売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

平家落人伝説

2017-09-30 14:49:29 | 小説
 今、『幻影4 母と娘』を執筆中です。苦労しながらも、ようやく原稿用紙300枚ほど書き進みました。だいたい予定の半分ぐらいです。
 空き巣狙いだったのが、家人が帰ってきてしまい、殺人を犯してしまった犯人たちが逃げた先をどこにしようかと考え、長野・新潟県境の秘境、秋山郷にしました。
 書き進めているうちに、秋山郷には平家の落人伝説があることがわかりました。
 最初は平家伝説を物語に折り込む予定はありませんでしたが、せっかく平家伝説があるので、平家の落人の亡霊を物語のメインにすることに設定を変更しました。
 そのほうがストーリーに幅が出そうです。
 さっそく秋山郷に取材に行きたいのですが、今、愛車のパッソはエンジンの具合が悪く、中古ですが、日産マーチに買い換えることになりました。
 ヴィッツやフィットも考えたのですが、突然エンジンの具合が悪くなり、急に停止して追突事故を起こすと大変なので、急遽車を買い換えることになりました。それで資金が十分ではなく、予算内ではマーチが最良かな、ということになりました。
 納車は10月中旬ごろです。
 秋山郷は遠いので、新しい車で取材に行こうと思いますが、自動車を買うと、旅費が厳しくなってしまいます
 まあ、『幻影4』の完成を遅らせても、きちんと取材をしていいものを書きたいと思います。
 旅費が貯まるころには雪の季節となってしまいそうですが、たとえ来年になっても、取材をしていい作品を書くつもりです。
 それに作品の舞台は夏なので、できれば、6月、7月ごろを見ておきたいですし。
 それまでは他の場面を書き、最後に想像で書いた部分を、取材をして大幅に加筆訂正する、という方法でいこうかとも思っています。
 作品の完成は来年夏以降になりますが。
 

『地球最後の男――永遠の命』 最終回

2015-09-26 23:56:12 | 小説
 16回にわたって掲載してきた『地球最後の男――永遠の命』は今回がいよいよ最終回です。長いことおつきあいくださり、ありがとうございました。

 『地球最後の男――永遠の命』は出版社との契約が切れ、絶版となっているので、もう書店などでは手に入りにくくなっています。もしご希望があれば、著者より直接お届けいたします。  dragon_bejihta@msn.com  までご連絡ください。

 『宇宙旅行』  『幻影』 
 『幻影2 荒原の墓標』  『ミッキ』

 も在庫があります。


 それからどれだけの年月が流れたであろうか。億という年が過ぎ去ったことだろう。田上にはもう時間の観念がなくなっていた。地球の自転が遅くなり、一日の時間が長くなっても、田上には関心がなかった。何十万年、何百万年という単位で地形が変化していった。今まで海だったところが少しずつ隆起し、陸地になり、やがて山になった。山が浸食されて、高原となった。地上にいてはわからないが、宇宙から見れば、プレート・テクトニクスに基づく大陸移動で、大陸の形はずいぶん変わっているだろう、と田上は考えた。ひょっとしたらユーラシアやアメリカなどの大陸が合体し、古生代のパンゲアのような、超大陸になっているのかもしれない。地形が変化するにつれて、気候が変わっていった。
 小さな小惑星や彗星が地球に激突したこともあった。核戦争の引き金となった小惑星のかけらが衝突したときとは、比べものにならないほどの甚大な被害を、地球にもたらした。その結果、多くの種の生物が絶滅した。しかしそれはまた新たな種の進化を促した。月はずいぶん遠ざかり、見た目も小さくなった。
 太陽系の近くで超新星爆発が起こった。小さな太陽のように明るく輝く星が出現した。大量のガンマ線が地球に降り注ぎ、ほとんどの生物が死滅した。田上の身体の細胞も、強烈な放射線により破壊された。細胞が癌化するというような、生やさしいものではなかった。しかし細胞が崩壊しても、どんどん再生を繰り返し、死ぬことはなかった。目に見えない細菌などを除けば、地球に生き残っている生命は、田上だけだろう。
 気温がわずかずつだが、上昇してきているようだ。北半球にいる場合は、夏は北の地や標高が高いところに移動し、冬は逆に南に移動した。そして田上は過ごしやすい場所を選んだ。けれども、最近は北に行っても夏は暑くなった。そう思いながら長い年月を過ごした。あるとき、ふと太陽が明るくなっているような気がした。
 「そういえば、太陽の寿命も永遠ではない。何十億年もすれば、燃料となる水素を使い果たし、徐々に膨張し、やがては地球を呑み込んでしまうという。もう太陽も老年期に入ったのか?」
 そう気付くと、田上は青くなった。この地球がやがては焦熱地獄と化してしまうのだ。生きながら地獄の業火に焼かれなければならないのか? 
田上はひょっとしてこの地球のどこかに、戦火を逃れて、宇宙に脱出できるロケットが残っているかもしれないと考えた。大アジア帝国やロシア、欧米諸国は人間を宇宙に打ち上げるロケットを建造していた。しかし人類が滅亡し、もう何億年にもなる。そんな昔のロケットが動くはずがない。自分は時間に関する感覚が麻痺してしまっているのだな、と田上は自嘲した。
それに宇宙に脱出してどうなるというのだ? 有人ロケットで恒星間宇宙を移動する技術は、人類が生きている間に開発できなかった。たとえロケットで宇宙に出ても、いつかは太陽の重力に捕まり、呑み込まれるのが落ちだ。それとも太陽系の重力を振り切り、宇宙空間を永遠に漂うのか。田上は地球を脱出することを諦めた。そして宇宙人が地球を訪れて、別の住みやすい惑星に連れていってくれないかと、盛んに祈った。
 でも太陽の熱で身体が蒸発してしまえば、今度こそ俺も死ねるかもしれない。溶岩の熱では身体がどんどん再生してしまったが、太陽の熱は溶岩とはわけが違うのだ。少し熱い思いをしなければならないだろうが。
 太陽は非常にゆっくりと膨張していった。少しずつ暑くなってきたが、まだ田上は何百万年もの期間、普通に過ごすことができた。気候は変動し、大雨や嵐が多くなっていった。
かつてM31、アンドロメダ座の大銀河と呼ばれていた銀河が銀河系に接近し、夜空は壮大な光景となっていた。そして二つの銀河は合体した。銀河同士の合体は、特に地球に影響を与えなかったが、大量の星が誕生し、夜空を華麗なイルミネーションで飾った。
 太陽は地上から見て、何倍もの大きさになった。地球上のどこに行っても、暑くてたまらない。海が風呂のような温度となった。大量の水が蒸発するため、豪雨が頻繁に地面を叩きつけた。その雨は熱湯となっていた。そしてやがて海が消滅した。大気も宇宙空間に逃げ出し、呼吸するべき空気がなくなった。最初のうちは窒息するような苦しみを味わったが、それも次第に慣れてきた。田上はいつか身体が蒸発して死ねるときを熱望しながら、高温に耐えていた。
 とうとう地球は太陽に呑み込まれた。地表は三〇〇〇度を超える高温となった。大地はどろどろに溶け、田上は身を焼かれた。それでも田上は死ぬことができない。身体が焼けただれても、それと同じスピードで身体は再生する。悪魔が言ったように、物質があれば、その物質を取り込んで、身体がどんどん再生するようだ。そして無限に近い苦しみを受ける。まさに大焦熱地獄だ。死ねないのならば、せめて気が狂って、熱さも感じないようになればいいのだが、精神は健全のままだった。

