売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『幻影2 荒原の墓標』第24回

2014-06-28 01:16:14 | 小説
 明日の講演の資料を作り、さあ印刷しようと思ったら、プリンターの調子がわるい。カラー写真がずれて、うまく印刷できません。
 ヘッド位置調整の機能を使い、ずれを修正しても全くだめ……
 やむなく近くのジョーシンに行き、安い機種を買いました。

 

 一番安い機種はインクカートリッジが一体型で、本体は安くても、インク代が高くつきます。
 今使っている機種は、調子がわるいのをだましだまし使っていました。
 自分の著作のチラシを10,000枚近く印刷しているので、もう限界かもしれません。

 今回は『幻影2 荒原の墓標』24回目の掲載です。


            3

 その夜、仕事が終わってから、なじみのファミレスに恵、美貴、裕子、美奈の四人が集まっていた。オアシスには盆休みがなかった。多くのコンパニオンが盆の時期には休みを取るので、今はコンパニオンが手薄だ。アドバイザーの玲奈も、いつでも行けるようにスタンバイしている。玲奈は三〇代後半とはいえ、後輩のコンパニオンが羨ましがるほど若々しい体つきを保っている。
「お姉さん、まだ現役で行けるんじゃない?」
玲奈はコンパニオンたちから冷やかされていた。玲奈はコンパニオンたちから慕われており、このような軽口も言い合える間柄だ。
「裕子さんのお兄さんのことはまだわからないけど、警察は大岩さんを詐欺グループの一員としてマークしたわ」
 オーダーをしてから、美奈が三浦から聞いたことを裕子に報告した。恵と美貴も、おおやまと名乗る男が裕子の兄を知っているようだということを聞いている。
「お兄さん、やっぱり詐欺グループの一員だったのかしら」
「それはまだわからないわ。今は希望を捨てずに行きましょうよ」
「ううん、私はもう最悪のことを覚悟しているわ。兄は予告される前に、最初に殺されたのかもしれない。最悪を考えていれば、何があっても驚かないから。でも、兄にはやはり生きていてほしい」
「そうよ。お兄さんはきっと生きているよ。そう信じようよ」
 美貴が裕子を力づけた。
「そうですね。たとえ兄が詐欺グループのメンバーだったとしても、生きてさえいれば、これからいくらでもやり直しはできるのだから」
 しかし美奈はあまり楽観できなかった。美奈としては、事件を引き起こしている怨念霊の位置に、裕子の兄を置いていた。その予感が外れていますように、と祈ることしかできなかった。
 オーダーしたものが全員分届いた。
「みんな、暗い話はもう終わりにして、食べようよ。ずっと仕事をしてて、おなかぺこぺこ。おなかの虫が、はよ食わせろ、と鳴いてるよ」
 恵がさくらの口調を真似たので、みんなが笑った。
「そういえば、この前背中の龍を彫りに、さくらのところに行ったら、さくら、今男の人の背中一面に、ラオウを彫ってるんだって。途中までの写真を見せてもらったんだけど、すごい迫力。さすが元漫画家志望。めちゃうまかった。トヨさんも感心してたよ」
「ラオウって、北斗の拳の?」 と美貴が恵に訊いた。
「もち。カップ麺のラ王じゃないわよ。お客さんは最初、黒王に跨がったところを希望していたそうだけど、それだとラオウが小さくなって見栄えしない、とさくらがアドバイスして、背中一面にラオウの戦闘ポーズになったんだって。黒一色で濃淡つけて彫ってあったけど、ほんと、漫画から抜け出したみたいだった。かっこよかったな」
「あたしも男だったら、ラオウ彫ってもらいたいんだけどな。『我が生涯に一片の悔いなし』なんて、かっこいい」
「美貴にはラオウより『ひでぶ』のハート様のほうが似合ってるんじゃない?」
「ひでぶだなんて、メグさん、ひっどーい。あたしは南斗水鳥拳のレイがいいかな。源氏名と同じアイリのお兄さんだもん。それともベルばらのオスカルとか」
 ベルサイユのばら以外は、美奈にはついていけない話題ではあったが、恵と美貴のやりとりを見ていた裕子は、愉快そうに笑った。場が和んでよかったと美奈は思った。かつてのさくらのように、今は美貴がムードメーカーとしての役割を担っている。
 美奈は最近、さくらが女性の背中に彫った、ミュシャの『ダンス』を見せてもらったことがある。原画よりカラフルな色使いだが、ミュシャの雰囲気がよく出ていて、すばらしいと思った。美奈はミュシャの絵が好きだ。さくらはもう一人前のタトゥーアーティストだ。最近客が増えてきた。収入もオアシスでコンパニオンをしていたときには及ばないとはいえ、平均的なOLより、ずっと多いそうだ。来月発売の『タトゥーワールド』という専門誌で、“美貌の新進女性アーティスト”として、トヨと共にさくらが紹介される予定だ。
その号には、さくらが恵の背中に龍を彫っている写真が掲載されることになっている。取材のときには美奈もその場にいて、昨年の秋に会った、カメラマンの長谷川と再会した。タトゥーワールドの女性編集長、熊谷(くまがい)にも会った。熊谷には以前、タトゥーワールドで、美奈のタトゥーを二ページにわたって紹介させていただきたいという、挨拶の電話をもらったことがあった。熊谷は姉御肌の、さっぱりとした感じの女傑だった。今回もまた美奈のタトゥーが撮影された。さくらが彫った脚の龍や、胸の牡丹などの写真も掲載するという。
トヨとさくらが力をつけ、卑美子が産休、育休に入っても、二人で十分卑美子ボディアートスタジオの看板を背負っていくことができる。
「メグさんの背中、まだ半分ぐらいですね」 と美奈が尋ねた。
「うん。まだ少しかかるみたい。龍はかなり色が入ったけど、牡丹がまだ全然だしね。週一で三時間以上も施術を受けるのはけっこう辛い。早く完成しないかな。さくらも彫るのが早くなったけど、来月いっぱいはかかりそう」
「裕子も腰に大きな鯉入れちゃったし、あたしもまた、さくらに何か彫ってもらおうかな。さっき言ってたオスカルもいいね」
美貴も口を挟んだ。美貴は腰の蓮以外に、もう一つタトゥーを増やすつもりでいる。
 最初は暗い話題だったが、最後にはみんなが笑顔になった。
「裕子さん、お兄さんのことで、三浦さんから何か情報が入ったら、メールか電話しますね」
「お願いします。でも、三浦さん、すてきな男(ひと)ですね。とっても優しそうで、刑事さんだとはとても思えないです」
 一時間ほどで会合をお開きにした。美奈は恵と裕子を車で家に送った。美貴は今も原付で通勤している。明日(正確には今日)は裕子と美奈は公休日だ。盆の期間中、美奈が休みにしたのは、その日だけだった。

