前回、ワープロのことに少し触れましたが、今回はパソコンに関わる思い出を綴ります。
ワープロソフトに、FM OASYSを使いたいためにずっと富士通のパソコンを使い続けていましたが、日本独自のパソコン(今風にいえば、ガラパゴスパソコン、ガラパソでしょうか(笑))からPC/AT互換機(DOS/V機)に代わりつつありました。それで、私もDOS/Vを買うことに決め、いろいろ機種を考えていました。
ずっと富士通のパソコンを使い続けていたので、第一候補はFM Vでした。当時としては、多くのアプリケーションソフトをプリインストールし、抜群のコストパフォーマンスを誇っていました。
当時、秋葉原をはじめ、名古屋の大須などにもマハーポーシャというDOS/V専門のパソコンショップがありました。高性能のパソコンを格安で販売するということで、大須の街でもDOSV仮面なる広告マンがチラシや新聞を配っていました。パソコン雑誌にも大々的に広告が出ていました。
あまりサポートは期待できないものの、かなりパソコンについて詳しくなっていたと自負していたので、私もついマハーポーシャのパソコンを買ってしまいました。確かに価格は安かったので。
1995年1月に代金を払い、国内の工場で組み立てし、2週間ぐらいで直接自宅に配送するとのことで、パソコンが届くのを楽しみにしていました。そして、ついに到着。今までとは全く違うDOS/V機でしたが、すぐにマシンに慣れました。ずっと使い続けていた親指シフトからJISキーボードのローマ字入力に切り替えなければなりませんでしたが、職場のワープロはローマ字入力だったので、大した問題ではありませんでした。
1995年3月20日、地下鉄サリン事件が起こり、オウム真理教のことがニュースなどでよく取り上げられました。その事件の報道で、私は初めてマハーポーシャがオウムの経営と知りました。国内の工場とは、サティアンで、信者が賃金なしで組み立てていたようです。
パソコンの代金35万円は、ひょっとしたらサリンの製造に利用されてのだろうか、そんな思いに駆られ、買ったパソコンはもう廃棄しようかとも考えました。しかし、35万円は大金なので、そうおいそれとは捨てられませんでした。オウムと知らなかったので仕方がないと、次に富士通のFM Vを買うまで、しばらく使っていました。
今なら35万円は非常に高額ですが、当時としては格安でした。
その後はパソコンは自作するようになりました。パソコンに関しての、忸怩たる思い出です。
私の作品には、けっこう宗教関係のことも取り上げられていますが、そんなことも理由の一つにあります。今書いている『幻影2 荒原の墓標』にはあまり宗教は絡めていませんが。
ワープロソフトに、FM OASYSを使いたいためにずっと富士通のパソコンを使い続けていましたが、日本独自のパソコン(今風にいえば、ガラパゴスパソコン、ガラパソでしょうか(笑))からPC/AT互換機(DOS/V機)に代わりつつありました。それで、私もDOS/Vを買うことに決め、いろいろ機種を考えていました。
ずっと富士通のパソコンを使い続けていたので、第一候補はFM Vでした。当時としては、多くのアプリケーションソフトをプリインストールし、抜群のコストパフォーマンスを誇っていました。
当時、秋葉原をはじめ、名古屋の大須などにもマハーポーシャというDOS/V専門のパソコンショップがありました。高性能のパソコンを格安で販売するということで、大須の街でもDOSV仮面なる広告マンがチラシや新聞を配っていました。パソコン雑誌にも大々的に広告が出ていました。
あまりサポートは期待できないものの、かなりパソコンについて詳しくなっていたと自負していたので、私もついマハーポーシャのパソコンを買ってしまいました。確かに価格は安かったので。
1995年1月に代金を払い、国内の工場で組み立てし、2週間ぐらいで直接自宅に配送するとのことで、パソコンが届くのを楽しみにしていました。そして、ついに到着。今までとは全く違うDOS/V機でしたが、すぐにマシンに慣れました。ずっと使い続けていた親指シフトからJISキーボードのローマ字入力に切り替えなければなりませんでしたが、職場のワープロはローマ字入力だったので、大した問題ではありませんでした。
1995年3月20日、地下鉄サリン事件が起こり、オウム真理教のことがニュースなどでよく取り上げられました。その事件の報道で、私は初めてマハーポーシャがオウムの経営と知りました。国内の工場とは、サティアンで、信者が賃金なしで組み立てていたようです。
パソコンの代金35万円は、ひょっとしたらサリンの製造に利用されてのだろうか、そんな思いに駆られ、買ったパソコンはもう廃棄しようかとも考えました。しかし、35万円は大金なので、そうおいそれとは捨てられませんでした。オウムと知らなかったので仕方がないと、次に富士通のFM Vを買うまで、しばらく使っていました。
今なら35万円は非常に高額ですが、当時としては格安でした。
その後はパソコンは自作するようになりました。パソコンに関しての、忸怩たる思い出です。
私の作品には、けっこう宗教関係のことも取り上げられていますが、そんなことも理由の一つにあります。今書いている『幻影2 荒原の墓標』にはあまり宗教は絡めていませんが。