 さらに数億年が経過し、太陽は自身の大気を吹き流して、巨大な惑星状星雲となった。光り輝く惑星状星雲は、とても美しい景観だ。しかし田上を取り巻く空間は、その美しさとは裏腹に、まさに地獄だった。
 地球は膨張した太陽の熱で、蒸発してしまった。田上の身体を焼いた高温のガスは冷え、今度は絶対温度十数度という極寒の世界となった。酸素も水素もほとんど存在しない、真空ともいえる宇宙空間に、凍りついた田上は浮かんでいた。遠くに燃え尽きて、小さくなった太陽が浮かんでいた。まだ白く輝いているが、やがて徐々にその光は暗くなっていくだろう。呼吸ができず、究極の苦しみの中でも田上は生きている。それでも身を焼き焦がされるよりはいくらかましかもしれない。
 田上はもうほとんど意識はなかった。しかしこれから永久にこんな状態が続くのだろうか。悪魔に愚かな願いを叶えてもらったばかりに。永遠の命とはこんな恐ろしいものだったのだろうか。まだ肉体と意識を保っていられるとは。田上は微かに残っている意識で考えた。

それから永遠とも思われるほどの時間が流れた。恒星の原料となる水素はやがて減少し、新しい星の誕生はなくなった。軽い小さな星のみ、残ったわずかな燃料を燃やして、かろうじて赤く輝いていた。宇宙の膨張が加速し、銀河系とM31が合体してできた楕円銀河とその近傍にある小銀河以外は、もう何も見えない。とはいえ、楕円銀河の中心方向の空は暗く赤い星でいっぱいだった。
 田上の思考は停止していた。それでもときどき意識を取り戻し、自分とはいったい何なのだろう、と考えることもあった。

 銀河中心に座する巨大ブラックホールは周りの星を呑み込んで、どんどん成長していった。そして銀河の星を次々と吸収し、さらに巨大化した。自分の意思とは関係なく、ただ慣性により宇宙空間を漂っているだけの田上には、ブラックホールを避けるすべはなかった。田上が漂流する領域も風前の灯火(ともしび)となった。
 「ブラックホールに吸収されれば、さすがの不死の身体も、原子レベルにまでばらばらにされるので、生きてはいけないだろうな。それで死ねればいいのだが。今さら死を恐れることはない。魂を拘束する悪魔もいないし、地獄よりはるかに辛い経験もしてきた。今の自分から見れば、地獄も天国に思えるだろう。また、ブラックホールからワームホールを通って、別次元の宇宙にワープできるかもしれないとも聞いている。その別次元の宇宙が住みやすいところならいいのだが」
田上は未知のブラックホールにほのかな期待を抱いた。
 とうとう田上はブラックホールの重力に捕らえられ、そして呑み込まれた。強力な重力により身体は引き裂かれ、そしてばらばらにされた。身体が崩壊しては再生し、そしてまた崩壊した。崩壊と再生の無限の繰り返しだった。田上はもう意識を完全に失っていた。期待していた別次元の宇宙へのワープはなかった。田上はほとんど意識がない状態で、永遠に近い時間をブラックホールで過ごさなければならなかった。
 どんな物質をも吸収するブラックホールではあるが、ブラックホール自身も熱放射をしており、やがては蒸発してしまう。
 一〇の一〇〇乗年――一のあとに〇を一〇〇個つける――という想像も絶するほどの長い時間の後、田上を呑み込んだブラックホールは蒸発し、最後に大爆発を起こして消滅した。ブラックホールがなくなり、田上の身体は復活した。

