売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

ブルースクリーン

2013-07-31 10:44:03 | 日記
 作品を執筆している合間に、インターネットでYahoo!のニュースを見ようと、「スイス列車衝突 信号無視か」という項目をクリックしたら、突然ブルースクリーンになり、リセットがかかってしまいました。気分もブルーに……
 最近、スペインの高速鉄道で事故があったばかりなので、また大変な事故が、と思いながらクリックしました。
 原稿用紙で数枚分書いていました。思わず真っ青です
 最近、時々インターネット閲覧中にブルースクリーンになることがあるから、執筆しているときは、インターネットを使う前には、必ず保存しておこうと自分自身で取り決めていたのに、うっかりしていました。
 幸い自動保存をONにしてあったため、被害は最小限で済み、失われた分はさっそく書き直しました


『ミッキ』第18回

2013-07-30 10:55:42 | 小説
 今回は『ミッキ』18回目を掲載します。
 今回、作中に『幻影』の美奈やさくらが、直接ではありませんが、アキコの言葉の中に登場します。
 『ミッキ』と『幻影』シリーズは、同じ世界観を持っており、相互にキャラクターを登場させる予定です。
 最近は『刺青師牡丹』の執筆で中断していますが『ミッキ それから』に、『幻影』シリーズの鳥居刑事を登場させる予定です。


     第四章 夏休み


           1

 今日は一学期の終業式。明日からいよいよ夏休みだ。今日東海地方は梅雨明けしたようだ。
 松本さんは私と一緒に勉強したのが実ったのか、期末テストはずいぶん成績が上がったそうだ。私もクラスで一つ席次を上げて、何とか宏美を上回った。松本さんと一緒に勉強したのに成績が下がったとは言われたくなかったので、一安心だ。
 河村さんはついに学年トップに躍り出た。一位になるのは初めてだそうだ。常に二位から四位で、どうしてもわずかなところで敵わなかった男子生徒がいた。今回初めてその人を抜いたのだった。
 終業式の後、松本さん、河村さん、芳村さんと四人で、ことぶき家でラーメンを食べた。女性二人はお決まりのスイーツも注文した。宏美も誘ったが、合唱部で茶話会があるとのことだった。
 ラーメンを食べ終わり、しばらく話をした後、私は河村さんと用事があるからと、松本さん、芳村さんと別れた。
「女同士で、どこ行くの?」と芳村さんが尋ねたので、河村さんと私は「二人でアクセサリーのお店に行くの」と答えた。松本さんも芳村さんも、女性のアクセサリーにはあまり関心がなく、それじゃ、行っておいで、と言って別れた。