 翌朝、遅い朝食をすませてから、美奈は作品の補筆でパソコンに向かった。『幻影』は一応完成しているが、美奈は全体的に手を入れていた。入力ミス、変換ミスや、文法上の間違い、作品の中で矛盾した記述なども点検し、見つけたら修正している。完成したら、見せてほしいと北村弘樹が言っている。出来栄えがよければ、出版社や評論家に紹介してくれるそうだ。最初は仮題のつもりだった『幻影』も、使っているうちに気に入ったので、正式なタイトルにした。
 『幻影』は、千尋や繁藤の実際にあった事件をモチーフにはしているが、事実そのままではなく、大きく創作を加えてある。名古屋の繁華街、錦三のクラブに勤める、背中に大きな大日如来のタトゥーを入れた、如月美穂(きさらぎみほ)という女性が探偵役として活躍する。美穂は三歳で亡くなった美奈の姉の名前だ。姓を如月にしたのは、姉が生まれたのも亡くなったのも、二月だからだった。美奈は姉を作品の中で、元気に活躍させたかった。
 美奈は午後、『幻影』の原稿をB5のコピー用紙に両面印刷して、JR中央本線の神領駅近くのNという喫茶店に行った。CD-Rに焼いてもよかったが、印刷しておいたほうが、相手には便利だろうと思った。そこで最近知り合った高校生の河村彩花と待ち合わせをしていた。
 Nに着くと、彩花はもう来ていた。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
「いいえ、私の家、このすぐ近くだし、それにさっき着いたばかりですから。まだオーダーもしていません」
「今日は私がおごるから、何でも好きなもの注文して。こう見えても、私、高給取りだから」
「え、いいんですか? それじゃあ、お言葉に甘えて、フルーツパフェ頼んじゃってもいいですか? ここのパフェ、おいしいんです」
「はい、どうぞ。それなら私、マロンパフェにしようかな」
 二人はお互いのことを話し合った。彩花は少し前に、高校の部活動の研究で、奈良の方に行ってきたという話をした。卑弥呼(ひみこ)の墓ではないかと言われる箸墓(はしはか)古墳の近くに行ったということも話題にのぼった。美奈は 「私にタトゥーを彫ったのは、卑美子先生というすてきなアーティストさんなのよ」 と話した。
 今年は一月に亡くなった彩花の父親の初盆だという。寺の娘である美奈は、盂蘭盆会(うらぼんえ)について少し説明をした。目連(もくれん)尊者と、餓鬼道(がきどう)に堕ちた母親の話だ。
美奈は彩花が自分とよく似ていると思った。登山も共通の趣味だ。まるで自分に妹ができたようだ。彩花は美奈のことを、作家としてのペンネームで未(み)来(く)さんと呼んでいる。オアシスでの源氏名でもあるが、改めて彩花から作家のペンネームである未来さんと呼ばれると、面はゆい気がする。同じミクという発音なのに、不思議だなと思った。しかしそれもすぐに慣れた。
 彩花と話していたら、あっという間に三時間が過ぎた。彩花に印刷した『幻影』の原稿を渡したら、とても喜んでくれた。原稿用紙に換算すれば、六〇〇枚を超える長編だ。彩花も自分が書いた短編、中編を五作、 「これ、読んでみてください」 と美奈に手渡した。
 美奈は車で家まで送ろうか、と言ったが、彩花は 「私の家、このすぐ近くですから。あのへんの、内津川(うつつがわ)のすぐ手前の家です」 と家の方向を指し示して、遠慮した。
「私の友達も未来さんに紹介したいんですけど、いいですか?」
「はい。いつでもどうぞ。私は週に二日ぐらい、休みを取れるので、またメールください」
 そう言いながら二人は別れた。