 しかし、ついに田上自身も消滅するときが来た。陽子(ようし)の崩壊が起こったのだ。田上がブラックホールに捕らえられている間に、宇宙ではすでに陽子の崩壊が始まっていた。田上がブラックホールから解放されたころには、もう宇宙にある物質はかなり失われていた。ブラックホールへの吸収を免れた物質も、どんどん崩壊に向かい、宇宙はほとんど空っぽの暗黒空間となっていたのだ。
 陽子崩壊により、田上の身体は、何十溝(こう)年から何澗(かん)年(溝は一〇の三二乗、澗は一〇の三六乗)という年月をかけて徐々に崩壊していった。物質が消滅し、さすがにもう肉体が再生することはなかった。

 ようやく魂だけの存在となれた田上だったが、魂が赴く世界を訪れても、もう他の魂は一体としていなかった。あまりにも長い年月が経過したので、大霊界に存在していた他の魂はすべて浄化され、はるかに高い世界に昇華していたのであった。地獄に墜ちた罪人を責め苛む獄卒(ごくそつ)たちさえも。田上は魂となっても、無限の孤独を味わわねばならなかった。



           エピローグ 邯鄲の夢


 田上は目を覚ました。
「何だ、夢だったのか。しかし恐ろしい夢だった。それも、何百億年、いや、何兆年、何京年以上ものとてつもなく長い、壮大な夢。まさに〝一炊(いっすい)の夢、邯鄲(かんたん)の夢〟か。だが、夢でよかった。死なないということが、こんなに恐ろしいことだったとは。やはり、死というものは究極の救いなのかもしれん。限られた時間の中で精一杯努力して生き、そして自分の一生に満足して死んでゆく。これが一番幸せなのだ」
 田上は夢であったことにほっとした。

 田上は朝食をトーストとコーヒーで済ませ、洗顔や整髪など、身だしなみを整えて家を出た。田上は勤めているOA機器の商社に向かった。徒歩と路線バス、私鉄の乗車時間を合わせ、職場まで一時間以上かかる。もう少し勤務先に近いところに住みたいとは思うが、今田上が入居しているA県F市の郊外のアパートは、2DKの間取りで、けっこう家賃が安かった。スーパーマーケットや診療所なども近くにあり、住み心地は悪くないので、なかなか引っ越そうという踏ん切りがつかなかった。
 田上は自宅の近くのバス停に立った。
 それほど待つこともなくバスが来て、田上は乗り込んだ。乗車するのは一〇人ほどだ。サラリーマンや高校生など、顔ぶれはほぼ決まっている。田上が乗るバス停は起点の近くで、駅から遠いため、まだ席は空いている。田上は座席にかけた。昨夜はなぜか熟睡できなかったような気がして、田上は頭が重かった。だから、田上は座席に着いて、目を閉じた。
 バスが私鉄の駅に近づいたころ、大きなクラクションの音や急ブレーキのショック、そして激しい轟音がした。バスの乗客は悲鳴をあげた……。

                                                                 (完)

  ※文庫版では、最後に
 「田上はこのときの衝撃で、夢のことをすべて忘れたのだった。これから自身の身に、そして全人類に降りかかる悲劇を予知した夢を。」

 という2行がありますが、改訂版では削除しました。理由は、最後の2行を削除することにより、この物語は単なる“夢落ち”なのか、それとも実際に未来に起こることを予知夢として見たのかを、読者の皆様に判断していただこうと考えたからです。
もし『地球最後の男――永遠の命』をまた出版する機会があれば、次は改訂版を使用するつもりです。


『地球最後の男――永遠の命』 第15回

2015-09-19 12:14:10 | 小説
 秋の大型連休が今日から始まります。ニュースなどを見ていると、旅行に出かける人も多いのですが、私は特に予定はありません。岡山県の彼女とは、涼しくなったら会おう、という話をしています。今度はアニメ『たまゆら』の舞台となっている竹原市に行くことにしています。

 今週の月曜日、『幻影3』の続きを執筆しようとパソコンに電源を入れたところ、Windows7が全く起動しませんでした。最近時々、突然フリーズしたり、ブルースクリーンになることがあり、Windows7が不安定になっているかな、と思っていました。
 しかし全く立ち上がらなくなったので、新規インストールをすることにしました。
 最初は当分7を使い続けるつもりでしたが、新しくインストールし直すなら、最新のWindows10を一度試してみることにしました。
 インストールは無事終了しました。最初は新しいOSで、使い勝手がよくわからず、戸惑うことが多かったのですが、最近ようやく慣れてきました

