最近、フィリピンの女性の方とメル友になり、英語でメールのやりとりをしています
。
しかし長いこと英語を使っていなかったので、かなり忘れてしまいました
。
これを機に、英語をもう一度勉強し直してみます
。
今回は『幻影2 荒原の墓標』第20回です。
6
「裕子のお兄さんって、まだ行方がわからないの?」 と恵が尋ねた。仕事が終わった後、いつものファミレスで、四人が集まっていた。四人は軽い食事と飲み放題のドリンクを注文した。オアシスでは休憩時に軽く夕食をとるのだが、深夜になると、おなかが空く。
「はい。一応警察には家出人として届けてあるんですが、まだわからないんです。私もあまり実家に戻らないんで、いけないんですが。父も母も、兄から全く連絡がないんで、心配してるんです。せめて私には戻ってこいと言うんですけど、ソープレディーやってること、まだ話してないし、目立つところにタトゥーを入れちゃったんで、帰りづらいです。涼しくなって、長袖着てても不自然じゃなくなったら、一度帰ります」
「やっぱりなかなかソープで働いてる、なんて言いにくいもんね。私もたまには岡崎の親のとこ帰るけど、ソープのこともタトゥーのことも内緒にしてる」
「あたしはソープで仕事してること、親にばれちゃって、もう帰ってくるなと言われているんだけど。さくらも胸のタトゥーやソープのこと、ばれちゃってたんだよね。タトゥーアーティストになるときも、けっこういろいろ言われたって聞いてるよ」
美貴がさくらのことを噂した。
「でも、今ではご両親は一定の理解は示してみえるそうですよ。卑美子先生に会って、卑美子先生になら預けても大丈夫だと納得されたそうです。だけどさくらさん、腕にも脚にもいっぱいタトゥー入れちゃったんで、ご両親もびっくりしています。まあ、タトゥーアーティストになった以上はしかたないと諦めているそうですけど。でも、美貴さんのご両親、もう帰ってくるなと言っても、きっと心配してみえますよ。たまには帰ってあげるといいですよ」
「そういう美奈は、繁藤の事件で派手に報道されて、大変だったね。お寺からは勘当されちゃったし」
その騒動があったとき、間近で接していた恵が言った。
「はい。でも、お姉ちゃんがいろいろお兄ちゃんに取りなしてくれていて、今では少し怒りも静まっているそうですが」
「美奈のお姉さん、本当に美奈のこと、思っていてくれるんだね」
「はい。私には葵さんと二人の姉がいますから」
美奈は真美と共に、葵のことも実の姉のように慕っている。美奈にはもう一人姉がいたが、美奈が生まれる前に、肺炎で夭逝している。
「私の兄は、ちょっとぐれちゃってたところもありましたが、私には優しい兄でした。私がいじめを受けて、不登校になったり、リスカしたりしてたときは、いつも励ましてくれてました。もっとも、当時の私にはその励ましがかえって負担になることもあったんですが」
裕子がオアシスに入店したのは、美奈より一ヶ月ちょっと後の、一昨年(おととし)の四月だった。オアシスでは後輩だが、年齢は美奈より一歳年上だ。両親に内緒でそれまで勤めていた会社を辞め、オアシスに入店した。以前の食料品を扱っていた会社では、真剣に結婚を考えていた営業課の男性から別れを告げられ、半ば自棄(やけ)になっていた。原因は裕子の左前腕にある、多数のリストカットの傷痕にあるようだった。以前の会社が名古屋駅の近くで、通勤に便利な本陣駅近くのアパートに住んでいたが、名古屋のソープ街がそこからまっすぐ南に行ったところにあったので、その中の一つのオアシスに面接に行った。その後、ずっと勤めている。オアシスでの成績は中位から下位に甘んじていたとはいえ、以前の会社より収入はよかった。今では成績も上がり、収入はぐっと増えている。
裕子がオアシスに勤めて三ヶ月ほど経ってから、三重県いなべ市の両親から、兄が家出をして戻ってこない、という連絡が入った。それまで兄は定職を持たず、ニートのような形で、家でぶらぶらしていた。全く職に就かなかったわけではないが、就職してもすぐに仕事に飽きたり、上司と衝突したりして辞めてしまった。家出をする少し前から、職には就いていなかった。
「お兄さん、早く帰ってくるといいね。きっとそのうち、ひょっこり帰ってくるよ」 と恵が裕子を励ました。
「はい。でも、もう兄は戻ってこないような気がするんです」
「裕子、だめよ、そんなこと言っちゃ。お兄さんはきっと帰ってくる。そう信じようよ」