 その夜は三浦が美奈の家を訪ねた。そして捜査の状況などを、支障がない範囲で美奈に話した。もっとも、三浦は美奈を全面的に信頼しているので、わかったことはほとんど報告していた。
 大岩には小幡署の柳と戸川が張り付いている。今のところは、これといった動きはないようだ。仲間と直接会うこともしていない。もちろん、殺人予告されているので、護衛もしっかりしている。大岩も監視されていることを知っているので、うかつに動くこともないだろう。
 ただ、大岩は警察が詐欺グループの存在に気付いていることまでは、知らないようだ。警察は自分を殺人予告から護っているだけだと油断している。だから、いつかはボロを出すことを期待している。
 三浦は北村のことも美奈に話した。しかし北村が月に一度か二度、オアシスで美奈の接待を受けていることを考えると、三浦は少しばかり心が乱れる。美奈もそのことがわかるだけに、いくら仕事だとはいえ、心苦しい。やはり早くオアシスは辞めるべきかもしれない。
 オアシスを辞めると言ったときの、恵の涙を美奈は思い浮かべた。美奈が辞めれば、仲良し四人娘は、恵一人になってしまう。けれども恵は、美奈の立場をきちんと理解していてくれる。それに、新しい仲間もできた。恵も、長くてあと二年で、三〇歳前には今の仕事を辞め、新しい生活を始めたいと言っている。かなりお金を貯めたので、バーか料理屋、喫茶店などを買い取って、店でも開こうかと考えている。その場合は美奈も従業員として協力するつもりだ。
「美奈さんが言ったとおり、北村先生はやはり南木曽岳で、不思議な体験をしているそうですね」
「はい。そして、そのとき北村先生に『死ぬな』と呼びかけた霊が、今回の事件を起こしていると思うんです。その霊が、この前一緒に会った裕子さんのお兄さんじゃないか、と私は懸念しているんです」
「千尋さんがそう言っているのですか?」
「いいえ、千尋さんはそこまでは断言していません。ただ、怨恨を残して死んだ霊が関わっているのではないか、ということは言っています。たぶん私たちに先入観を与えないためだと思うんですが、私には裕子さんのお兄さんが、仲間の人たちに殺害され、復讐しているんじゃないかと考えているんです。私の勘でしかありませんが」
 千尋は何もかも教えてしまっては、美奈が自ら思案し、行動する力を失ってしまうのではないかと考えて、あまり美奈に干渉しすぎないようにしている。必要以上に干渉しすぎるのは、守護霊としての役目を果たすどころか、千尋に頼り切るようになり、逆に美奈をスポイルしてしまうことになる。それでもときどきヒントになることを教えてくれるのは、美奈にとってはありがたかった。
「そうですか。でも、霊が関係していることがわかっただけでも、北村先生を誤認逮捕せずにすむのでありがたいですが。もちろん捜査本部では霊の存在など認めるはずもなく、北村先生を逮捕するべきだという意見は根強いです。鳥居さんと僕がまだ確証がつかめない以上は逮捕は時期尚早だと、何とか押さえています。実際北村先生が事件に関与しているという具体的な証拠は、作品に名前が挙がっていること以外、全く見つかっていませんので」
「はい。北村先生は、事件には何の関係もないので、それ以外の証拠は見つからないはずです。私はそう思います」
「ただ、徳山、山下、佐藤の三人の名前を挙げたこと自体が、紛れもない証拠とされていますが。さらに大岩も実在していることがわかりましたし。まあ、この事件は霊が相手では警察はお手上げなので、詐欺グループ、大岩の側から攻めていくしかないでしょうね」
 結局今の段階では、これ以上のことはわからなかった。秋田との関係も、まだわかっていない。
 三浦はその晩も美奈のところに泊まっていった。