 今回は『地球最後の男――永遠の命』第15回目、次回がいよいよ最終回です。



        4 終末


 田上が閉じ込められていた頑丈な地下牢が、核攻撃で破壊され、田上は何年ぶりかで地上に出た。そしてその惨状を目にして驚いた。帝国の首都は核戦争の放射能に覆われ、完全に廃墟と化していた。田上は生き残った人たちを求めて、大陸を放浪した。何年も広い大陸を歩き、ようやく人の住む村にたどり着くことができた。
 村人たちは田上を歓迎してくれた。言葉は帝国語が通じる人が多く、それほど不自由はしなかった。帝国では宗教を禁止していたが、そこでは仏教に似た宗教が流布されていた。かつて日本で仏教に触れたことがある田上には、その教えがよく理解できた。
 田上は若いころ――といっても今も外見上は二〇代の若さではあるが――、宗教とは弱者が架空の神仏を信仰するものだという、軽蔑の気持ちを持っていた。けれども今は村人たちから仏陀の教えを聞かされ、安らぎを覚えた。それは日本で聞いた、南無妙法蓮華経でも南無阿弥陀仏でもない、また禅とも密教とも違う、釈尊直々の教えに近いものだった。
 人間は自分自身が持っている業(ごう)に流されて生きている。幸せな人生を送るのも、不幸になるのもすべてその業による。幸せになるためには、その原因となる悪い業を消滅させなければならない。
 悪魔と契約した田上は、不老不死の身体を使い、いろいろなことをやってきた。ものの弾みとはいえ、亜由美を殺してしまってから、多くの人の命を奪ってきた。もちろんできるだけ殺さないように気を配ってはいたが、帝国でのレジスタンス闘争では、多くの解放軍の兵士の命を奪った。
 それは帝国に虐げられている世界中の人々を救うためだと自分に言い聞かせてきた。しかし結局人々を救うことはできず、それどころか、核戦争による世界の壊滅を早めることにつながってしまったのかもしれない。
そんな自分が許されるのだろうか? いや、それより自分は死ぬことができるのだろうか? その宗教では、悪業(あくごう)を消滅させた後の死は、究極の救いであると説く。悪業を残したまま死ねば、地獄に堕ちた末、またこの世に苦しむべき存在として生まれてこなければならない。悪業が尽きるまで、何度でも生まれ変わりを繰り返す。田上が知っている言葉でいえば、六道輪廻(ろくどうりんね)だ。
 けれどもその悪業さえ精算できれば、死後は安穏な霊界に行け、生まれ変わっても幸せな一生を送ることができる。完全に業がなくなれば、死後輝くばかりの天上の世界に行け、もう二度と苦しい現世に生まれてくることはない。これこそが究極の救いなのだ。
 そして、その宗教では悪業を消滅させるための、瞑想を主体とした修行法を説いていた。田上も師について、その教えを一心に修行した。
 しかし不老不死を得た田上は、死ぬことがなく、究極の世界に行くことができない。この肉体を持ったまま、苦しい娑婆(しゃば)の世界で永遠に生き続けなければならないのだ。
 そうか、悪魔が言っていたのはこのことだったのか。田上は今にして初めて気がついた。だから悪魔は、不老不死だけは願うのをやめろ、と忠告したのだ。今になって田上は不老不死を得たことを悔やんだ。そして田上はその村を離れ、放浪の旅に出た。その宗教を熱心に信仰する村人たちを見ているのが辛くなったのだ。

 田上は世界中を流浪した。ときには人がいる集落に立ち寄り、そこでしばしの安息を得た。一つどころで何十年もとどまり、その地で一番の長老となった。長く住み着いているので、あまり若く見えるのもおかしいと思い、髪や髭を長く伸ばすなど、できるだけ老けているように装った。長いこと生きているおかげで、彼の知識は膨大だった。今はもう科学的な知識は風化してしまい、人々は生きることに精一杯だった。田上はそんな人々に生きるための知恵を与えた。そしてかつて聞き覚えた、仏陀の教えを説いた。
 以前はその教えから逃げ出した田上ではあったが、その教えを説くことで村の人々は悦(よろこ)び、おおいに満足した。その地では別の教えもあったが、田上の教えを聞くと、皆田上の教えの偉大さに敬服し、田上に帰依するのだった。そんな村人たちを見ることが、田上には嬉しかった。村人たちは田上を尊敬し、ブッダと呼んだ。
 自分が説く教えで多くの人を救えても、自分だけは救われないのだ。それでも人々が喜ぶ顔を見るのは、嬉しかった。
 しかし何百年も同じところにはとどまれなかった。齢(よわい)数百歳の人間など、あり得ないことだ。田上は後継者を指名し、やがて誰にも告げずに村をあとにした。
 何年も旅をして、居心地がいい集落を見つけると、田上はそこに居着いた。そして同じ教えを説いた。ときには別の教えを信じている人たちからひどい迫害を受け、他の地に移らざるを得ないこともあった。それでも多くの地で田上の教えは歓迎された。その場合はそこで数十年を過ごした。そして後継者を指名すると、どこへともなく姿を消した。
 せめて子供を作れる身体なら、家族に安らぎを求めることができるのに。だが、最近は流産が多くなってきた。無事出産できても、奇形児が生まれることが多い。妊娠することもまれになってきた。癌と思われる病気で亡くなる人も、異常に増えてきた。これも核戦争などによる、放射能の影響かもしれない。人々は神、仏による救いをひたすら求めるのだった。
 田上はユーラシア大陸やアフリカ大陸を歩き回った。日本にも渡航した。しかしそこはかつて田上が知っていた祖国とは、大きくかけ離れた土地だった。田上はわずかに生き残った祖国の人々に仏陀の教えを説いた。日本にはもともと仏教の素地があったので、田上の教えは歓迎された。

 もう何千年が経ったであろうか。田上は人に会うことがなくなった。あるいは人類はすでに滅亡してしまったのかもしれない。大規模な核戦争でまき散らされた放射能の脅威は、徐々に人類の身体をむしばんでいるようだった。