美貴もピザをつまみながら、裕子に言った。
「でも、私にも全然電話もかけてこないんです。こちらから兄の携帯に電話しても、もうその電話番号は使われていないというメッセージばかりで」
「そうですか。それは心配ですね。何とか連絡がつくといいのですが」 と美奈も心配そうに言った。
その夜は裕子の兄の話が中心になった。みんなはきっとそのうち戻ってくるよ、と裕子を励ましていたが、美奈は一抹の不安を感じていた。それは美奈の勘だった。最近美奈の勘はよく当たる。しかしそのことは決して口に出してはいけないと思った。
美奈が自宅に戻ると、三浦が来ていた。二人はお互いの家のスペアキーを預かっている。今夜は三浦が美奈の家に行くとメールが入っていた。美奈は三浦に裕子の兄のことを話した。すると三浦は、家出人の場合は、いちおう手配はしても、切羽詰まった自殺の恐れや事件性がなければ、なかなか警察も熱心に捜してくれないということを話した。
いなべ市は県警が違うので、口を出すのも難しいが、三重県警の知り合いを通じて、状況を聞いてみると約束してくれた。
いなべ市といえば、鈴鹿山脈の御池岳(おいけだけ)、藤原岳、竜ヶ岳(りゅうがだけ)などがある。鈴鹿山脈の最高峰である標高一二四七メートルの御池岳の山頂は、滋賀県側にある。美奈が以前秋に御池岳に白船峠(しらふねとうげ)から登ったとき、山頂付近に、猛毒があるトリカブトの花が咲き乱れていた。猛毒とはいえ、変わった形をした青紫の花は美しかった。
三浦は最近、山下和男の事件で休みなしで動いているので、今度の非番には、たまには鈴鹿に登ろうという話になった。美奈は久しぶりに竜ヶ岳に登ってみたいと希望した。
大岩康之は秋田宏明について知っていることを整理した。実家は三重県いなべ市で、そこには両親が住んでいる。妹は名古屋に勤めており、アパートを借りて、一人で住んでいるということだ。もし秋田の復讐ということなら、最初に考えられることは両親、そして妹だ。それから、親しい友人。大岩はまずその線から探っていこうと考えた。
ただ、犯人は大岩たちのことを熟知しているようなので、気をつけなければならない。こういうことは専門の興信所や私立探偵にでも任せたいことなのだが、すねに傷を持つ身としては、それは危険だと考えた。秋田のことを調べる過程で、大岩たちの悪事に気付かれれば、それこそ恐るべき恐喝者に豹変する可能性がないとはいえない。
大岩はいなべ市に行ってみることにした。まずは104の番号案内で秋田姓を探し、片っ端から電話をかけてみるつもりだ。いなべ市で秋田姓なら、そんなにたくさんはいないだろう。
以前、大岩が 「いなべ市といえば、学生時代に宇賀渓(うがけい)にキャンプに行ったことがある」 と秋田に言ったら、「宇賀渓は旧大安町(だいあんちよう)だが、俺は員弁町(いなべちよう)のほうだ」 と応えたことがある。だから、いなべ市といっても、旧員弁町の部分に限定できる。
そして宏明という男が家族にいれば、そこを訪ねてみる。もちろんこっそりと様子を探るのである。
大岩はさっそく公衆電話から、104でいなべ市内の秋田姓の電話番号を訊いてみた。大岩は手がかりを残さないように、自分の携帯電話は使わず、自宅から離れた公衆電話を使用した。公衆電話では、一件につき、一〇〇円の手数料がかかるので、テレカを何枚も用意した。予想したとおり、旧員弁町には秋田姓は少なかったので、全員に電話をかけても、大した作業ではない。最近はプライバシーがやかましくなり、電話番号を電話帳に登載しない家庭も増えてきたが、まずは104に尋ねてみる。もし登録していなければ、次の手を考える。
三件目で手応えがあった。
「私は大山という者ですが、宏明さんはご在宅でしょうか?」 と尋ねると、母親らしい女性が出て、 「今は宏明はおりませんが、どういったご用でしょうか?」 と応えた。
「私は高校時代からの、宏明君の友人で、よく一緒に藤原岳や竜ヶ岳に登りました。三年ほど前から、転勤で東京に行っていたため、宏明君とはしばらく会っていませんでしたが、最近またこちらに戻ってきたので、一度お会いしたいと思いまして」
秋田は以前、自分は山が好きで、友人とよく鈴鹿の山に登ったと話していたので、大岩はそう言ってみた。それが奏功し、母親は大岩のことを信用したようだった。