 私たちは中央本線で、名古屋の鶴舞駅まで行った。鶴舞駅から大須までは歩いた。上前津まで地下鉄を使えば便利だが、一駅なので、電車賃を節約することにした。暑い中、歩くのはおっくうだったが。
 私たちは河村さんの馴染みのアクセサリーショップ、〝メビウスの輪〟に行った。店は大須商店街の中ほどにあった。商店街はアーケードに覆われ、涼しかった。
 アーケード街には、名古屋弁で書かれた垂れ幕がたくさんかかっていた。
〝おみゃあさん、大須は楽しいええとこだがや。連れてったるに、一緒にいこみゃあ〟
〝やっとかめ(久しぶり)だなも。どこいきゃあすの?〟〝おみゃありだがね〟などだ。このおみゃありとは、大須観音へのお参りのことだ。
 本来の上品な名古屋弁は、京言葉のように美しい響きがある。でも私たちが使う下町言葉は、お世辞にもきれいなものとはいえないが。今の名古屋の若い人は、標準語に近いしゃべり方で、昔ながらの名古屋弁はあまり聞かれない。ときどき語尾に……がね、とか、……がや、という終助詞がつくぐらいだ。テレビなどで誇張されている、みゃあみゃあという発音は、ほとんどしない。しかし、それでもよく聞いていると、随所に名古屋らしい言い回しが出ている。私も河村さんもときどき名古屋言葉が出てしまう。
 メビウスの輪はちょっと派手な感じの店だった。シルバーアクセサリーやボディーピアス、Tシャツ、バンダナなど、扱っている商品は女の子にとって魅力的で、センスがいいものだった。男性客もいる。
「こんにちは、アキコさん」
「あら、アヤちゃん、久しぶり」
「今日は友達を連れてきました」
 河村さんから紹介され、私はどぎまぎして、「こんにちは。初めまして。鮎川美咲です」と挨拶した。
 アキコさんは三〇歳少し前ぐらいの女性で、耳や小鼻、口元にいくつものピアスをしていた。そして、左右の腕にバラや蓮の花、蝶などのタトゥーを入れている。パンツの裾からチラッと覗いている足首にも、何かの絵が入っている。衣服に隠れている部分にもかなり入れているようだ。派手にピアスやタトゥーをしているのに、ロングヘアは染めていなくて、黒髪だった。以前河村さんから聞いていた人は、この人のことかと思った。
「アキコさん、またタトゥー、増えましたね」
 河村さんはアキコさんの左前腕部に彫ってあるピンクの蓮の花を指して言った。
「卑美子さんのスタジオにいる、さくらちゃんという若い子が最近彫り始めたんで、さっそく彫ってもらったの。まだ修業中なので無料(ただ)でやってくれたんだけど、もうプロとしてお金取っても十分通用する腕だよ。さくらちゃんが若い女の子の脚に彫った赤い龍を見せてもらったけど、すごくうまかったの。これだったら練習だからといっても大丈夫だと思って、その場ですぐ図柄の相談をして、やってもらったんだよ。その脚に龍を入れてた美奈ちゃんという子、まだ二〇歳ぐらいなのに、全身に彫ってて、すごかったな」
「へえー、そんな女の子が全身にですか?」と河村さんが驚いた。
「背中見せてもらったけど、騎龍観音で、すごくきれいだったよ。腕や太股には牡丹や蝶をしてて。そうそう、少し前のタトゥー雑誌に何枚かその子の写真が載ってたな。卑美子さんのところで、本人にばったり会ったんで、びっくりしちゃった」
 アキコさんはその女の子の写真が載っている雑誌を見せてくれた。メガネをかけた、若くてかわいい感じの女の子なのに、全身にタトゥーを入れていた。とてもきれいな絵だった。一緒に写っているもう一人の女性が、さくらさんという修業中のタトゥーアーティストだそうだ。卑美子さんというのは、その全身タトゥーの女性に彫ったアーティストさんだという。
「その美奈ちゃんっていう子、あれからときどきうちの店に来てくれるから、ひょっとしたらそのうち会えるかもね。最近、自分の体験を元に、木原未来(みく)というペンネームで小説を書き始めたというから、作家志望のアヤちゃんと気が合うかもしれないよ」
「わあ、ぜひ会ってみたいです。私、ときどきお店に遊びに来るようにします。その人が本出したら、絶対読みます。木原ミクさんですね」
「ミクは未来(みらい)という字を書くの。今度店に来たら、若くてかわいいファンができたと言っといたげるね」
 私はタトゥー、いれずみというものを、こんなに間近で見たことは初めてだった。寮生にも入れている女の子がいるが、あまりじっくり見せてもらったことがない。思っていたより、ずっときれいなものだ。河村さんが憧れるのも、無理はないと思った。私だって、簡単に消せるものなら、ぜひやってみたい。でも一度入れると、一生肌に残るものなので、いくらきれいなものでも、入れることには躊躇する。それに、たとえ小さなものでも、もし入れてしまったら、学校の先生には採用してもらえそうにない。私は最近、伯母の影響で、教育大学に進学し、先生になろうかと考えている。
「今日は親友のミッキが耳にピアスしたいというので、ピアスとニードル買いに来ました」
 私に代わって、河村さんが用件を伝えた。単なる友達や後輩ではなく、親友と言ってくれたことが嬉しかった。
 私は小林先生にひどいことを言われて、学校の近くの公園で泣いている河村さんを見たとき、私も河村さんと同じものを背負ってみたいと思った。十字架を背負うというとオーバーだけれど、耳にピアスをしてみようと決意した。女性としておしゃれへの好奇心もあった。おへそは穴を開けるのが痛そうなので、今はそこまでの覚悟はできなかった。
 校則ではピアスは禁止なのだが、河村さんのように、こっそり耳に穴を開けている女子生徒はけっこういる。私のクラスの一年D組にも、二人開けている子がいる。男子生徒にだって、平然と金髪に染め、耳にピアスをして登校してくる子がいる。退学処分にされてもやむを得ないような、問題児だ。それでも担任の小川先生は、その子のいい面を見抜き、勉学の機会を奪わないでほしい、と擁護している。前に松本さんが言っていたように、生徒思いのいい先生だ。
 河村さんは私に何度も本当に穴を開けちゃっていいの? と念を押した。ピアスのホールが学校側に見つかると、父母が呼びつけられて注意されることもある。河村さんもホールが見つかったとき、一度は学校側から叱られている。その後の服装検査のときには、ホールが見えないようにしてあれば、あまり文句は言われないようだが。それでも私は頑としてやります、と答えた。それで、終業式の後に、大須のメビウスの輪に連れて行ってもらうことにした。
 アキコさんのアドバイスもあり、ピアスは一四ゲージ(直径一・六ミリ)のバーベルタイプ、河村さんと同じものにした。耳たぶの厚さを測り、適切な長さのものを選んでもらった。先端のボールの部分には、河村さんのは青いガラスの飾りがついているが、私はピンクにした。穴を開けるためのニードルと、ケアのための消毒液も一緒に買った。
 ピアスの穴を開けるためには、医師免許が必要なので、メビウスの輪では穴開けはやってくれない。しかし、アキコさんは穴開けやアフターケアについて、詳しく説明してくれた。あとは自己責任で穴を開けることになる。もしくはピアッシングをしてくれる病院に行くかだ。
 河村さんから聞いていたとおり、アキコさんは非常に親切な人だった。初めて会った、ずっと年下の私に対しても、丁寧にわかりやすく教えてくれた。そして、いろいろな注意などを書いた説明書をくれた。私もアキコさんのファンになった。一見、鼻や口元へのピアスとタトゥーで、怖そうな感じがして、思わず引いてしまいそうになるのだが。
 店に何人かお客さんが来て、アキコさんが対応に追われたので、私たちはお礼を言って、店を辞した。店を出るとき、アキコさんは「ミッキちゃん、また来てくださいね」と私に声をかけてくれた。
 私たちはその後、大須の商店街を歩いた。大須の街は久しぶりだった。アキコさんから聞いたことだが、大須近辺にはタトゥーのスタジオが何軒もあるそうだ。中には、世界中に名前を知られたアーティストがいる、有名な店もある。大須では、ときどき腕や脚などにタトゥーをした女の子が歩いているのを見かける。
 最近は大須の電気街が、以前に比べると、ずいぶん縮小してしまった。それでも第一アメ横ビルなど、パソコン関係のものを取り扱っている店が多い。パソコンに詳しい河村さんは、パソコンショップを何軒もはしごした。
 私はメカ音痴とはいえ、パソコンを欲しいと思う。以前はそれなりに使っていたのだが、父の事業の失敗で、家で使っていたパソコンを手放してしまったので、今は自由に使えるパソコンがない。安いものでもいいから、お小遣いを貯めて、自分のパソコンを買いたいと思っている。河村さんに、どんなパソコンがいいのか、尋ねたりした。河村さんは実物を見ながら、わかりやすく説明してくれた。
 さっき買ったピアスを、河村さんの家でつけることになっているので、私たちは早めに大須を後にした。帰りがけに、名古屋名物のういろを買った。