 あるとき悪魔が現れた。
 「あ、おまえはあのときの悪魔か?」
 しかし悪魔も年を取り、見る影もなかった。
 「そうだ。私はおまえに不老不死を授けた悪魔だ」
 「頼む、何とかしてくれ。俺を死なせてくれ。このままひとりぼっちで永遠に生きるのはたまらないんだ。結局宗教でさえ、俺を救うことはできないのだ」
 「だからあのとき言ったはずだ。不老不死だけはやめろと。それをおまえは拒んだのだ。もうどうにもならん。これからどうなるかは私にもわからない。この宇宙に物質が存在するうちは、おまえの身体はその物質をどんどん吸収し、いくらでも再生して若返る。食べ物も水も、空気も不要だ。宇宙から物質がなくなるのを待つしかないだろう。それは気が遠くなるほどのはるかな未来のことだがな」
 「そんなばかな。そんなことはあり得ない。死ねないのなら、せめて悪魔がいる魔界に連れて行ってくれ。魔界でも地獄でも、誰もいない地球に独りぼっちでいるよりはましだ」
 「残念だが、魔界は次元が違うので、人間が生きたままで行くことはできない。死んで魂だけの存在となれば、行くことも可能なのだがな。私はもうすぐこの肉体が消滅する。悪魔でも肉体の死は避けられないことなのだ。その真理、世の理(ことわり)に逆らっているのは、この宇宙でおまえ一人だ。おまえに会うのは、これが最後だ。おまえ以外の人間はもうこの地球に残っていない。愚かな核戦争の放射能により、すべて死に絶えたのだ。悪魔より、むしろ人間こそ本当の意味で悪魔だった。それじゃあな、グッドラック」
 そう言って悪魔は消えた。
 「何がグッドラックだ、何とかしてくれ。俺は死ぬことさえできないのか?」
 何ということだ。もう地球上で生きている人間は俺一人なのか? 永遠の命は、永遠の不幸なのか? 死ぬことはある意味では究極の救いなのか?
田上は頭を抱えてへたり込んだ。

 それから何万年、何百万年という気が遠くなるほどの年月が過ぎ去った。人類はとうに滅亡していた。ほ乳類や鳥類などの高等動物も見かけなくなり、いるのは昆虫やミミズのような動物ばかりだった。はるか以前の核戦争による放射能の影響で、人間だけではなく、高等動物も絶滅したのかもしれない。水の中にはまだ魚が泳いでいる。森や草原には、昆虫などが進化した、見たことがないような種類の生き物があふれていた。中には多少の知能を持ったものも現れた。
 田上は孤独だった。人間がいなくても、せめて犬か猫のような、人間と意思の疎通ができる動物でもいれば、よほど慰めになるだろう。いや、ネズミでも、トカゲでもカエルでもよい。自分を捕食しようとするワニでも、いないよりはずっとましだ。けれども地上に生存しているのは、昆虫の化け物のような生物ばかりだった。その生物たちと心を通わせることはできなかった。
 田上は虫や魚などを獲って食べた。食べなくても空腹感にはさいなまれるものの、餓死することはない。しかし動物を捕まえて調理することは、わずかに残った楽しみでもあった。また、美しい花を咲かせる植物が残っているのは、幸いだった。ときには甘い果実などを見つけることもある。世界を放浪しているうちに学んだ酒造りの方法で、いろいろな果実や穀物で酒を造った。酔いはほんの一瞬、孤独を忘れさせた。
 宇宙人でも地球に来てくれればおもしろくなるのだが。この宇宙のどこかには、きっと恒星間旅行ができるほどの高い文明を持つ生命体が存在しているだろうと田上は信じている。地球はまだまだ生命にあふれている。二〇世紀、二一世紀のころのような公害もなく、放射能汚染もとうに消えていると思われる。地球は宇宙人にとっても魅力があるはずだ。子供のころにテレビで観たような、地球征服をもくろむ宇宙人が来れば、地球をくれてやるつもりだ。その代わり、俺を同胞として受け入れてほしい。
 ときには孤独に耐えられなくなり、死んでしまいたくなる。田上はあるとき、溶岩がどろどろと煮えたぎる火山の噴火口に身を投げた。溶岩の熱で骨まで溶けてしまえば、死ねるのではないかと考えた。だが、高温の溶岩に身を焼かれながらも、彼は生き続けた。いくら皮膚が焼けただれても、どんどん再生した。あまりの熱さに耐えきれず、田上は苦労して溶岩の外に脱出した。
 大地震で山が崩れて生き埋めになっても、大津波にさらわれても、雷に打たれても死ぬことはできなかった。
 田上はなるべくものを考えないようにした。そのため一日の大部分は眠っていた。眠れないときには、思いっきり身体を動かした。疲れ切って眠ってしまえば、いやなことを考えずにすむ。しかし、ときには夢の世界で辛い思いをした。


『地球最後の男――永遠の命』 第14回

2015-09-12 08:46:00 | 小説
 9月に入り、一気に秋が深まった感じです
 台風18号は上陸した愛知県より、遠く離れた関東や東北で甚大な災害を起こしました。
 ニュースで河川の氾濫などの映像を見ると、胸が締め付けられるような思いです
 これほどまでに大雨の被害が増えたのは、やはり温暖化の影響でしょうか。
 私もなるべく電気、ガスを節約する、車はエコ運転をするなど、CO₂の排出を減らすようにしています。私1人がそのように心がけても、たいした貢献にはなりませんが、多くの人が少しでも排出を少なくするように心がければ、それなりの効果が期待できるのではないでしょうか?