取材

2014-06-25 21:47:44 | 日記
 次の日曜日に、NPO法人の会合で、簡単な講演をすることになりました
 私の作品『ミッキ』に、春日井市の最高峰、弥勒山に登山する場面があります。
それを読んだNPO法人の方から、弥勒山について話してほしいと依頼をいただきました。
 それで、今日はその資料作りのため、弥勒山、大谷山に登りました。
 いつもと違った視点で写真を写してきました
 前回は田植えしたばかりの大谷山山麓の水田が、稲が育ち、青々としていました。水田にカモの夫婦(?)が遊びに来ていました。

  

 大久手池は梅雨の時季なのに、水が少なくなっています。例年なら土の部分は水があふれています。

  

 麓の植物園では、いつも動き回ってなかなか写せなかったリスザルが、今日は写させてくれました。
 グリーンイグアナは目がチャーミングです。

  

 アジサイの花は最盛期でしたが、バラやハナショウブはもう最盛期を過ぎ、花が少なくなっていました。

  

  アナベルという白いアジサイの仲間です。

 今日は資料作りのため、登山道を主に写してきました

  
  

  

 今日は晴れていたものの雲が多く、時々雨に降られました。一時強く降り、ゴアテックスのレインスーツを羽織りました。


『幻影2 荒原の墓標』第23回

2014-06-20 19:57:05 | 小説
 車の冷房、ひょっとしたらコンプレッサではなく、リードという部品を変えれば直るかもしれないといわれ、期待して部品を取り寄せてもらいましたが、やはりだめでした。安い中古のコンプレッサが見つかるといいですが。
 まもなく新刊が出るので、わたしの本のチラシを作り直し、今日近所で300枚以上巻きました。
  クリックすると、チラシが拡大します。

 団地ではなく、一般の宅地なので、時間がかかります。
 終わった後、近くのスーパーにガリガリ君の梨があったので、買いました。
 私はガリガリ君は梨が一番好きです。
 

 今回は『幻影2 荒原の墓標』第23回です。

            
            