 河村さんの家は神領駅から歩いて一五分ちょっとの距離で、内津川(うつつがわ)の近くだった。東名高速道路の高架が間近に迫っている。神領駅は今、橋上化工事をしている。工事が完成すれば、河村さんの家まで遠回りしなくてもすむようになり、便利になる。しかし、工事は始まったばかりで、完了するのは、まだ二年ぐらい先のことだ。工事が完成し、南北自由通路ができれば、家まで徒歩にして一〇分近く短縮されるそうだ。
 河村さんのお母さんは、今日は仕事に出ている。お父さんが亡くなり、お母さんが働いている。保険金も下り、お父さんが遺した遺産もあるので、すぐに働きに出なければならないほど切羽詰まっているわけではないが、いつ何が起こるかわからないので、保険金や遺産にはなるべく手をつけないようにしている。それに、河村さんは手がかからないので、お母さんも安心して勤めに出られる。
 そんなお母さんを見ていると、河村さんは大学に進学するのが申し訳なく、高校を卒業したら働きに出ると主張している。お母さんはそんな心配しなくていい、と言ってくれているそうだ。私も河村さんほど成績がいい人が、大学に進学しないだなんて、もったいないと思う。
 母子家庭となった河村さんは、進学を諦めて働こうとしている。私と境遇が似ている。でも、両親が健在の私のほうが恵まれているといえるだろう。
 私たちは河村さんの部屋に入った。河村さんは冷たい飲み物を出してくれた。大須で買ったういろをおやつに食べた。河村さんも私もういろが大好きだ。
 河村さんはピアスのホールを開けるための準備をした。消毒用のエタノール、手指の消毒用ジェル、抗生物質が入った軟膏、ニトリルの使い捨てグローブ、ティッシュペーパー、綿棒、マーキング用の新品のマジックペン、手鏡などだ。
 最初に、買ってきたピアスをよく洗い、一五分間煮沸した。ただ、ピンクのガラスの飾りがついたボールは、煮沸すると、飾りに悪影響が出るといけないので、洗ったあと、消毒液に浸すだけにしておいた。煮沸消毒したピアスを、ティッシュペーパーに載せ、エタノールを噴霧した。
 河村さんが私の耳たぶの、穴を開ける位置に黒のマジックペンでマーキングしてくれた。私も鏡を見て、位置を確認した。そしてその部分をエタノールで消毒した。私は手指を消毒してから、滅菌済みのニードルの封を切った。ニードルの滑りをよくするために、先端に抗生物質入りの軟膏を塗った。グローブをはめた手で、ニードルを持ち、いよいよ穴を開ける。ニードルを左の耳たぶの、マーキングした部分に当てる。耳の後ろ側は、貫通したニードルを受けるため、コルク栓を当てた。コルク栓はアキコさんが消毒済みのものをサービスしてくれた。緊張で、胸がドキドキした。
 しかし、いざとなると、ニードルで耳を貫通するのが怖く、なかなか刺せなかった。
「どうしたの? 耳たぶは思ったほど痛くないから、思い切ってやっちゃやあ」と河村さんが励ましてくれた。でも、どうしても怖くて針を刺せなかった。
「だめ、どうしてもできない」
 私はニードルをティッシュペーパーの上に置いた。
「どうしてもだめ?」
「はい」
「じゃあ、穴開けるの、やめる?」
「……でも、やってみたいです」
「それじゃあ、私がやったげよか」
 河村さんは手を消毒してから、グローブをはめ、ニードルにも軟膏を塗り直した。そして、私の左の耳たぶにニードルを刺した。一瞬痛みが走った。しかし、もうニードルの先端は耳たぶを貫通して、コルク栓に刺さっていた。
 河村さんはニードルの末端にピアスを当てて、ニードルに続けて、ピアスを耳たぶに挿入した。そして最後に端につけるボールをねじ込んで、作業は完了した。少し出血した。思ったよりずっとあっけなかった。
「はい、ミッキ、左、完成したよ。本当は他人がやると、医師法違反なんだけどね」
 私は手鏡で、自分の左耳を見てみた。
「わあ、私もついにやっちゃったんだ」
 たかがピアスとはいえ、今までとは別人になったような気がして、私は感動した。しかし感慨に浸っているまもなく、河村さんが「じゃあ、右もやっちゃいましょう」と言った。
 右の耳にもピアスがついた。河村さんが初めてピアスをした記念にと、デジタルカメラで何枚も写真を撮ってくれた。
 私はしばらく鏡で自分の左右の耳を見つめていた。何だか、大人の仲間入りをしたように感じた。ピアスといえば、大人のおしゃれ、と思っていたせいもあった。何より、河村さんと同じになれたことが嬉しかった。でも、母に知られると、叱られるかもしれない。私は叱られることを覚悟した。
「ありがとうございます。私、怖くて自分でできなくて、すみません」
「気にしなくていいよ。そりゃ、ニードルで耳を貫くんだから、怖いのも当然よ。私だって、最初はずいぶんためらったんだから。でも、耳たぶはそんなに痛くなかったでしょう」
「はい。チクッとしたと思ったら、もう終わってました」
 それから、綿棒にピアス用の消毒液をつけ、ホールを消毒した。綿棒には少し血が付着した。耳たぶが腫れて赤くなっていた。
「ホールの傷が治るまで、一ヶ月ぐらいはピアスを外さないで。二、三日外してると、ホールがふさがっちゃうから。数時間外してるだけで、ホールが縮んで、またピアス入れるとき、すごく痛い思いをしないといけないよ。せっかく傷が治癒しかけたホールもまた傷ついちゃうし。出校日で学校に行くときは、ピアスを髪で隠すようにしてね。ホールだけならまだしも、ピアスをつけてるところを見つかると、やばいよ。朝晩は消毒液で消毒して、お風呂でも石けんで洗って、ホールを清潔に保ってね。不潔にしてると、けっこう臭うから。どうしても外さなきゃならないときは、代わりにこの透明ピアスつけてみて。二学期が始まるころには、ホールも完成するから、外しても大丈夫よ」
 アキコさんがしてくれた説明に加えて、河村さんは自分の経験を踏まえて私に助言をした。
 河村さんは合成樹脂でできた使い捨ての半透明のピアスをくれた。これだと、全く見えなくなるわけではないが、一般のピアスよりはずっと目立ちにくい。
 河村さんは部屋を片付けた。その間、私はぼんやりとしていた。初めて耳に穴を開けてピアスをつけた余韻に浸っていた。タトゥーを入れたときの気持ちは、おそらくもっと激しいものがあるのだろうな、と思った。アキコさんや、さっき写真を見せてもらった美奈さんという人は、どんな気持ちでタトゥーを彫ったのだろうか。