「それが、宏明は二年ほど前に家を出て行き、その後行方がわからなくなっているんです。連絡も全くなくて。お宅様、もしかして宏明のことで、何かご存じないでしょうか?」
母親は逆にそう尋ねてきた。これは間違いなく秋田宏明の家だと大岩は確信を持った。
「あ、いや、私もしばらく東京にいて、宏明君とは連絡を取り合わなかったので。申し訳ないのですが、私にも宏明君の最近のことがわからないのです。私はてっきりお宅に見えるとばかり思い、一度会いたいと電話をしたのですが……。そうですか。それはすみませんでした」
大岩は目的さえ達することができれば、長電話は禁物だと思い、電話を切った。電話番号がわかれば、パソコンの検索ソフトで住所を調べることができる。
翌日、大岩はさっそく自分の自動車でいなべ市を訪れた。かつらやメガネなどで、顔の印象を変えている。市役所の近くのスーパーマーケットに車を駐車した。大きなスーパーで、多くの車が駐車しており、大岩の車が印象に残ることはない。大岩の車は黒いストリームなので、目立つ車ではない。
眼前に鈴鹿山脈の藤原岳と竜ヶ岳が大きくそびえ立っている。春先に咲く福寿草が特に有名で、花の名山と言われる藤原岳は、セメントの原料となる石灰岩でできている。そのため石灰岩を採掘され、山頂近くまで、山肌が無残に削り取られている。自然保護には無関心の大岩でも、その藤原岳のむごたらしい山容を見て、ひどいと思った。
竜ヶ岳の左には、さらに釈迦ヶ岳(しゃかがだけ)、御在所岳(ございしょだけ)、鎌ヶ岳、入道ヶ岳など、鈴鹿中部の名山が連なる。武平峠(ぶへいとうげ)を挟んで並び立つ、御在所岳、鎌ヶ岳の鋭鋒の勇姿は、見る者を圧倒する。北東の方角は多度の山並みが続いている。
山肌を削り取られた藤原岳
御在所岳(右)と鎌ヶ岳
こんな山の景色を見て育ったので、秋田は山好きになったのだな、と大岩は考えた。
いなべ市は、市役所の北側は田畑が多く、人家はまばらだが、南の方は住宅密集地となっている。
大岩は目的の家まで歩いて行った。そのあたりは、比較的新しい住宅が多い。少し中心街を離れると、古い家並みが続き、田畑も点在している。視界が開けたところからは、鈴鹿の山並みが迫っている。秋田の家は三岐(さんぎ)鉄道北勢(ほくせい)線の楚原(そはら)駅の近くで、木造建築のやや古い、大きな和風の造りだった。敷地はかなり広い。
彼は近くで立ち話をしていた三人の主婦たちに、 「あの、すみません。秋田さんの娘さん、裕子さんのことで、ちょっと伺いたいことがあるんですが」 と話しかけた。妹の名前は裕子ということを、秋田から聞いていた。
「秋田さんの娘さんのこと?」
一人の女性が訝しげに大岩を睨んだ。
「実は、わたくし、興信所の者で、裕子さんの結婚のことで調べているんです。だから、秋田さんには内密でお訊きしたいんですが」
「あら、そうなの。ユウちゃんのね。そういえば、もう二二、三歳ぐらいで、結婚の話が出ても不思議じゃないわね」
主婦たちは結婚の調査ということで、興味を示した。
「でも、ユウちゃん、今は就職して名古屋の方に行ってるみたいよ。私たちもしばらくユウちゃんには会ってないのよ」
「はい。存じてます。本人については、名古屋の方でもういろいろ調べています。勤務も真面目で、職場での評判もよく、本人については、申し分ないと思っています。今日は主にご家族についてお伺いしたいと思いまして」
「そうなの。ユウちゃんはひところ、具合が悪かったようなこと聞いてたけど、もうよくなったのね。子供のころは、優しいいい子だったのに、高校生のとき、自殺未遂で病院に担ぎ込まれたこともあったようですけど、今はよくなったのね。よかったわ」
「自分で自分の手首を切っていたんだって? でもほんと、元気になってよかった」
大きな都会に比べ、まだ地域のつながりが強い土地柄なので、彼女たちは裕子が職場で評判もよく、うまくやっているということを聞き、自分たちの家族が褒められたように喜んだ。それでいて、裕子にとって不利益になることをしゃべっていることには気付いていなかった。
「それで、ご家族のことをお伺いします。依頼者は、裕子さんのことはもちろん気に入っているのですが、やはりご家族のことも知りたがっておりますので」
「ユウちゃんの相手って、どんな人なんですか?」
主婦の一人が、興味深げに尋ねた。
「いえ、残念ながら、依頼者のことは話せないのです。わたくしどもには守秘義務がございますからね。ただ、家柄のいい立派な男性だとだけ申し上げておきます」
