売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『地球最後の男――永遠の命』 第11回

2015-08-22 23:13:18 | 小説
 盆休みも終わり、8月ももう下旬になってしまいました。
 最近は『幻影3』や短編などを執筆しています。『幻影3』は原稿用紙に換算し、50枚近く書きました。この先どう展開させるか、楽しみながら書いています。

 さて、今回は『地球最後の男――永遠の命』11回目です。


 田上は紅蘭と形の上で結婚した。敵の目を欺くためにも、幸せそうな夫婦を装う必要があった。
 紅蘭との夫婦生活は、短いながらも、田上にとっては幸福に満ちた年月だった。二人は内陸の田園地帯に居を構えた。ささやかな住居ではあったが、二人には十分な愛の巣だった。自分たちがレジスタンスの戦士だということを隠し、のどかな農村で平和な暮らしを楽しんだ。村人たちは、新参の田上と紅蘭の夫婦を温かく迎えてくれた。田上は大陸風に、”〝田雄貴(でんゆうき)(ティエン・シォングェイ)〟と名前を変えていた。
 人々は帝国に搾取され、貧しかった。一五年前、大陸の内陸部は大地震に襲われ、耕地や道路、発電所などの生活基盤が壊滅的な被害を受けた。帝国政府もこのような僻地にはあまり救援の手をさしのべず、ようやく復旧の途についたものの、まだ十分な生産性を取り戻すには至らなかった。被災地の支援に最も力を入れたのは、まだ侵略される前の、日本から来た救援隊だった。そんなこともあり、村の人々は生きていくのがやっとという生活だった。凶作の年には、食うや食わずで、多くの餓死者が出るという。
 若い男性は貧しい村を離れ、帝国人民解放軍兵士に志願した。農村部の若者たちにとって、解放軍の兵士以外に、高収入を得られる仕事はなかった。経済活動が活発な都市部への移住は、解放軍に入隊する以外は著しく制限されていた。帝国のGDPはいまや二位のアメリカを大きく引き離し、世界一の経済大国になっていた。しかし帝国の富は、ほんの一握りの特権階級や富裕層に独占されていた。農村部や山岳地帯に住む人々は、搾取されるばかりの貧しい生活を強いられていた。
 兵士の収入は農業の一〇倍以上あり、兵士たちはその給料の一部を両親の元に仕送りした。若い男性の働き手が解放軍に取られ、農業の担い手の多くが老人と女性になった。若い女性の中にも、貧しい農村で農業に携わるのがいやで、解放軍の女性兵士として志願する者がいた。志願者が多いため、帝国では徴兵制を採用する必要がなかった。
 そんな状況の中、逞しい田上が村の農業に従事してくれることは、村民たちにとってありがたかった。機械化が遅れ、人の手が頼りの貧しい農村では、田上の働きは目を見張るものだった。田上一人で、何人分もの仕事をこなした。紅蘭もきびきびした働きぶりだった。紅蘭の出身の村は、半農半漁で、紅蘭はずっと農業に従事していた。将来の革命軍を率いる必要上、村人たちは兵士としての訓練とともに、農業、漁業の生産性向上にも取り組んでいたため、紅蘭の知識や技術は、この村でおおいに役立った。二人の活躍で、村の農業生産は 大幅にアップした。まさに村の救世主といえるものだった。
貧しい村だが、田上と紅蘭は、帝国と対決する日まで、束の間の安息の日々を過ごした。田上は子供を作ることができないが、紅蘭は「レジスタンスの組織員、革命軍の兵士はいつ死ぬかわからないので、子供を不幸にしたくない。だから子供はいらない」と主張していた。その分、村の子供たちを相手に、遊んでやった。
 貧しい農村部では、搾取するだけで、農村のことを全く考えてくれない帝国政府に対して、ときには抗議をしたり、叛旗を翻そうと声をあげる農民もいた。しかし村の長(おさ)は、そんな過激な発言をする人たちをやんわりと押さえていた。
 「政府に楯突いたところで、どうなるものでもない。力ずくで鎮圧され、首謀者は処刑されるのが落ちだ。それに村の若い者たちの多くは解放軍兵士に志願し、その給料の仕送りでわしらは何とか生活できている。もし反乱を起こせば、自分たちの息子がいる解放軍と戦うことになるかもしれない。ここは今しばらくおとなしくしているほうがいい」
 村の長は村人たちに言い聞かせた。
 村の長は、実はレジスタンスの組織員だった。紅蘭たちの隠れ蓑としているこの平和な村が、帝国政府に目をつけられるのはまずいので、今は村人たちを押さえる必要がある。革命軍蜂起までのしばしの間、雌伏しなければならない。しかし秋(とき)が来たれば、全国の革命軍が一斉に立ち上がるのだ。その雄飛のときまで、今しばらく圧政に耐え忍ばなければならない。今は着々とレジスタンス組織は力を蓄え、そして田上を中心とした、皇帝暗殺の策を練っていた。

