10日(月)は午前7時5分頃、瀬嵩の海岸から大浦湾の様子を見ると、K9・K8護岸ともにすでに土砂を積んだランプウェイ台船が着岸していた。まだショベルカーは動いていなかったが、護岸上にはダンプカーが並び始めていて、土砂陸揚げの準備がなされていた。
前日の9日、沖縄島北部は激しい雷雨に見舞われた。10日も天気の急変が予想されたので、カヌーによる抗議行動は中止し、抗議船・平和丸に乗って海上監視活動を行った。
辺野古漁港を出てしばらく行くと、K4護岸の近くでアジサシが飛んでいた。今年は初めて目にする姿で、辺野古新基地建設のせいで飛来数が減っている。今年は平島や長島でどれだけ営巣するのだろうか。
午前8時20分頃、ガット船2隻(第八藤進、第八丸喜丸)が大浦湾から出ていき、5隻(鶴美丸、かいおう丸、神峰、栄雄丸、清明)が新たに入った。ほかに第八そうほう丸が残っていて、空のランプウェイ台船やデッキバージに土砂を積み替えていた。
K8護岸では1隻、K9護岸では2隻のランプウェイ台船が接岸し、土砂の陸揚げを行っていた。推測だが、午前7時半頃には陸揚げ作業を開始していたのかもしれない。
先月末頃から、辺野古崎近くの倉庫のそばに砕石が積まれている。ゲートから搬入された様子はないので、L字型擁壁でかさ上げする前にK1~K4護岸上に置かれていた根固め用袋材の中身かもしれない。ネットをかぶせて土嚢で押さえているようだ。N2護岸の建設に使われる可能性もあるので、注意して見ておきたい。
午前10時頃、海上監視活動を終えて辺野古漁港に戻った。
午前10時15分頃、豊原の高台から辺野古側埋め立て工区の様子を見た。K8・K9護岸から陸揚げされた土砂は、②工区に運ばれて2か所に投入されていた。
トレーラー車で運んできたフレコンバッグを排水管を埋めた付近に降ろして並べる作業も行われていた。
瀬嵩の海岸で大浦湾の様子を見たあと、午前11時42分頃、キャンプ・シュワブのゲート前に行った。
2014年7月7日に新基地建設に反対するゲート前の座り込みが始まってから、2500日の節目を迎えた。新型コロナウイルスのまん延防止等重点措置が5月31日まで延長され、オール沖縄会議による取り組みは中断しているが、有志による座り込みは今日も続けられている。
この日2回目の資材搬入はU字溝や砂、バラスなどが搬入されたが、工事車両は10数台だった。抗議行動も短時間で終わった。
2500日という節目を迎えるのは、ここまで屈することなく阻止・抗議行動を続けた運動の粘り強さを表す反面、これまでに阻止できなかった自分たちの取り組みの弱さも示している。しかし、相手は日米両政府であり、新基地建設工事を止めることの困難さは承知の上だ。
新型コロナウイルスの感染拡大により状況の困難さは増している。そういう中で、感染症対策を取りながらどのような行動が可能なのか。それを模索し、実践することで、運動する個人や団体の力量も問われている。