 大岩は警察にマークされたことを武内に報告した。自宅の固定電話や携帯電話は使わず、自宅から離れた公衆電話から連絡した。警察に見張られていることを警戒し、プッシュしたボタンが外からわからないよう、ボタンを身体で覆い隠した。大岩自身、他人がプッシュしたボタンを高倍率ズームのビデオカメラで撮影し、どこに電話をしたかを調べた経験がある。警察はそこまでしないだろうが、用心に越したことはない。
「おまえにしては、ドジを踏んだもんだな」
 受話器の向こうで、武内が非難した。
「すまん。警察も北村と接触する人物に目をつけていたようだ。その可能性も考えるべきだった」
 大岩は自分のうかつさを悔やんだ。
「まさか、俺たちのことは感づかれとらんだろうな」
「ああ、大丈夫だ。警察は俺のことを次の犠牲者候補として、警護してくれるようだ。ある意味、俺も安心だが。これでもけっこう殺人予告には怯えているんでな。見張られているので、当分は何もできんがな」
「しかし定職もなく、ぶらぶらしとっては、怪しまれるだろう? まさか詐欺カンパニーの事務所に出勤するわけにもいかんし。あそこを警察に目をつけられるのは、まずいがや」
 武内が不安そうに言った。
「俺は容疑者ではないので、あまりうるさくは訊問されなかったがな。仕事のことは、命が狙われているのが不安で、ここしばらくは仕事も手につかん、あんな小説を書きやがって、北村に損害賠償をしてもらいたいぐらいだ、と言っておいた。とにかく、北村を悪者にして、俺は善意の被害者を装っておいたが」
 大岩は武内の不安を拭い去ろうとした。ここはともかくあまり動かず、じっとしているほうがいいかもしれない。
「しかし、北村がなぜ俺たちの名前を織り込んだ作品を書いたんか? 北村の作品を利用して誰かがたまたま同じ名前の者を殺している、としか思われないが、それにしても俺たちのグループの名前が出ているのがわからん。ここまで一致していては、絶対偶然は考えられん。警察はもちろん、書いた北村本人も首をかしげているそうだ。前は秋田の線かと思っとったが、やはり詐欺に遭い、自殺したやつの家族などが復讐している、というのが最も考えられるな。それに北村も一枚噛んでいる。ということは、北村も俺たちの正体を知っているということになる」
 大岩は自分の推測を話した。
「それなら、北村は危険だな。ちょっと痛めつけて、バックに誰かいるのか、吐かせたろうか?」
 武内は北村を拉致することを提案した。
「だめだ。やつにも警察の監視がついている。それに、あいつもこの事件に噛んでいるのなら、俺たちのことはサツには話さんだろう。それから、おまえに頼みだが、もう俺たちの出来町(できまち)のアジトは、引き払ったほうがいい。俺はサツに目をつけられ、動けんで、あそこを始末してくれんか? 俺たちが残した書類等はすべて廃棄し、あの部屋のものは処分しといてくれ。書類はシュレッダーにかけて、絶対に再生できんようにしといてくれんか」
 学生時代、左翼運動に関わったことがある大岩は“アジト”という言葉を使った。
「ああ、わかった。そうするほうがいいようだな。その件は任せろ。証拠になるようなものは、すべて破棄する。指紋なども、きれいに拭き取っておくよ。もう俺とおまえの二人になってまったんだし、事務所はいらんからな」
 武内も事務所を残しておくことに不安を覚え、処理をすることを約束した。
「世話かけてすまん。頼んだぞ。それじゃあ、テレカの残り度数ももう少なくなったんで、そろそろ切るぞ。携帯にかけると、テレカの度数がどんどん減ってしまう」
 そう言って大岩は電話を切り、電話ボックスから出た。しばらくすると、後ろから、 「大岩さん、どこに電話してたんですか? 自宅にも電話があるし、携帯も持っているのに、わざわざ公衆電話で電話されるとは」 と問われた。振り向くと柳が立っていた。
「友達だよ。急に用事を思い出したんだが、あいにく携帯を忘れてね。俺は被疑者じゃないんだから、プライバシーは守ってもらいたいね」
 大岩は声が聞こえる範囲には誰もいないことを確認しながら小声で武内と話していたので、先ほどの会話が聞かれたとは思わなかった。
「ええ。善良な市民のプライバシーまで踏み込むつもりはありません。ただ、立て続けに殺人事件が起きているので、しっかり警護をしなければと思いましてね」
「事件は今まで、深夜にしか起こっとらんのだろう? 昼間からあまり付きまとわらんでくれ」
「それは申し訳ありませんでした。以後、気をつけます。しかし、昼は絶対安全だとも言い切れませんから」
 柳は謝った。しかし、柳は大岩を胡散臭いと思っている。北村弘樹の作品に名前が挙がった四人は、ひょっとしたら何かの犯罪グループに関係あるのかもしれない。だから大岩を善良な市民とは考えていない。
 捜査本部では、今回の一連の事件は、詐欺グループの被害に遭った人が、復讐しているのではないかという意見が多数派になりつつある。詐欺グループに生活資金のほとんどをだまし取られ、自殺したお年寄りもいるので、その家族、もしくは関係者の復讐だというのだ。
復讐者は大岩たちの犯罪を知っているのなら、なぜ警察に知らせてくれないのだろうか。個人的な復讐で人を殺すことは、犯罪でしかない。
 北村弘樹もそれに絡んでおり、犯人グループに恐怖感を与えるために、あえて殺人予告を行った、という意見も出ている。
 北村は詐欺グループに恨みを持つ者から示唆をされ、それが復讐に使われると知らずに、あるいは事情を知った上で自分の作品に名前を使ったのかもしれない。それが最も合理的な解釈だ。山下和男、佐藤義男両殺人事件の捜査本部は緊密に連絡を取り合い、改めて北村弘樹に事情を聞くことになった。