もともと詐欺師としても活動して、話術に長けている大岩は、主婦たちの歓心を買おうと出任せを並べた。
「それはそれは。よかったですわ。秋田さんの家柄も、このへんでは由緒ある、格式が高い家柄なんですよ。秋田さん、息子さんが家出して、苦労されているんで、ユウちゃんがいいところにお嫁に行けそう、ということは嬉しいですね」
「あら、だめよ、家出しているだなんて言っちゃあ。せっかくのいい話が壊れては大変だから。ヒロちゃんだって、妹思いの優しい子なんだから。やはり、こんな田舎ではいい仕事がないんで、名古屋か大阪か、四日市のような大きな町で働いているんじゃないかしら」
主婦たちは思い思いにしゃべりだした。裕子の不利になることは言わないように、とお互い牽制しながらも、結局自分たちの好奇心を満たしていた。
「お父様やお母様のご様子はいかがですか? やはり近所の方の評判が最も信頼できる情報ですから。ご近所の評判がよければ、わたくしどもも自信を持ってこの縁談はお薦めですよ、と報告できます」
大岩は主婦たちから、家族の情報をいろいろ聞き出した。父親の康宏は公認会計士をやっており、四日市市に事務所を持っている。何年か前までは、準大手の監査法人に在籍していたとのことである。この地方ではけっこう名士として名が通っている家柄だという。
大岩はほかにも何人かの近所の人たちに聞き込みをかけた。大岩は結婚の調査については、くれぐれも秋田の家族には内密に、と頼んでおいた。また、宏明の友人を装って、同年代ぐらいの男に宏明のことを尋ねたりもした。しかし、怪しい男が秋田の家族のことを嗅ぎ回っているということは、じきに秋田の家族の耳に入ることになるだろう。
大岩は名古屋に戻り、その日一日のことを武内に報告した。場所は名古屋駅近くのシティーホテルの一室だった。安いビジネスホテルでは、防音が不十分で、万一話の内容が外に漏れるといけないので、高級そうなシティーホテルにしたのだった。先に大岩が部屋を取り、遅れて武内がやってきた。部屋の番号は大岩が携帯電話で指示をした。
「おまえはよくまあそこまで調べたものだなあ。さすが俺たちの参謀格だがや。これまでの計画は、おまえと山下が主になって立てとったでな」
武内は大岩の手腕に感心した。武内は自らのことを強力犯(ごうりきはん)専門と卑下していた。しかし、実際のダーティーな仕事は佐藤義男が担当していた。
「ああ、いろいろ聞き回って来たが、今のところは復讐を企てとるようなやつはわからんかった。やつの親父は復讐で人を殺すような感じじゃないようだし、秋田が死んだということも知らんのじゃないか? いつかは帰ってくると思っとるようだ」
「確かに秋田の死体はまだ発見されとらんし、あいつが死んだことを知っとるのは、俺たちの仲間だけだろうな」
「あいつの死体は、長野県の南木曽の方に埋めてきたで、そう簡単には見つからんだろう。かなり山奥の荒れ地に埋めてきたでな」
「それならいったい誰が仲間を殺しとるんだ? 偶然にしてはちょっとできすぎとる。やっぱりあの小説家じゃないのか?」
武内が怯えた。
「常識的に考えれば、やつが一番の容疑者だろうが、犯人なら、わざわざあんな殺人予告などするはずがない。俺が犯人だと宣伝しとるようなもんだ。それに、警察もよく調べた上で、犯人ではないと断定している」
「そこがわからんとこだ。しかし、なぜわざわざ小説に俺たちの殺人予告などが出るんだ? まるで俺たちを恐怖のどん底に落とそうとしとるみたいだがや。今度はおまえが殺されるぞ、と」
「意外とそれが狙いかもしれん。北村は誰かに利用されとるんじゃないか? 今度は北村を見張ってみるか」
大岩はすでに北村が住んでいる昭和区のアパートの場所を確認していた。北村は現在自家用車を所有しておらず、移動は主に地下鉄など公共交通機関を使う。取材などで車が必要な場合は、レンタカーを利用している。アパートは地下鉄御器所(ごきそ)駅に近い便利な場所にある。それで尾行には車を使わないことにした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0187.gif)
しかし長いこと英語を使っていなかったので、かなり忘れてしまいました
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これを機に、英語をもう一度勉強し直してみます
