海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

「全体主義の島」というおバカな嘘

2009-07-12 17:35:59 | ゴーマニズム批判
 小学館発行の『SAPIO』09年7月8日号に載っている「ゴーマニズム宣言」で、小林よしのりが〈「世界」に暗躍する全体主義者〉という漫画を書いている。何ともおどろおどろしい題名だが、岩波書店発行の『世界』6月号に掲載された古木杜恵(ノンフィクションライター)の〈「敵」を捏造する言説、差別を流通させるメディア〉に反論したものだ。例によって沖縄は〈サヨク〉の〈全体主義の島〉であるというおバカな主張をやっているのだが、鴨野守『あばかれた「神話」の正体』(祥伝社)から引用する形で、小林は〈沖縄の人は、異論を唱えることを「怖い」と思うのだ〉と決めつけ、その理由として次のようなことを書いている。

〈鴨野氏は、沖縄でわしの
 講演会を開いた那覇市職員、
 高里洋介氏を取材している。

 高里氏は上司に呼ばれ、
 講演会のことに言及され、
 こう告げられたという。

 君については課長に
 昇進も考えていたけど、
 ダメだな!

 昇進に値するだけの
 職責を果たしていても、
 小林よしのりを呼んだら
 沖縄では決して
 出世ができないのだ!〉(『SAPIO』09年7月8日号 60ページ)。

 小林を講演会に呼んだために高里は課長に昇進できなかった。そういう圧力がかけられるので沖縄では「異論」を唱えられない。だから沖縄は〈全体主義の島〉だ、という論法である。
 ところで、この高里洋介はどういう人物か。高里は、小林よしのり企画・編集『誇りある沖縄へ』(小学館)の座談会にも参加していて、同書には次のようなプロフィールが載っている。

〈高里洋介 たかざとようすけ/那覇市職員
 1949年生まれ。「小林よしのりを沖縄に呼ぶ会」の会長として2005年に「小林よしのり沖縄講演会」を企画・実行〉(11ページ)。

 1949年生まれというから、2005年の「小林よしのり沖縄講演会」のときには、56歳になったかならなかったかという年齢である。50代半ばにもなって未だに役所の課長になれないとは、余りにも昇進が遅くないか。『SAPIO』7月8日号の「ゴーマニズム宣言」には高里の年齢が書かれていない。高里らしい男性の絵は描かれているが、それを見ただけでは高里がまだ40代くらいで、普通なら課長になれるのに圧力があってなれなかった、かのように読む読者もいるだろう。
 だが、高里が当時50代半ばだと知れば、何のことはない、本人に能力や実績がなかったから、その歳になるまで課長になれなかっただけではないか、ということが分かる。高里が本当に能力や実績のある人物だったら、「小林よしのり沖縄講演会」をやるはるか以前に、30代や40代で課長になっていただろう。こういう姑息なごまかしをやって、沖縄は〈全体主義の島〉だというキャンペーンを行うのが小林のやり口なのだ。
 そもそも、高里が勤める那覇市の翁長雄志市長は、自民党・公明党が支持する人物である。去る7月5日に那覇市議会選挙が行われたばかりだが、自民党・公明党など与党議員が多数を占めた。沖縄県の仲井真知事も自民党・公明党によって支えられている。自公体制や保守勢力がこれだけ幅を利かせているのに、いったいどこが沖縄は〈サヨク〉の〈全体主義の島〉なのだ?〈沖縄の人は、異論を唱えることを「怖い」と思うのだ〉というバカげた嘘を、よくもまあ平然と描けるものだ。
 無論、小林は上記のような事実については漫画で触れない。翁長那覇市長が自・公に支えられ、那覇市が保守市政であることは隠している。沖縄についてよく知らない読者の中には、那覇市が〈サヨク〉=革新自治体であり、それが高里に圧力をかけているものと勘違いしてしまう人もいるかもしれない。いや、むしろ小林は意図的にそのような勘違いに導き、〈全体主義の島〉というイメージ操作をやっているのだ。そうやって小林は、高里さえ自分のデマキャンペーンに都合よく利用しているだけではないか。
 高里がやっていることは那覇市の人事に関する内部告発である。実際に小林を沖縄に呼んだから課長への昇進がダメになったのなら、それは那覇市の人事のあり方として問題にされるべきだ。全国販売されている雑誌でこのように描かれたのだから、これは那覇市当局だけでなく、市民全体にとってもその名誉に関わる。当然、那覇市は内部調査を行って事実を市民の前に明らかにすべきだ。那覇市議会の議員もこれを無視してすまされないはずだ。特に野党議員は、翁長市政による人事権を使った職員への圧力問題として、議会で追及すべきではないのか。
 一方で、本当にそのような圧力があったのか、という疑問もある。圧力をかけたとされる上司への取材など、鴨野や小林は裏付けを取る取材をやったのか。もし高里の言っていることが事実に反していれば、鴨野や小林が描いていることは、那覇市当局や市民の名誉を毀損するものだ。事実に反することを描かれたのなら、翁長那覇市長は小林や小学館に抗議し、謝罪と訂正を要求すべきだろう。それをしなければ小林の描いたことが事実としてまかり通り、今後単行本にも収録されて流通するだろう。黙って見過ごしていい問題ではない。
 小林は〈昇進に値するだけの職責を果たしていても〉と書いているが、高里の〈職責〉の中身については具体的に触れていない。実際のところは、高里がそれまで大した〈職責〉を果たしてこなかったから、56歳になるまで課長にもなれなかったということではないのか。昇進がらみで〈職責〉を云々するなら、せめて40代で課長になれるくらいの〈職責〉を公務員として果たしてほしいものだ。組合活動に力を入れるために、あえて課長にならなかったのでない限りは。
 1949年生まれの高里は今年60歳を迎える。勧奨退職を受けていなければ、来年の3月に定年退職を迎えるのだろう。最終的にどのような地位に就いているのか知らないが、自分が昇進できなかったのは小林よしのり講演会をやったからだ、と言って胸を張るのだろうか。そうやって悲劇の人物を気取るなら、まさに漫画でしかあるまい。

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3 コメント

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デマも百回言えば (キー坊)
2009-07-12 21:23:29
定年寸前で、お情け昇進が有り得たのだが、それがダメになったという事ではないでしょうか。
ところで、よしのりや鴨野、狼魔人(江崎孝)などが、何で沖縄の人間から見て、明らかなデマだと分る宣伝を繰り返すかといえば、ヤマトの沖縄の事をよく知らない層、つまり厚いヤマトのB層を洗脳したいからだと思います。

「うらそえ文藝」特集の仕掛け人は、狼魔人(江崎孝)ではないかと思われます。だが、この人物のプロフィールがよく判りません。どなたか情報を下されば有り難いです。
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Unknown (ys)
2009-07-12 22:18:52
わたしは高校時代から小林の、ゴー宣のファンなのですが、この頃はよくわからなくなってきました。
以前から感じていた違和感のようなものがこのブログによって蒙が開かれたような気がします。

考えることはたくさんあるようです。でも時間はあまりありません。これからもご教授ください。
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初めてコメントします (下地)
2009-07-15 04:51:06
ここで挙げられている小林氏の意見(見解?)は自分の存在を主張しているにすぎないと思います。
たとえ高里氏に対して市からの圧力があったという事実が存在しても、その部分だけを取り上げて全体主義だのと叫ばれては話にならない。
全体主義だと言うなら沖縄に行けばいい。誰も危害を加えようとはしないだろうし、大々的に報道されて県中大騒ぎになって小林に対する抗議活動なんて起こらないと思うから。僕はそう思います!
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