 今回は『地球最後の男――永遠の命』、第3章のフィナーレです。




 田上は唯一の希望を失った。紅蘭を亡くし、どれだけ自分は紅蘭を愛していたか、改めて思い知った。田上は復讐の鬼と化していた。もはや革命などどうでもよかった。ただ、皇帝だけは生かしておけないと考えた。皇帝さえ倒せば、残った同志が何とかしてくれる。革命軍はほぼ壊滅したが、国中に散ったレジスタンスの同志がまだ残っているはずだ。俺が皇帝を倒せば、今度こそ彼らが決起してくれる。大高祖を倒したときは、彼はもう高齢だったので、いつ自分が死んでも大丈夫のように、後継者を指名し、十分な準備をしていた。だが聖天帝はまだ若いし、革命軍もほぼ壊滅状態だ。大高祖のときのように、用意周到とはいかないだろう。田上は皇帝暗殺の機会をうかがった。

 革命軍が壊滅し、帝国はようやく落ち着きを取り戻した。そんなある日、聖天帝はサッカーの国際試合を叡覧した。いくら戦乱が治まったとはいえ、天覧試合の警護は厳重だった。変装した田上は、強力な小型爆弾を身につけて、観客を装い、試合場に観戦に行った。田上は持ち物検査で引っかからないよう、爆弾を呑み込んでいた。検査員はさすがに胃の中までは調べなかった。
 紅蘭を亡くした田上は、死ぬ気だった。紅蘭は最後に「生きて」と言ったが、田上にはもはや生きる気力がなかった。いくら不死身でも、自爆して粉々になればもう復活はできないだろう。俺はもう十分生きた。死ぬのは怖くない。皇帝を倒した後は、レジスタンスの同志たちを信じよう。
 田上は前もって競技場にプラスチック爆弾を隠しておいた。まだ天覧試合がある何日も前だったので、あまり警戒されなかった。爆弾は発見されず、隠しておいた場所に残っていた。
 競技場には八万人近い観客がいたものの、聖天帝の近くは、警護のSP以外はいなかった。万一観戦客が爆発に巻き込まれても、天覧席近くの席にいる人たちは、特権階級などの富裕層で、一般の人たちに被害が出ることはないだろうと考えた。
 試合が白熱し、誰もがフィールドのほうに目を奪われた。田上はこっそりと天覧席に近づいた。天覧席は、頑丈な壁に覆われた個室になっている。前面は分厚い防弾ガラスが張られている。田上は天覧席の後ろの出入り口で警護している、人民警察のSPに襲いかかった。百戦錬磨のSPも、田上にかかっては赤子同然だ。叫び声を上げる間もなく、SPを打ち倒した。事前に準備しておいたプラスチック爆弾で、天覧席がある部屋のドアを破壊した。爆発の音に驚いたSPたちが駆けつけたが、田上はそれより早く聖天帝に抱きつき、呑み込んだ爆弾を爆発させた。
 「やったよ、紅蘭。これで君のところに行ける」
 爆発する寸前、田上は心の中の紅蘭に話しかけた。

 田上が自分の身を爆弾で粉々にまでして倒したはずの聖天帝だったが、その聖天帝は影武者だった。聖天帝は別のところで無事に試合を観戦していた。意に反して、身体が復元した田上は、ついに人民警察に捕らえられた。大高祖を暗殺し、全世界に指名手配されていた田上は、多くの人民が見ている中で公開処刑とされた。ところが銃殺にしても、首を刎ねても田上は復活してしまう。薬物注射も効かなかった。帝国政府はそんな田上に驚愕し、厳重な地下牢に閉じ込めてしまった。そして何年もの年月が流れた。

 ほとんど光が射さない牢獄の中では、田上は孤独だった。爆弾で身体が木(こ)っ端(ぱ)微塵(みじん)になっても死ねなかった。身体は元通り、再生してしまったのだ。悪魔がくれた不老不死の身体は、これほどまでにすさまじいものだったのか。田上は改めて驚いた。そして紅蘭のところに行けなかったことを悔やんだ。
 しかし考えてみれば、もし死んだとしても、自分の魂は悪魔の僕(しもべ)にされるのだ。悪魔から解放されれば、地獄に直行だ。どのみちあの世で紅蘭と一緒になることはかなわない、ということに田上は思い当たった。
 食糧や水は何日かに一度、まとめて小さな小窓から差し入れられた。時には何ヶ月にわたって水も食糧も与えられないことがあった。餓死させるつもりだったのだろうが、何ヶ月も飲まず食わずでいても、田上はやせ衰えることはなかった。さすがにそれは残酷だという批判が帝国の人権擁護団体の中で起こり、食事は定期的に与えられるようになった。しかし、田上は他人とふれあうことはほとんどなかった。
 田上は無為の時間を過ごした。何もすることがなく、しきりに今までのことを思い出すようになった。祖国日本を懐かしんだ。両親のこと、亜由美のこと、会社の同僚たちのこと。そして飯場時代に出会った仲間、マルミの従業員たち。また大杉組の組員たち。彼らは今どうしているだろう。両親や亜由美は、日本が侵略された事実を知らぬまま死んだので、かえって幸せだったのかもしれない。
 薮原はどうしているだろうか? もうかなりの高齢であり、帝国の厳しい圧政の中、すでに幽明境(ゆうめいさかい)を異(こと)にしているかもしれない。皇帝暗殺の期待を抱かせてしまったのに、今の自分は捕らえられ、牢の中だ。確かに大高祖を暗殺することはできたが、その後継者がすでに決まっており、大高祖暗殺の実効はほとんどなかった。それどころか、レジスタンス組織、反政府革命軍の壊滅の呼び水となってしまった。もはや誰にも帝国の独裁を止めることはできなくなった。薮原の期待に応えられなかったことが申し訳なく思われた。
 凶弾に斃(たお)れた紅蘭のことが、最も強く田上の胸を痛めた。紅蘭と過ごした、短くも幸福だった日々が、田上の脳裡によみがえった。もし平和な世の中になったなら、まだ何十年と紅蘭との幸せな日々が続いたはずなのに。亜由美とはうまくいかなかった分、紅蘭を幸せにしてやりたかった。紅蘭は亜由美と違って、子供はいらないと言っていた。だが、平和な世の中になれば、やはり子供を欲しくなるのでは? また、田上がずっと年を取らなければ、亜由美のように不平も出てくるのかもしれない。しかし、それは仮定の上のことでしかなかった。紅蘭のことを思い出し、田上は涙した。紅蘭のことは永遠に忘れまい。自分が生きている以上は。田上の胸中に、これまで関わりがあった多くの人たちのことが去来した。