 鳥居と三浦は、北村弘樹のアパートを訪れた。まだ捜査本部は正式に合同していないが、二つの捜査本部が協力し合うこととなり、鳥居と三浦のコンビが復活した。
「やあ、刑事さん、また何かご用ですか?」
 三人はすでに顔なじみになっている。
「突然恐縮だが、いろいろな状況がわかってきたんで、また話を聞きたいと思ってな。今は仕事中かな?」
 鳥居が北村に尋ねた。
「いや、僕は最近すっかり夜型になって、執筆は夕方から始めます。今はぼんやりしている時間帯ですから、何なりとどうぞ。言ってみれば、今は瞑想タイムみたいなものです」
「それじゃあ、玄関先で立ち話も何だで、ちょっと邪魔するぞ。センセもここで警察と立ち話しとるとこを近所に見られては、世間体もわるいだろうしな」
「散らかってますが、どうぞ、お入りください」
 北村は仕事場に二人の刑事を招き入れた。机の上には、原稿執筆用の省スペース型パソコンが置いてあった。液晶モニターは27インチの大型のものが使用されている。外出のときには、小型のノートパソコンで原稿を打っている。データはUSBメモリーに入れて持ち運んでいる。
仕事場には、こぢんまりとした応接セットもある。散らかっていると言いながら、部屋は意外と片付いている。地元の新聞社の担当がときどき打ち合わせに来るので、部屋はそれなりに整頓してある。北村は東京の出版社のほかに、地元のブロック紙にも作品を連載している。
「コーヒーを淹れますから、しばらくお待ちください。いちおうインスタントではなく、粉からドリッパーで抽出しますので」
「あまり気を遣わないでください」
 三浦が遠慮すると、 「いや、僕が飲みたいんですよ。昼間はどうも頭がぼんやりしてるので、カフェインの刺激が欲しいのです」 と言って、コーヒーを淹れ始めた。
 北村は応接セットのテーブルに、コーヒーカップを三つ置いた。そして、ドリップ式コーヒーメーカーで淹れたコーヒーを注(つ)いだ。三人はまずコーヒーをいただいた。
 美奈のように、あらかじめカップを温めておくというような配慮は北村にはなく、味も美奈が淹れたコーヒーに比べれば、大味な感じがした。それでもインスタントのものよりはうまかった。
 北村はたばこを吸っていいかを尋ねた。鳥居と三浦は喫煙しない。鳥居は妻と娘がたばこを嫌うので、喫煙をやめた。
「最近、ちょっと被害者(ぎやーしや)のことがわかってな。それでいろいろ訊きたいんだがや」 と鳥居が切り出した。
「最初の犠牲者の徳山久美と、二人目の山下和男は、どうやら詐欺グループのメンバーだったようだ。佐藤義男については、まだわからんが、たぶん同じグループに属しとったと思われる」
「被害者(ひがいしゃ)は詐欺グループだったんですか?」
 北村は驚いて尋ねた。
「そうです。そして、大岩康之もその一員と思われます。大岩は先生を監視していました。そこを職務質問し、事情を訊きましたが、現時点では大岩が詐欺グループの一員だったかどうかの確証は得られていません」
 今度は三浦が応えた。
「大岩が現れたのですか。僕を見張っていたのですね。全然気がつきませんでした」
「それで先生にとってはちょっと都合が悪いことになったんです。捜査本部では、先生が詐欺の被害者と組んで、詐欺グループの殺害に協力していたのではないか、と推測する者が出てきたのです。先生の作品に詐欺グループの名前を出したのは、彼らに復讐するため、恐怖感を与えるためだという」
「そ、そんな馬鹿な。僕はそんなことは全然知らない。あり得ない。彼らが詐欺グループだったことも知らないし、圧力を加えるために作品を利用して殺人予告を行ったこともありません」
 思いもかけない三浦の話を聞いて、北村はうろたえた。
「おみゃーさん、ちょっと立場がまずくなってまったがや。捜査本部では、その意見が大勢を占めとるんでな。確かにセンセはアリバイがあり、コロシには直接関わってはおらんがな」
「そ、そんなことを言われても……。ぼ、僕は何も知らないんだ。何もやっていない。そんな犯罪の片棒を担ぐなんてことは、いっさいしてません。警察も、僕の無実は認めてくれたはずですよ」
 北村はソファーから立ち上がり、後ずさった。