 内陸性気候の農村の自然は厳しい。夏は暑く、冬はしばらく田上が滞在した、南アルプスの飯場をしのぐ寒さに襲われた。貧しい村では、十分な暖房施設もない。かつての大地震で破壊された発電所など、インフラの復旧が十分ではなかった。寒い冬は、少しでも暖房用の燃料を節約するために、いくつもの家族が一つの家で生活した。プライバシーは保てないが、農村のみんなが一つの家族のように団結した。人々の温かい交流が田上と紅蘭の心を癒やした。日本ではこのような地域の交流は、少なくとも都会では全くなかった。
 そういえば南アルプスの砂防工事の飯場でも、厳しい冬はみんなが集まって、一緒に暖を取っていたな。田上がそのことを懐かしんでいると、紅蘭が「どうしたの?」と尋ねた。田雄貴が日本人であることがばれるといけないので、その場では「ちょっとね」と言葉を濁した。紅蘭も今は話せないことだと気づき、それ以上訊かなかった。あとで二人きりになったとき、紅蘭に日本での思い出話を聞かせた。紅蘭も日本での生活のことを知りたがった。
 いつまでこの幸せが続くのだろうか。こうしている間にも、レジスタンス組織本部の参謀たちは、着々と帝国打倒の準備を進めているはずだ。ときどき村の長から情報をもらうが、田上と紅蘭は、しばらくの間、今の幸せを存分に楽しんでおきなさい、と言われている。

 ある年の夏祭りに、帝国人民解放軍に入隊している、李陽明(りようめい)(リー・ヤンミン)という村の若者が、休暇で帰郷した。
 田上は、正月と祭りのときぐらいしか袖を通さない晴れ着を着た紅蘭と、村の祭りを楽しんでいた。晴れ着といっても、かつて日本の女性たちが着た振り袖に比べれば、ぐっと質素なものだった。大アジア帝国は世界一の超大国になったとはいえ、内陸の農村部の暮らしは貧しかった。
 陽明は田上と歩いている紅蘭を見て、その美しさに釘付けとなった。着ているものはみすぼらしいが、紅蘭の美貌は首都・帝京(ディジン)でさえめったに見られないほどだった。田上と出会ったころの紅蘭は、まだ少女のあどけなさを残していたが、今は成熟した美しさにあふれていた。陽明は紅蘭に一目惚れした。そして紅蘭と歩いている男に嫉妬した。陽明は軍に入隊する以前の村人は全員知っていたが、田上のことは記憶になかった。だからあの美人と一緒にいる男はよそ者だと睨んだ。彼はあの美しい女性を必ずあのよそ者から奪ってやろうと決意した。
 陽明は解放軍でも選りすぐりの精鋭と言われる逸材だった。最初は仕事にありつけず、やむなく解放軍入りした田舎者、と蔑まれていた陽明だが、聡明さと腕っ節の強さで、めきめきと頭角を現した。そして日本解放の戦いで、大きな武勲をあげて軍の上層部に認められ、今では少佐に昇進していた。
 陽明はずかずかと二人の前に歩み寄った。そして一緒にいる田上を無視して紅蘭に話しかけた。
 「こんにちは。俺は解放軍海軍東方師団の李陽明といいます。この村の出身の者ですが、お嬢さんはこの村の方ですか? 俺は一二年前、一七歳のときにこの村を離れて解放軍に入隊したのですが、この村にあなたのような美しい方がいらっしゃったとは、知りませんでした。この村の人は全員知っていたつもりですが」
 田上は無視されたのはおもしろくなかったが、面倒を起こしたくなかったので、あえて黙っていた。相手は立派な軍服を着た、解放軍の軍人だ。肩章を見ると、少佐の階級になっている。
 「私はこの村に来て、まだ三年ほどですので。私は田紅蘭といいます。新参者ですが、この村では皆様から優しくしていただいています」
 帝国では結婚による姓は、夫婦別姓も認められているが、紅蘭は田上の帝国における姓である〝田〟を名乗っていた。
 (そうか、この紅蘭という女もよそ者なのか。しかし紅蘭なら、帝京に連れていっても衆目を集めそうだ。よし、どんな手を使っても、必ず紅蘭を手に入れて、帝京に連れていこう)
 陽明は心の中で呟いた。
 「今夜は祭りの一番の催しである打ち上げ花火があります。年に一度の、この村で最も華麗な行事です。よろしかったら、一緒に見物しませんか? もちろんその人も一緒にどうぞ」
陽明は田上のことを、紅蘭の夫と認識していたが、あえて「ご主人」と言わず、「その人」 と言った。彼は一方的に待ち合わせの時間と場所を指定し、「ぜひ来てくださいね」と紅蘭を誘った。
「何だ、あいつ。初対面でいきなり。図々しいやつだ。それに、解放軍の将校というのも気に入らない」
 陽明と別れてから、田上は怒りを口にした。
 「あら、雄貴は私のことで妬いているのね」
 紅蘭が愉快そうに笑った。完全に夫婦になりきるため、紅蘭は田上のことを雄貴と呼んでいる。
 「当たり前さ。いくら今はかりそめの夫婦であっても、俺は君を心から愛している。もし革命が成功し、平安な世の中になれば、本当の夫婦になりたいと思っている」
 「私もよ。雄一。そのために、絶対革命を成功させ、私たちも生き残らなければならない。あなたは大丈夫だと思うけど、でも私もあなたのために、絶対死ねない」
 今度はいつもの雄貴ではなく、本名で雄一と呼んだ。田上は紅蘭のそのたった一言に、真実の愛を見いだした。