 寮に帰ると、さっそくジョンが飛びついてきた。散歩に連れて行かなければ、中に入れてくれそうにない。散歩係として、私がいちばんジョンに気に入られているようだ。私は雨が降っていなければ、一時間近くジョンを歩かせる。これも自分の健康のためだと思っている。
 鞄を部屋に置いて、私はジョンを散歩に連れて行った。母が「夕飯の時間までには帰りなさいよ」と出がけに声をかけた。
 母は交通事故で膝を傷めており、あまりジョンを散歩に連れて行けない。慎二は気が向けば遠くまで連れて行くこともあるが、たいていは二〇分から三〇分ぐらいで帰ってきてしまう。それではジョンは満足しないようだった。ただ、ときどき庄内川で泳がせてもらえるので、それが慎二と散歩に行くときのジョンの楽しみだ。
 ジョンが満足いくまで歩かせるのは、父と私なので、私は散歩係として、ジョンに見込まれてしまったようだ。
 私は五〇分ほどジョンを歩かせた。最近ジョンはおしっこをするとき、片足を上げるようになった。電信柱におしっこをかけては、自分の縄張りの主張をする。ジョンもいよいよ成犬に近づいているのだ。
 歩くコースによっては、交通量が多いので、事故には気をつけなければならない。ジョンはまだ車の恐ろしさを理解していないので、急に道路を横切ろうとすることがある。
 散歩から帰ったら、おなかがぺこぺこだった。