「以前は先生と犠牲者たちとの間に、何もつながりを認めることができなかったので、先生をシロとみていましたが、犠牲者が詐欺を働いていたという状況が明るみとなり、警察としても、事態を見直さざるを得なくなってきたのですよ。本来なら、先生には署まで任意出頭をしてもらい、事情聴取させてもらわなければならないんです」
 三浦は事態が深刻であることを説明した。
「そんな馬鹿な。さっきも言いましたが、本当に僕は何もしていないんだ。作品だって、誰かに相談したことはない。完全に自分自身の創作なんです。登場人物の名前も」
 北村は取り乱して、強い口調で言った。
「まあ、そう興奮しやーすな。ほかのやつらはともかく、俺とトシは、おみゃーさんの無実を信じとるでな」
 鳥居が北村をなだめた。
「本当ですか? 信じてもらえるんですか?」
「ええ。ただ、先生の立場が厳しいことは確かです。捜査本部では、ほとんどの者が先生は加害者と関係があると睨んでいます。予知能力がある超能力者でなければ、三件もの殺人事件を的中できるはずありませんからね」
「そこなんですよ。書いた僕自身、不思議でしょうがないんです。自分でも予知能力があるとは、思ってないし。占いだって、よく知りません」
「そこで、警察としてこんなことを言うのはおかしなことですが、この事件は心霊現象が絡んでいると僕個人としては考えているんです。もちろん科学警察がこんなことを認めているわけではなく、あくまでも僕一個人としての考えなんですけどね」
 三浦は警察の一員としては、事件に霊が絡んでいるということは考えたくなかった。しかし、北村が犯行とは無関係なら、北村は超能力者としか考えられない。警察が超能力など信じるわけにはいかなかった。
 捜査本部では、これまでも北村弘樹は、殺人実行犯ではないが、犯人と何らかの関連を持っているという意見が根強かった。だが、北村のアリバイは完璧だし、いくら捜査しても、被害者とは何の関連も見いだせなかった。それに徳山久美の事件は、もう犯人が捕まっている。犯人の山岡は北村とは全く面識がないし、作品を読んだこともないと証言している。それで捜査本部は、北村を灰色だと認識しながらも、事件との関連の確証を持てなかった。
 ところが、連続殺人の被害者たちのうち、徳山と佐藤が詐欺グループとしてのつながりがあるということが判明し、殺人予告された四人はそのグループのメンバーではないかと疑われるようになった。彼らの犯行の被害者も何人か見つかった。中には自殺者も出ている。それで、北村は詐欺の被害者と何らかのつながりがあり、復讐に荷担しているのではないか、という意見が大勢を占めるようになった。
 鳥居も三浦もそう考えていた。しかし美奈から、今回の連続殺人事件には、強い怨念を持った霊が関与しているという情報がもたらされた。捜査本部としては、取るに足らない話だ。それでも橋本千尋と繁藤安志の事件で、今は美奈の守護霊となっている千尋からの霊界通信で事件を解決したという事実があった。鳥居も三浦も、そのことは否定できなかった。
「それで、変なことを伺いますが、先生は最近、何か不思議な体験をしたことがありませんか?」
 三浦は美奈から、北村が南木曽岳で不思議な声を聞いたことを聞いていた。それがすべての始まりではないかと美奈は推測した。
 美奈はオアシスの客のことを外で話すことは決してしないが、北村のことだけは、事件と関係がありそうなので、三浦に話していた。
「そうですね。そういえば、去年の一〇月の末でしたかね。南木曽岳で不思議な声を聞きました。実を言うと、その頃の僕は、作家として行き詰まって、自殺しようとしていたんですよ。南木曽岳中腹の深い森林の中で、夜中に睡眠薬を飲んで自殺しようとしていたところ、『死ぬな』という声が聞こえてきたんです。聞こえた、というより、頭に響いたというか。それで僕はもう一度やり直す気になり、寒い夜を何とかしのいで、翌朝下山しました。そのあと自費出版した作品が、昔のなじみの評論家に評価され、再デビューとなったんですが」
 その作品が『鳳凰殺人事件』だ。その中で徳山久美という登場人物が殺されている。そのモデルは美奈だった。登場人物が背中に鳳凰のタトゥーを背負っているということも、実際に起こった事件と一致していた。
