にも聞こえてしまう。
「冥の言うとおり、冥はその時間帯には、このスタジオから一歩も外に出ていません。それは私が証明しますわ。私では信用できないのなら、そのときのお客様の電話番号もお教えしますが、でもやはりタトゥーを彫るということは、他人(ひと)には隠したいということもありますので、冥が疑われて、どうしようもない場合以外は、お問い合わせは遠慮していただきたいのですが。まあ、そんなことは決してないでしょうが。冥は昨夜は確かにずっとこのスタジオにいましたから。刑事さんだからこそ、お客様の電話番号をお教えするのですからね。でも、お客様のプライバシーを守ることは、私たちにとって大切なことですから、そのへんのことはお含みおきください」
 理路整然と話す殺鬼の言葉に、さすがの三浦もたじたじだった。
「いえ、冥さんを疑っているわけではなく、これは関係者すべてにお伺いする、儀式みたいなものですから。お話を聞いて、僕は冥さんは犯罪とは関係ないと確信しました。お客さんの電話番号も、必要ありません」
「もう少し言わせていただくなら、冥はただ去年の二月から三月にかけて、その方にタトゥーを入れたというだけで、事件の関係者ですらありません。単に彫り師とお客様という間柄でしかありませんわ。そんなことで疑うのなら、その方がよく行く店の店員は、すべて疑われなければなりません」
 そう言ってから、殺鬼は顧客ファイルの中から、昨夜の客の名前と携帯の電話番号を探して書き写し、三浦に渡した。

 殺鬼のスタジオを出てから、二人は意見を述べ合った。
「トシ、おみゃーさん、どう思やーす? 冥のこと」 と鳥居が尋ねた。
「僕は事件には関係ないと思います。アリバイを尋ねたのも、疑っていたからではなく、単に消去するための確認でしたから。殺鬼さんが言っていたように、冥さんと徳山久美は、単なる彫り師と客の関係だと思いますよ。昨日彫っていたお客さんの電話番号、不要だと言ったのにくれましたが、わざわざ確認とる必要はないと思います。ただ、資料としては保管しておきますが」
「そうだな。俺も同感だがや。去年の春に三回施術した、というだけの、彫り師と客の間柄でしかなかったんだでな。まあ、ギャー者の身元がわかっただけでも、来た甲斐(きゃー)があったというもんだ」
 鳥居も今回は冥は無関係だと判断した。
 104の電話番号案内に、一宮市の住所と徳山の名字で問い合わせた。その電話番号は、登録されていた。教えられた番号に、三浦は電話した。
「私(わたくし)は県警の三浦と申しますが、徳山久美さんのお宅でしょうか?」
「はい。徳山でございますが、久美は今おりません。警察がどんなご用件でしょうか?」
 電話に出たのは母親のようだった。おどおどした感じの話し方だった。
「実は、久美さんと思われる方が春日井市の浅宮公園で、遺体で発見されましたので、その件でお電話しました」
 三浦は努めて事務的な口調で言った。こういう場合は、なまじ感情を出さないほうがいい。すると相手は受話器を落としてしまったのか、大きな衝撃音が聞こえた。電話の向こうでは、 「ちょっと、お父さん!」 という慌てふためいた声が聞こえた。そしてしばらく無言が続いた。電話の声は男性に替わった。
「私は久美の父親です。久美は二年ほど前から、うちを飛び出して、行方がわからなくなっていましたが、そうですか。やはりそんなことになってしまったんですね……」
 父親の声も力なく、消え入りそうだった。
「ご遺体は、今春日井市の篠木署に安置してあります。娘さんに間違いないか、ご確認いただきたいのですが」
「わかりました。これから家内と参ります。夜遅くなりますが、いいですか?」
「かまいません。辛いこととお察ししますが、どうかよろしくお願いします」
 鳥居と三浦は、一宮には行かず、篠木署に戻ることにした。篠木署に戻れば、両親に会える。鳥居は今日の捜査でわかったことを、捜査本部に報告した。
 二時間ほどの後、憔悴しきった徳山夫妻が篠木署にやってきた。遺体は司法解剖を終え、篠木署に戻っていた。両親は五〇歳を超えた、初老の夫婦だった。三浦は両親の様子を見るのが辛かった。篠木署の地下の霊安室で、父親が遺体の確認をした。母親は、変わり果てた娘と対面できる状態ではなかった。
「間違いありません。娘の久美です」
 父親は泣き崩れた。
「昔は素直でとてもいい娘(こ)だったのに。名古屋で一人住まいをしていましたが、悪い男と付き合い始め、突然行方がわからなくなりました。最初のうちはときどき電話もあったのですが、その後、しばらくして、連絡が取れなくなってしまいました。背中に大きないれずみをしていたなんて、信じられません。やくざにでもだまされたのでしょうか。家出人の捜索願を出したとき、警察がもう少し熱心に捜してくれれば、こんなことにはならなかったんです」
 父親は涙を流しながら、少々恨みがましく三浦に訴えた。三浦は申し訳なく感じた。家出人捜索といっても、事件性がなければ、警察はあまり力を入れて捜すことはしない。家出人をコンピューター登録し、自殺の恐れや事件性がある場合は手配も行うが、事件の指名手配のような、徹底したものではない。この両親に報いるためにも、絶対に犯人を捕まえてやる、と三浦は心に誓ったのだった。