 ピアスは髪で隠していたので、その日は見つからなかったが、夏休みの初日である翌日の朝、母にあっさり見つかってしまった。
 父がいないところで、「美咲、おまえ、耳に穴開けたの?」と母に咎められた。
「ピアスするのなら、せめて高校卒業してからにしてほしかったのに。親からもらったきれいな身体に穴開けちゃうだなんて。学校で叱られない?」
「学校に行くときは外すから、夏休み中だけは、つけさせて。せっかく開けたホールがふさがっちゃうから。お願い、お母さん」
「出校日はどうするの? それにお父さんがなんて言うかしらね」
「出校日は、髪で隠して、なんとか見つからないようにするから。同じクラスにも、何人かしてる女の子がいるの。絆創膏を小さく切って貼っておけば、見えにくいし。お父さんには見つかるまで、内緒にしておいて」
 私は母に懇願した。一年D組には、ピアスホールを開けている子が、私が気づいている範囲では、女子が二人、男子が一人いる。他にも穴を開けているのに、巧妙に隠している子がいるかもしれない。
「もう開けちゃったものは、しょうがないわね。でもつけてるのは、夏休みの間だけだよ。新学期になったら、外しなさい。穴が開いてれば、高校卒業してからまたつけれるでしょう」
「ありがとう、お母さん」
 母は思ったよりあっさり許してくれた。もっと叱られると私は覚悟していた。優等生の河村さんもしている、ということで、大目に見てくれたのかもしれない。
「でも、美咲もやっぱり女の子だね。ピアスに興味を持つなんて。美咲は奥手だと思ってたから、ある意味、安心したよ。彼氏もできたしね」
 父にも親からもらった大事な身体に傷をつけた、ということで、少し小言を言われた。しかしそれほどひどくは叱られなかった。寮生の多くが耳たぶにピアスをしており、今では当たり前のおしゃれということを父も認識していた。

出版契約

2013-07-28 19:21:06 | 日記
 私の小説『宇宙旅行』 はまもなく出版して3年が経ちます。
 出版社との契約は3年で、9月15日で満期になります。
 期限が切れた本は、残部が“廃棄処分”になるそうです
 私が“手塩にかけて”書いた本が廃棄処分は、忍びないです。
 廃棄処分になる前に、もし買っていただけると、嬉しく思います
 書店ではあまり置いていないので、Amazonや楽天ブックスなどの通販で簡単に手に入ります。
 書店の場合は取り寄せになります。
 廃棄処分にするのは忍びないので、残部は私が引き取ろうかと思います。
 図書館などに置いてもらえるか、頼んでみるつもりです。

 『幻影』 も11月で満期となり、廃棄処分になります。

雷雨

2013-07-26 17:13:24 | 日記
 昨日、今日と激しい夕立がありました。
 空が急に暗くなってきたと思ったら、激しい降雨があり、雷が鳴り出しました
 昨日も今日も布団を干していましたが、間一髪で雨が降り出す前に部屋の中に取り込みました。

 私の部屋は5階建ての最上階で、日中、夏の日差しで、屋上が熱せられ、灼熱地獄ですが、雷雨があると、天井が冷やされるので、夜はよく眠れます

 しかし執筆しているとき、停電でパソコンの電源が墜ちるのではないかと、不安になります。
 激しい雷雨のときには、パソコンの電源を切ります。

 ニュースを見ていると、首都圏でも最近激しい雷雨や、豪雨があるようですね。

『ミッキ』第17回

2013-07-23 12:18:32 | 小説
 今在宅ワークのトレーニングをやっています。
 前回提出の課題は、なんと0点で落第!!
 理由はファイル名を間違えてしまったからです
 “mission4”とすべきところを、sを1つ抜いてしまい、“mision4”としてしまいました。
 痛恨のタイプミスでした。ファイル名を間違えたため、採点の対象にもならず、0点です

 気を取り直し、新たな課題を、さっき完成したところです。

 今回は『ミッキ』第17回です。



            

 七月に入り、まもなく一学期の期末テストだ。最近は松本さんと何度も図書館に行き、試験勉強をしている。もちろん学年が違うので、二人で同じ勉強をする、というわけにはいかない。一緒に勉強をするのなら、松本さんは河村さんや芳村さん、私は宏美とした方がいいのかもしれない。その方がお互いわからないことを尋ねたり、一緒に教科書や参考書を読み合わせて、理解をより深めたりできる。
 ただ図書館で隣り合う席で、それぞれの勉強をしているだけだ。それでも同じ机で勉強しているだけで、気合いが入る。疲れたら休憩し、近くを散歩しながら、いろいろな話をする。それがいい息抜きになる。
 松本さんは前回の中間テストでは、成績がよくなかったので、挽回すると決意している。私も親友であり、ライバルでもある宏美には負けたくない。宏美が得意な英語では勝ち目がないので、他の科目で引き離さなければと考えている。
 宏美は小学生のころから、たまたま近所にいたアメリカ人の留学生に英会話を教えてもらっていたため、英語の成績は学年トップクラスだ。河村さんと宏美が英語で話していると、私はとてもついて行けなかった。