「その本は、ひょっとしたら、そのとき僕に声をかけた悪霊が書かせたのかもしれません。そのあとに出した『荒原の墓標』も。悪霊は僕を利用するために、死なせたくなかったのでしょうか? 本が売れたのは、僕の実力ではなく、悪霊のなせる業(わざ)だったのかもしれません」
「いや、そんなことはない。その悪霊は、センセを利用はしたが、本が売れたのは、おみゃーさんの実力だがや。だいたい幽霊がベストセラーなんか、書けるわけないがや。ゴーストライターなんていうけどな。捜査本部としては、おみゃーさんをマークしとって、厳しい状況だが、俺とトシはおみゃーさんを信じとるでな。負けとってかんぞ。悪霊が絡んどるといっても、事件を起こしたのは人間だで、きっと犯人を捕まえて、おみゃーの無実を証明したるでな」
 鳥居が落ち込んだ北村を勇気づけた。北村は、むっつりした威圧的な外見に似合わぬ鳥居の優しさに触れ、改めて感激した。
「ただ、いくら僕たちが先生を信じているといっても、厳しい状況には変わりありません。警察には霊に操られたといっても、通用しませんから。今は確たる証拠がないから、逮捕しないでいるだけです。先生には監視がつきますが、決して逃げようなどと思わないでください。そんなことをすれば、即逮捕の口実となりますから。我々が真犯人を見つけるまでは、自重してください」
「わかりました。刑事さんたちを信じ、早まった行動を慎むようにします。だけど、いくら犯罪を犯した人は普通の人間だとはいえ、悪霊がらみの事件に警察は対処できるのですか?」
 北村は不安そうに疑問を口にした。
「そのへんは心強い神霊関係の顧問がいますから。もちろん警察で正式に認めているわけではありませんけどね。最近もその顧問の活躍で、二つの事件を解決しています」
 三浦は冗談っぽく笑いながら応えた。刑事たちはその後しばらく北村と事件関係の話をした。もちろん北村は事件のことに関しては、全く知らないの一点張りだった。秋田宏明とも全く面識がないとのことだ。
 三浦にしても、もし北村が言っていることが本当ならば、いくら北村をマークしたところで、無駄でしかないと思っている。それより、人間サイドの犯人が必ずいるはずなので、そちらのほうの捜査を進めなければならない。山下和男事件の小幡署、佐藤義男事件の篠木署共に、交友関係の調査、現場の聞き込みや残留物の調査、そして捜査二課と協力して詐欺事件の調査など、鋭意捜査を続けている。
 山下和男の件は、事件発生時の豪雨で、目撃者も見つからず、証拠物件などが洗い流されてしまい、捜査も行き詰まったかの感がある。しかし必ず犯人を捕まえてやると三浦は改めて決意した。北村の無実を証明するには、それ以外にないであろう。
 鳥居が別れ際に、余計な疑惑を招かないためにも、居所をはっきりさせておくよう、釘を刺した。北村は明日、明後日は盆だから、墓参りで実家に行くと答えた。実家は名東区にあるとのことだ。
「そういえば、巷(ちまた)ではもう盆休みだな。早いもんだ。俺たちには盆も正月もあってないようなもんだがや」
 鳥居が事件でばたばたしているうちに、もうそんな時季になってしまったのかと、感慨深げに呟いた。


新作

2014-06-18 13:34:32 | 日記
 最近、短編小説『いじめ(仮題)』と平行して、最初に発刊した『宇宙旅行』の続編を書き始めました。
 『いじめ』はラストの構想はできているものの、そこへ行くまでの経緯をどのようにするかで、少し難航しています。
 タイトルが示すように、主人公の子供がいじめられるのですが、どのようないじめを受けるのか……。
 あまりどろどろしたものにはしたくありませんし。
 これ以上は企業(?)秘密です。
 それで気分を変えてみようと、『宇宙旅行』の続編の構想も立てました。
 『宇宙旅行』は原稿用紙100枚ちょっとの中編ですが、続編はもう少し長くなりそうです
 どちらも頑張って執筆を勧めなければと思います

正夢になれば……

2014-06-14 23:53:52 | 日記
 昨夜、未明に、某プロ野球の球団を所有する全国紙(球団を所有するブロック紙もあります。私の地元の球団ですが)で、私の作品が紹介され、それが契機となり、本がたくさん売れるという夢を見ました。
 パーティーなども開いてもらえました。
 それを単なる夢で終わらせることなく、正夢にしてみたいと思います。
 頑張ってよい作品を書かなければ、と決意します