 やがて世界は大アジア帝国の圧政に耐えかね、反帝国の連合国軍が叛旗を翻し、宣戦布告した。全世界は大アジア帝国とその同盟国、そして反帝国連合国軍に分かれて、第三次世界大戦に突入した。
 そんな折、不運にも帝国の主要都市の一つに、小惑星のかけらが激突した。
直径三〇メートルほどの小さな小惑星で、各国の小惑星監視システムでは捉えることができなかった。小惑星は大気圏突入の際、爆発して分裂した。ほとんどの小片は大気中で燃え尽きたが、その中のいくつかが帝国の主要都市に落下したのだった。その中で最も大きな直径一三メートル、質量二万トンほどの小惑星のかけらは、秒速約二〇キロメートルの速度で地表に激突し、広島型原爆の十数倍の破壊力をもたらした。
 連合国軍の帝国への攻撃情報が飛び交う中、帝国人民解放軍の指導部は、その小惑星落下を敵国の核攻撃と誤認し、世界各国に向けて、即座に報復の核ミサイルを発射した。それがきっかけで、全面核戦争が勃発した。
 地球上の人間の大半は直接の核ミサイルの攻撃、放射能汚染、そして核の冬の寒さ、食糧難、疫病などで死んでいった。生き残った人々は、わずか一パーセントにも満たなかった。


『地球最後の男――永遠の命』 第13回

2015-09-07 10:15:34 | 小説
 9月になり、最近はかなり涼しくなりました。夜は掛け布団を掛けないと寒いぐらいです。
 ツクツクボウシが力なく鳴いている一方、秋の虫の合唱が始まりました。
 秋雨前線が活発で、ときどき強い雨が降ります
 昨日は三重県桑名市まで行きましたが、車を運転していて、急にひどい雨が降り出し、前方の視界が一気にわるくなったので、スピードを落として、慎重に運転しました。
 最近、『幻影3』の執筆が進んでいます。おぼろげな輪郭しか描いていないので、この先どう発展するか、作者自身もわかりませんが、ストーリーを練りながら楽しんで書いています。産みの苦しみともいえますが。

 今回は『地球最後の男――永遠の命』第13回です。
 物語もいよいよクライマックスです。この物語に登場する“聖天帝”は、聖帝サウザー、天帝ルイをフュージョンさせて命名しました(笑)。


 何年もの平和で幸福な生活のあと、とうとう計画が実行されるときが来た。皇帝大高祖の身辺警護に空きのポストができた。大高祖を警護するために、早急に後任を採用する必要があった。しかし皇帝の生命を守るための重要な任務なので、よほどの力量と信用が必要だった。
 皇帝の重臣に、レジスタンスの一人が潜り込んでいた。その重臣は、長い期間をかけ、皇帝の信任を得ていた。彼は自分がレジスタンスとは無関係であることを示すため、捕らえられたレジスタンスの仲間をあえて処刑したりもした。処刑された仲間は、革命の成功を確信しながら、嬉々として死んでいった。
 その重臣が警護の候補として、〝田雄貴〟を推薦した。重臣の推薦ということがあり、田上は選考に合格した。そして、最後の技量審査に入った。皇帝の警護には超人的な強さが必要になる。万一の場合、素手で皇帝の命を狙う暗殺者と戦わなければならない。その選考のための武術大会が行われた。
 大会には最終選考に選ばれた五人の強者が出場した。拳法、柔術、ボクシングなどの達人が揃っていた。しかし他の出場者は田上の敵ではなかった。総当たり戦で、田上は圧倒的な強さで勝ち抜いた。
 田上は大高祖の警護として、忠誠を尽くすこととなった。その謁見の儀が行われた。田雄貴は大高祖の前でぬかずいた。
 「田雄貴といったな。そちの強さ、存分に見せてもらった。これからは朕(ちん)のために、そちの命、なげうて」
 「はは、身に余る光栄でございます。陛下のためになら、この田雄貴、いつでも命を捨てる覚悟でございます」
 田上は恭(うやうや)しく跪(ひざまず)いた。次の瞬間、田上は皇帝に飛びかかった。そして手刀で皇帝の胸を貫いた。一瞬のことで、誰もその田上の行為を阻止することができなかった。
少し間を置いて、ようやく我に返った警護の軍隊が一斉に田上を銃撃した。田上はその場に倒れた。しかしすぐに立ち上がった。逃走ルートは事前に綿密に検討されており、田上は皇帝暗殺の混乱に乗じて、何とかその場から逃げ切ったのだった。

 帝国の各地では、皇帝の死と共に、一斉に反帝国軍の蜂起が始まった。皇帝が死に、混乱している今こそが叛旗を翻すときだった。
一時は革命軍はかなりの勢いを得た。しかしそれは長くは続かなかった。田上が大高祖を倒したとはいえ、すでに次の皇帝が実権を握っており、革命軍の制圧にかかった。高齢の大高祖は、いつ自分が死んでも帝国が盤石であるよう、すでに秘密裏に準備を進めていたのだ。帝国人民解放軍は新しい皇帝の下に結集し、革命軍を圧倒した。