 土曜日に午後から松本さんの家で一緒に勉強をすることになった。その日は梅雨の中休みで、いい天気だった。天気予報では終日晴天となっている。私はジョンを連れて、自転車に乗って松本さんの家に行った。
「うちに来るとき、天気がよかったら、ジョンも連れていりゃあ」と松本さんが誘った。うちの寮から松本さんの家まで、三キロちょっとだから、ジョンにはちょうどいい散歩になる。ただ、ずっと上り坂が続くので、自転車は辛い。私たちが勉強している間は、妹さんがジョンを見ていてくれるそうだ。
 ジョンはほかの犬に対して、非常に友好的で、松本さんのところのチロとも仲がいい。前に、松本さんがチロをうちの寮に連れてきたことがあった。ジョンを見たミニチュアダックスのチロは、自分よりずっと大きなジョンに驚いて、最初は逃げ回っていたが、ジョンが危害を加えないと知り、仲良くなった。
 まもなく誕生から四ヶ月となり、ジョンの体重は一五キロを超えた。四ヶ月といえば、人間ならまだ生まれて間もない赤ちゃん、といったところだが、ジョンはもう幼年期を過ぎて、腕白盛りな少年期ぐらいというところだろうか。本当に成長が早いと思う。
 犬の寿命は人間よりずっと短い。大型犬は中型犬、小型犬よりさらに寿命が短く、一〇年程度だと聞いている。寿命が短い分、ジョンは人間の何倍もの密度で命を燃焼させ、生命の輝きで満ちあふれているようだ。
 動物はそれぞれの寿命を持っている。昆虫は数週間から数ヶ月と短い。地中で五年から七年も生きるセミは特別として、寿命は長くてせいぜい一、二年だ。数十年も生きるシロアリの女王などの例外はあるが。しかし食物連鎖の底辺にいる昆虫は、寿命が短いことが種の繁栄には、非常に大切なことだ。一年で何世代も生命を引き継ぎ、子孫をたくさん増やすことができる。もし昆虫の寿命が長ければ、成長にも時間がかかり、子孫を残す前に、多くが捕食されてしまうだろう。昆虫は個の寿命より、種としての繁栄のために、急速な成長が必要だ。寿命がきわめて短いのも、昆虫が子孫を残すための戦略といえる。
 弱い小さな草食動物が短寿命なのも、同じことだ。世代交代を早くして、たくさんの子孫を残すことが、彼らには重要なのだ。
 以前、本で読んだことがあるが、ネズミもゾウも、一生のうちに打つ心拍数はほぼ同じなのだそうだ。つまり、寿命がずっと短いネズミは、ゾウよりも心臓の鼓動がずっと早い。その分、同じ時間でも、ネズミの方が、ゾウよりも長く感じられる。だから、寿命が二、三年しかないネズミも、五〇年以上生きられるゾウも、一生を生きた長さとしては、同等に感じられるそうだ。ネズミにとっては、同じ一日でも、ゾウよりはずっと中身が圧縮された一日を送っているのだろう。
 生物は、それぞれに最も適合した寿命を持っている。だから、犬の寿命が短いというのも、気の毒に思うことはないのかもしれない。力尽きる寸前でもがくセミの姿を見て、かわいそうに、と思うのは、人間側の勝手な感傷なのだろうか。いつまでも生きていたいと考えているのは、人間だけだ。
 ジョンを自転車で散歩に連れて行くと、油断すると私のほうが引っ張られてしまう。この前会ったときより、さらにジョンは大きくなっているので、チロはこれがジョンだと認識できるだろうか、少し心配だ。でも、犬は嗅覚などで覚えているから、たぶん大丈夫だろう。
 松本さんの家のインターホンで、到着を告げた。松本さんの家は、高蔵寺ニュータウンの一角とはいえ、団地ではない。周囲はずっと一戸建ての家が並んでいた。
 私は汗びっしょりだった。七月の暑さに、さすがにジョンも参ったようで、舌をだらりと垂らして、ハアハアと呼吸を荒らげていた。松本さんと妹の由佳(ゆか)さんが出迎えた。由佳さんには前に松本さんの家を訪れたときに、何度も会っている。今中学三年生で、そろそろ高校の受験勉強で忙しくなる。今度の夏休みは、とても遊んではいられない。松本さんは「俺より成績がいいから、そんなに焦らなくても大丈夫だ」と言っているが、当の由佳さんは「無責任なことを言わないで」と反発している。
 初めて会ったとき、由佳さんに「お兄ちゃんの彼女にしては、もったいないほどの美人じゃない」と言われ、松本さんが「生意気言うな」と由佳さんの頭を拳で軽くコツンとやった。
 チロも由佳さんと一緒に出てきた。チロは私のことを忘れてしまったのか、私を見るとワンワンと吠えた。でもジョンとチロは、お互いを覚えていて、じゃれ合っていた。
「かわいい。これがラブちゃんね。チロとはもうお友達になったのね」