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0206.gif)
今回は『幻影2 荒原の墓標』第20回です。
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「裕子のお兄さんって、まだ行方がわからないの?」 と恵が尋ねた。仕事が終わった後、いつものファミレスで、四人が集まっていた。四人は軽い食事と飲み放題のドリンクを注文した。オアシスでは休憩時に軽く夕食をとるのだが、深夜になると、おなかが空く。
「はい。一応警察には家出人として届けてあるんですが、まだわからないんです。私もあまり実家に戻らないんで、いけないんですが。父も母も、兄から全く連絡がないんで、心配してるんです。せめて私には戻ってこいと言うんですけど、ソープレディーやってること、まだ話してないし、目立つところにタトゥーを入れちゃったんで、帰りづらいです。涼しくなって、長袖着てても不自然じゃなくなったら、一度帰ります」
「やっぱりなかなかソープで働いてる、なんて言いにくいもんね。私もたまには岡崎の親のとこ帰るけど、ソープのこともタトゥーのことも内緒にしてる」
「あたしはソープで仕事してること、親にばれちゃって、もう帰ってくるなと言われているんだけど。さくらも胸のタトゥーやソープのこと、ばれちゃってたんだよね。タトゥーアーティストになるときも、けっこういろいろ言われたって聞いてるよ」
美貴がさくらのことを噂した。
「でも、今ではご両親は一定の理解は示してみえるそうですよ。卑美子先生に会って、卑美子先生になら預けても大丈夫だと納得されたそうです。だけどさくらさん、腕にも脚にもいっぱいタトゥー入れちゃったんで、ご両親もびっくりしています。まあ、タトゥーアーティストになった以上はしかたないと諦めているそうですけど。でも、美貴さんのご両親、もう帰ってくるなと言っても、きっと心配してみえますよ。たまには帰ってあげるといいですよ」
「そういう美奈は、繁藤の事件で派手に報道されて、大変だったね。お寺からは勘当されちゃったし」
その騒動があったとき、間近で接していた恵が言った。
「はい。でも、お姉ちゃんがいろいろお兄ちゃんに取りなしてくれていて、今では少し怒りも静まっているそうですが」
「美奈のお姉さん、本当に美奈のこと、思っていてくれるんだね」
「はい。私には葵さんと二人の姉がいますから」
美奈は真美と共に、葵のことも実の姉のように慕っている。美奈にはもう一人姉がいたが、美奈が生まれる前に、肺炎で夭逝している。
「私の兄は、ちょっとぐれちゃってたところもありましたが、私には優しい兄でした。私がいじめを受けて、不登校になったり、リスカしたりしてたときは、いつも励ましてくれてました。もっとも、当時の私にはその励ましがかえって負担になることもあったんですが」
裕子がオアシスに入店したのは、美奈より一ヶ月ちょっと後の、一昨年(おととし)の四月だった。オアシスでは後輩だが、年齢は美奈より一歳年上だ。両親に内緒でそれまで勤めていた会社を辞め、オアシスに入店した。以前の食料品を扱っていた会社では、真剣に結婚を考えていた営業課の男性から別れを告げられ、半ば自棄(やけ)になっていた。原因は裕子の左前腕にある、多数のリストカットの傷痕にあるようだった。以前の会社が名古屋駅の近くで、通勤に便利な本陣駅近くのアパートに住んでいたが、名古屋のソープ街がそこからまっすぐ南に行ったところにあったので、その中の一つのオアシスに面接に行った。その後、ずっと勤めている。オアシスでの成績は中位から下位に甘んじていたとはいえ、以前の会社より収入はよかった。今では成績も上がり、収入はぐっと増えている。
裕子がオアシスに勤めて三ヶ月ほど経ってから、三重県いなべ市の両親から、兄が家出をして戻ってこない、という連絡が入った。それまで兄は定職を持たず、ニートのような形で、家でぶらぶらしていた。全く職に就かなかったわけではないが、就職してもすぐに仕事に飽きたり、上司と衝突したりして辞めてしまった。家出をする少し前から、職には就いていなかった。
「お兄さん、早く帰ってくるといいね。きっとそのうち、ひょっこり帰ってくるよ」 と恵が裕子を励ました。
「はい。でも、もう兄は戻ってこないような気がするんです」