 自宅に戻った後、二人はその出来事を村の長に報告した。
 「李陽明か。確か、解放軍の将校になった男だな。解放軍の男に目をつけられたのはやっかいだ。しかしうまくやれば、陽明を味方につけることができるかもしれん」
 村長(むらおさ)は村人のことはほとんど把握している。
 彼は一五年前に起きた大地震のことを、田上と紅蘭に話した。大陸内陸部を襲った大地震は、この村にも多大な被害をもたらした。
 かつての独裁政権を崩壊させた、帝国の前身だった共和国は、大高祖が率いる軍事クーデターで再び転覆した。そして新たな独裁国家が建国され、まだ混乱が完全に治まっていないころに起こった巨大地震は、反帝国勢力が根強い内陸部に壊滅的な影響を与えた。大きな災害ではあったが、帝国政権にとっては旧共和国派を一掃する、千載一遇の機会でもあった。帝国はその機に乗じ、反対勢力を一気に叩き潰した。
 この村も例外ではなく、反政権側の多くの人たちが拘束され、処刑された。また、政府に従順な人たちも、震災後の復興に対する支援がおろそかにされたため、多かれ少なかれ、政府に対する不満がくすぶっていた。今でも帝国政府に対する抗議行動を取ろうという声も多いが、下手に動けば以前のように叩き潰されるだけなので、時期を待てと村長は村人たちを押さえているのだ。
 陽明も大地震で混迷する故郷ではとても家族を養ってはいけないと、やむなく帝国人民解放軍に志願したが、帝国政府に対してはあまりいい感情を持っていないはずだ。また、村人たちは大震災に見舞われたとき、日本の救援隊に助けられ、日本人には非常に感謝の念を抱いている。それなのに陽明は日本解放という名の侵略戦争の最前線に送られ、日本の人たちを蹂躙しなければならなかったことに対し、帝国には反感を抱いていると思われる。以前、村の出身の解放軍兵士が里帰りしたとき、日本侵略に派兵されたことに、非常に悲しい思いをしたと言っていた。そのへんをうまく突いて、陽明をレジスタンス側に引き入れ、解放軍内にシンパを増やそうと、村長は考えた。


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