 かねてからジョンのことを聞いていた由佳さんが、ジョンの前でかがんで、頭をなでた。ジョンは大きくなったとはいえ、まだ子犬のあどけない面影を多分に残している。
 松本さんの両親が私を歓迎してくれた。メガネは外していた。河村さんのおかげで、メガネに対する劣等感はなくなったとはいえ、松本さんの両親には、あまりメガネをかけている姿を見せたくなかった。服が汗でびっしょりなのが恥ずかしかった。暑い夏は、汗かきの私にとって、苦手な季節だ。体臭は強くないので、まだよかったが。いちおう家を出る前に、制汗消臭剤をスプレーしてきた。
 特にお父さんが私を気に入っている、と松本さんが言っている。お父さんも今日は土曜日で仕事が休みだそうだ。応接室に招じられて、しばらく両親と話をした。ひょっとしたら、将来の家族の一員として期待されているのじゃないかと思うと、とても嬉しかった。
 それから松本さんの部屋で、試験勉強をした。机を二つ並べて、それぞれ教科書や参考書で勉強するだけで、お互いの刺激となり、頑張るぞ、という気力が湧いてくる。
 私は組み立て式の机を使わせてもらった。蛍光スタンドなどは由佳さんのものを借りた。
 松本さんの部屋に入る前に、由佳さんが「ジョンのめんどうは私がみててあげるから、心配しないで」と言ってくれた。そして、「お兄ちゃん、美咲さんに変なことしちゃあ、だめだよ」と釘を刺した。
「ばか、おまえは一言多いんだよ。ミッキが赤くなってるじゃないか」と軽く由佳さんの頭をはたいた。
 そういえば、これから三時間以上、松本さんの部屋で二人きりになるんだ、ということに私は初めて気がついた。今まで二人で一緒に勉強するときは、いつも図書館でだった。真面目な松本さんのことだから、まさか間違いなんてないと思うが、もし求められたら私はどうするだろうか。そんなことを想像すると、顔が火照って、胸がドキドキした。もしそうなったら……。
(こら、美咲、おまえはなんてはしたないことを考えているんだ)
 私は自分を叱った。こんなことでは、勉強に集中できそうにない。親友だけどライバルでもある宏美の顔を思い浮かべて、絶対に負けないぞ、と気持ちを奮い立たせた。
 結局何事もなく勉強は終わった。途中、松本さんの携帯電話に、おやつの用意ができましたよ、とお母さんから連絡が入り、休憩をした。それ以外は、ずっと試験勉強に専心した。松本さんはそれなりにはかどったようだが、私はいろいろなことが頭をよぎり、あまり集中できなかった。ちょっぴりエッチなことも期待してしまった。もし松本さんから求められれば、たぶん私は拒まないだろう……。
 自分がそんなことを考えるような不(ふ)埒(らち)な女だなんて、今まで思ってもみなかった。私がそんな女だと、松本さんに思われたくなかった。でも、いつかはそうなってみたいという願望があることも否定できない。由佳さんの何気ない一言が、私を目覚めさせてしまったようだ。
 私たちは高校生とはいえ、そのような男女の関係になったとしても、何の不思議もないことなのだ。
 ふと、河村さんはどうなのかしら、と考えた。真面目で奥手そうな河村さんだけど、ピアスやタトゥーなどの人体改造に興味があるという彼女は、もう性体験をしているのかもしれない。以前河村さんが言っていた「秘密の彼氏」が気になった。
「ミッキ、何考えているんだい?」
 松本さんから声をかけられ、私は我に返った。
「あ、いえ。ちょっと疲れたなと思いまして」
 私は適当にごまかしてしまった。顔が火照っていて、赤くなっていることが自分でもわかった。
「そうだね。俺も疲れたから、ちょっとぼんやりしてみたいよ」
 松本さんは私の心の内側には気づいていないようだった。
 二階の松本さんの部屋から階下に下りると、私の足音を聞き分けたのか、ジョンが駆け寄ってきて、私に飛びついた。
「ジョン、由佳さんに迷惑かけませんでした?」
「いいえ。でも最初はおとなしくしてましたが、私に馴れてくると、けっこうわがままいいまして」
「ごめんなさいね。女の子には甘えるんです。うちは女子寮なので、みんながジョンのこと、甘やかすんですよ。だから自分のことを犬だと思ってなくて、人間と同等だと思い込んでいるみたいです」
「何となくわかるような気がします。寮のペットですね。チロと二匹で散歩に連れて行きましたが、仲良く歩いていましたよ。チロは姉さん女房になるけど、意外といいカップルかもしれないですよ」
「ラブとミニチュアダックスの子供がどんな犬になるのか見てみたい、とよく松本さんも言ってます」