「裕子、だめよ、そんなこと言っちゃ。お兄さんはきっと帰ってくる。そう信じようよ」
美貴もピザをつまみながら、裕子に言った。
「でも、私にも全然電話もかけてこないんです。こちらから兄の携帯に電話しても、もうその電話番号は使われていないというメッセージばかりで」
「そうですか。それは心配ですね。何とか連絡がつくといいのですが」 と美奈も心配そうに言った。
その夜は裕子の兄の話が中心になった。みんなはきっとそのうち戻ってくるよ、と裕子を励ましていたが、美奈は一抹の不安を感じていた。それは美奈の勘だった。最近美奈の勘はよく当たる。しかしそのことは決して口に出してはいけないと思った。
美奈が自宅に戻ると、三浦が来ていた。二人はお互いの家のスペアキーを預かっている。今夜は三浦が美奈の家に行くとメールが入っていた。美奈は三浦に裕子の兄のことを話した。すると三浦は、家出人の場合は、いちおう手配はしても、切羽詰まった自殺の恐れや事件性がなければ、なかなか警察も熱心に捜してくれないということを話した。
いなべ市は県警が違うので、口を出すのも難しいが、三重県警の知り合いを通じて、状況を聞いてみると約束してくれた。
いなべ市といえば、鈴鹿山脈の御池岳(おいけだけ)、藤原岳、竜ヶ岳(りゅうがだけ)などがある。鈴鹿山脈の最高峰である標高一二四七メートルの御池岳の山頂は、滋賀県側にある。美奈が以前秋に御池岳に白船峠(しらふねとうげ)から登ったとき、山頂付近に、猛毒があるトリカブトの花が咲き乱れていた。猛毒とはいえ、変わった形をした青紫の花は美しかった。
三浦は最近、山下和男の事件で休みなしで動いているので、今度の非番には、たまには鈴鹿に登ろうという話になった。美奈は久しぶりに竜ヶ岳に登ってみたいと希望した。
大岩康之は秋田宏明について知っていることを整理した。実家は三重県いなべ市で、そこには両親が住んでいる。妹は名古屋に勤めており、アパートを借りて、一人で住んでいるということだ。もし秋田の復讐ということなら、最初に考えられることは両親、そして妹だ。それから、親しい友人。大岩はまずその線から探っていこうと考えた。
ただ、犯人は大岩たちのことを熟知しているようなので、気をつけなければならない。こういうことは専門の興信所や私立探偵にでも任せたいことなのだが、すねに傷を持つ身としては、それは危険だと考えた。秋田のことを調べる過程で、大岩たちの悪事に気付かれれば、それこそ恐るべき恐喝者に豹変する可能性がないとはいえない。
大岩はいなべ市に行ってみることにした。まずは104の番号案内で秋田姓を探し、片っ端から電話をかけてみるつもりだ。いなべ市で秋田姓なら、そんなにたくさんはいないだろう。
以前、大岩が 「いなべ市といえば、学生時代に宇賀渓(うがけい)にキャンプに行ったことがある」 と秋田に言ったら、「宇賀渓は旧大安町(だいあんちよう)だが、俺は員弁町(いなべちよう)のほうだ」 と応えたことがある。だから、いなべ市といっても、旧員弁町の部分に限定できる。
そして宏明という男が家族にいれば、そこを訪ねてみる。もちろんこっそりと様子を探るのである。
大岩はさっそく公衆電話から、104でいなべ市内の秋田姓の電話番号を訊いてみた。大岩は手がかりを残さないように、自分の携帯電話は使わず、自宅から離れた公衆電話を使用した。公衆電話では、一件につき、一〇〇円の手数料がかかるので、テレカを何枚も用意した。予想したとおり、旧員弁町には秋田姓は少なかったので、全員に電話をかけても、大した作業ではない。最近はプライバシーがやかましくなり、電話番号を電話帳に登載しない家庭も増えてきたが、まずは104に尋ねてみる。もし登録していなければ、次の手を考える。
三件目で手応えがあった。
「私は大山という者ですが、宏明さんはご在宅でしょうか?」 と尋ねると、母親らしい女性が出て、 「今は宏明はおりませんが、どういったご用でしょうか?」 と応えた。
「私は高校時代からの、宏明君の友人で、よく一緒に藤原岳や竜ヶ岳に登りました。三年ほど前から、転勤で東京に行っていたため、宏明君とはしばらく会っていませんでしたが、最近またこちらに戻ってきたので、一度お会いしたいと思いまして」
秋田は以前、自分は山が好きで、友人とよく鈴鹿の山に登ったと話していたので、大岩はそう言ってみた。それが奏功し、母親は大岩のことを信用したようだった。