 レジスタンス組織や革命軍は壊滅状態だった。田上と紅蘭が属する部隊も敗走を続け、帝国内陸部の森林地帯に潜んでいた。今では残っているのはわずか八人で、二台のSUVで移動していた。帝国製の自動車は、過酷な使用状況下では、ドイツ車や以前の日本車に比べ故障が多く、信頼度が低かった。
 軍に納入される車両は非常に堅牢、高性能に製造されている。しかし帝国の市場は、国内メーカーがほぼ独占しているため、競争原理が働かず、品質向上への努力を怠っているという面があった。それで富裕層は国産車を避け、高価な欧州車を購入した。
 逃走中、故障した車両が逃げ遅れ、解放軍に大破された。そしてその車に乗っていた全員が射殺された。
大高祖暗殺は成功したものの、これほど早く帝国が体勢を立て直すことができたのは、大きな誤算だった。しかし帝国側は革命軍をほぼ鎮圧したとして、油断をしている今こそ、絶好の機会なのではないか。生き残ったレジスタンス組織の八名は、森の中の急ごしらえの陣営で、第二代皇帝・聖天帝(せいてんてい)を倒す策を練っていた。革命軍が壊滅的な状況となっている今は、田上の不死身の身体に頼る以外、方法はなかった。聖天帝に接近できる機会さえあれば、必ず仕留めてみせる。田上は同志に力強く宣言した。
 そのとき、上空でバラバラという音が聞こえた。
 「大変だ、帝国解放軍のヘリコプターがこちらに向かってきている」
 見張り役が討論中の組織員のところに、血相を変えて駆け込んできた。ヘリコプターのエンジン音やローターの回転音が急速に近づいてくる。
 直後、陣営のすぐ近くにロケット弾が炸裂した。ヘリコプターから攻撃を受けたのだった。解放軍のヘリコプターは二機だった。
「いかん、この場所が見つかったのだ。すぐに逃げなければ」
 リーダーである紅蘭の父、秀英が叫んだ。皆は車を隠してある場所に走った。ヘリコプターから機関銃の銃弾が降り注ぎ、三人が銃弾に倒れた。車のところにたどり着くと、田上と紅蘭が乗った車はすぐに発進した。しかし、秀英始め残った三名が乗り込んだSUVはなかなかエンジンがかからなかった。
 「くそ、このポンコツめ。やはり車は日本車のほうがよかった」
 秀英はののしった。ようやくエンジンがかかり、のろのろ走り始めたところに、ヘリコプターが発射したロケット弾が命中した。
 「きゃあ、お父さん!」
 運転していた紅蘭が後ろを振り向いて、叫んだ。
 「紅蘭、今は悲しみに浸っている場合ではない。お父さんのことを思うのなら、この場を何とか逃げ切り、聖天帝を倒すのだ」
 田上は非情だと思いながらも、紅蘭を叱咤した。
 「わかったわ。聖天帝を倒すことが、一番のお父さんの供養になるのね」
 紅蘭も鍛えられた革命軍の戦士であり、すぐに気持ちを切り替えた。田上は助手席から乗り出し、小型のロケットランチャーでヘリコプターを狙った。ヘリコプターからは、機関銃の銃弾が雨あられのごとく降り注いだ。田上はよく狙い、発射した。外れた場合、次の弾頭を装填するまで、時間がかかる。この一発で仕留めなければならない。
 ロケットは見事に命中し、ヘリコプターは墜落した。田上はすぐ次の弾頭の装填にかかった。敵のヘリはまだ一機残っている。
 田上がヘリコプターに狙いを定めているとき、ヘリコプターが発射した銃弾が、SUVの屋根を貫いた。そして運転していた紅蘭が、がくりとハンドルの上に倒れかかった。田上は車を停め、紅蘭を車の外に運び出した。田上は紅蘭を抱きかかえて、力いっぱい走り、森の中に逃げ込んだ。そこにヘリコプターの機関銃が二人を襲撃した。田上は自分の背中を楯にして紅蘭を守った。深い樹林の中に身を隠して、しばらく息を潜めていた。田上たちを見失ったヘリコプターは、近くに着陸し、銃を携えた兵士たちが降りてきた。田上はしめたと思った。銃を持った兵士が何人いようと、地上では田上の敵ではない。
 「すぐにすむ。しばらくここで待っていてくれ」
田上は傷ついた紅蘭を安全なところに寝かせて、敵に向かっていった。
 「おい、こっちだ」
田上は敵兵を紅蘭から引き離すために、遠くに走っていった。敵兵は田上を追い、銃を発射した。
 「よし。ここまで引き離せば大丈夫だ」
 そう判断した田上は、徒手空拳で解放軍の兵士たちに立ち向かった。田上は数分で、七人の解放軍兵士すべてを倒した。超人的な強さを身につけた田上にとって、銃を持った兵士など敵ではなかった。敵を倒した田上は紅蘭のところに急いだ。
 「紅蘭!!」
田上は紅蘭の上半身を抱きかかえ、声をかけた。紅蘭は頭を撃たれていた。
 「雄一……」
 紅蘭は弱々しく呟いた。
 「雄一、私、もうだめ。平和になったら、二人で幸せな家庭を築こうと約束したのに、約束、守れなくて……、ごめんね……」
 紅蘭はぼろぼろと涙を流しながら、田上に謝った。
 「紅蘭、死ぬな! 俺をひとりにしないでくれ!!」
 田上も泣き叫んだ。
 「あなたは、生きて……」
 紅蘭は口元に微笑みを浮かべた。そしてそっと目を閉じた。