「私には、どんな雑種が生まれるか、想像もできませんけど」
 由佳さんが愉快そうに笑った。以前私も同じことを松本さんに言ったことがある。
「美咲さんもこんな兄貴でよかったら、もらってやってください。実は両親も期待してるんです」
 私は何も言えなくなってしまった。ただ、頭が沸騰するような気分だった。
「ばか、おまえはまた何を言い出すんだ。さっきもだけど、ませてるんだから。俺まで恥ずかしくなる」
 松本さんも顔を赤らめていた。
「ミッキ、ごめんよ。由佳が変なことばっかり言って。気にしないでくれ」
「でも、そうなったらいいなって私、思ってます」
 私は恥じらいながら言ってしまった。
「わ、聞いちゃった、聞いちゃった。お父さん、お母さんに報告してこなくっちゃ」
「おい! 余計なことを言うな」
 松本さんは逃げる由佳さんの後を慌てて追っていった。ジョンとチロも二人についていった。
 私と慎二に負けず劣らず、騒々しい兄妹(きょうだい)だが、私はとても幸福な気分に浸っていた。何だか今日という日を境に、私の境涯がガラッと変わってしまったような気分だった。
 松本さんの両親は、私に夕飯を一緒に食べて行きなさい、と誘ってくれた。私は遠慮して断ろうと思ったが、ぜひに、ということなので、いただくことにした。私の両親には、松本さんのところで夕飯を呼ばれてくると、電話を借りて連絡しておいた。
 松本さん一家との夕食は楽しかった。料理もおいしかった。由佳さんが「ねえねえ、美咲さんね、お兄ちゃんのお嫁さんになってくれるそうだよ。これからはお姉さんと呼ぼうかな」と両親に話してしまった。松本さんが口に入れたものを吐き出しそうになった。まさにマンガの一コマのようだった。
「それはそれは。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「ちょっとちょっと、お母さん」
 松本さんは大いに照れていた。私も何も言えなかった。
 デザートをいただいてから、私はしばらく松本さんの両親と話をしていた。お父さんは、私の父の以前の仕事のことを尋ねた。自動車部品の工場を経営していたことに興味を持ったようだった。
「そうですか。それは大変だったね。世の中景気がいいなんていうけど、儲かっているのは、大企業ばかりで、中小が厳しいことは、どこも同じですね」
 お父さんは、私の両親が、今の学生寮の寮長寮母として採用されたことを、それはよかったと喜んでくれた。私はたまたま寮を経営する会社の名古屋支社が、父の工場の近くで、支社長さんが父の評判を聞いて知っていたので、採用されたことなどを話した。
「お父さんの真面目な人柄が伝わっていたんですね。それはよかった」とお父さんは言った。
 お母さんともいろいろな話をした。私はもう松本さんの家族の一員として、迎え入れられたような気がした。
 ジョンは由佳さんからドッグフードをもらい、チロと仲良く食べていた。
「本当は大型犬は小型犬とは違う、専用のドッグフードじゃなくてはいけないけど、今はこれしかないから、我慢してね」
 由佳さんはジョンに謝った。
「ジョン、大食らいですから、チロの何倍も食べちゃって、すみません」
「そんなこと、気にしなくてもいいですよ。今度来るときまでに、大型犬用のドッグフードも用意しときますから。またジョン君も連れてきてくださいね。チロが喜びます」
 お母さんがおおらかにそう言ってくれた。
 外が暗くなったので、寮まで松本さんのお父さんが車で送ってくれた。以前父が乗っていたのと同じタイプのミニバンだった。私が乗ってきたミニサイクルは、荷室に積むことができた。松本さんが私の隣に座った。チロも一緒についてきた。
 今度は私の両親が松本さん父子を出迎えた。すぐにおいとましますという松本さんのお父さんを、父は寮の応接室に招じ入れた。父は私とジョンが世話になったお礼を言い、しばらく松本さんのお父さんと話をした。二つの家族が、非常にいい雰囲気だった。
「明後日からの期末テスト、頑張ろうな。俺は絶対挽回してみせるよ」
「はい。お互いベストを尽くしましょう。松本さん、とても頑張ってたから、きっと大丈夫ですよ」
 私たちは別れ際にお互いの健闘を誓い合った。
 今日という日は、私にとって素晴らしい宝物となった。父の事業の失敗以来、最高の一日だった。この幸福が、いつまでも続きますようにと、神に祈りたい心境だった。といっても、私は神仏の存在は信じても、特定の宗教を信仰しているわけではないので、どんな神に祈ればいいのかわからなかった。ただ漠然と、神様に祈っていた。