「それが、宏明は二年ほど前に家を出て行き、その後行方がわからなくなっているんです。連絡も全くなくて。お宅様、もしかして宏明のことで、何かご存じないでしょうか?」
母親は逆にそう尋ねてきた。これは間違いなく秋田宏明の家だと大岩は確信を持った。
「あ、いや、私もしばらく東京にいて、宏明君とは連絡を取り合わなかったので。申し訳ないのですが、私にも宏明君の最近のことがわからないのです。私はてっきりお宅に見えるとばかり思い、一度会いたいと電話をしたのですが……。そうですか。それはすみませんでした」
大岩は目的さえ達することができれば、長電話は禁物だと思い、電話を切った。電話番号がわかれば、パソコンの検索ソフトで住所を調べることができる。
翌日、大岩はさっそく自分の自動車でいなべ市を訪れた。かつらやメガネなどで、顔の印象を変えている。市役所の近くのスーパーマーケットに車を駐車した。大きなスーパーで、多くの車が駐車しており、大岩の車が印象に残ることはない。大岩の車は黒いストリームなので、目立つ車ではない。
眼前に鈴鹿山脈の藤原岳と竜ヶ岳が大きくそびえ立っている。春先に咲く福寿草が特に有名で、花の名山と言われる藤原岳は、セメントの原料となる石灰岩でできている。そのため石灰岩を採掘され、山頂近くまで、山肌が無残に削り取られている。自然保護には無関心の大岩でも、その藤原岳のむごたらしい山容を見て、ひどいと思った。
竜ヶ岳の左には、さらに釈迦ヶ岳(しゃかがだけ)、御在所岳(ございしょだけ)、鎌ヶ岳、入道ヶ岳など、鈴鹿中部の名山が連なる。武平峠(ぶへいとうげ)を挟んで並び立つ、御在所岳、鎌ヶ岳の鋭鋒の勇姿は、見る者を圧倒する。北東の方角は多度の山並みが続いている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/ec/581f7474ff6aba19e18869f0c1664a1e.jpg)
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こんな山の景色を見て育ったので、秋田は山好きになったのだな、と大岩は考えた。
いなべ市は、市役所の北側は田畑が多く、人家はまばらだが、南の方は住宅密集地となっている。
大岩は目的の家まで歩いて行った。そのあたりは、比較的新しい住宅が多い。少し中心街を離れると、古い家並みが続き、田畑も点在している。視界が開けたところからは、鈴鹿の山並みが迫っている。秋田の家は三岐(さんぎ)鉄道北勢(ほくせい)線の楚原(そはら)駅の近くで、木造建築のやや古い、大きな和風の造りだった。敷地はかなり広い。
彼は近くで立ち話をしていた三人の主婦たちに、 「あの、すみません。秋田さんの娘さん、裕子さんのことで、ちょっと伺いたいことがあるんですが」 と話しかけた。妹の名前は裕子ということを、秋田から聞いていた。
「秋田さんの娘さんのこと?」
一人の女性が訝しげに大岩を睨んだ。
「実は、わたくし、興信所の者で、裕子さんの結婚のことで調べているんです。だから、秋田さんには内密でお訊きしたいんですが」
「あら、そうなの。ユウちゃんのね。そういえば、もう二二、三歳ぐらいで、結婚の話が出ても不思議じゃないわね」
主婦たちは結婚の調査ということで、興味を示した。
「でも、ユウちゃん、今は就職して名古屋の方に行ってるみたいよ。私たちもしばらくユウちゃんには会ってないのよ」
「はい。存じてます。本人については、名古屋の方でもういろいろ調べています。勤務も真面目で、職場での評判もよく、本人については、申し分ないと思っています。今日は主にご家族についてお伺いしたいと思いまして」
「そうなの。ユウちゃんはひところ、具合が悪かったようなこと聞いてたけど、もうよくなったのね。子供のころは、優しいいい子だったのに、高校生のとき、自殺未遂で病院に担ぎ込まれたこともあったようですけど、今はよくなったのね。よかったわ」
「自分で自分の手首を切っていたんだって? でもほんと、元気になってよかった」
大きな都会に比べ、まだ地域のつながりが強い土地柄なので、彼女たちは裕子が職場で評判もよく、うまくやっているということを聞き、自分たちの家族が褒められたように喜んだ。それでいて、裕子にとって不利益になることをしゃべっていることには気付いていなかった。
「それで、ご家族のことをお伺いします。依頼者は、裕子さんのことはもちろん気に入っているのですが、やはりご家族のことも知りたがっておりますので」
「ユウちゃんの相手って、どんな人なんですか?」
主婦の一人が、興味深げに尋ねた。
「いえ、残念ながら、依頼者のことは話せないのです。わたくしどもには守秘義務がございますからね。ただ、家柄のいい立派な男性だとだけ申し上げておきます」
もともと詐欺師としても活動して、話術に長けている大岩は、主婦たちの歓心を買おうと出任せを並べた。
「それはそれは。よかったですわ。秋田さんの家柄も、このへんでは由緒ある、格式が高い家柄なんですよ。秋田さん、息子さんが家出して、苦労されているんで、ユウちゃんがいいところにお嫁に行けそう、ということは嬉しいですね」
「あら、だめよ、家出しているだなんて言っちゃあ。せっかくのいい話が壊れては大変だから。ヒロちゃんだって、妹思いの優しい子なんだから。やはり、こんな田舎ではいい仕事がないんで、名古屋か大阪か、四日市のような大きな町で働いているんじゃないかしら」
主婦たちは思い思いにしゃべりだした。裕子の不利になることは言わないように、とお互い牽制しながらも、結局自分たちの好奇心を満たしていた。
「お父様やお母様のご様子はいかがですか? やはり近所の方の評判が最も信頼できる情報ですから。ご近所の評判がよければ、わたくしどもも自信を持ってこの縁談はお薦めですよ、と報告できます」
大岩は主婦たちから、家族の情報をいろいろ聞き出した。父親の康宏は公認会計士をやっており、四日市市に事務所を持っている。何年か前までは、準大手の監査法人に在籍していたとのことである。この地方ではけっこう名士として名が通っている家柄だという。
大岩はほかにも何人かの近所の人たちに聞き込みをかけた。大岩は結婚の調査については、くれぐれも秋田の家族には内密に、と頼んでおいた。また、宏明の友人を装って、同年代ぐらいの男に宏明のことを尋ねたりもした。しかし、怪しい男が秋田の家族のことを嗅ぎ回っているということは、じきに秋田の家族の耳に入ることになるだろう。
大岩は名古屋に戻り、その日一日のことを武内に報告した。場所は名古屋駅近くのシティーホテルの一室だった。安いビジネスホテルでは、防音が不十分で、万一話の内容が外に漏れるといけないので、高級そうなシティーホテルにしたのだった。先に大岩が部屋を取り、遅れて武内がやってきた。部屋の番号は大岩が携帯電話で指示をした。
「おまえはよくまあそこまで調べたものだなあ。さすが俺たちの参謀格だがや。これまでの計画は、おまえと山下が主になって立てとったでな」
武内は大岩の手腕に感心した。武内は自らのことを強力犯(ごうりきはん)専門と卑下していた。しかし、実際のダーティーな仕事は佐藤義男が担当していた。
「ああ、いろいろ聞き回って来たが、今のところは復讐を企てとるようなやつはわからんかった。やつの親父は復讐で人を殺すような感じじゃないようだし、秋田が死んだということも知らんのじゃないか? いつかは帰ってくると思っとるようだ」
「確かに秋田の死体はまだ発見されとらんし、あいつが死んだことを知っとるのは、俺たちの仲間だけだろうな」
「あいつの死体は、長野県の南木曽の方に埋めてきたで、そう簡単には見つからんだろう。かなり山奥の荒れ地に埋めてきたでな」
「それならいったい誰が仲間を殺しとるんだ? 偶然にしてはちょっとできすぎとる。やっぱりあの小説家じゃないのか?」
武内が怯えた。
「常識的に考えれば、やつが一番の容疑者だろうが、犯人なら、わざわざあんな殺人予告などするはずがない。俺が犯人だと宣伝しとるようなもんだ。それに、警察もよく調べた上で、犯人ではないと断定している」
「そこがわからんとこだ。しかし、なぜわざわざ小説に俺たちの殺人予告などが出るんだ? まるで俺たちを恐怖のどん底に落とそうとしとるみたいだがや。今度はおまえが殺されるぞ、と」
「意外とそれが狙いかもしれん。北村は誰かに利用されとるんじゃないか? 今度は北村を見張ってみるか」
大岩はすでに北村が住んでいる昭和区のアパートの場所を確認していた。北村は現在自家用車を所有しておらず、移動は主に地下鉄など公共交通機関を使う。取材などで車が必要な場合は、レンタカーを利用している。アパートは地下鉄御器所(ごきそ)駅に近い便利な場所にある。それで尾行には車を使わないことにした。