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作雨作晴


日々の記憶..... 哲学研究者、赤尾秀一の日記。

 

日本の裁判の悲喜劇

2008年06月16日 | 教育・文化

最近の「せいろん談話室」で「この判決おかしい!」がテーマになっていた。以前に私も裁判官の判決のいくつかに疑問を感じて、それを文章にしていたことがある。その時の感想が今も有効であると思い、「せいろん談話室」にあらためて投稿して、その是非を問うてみた。(ハンドル名トンボ)


裁判官の人間観http://www8.plala.or.jp/ws/e8.html)
法律家と精神分析家の貧しい哲学―――光市母子殺害事件 (1)

法律家と精神分析家の貧しい哲学―――光市母子殺害事件(2)                           http://blog.goo.ne.jp/maryrose3/d/20070805


せいろん談話室に今回のようなテーマが取りあげられるのは、裁判における今日一般の判決内容や裁判制度、さらには裁判官そのものに国民が不信感を持っているからだろう。先にも裁判官によるストーカー行為がニュースになっていた。もちろん、裁判官も神ならぬ人間だから、そうした過失や悪行があったとしても論理的にはまったくおかしくはないのだけれども。


それよりも何よりも、最高裁で展開される判決にも奇妙な判決が認められる。とくに靖国神社裁判で「政教分離」をめぐる判決について問題を感じる。宗教や自由の問題について、判決の中に示されている歴史的な思想的な本質理解に欠陥を感じるときがある。とくに国家機関による宗教的行為かどうかについての判断で「目的効果基準」などという欠陥ある法律理論を、最高裁の裁判官がそのまま無批判に踏襲するような認識不足がある。そこには法律以前の裁判官の教養の水準に、哲学的な理解能力に問題があるように思える。


浅薄で哀れな哲学しか持ち得ない裁判官によって裁かれる日本国民は何より不幸である。残念ながら今日最新の流行の法学理論や刑罰理論は法律家ならぬ私には皆目わからない。しかし、古い苔むしたヘーゲルの法理論なら多少は聞きかじっている。問題は、現代法学が、ほんとうにヘーゲルの『法の哲学』における「フォイエルバッハの刑罰論」批判や「ベッカリアの死刑廃止論」批判を克服し得たのかどうかである。私はこのヘーゲルの批判は今日なお有効であると思う。(ヘーゲル『法の哲学』第99節、第100節など参考のこと)


日本の今日の法曹界の問題も小さくない。とくに弁護士の『利権団体化』や独占的ギルド化によって、彼らは法律の大衆化の方向に反対し、正確なわかりやすさに背を向けている。また、裁判官の専門集団化と純血化による意識の奇形化も心配である。ただ、検察だけは少しはまっとうな仕事をしているのかもしれない。


いずれにしても、裁判官の判決や弁護士などの問題の根源は、今日の大学、大学院における法学教育そのものの欠陥にある。すべては彼ら法律家の「法の哲学」の貧困に、さらには、法律家の『哲学』そのものの能力水準の低下による。国家と国民の哲学的教養の劣化こそが問題である。哲学的教養の水源であるべき大学、大学院が枯渇し始めているのである。


「国家指導者論」 http://anowl.exblog.jp/7671044/


国民の宗教的意識の改革や日本の大学、大学院における『哲学教育』の充実と深化に期待するしかないが、これは奇跡を願うようなものかもしれない。


 

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ピタゴラス派の教育論

2008年02月21日 | 教育・文化

ピタゴラス派の教育論

古代ギリシャの昔も極東の現代日本も、親が子供の教育のことで、頭を悩ますのは同じなのかもしれない。昔のギリシャで、かってある父親がピタゴラス派の一人の学徒に、どうすれば自分の息子にもっともよい教育を授けることが出来るかと訊ねたそうである。その問いに対して、彼は「良く統治された国家の市民にすることだ」と答えたそうだ。

今の日本が良く統治された国家であるかどうかは今は問わない。ただとにかく、現代の教育においては、個人は家族の中で育てられないのみならず、また、地域社会の中で育てられるということが忘れられているだけでなく、さらに祖国の中とか、国家の中で育てられるという意識もまったく失われてしまっている。戦前の日本国民は、たとえそれが建前であったとしても、天皇陛下のため、お国のために生きていた。しかし今、「グローバリゼーション」の嵐の吹き荒れる中で、かっての時代の寵児ホリエモンさんのように、祖国とか国家という言葉が死語になった人たちであふれている。

あの太平洋戦争の敗北が日本国民の国家意識に深いトラウマとなって残っている。国家というものは悪なるもの、国民を抑圧するもの、国民を引っ立てて死に追いやるものとしてとらえられている。だから、国家が正義の執行機関であり、神の意志の代理機関であるという意識など国民には毛頭ない。

そこには国家観の根本的な倒錯があると思う。たしかに、その倒錯には根拠がないわけではない。しかし、日本国民の精神の奥深くに刻み込まれているこの国家に対するトラウマは癒される必要がある。このことは、いまだ真実に自由で民主的な「自分たちの」政府や国家を、日本国民が自力で形成できていないという事実と無関係ではない。それが市民革命と呼ばれるものであるのだろうけれど。

はたして、どちらの国家観が国民を幸福にするか。少なくとも「民主主義国」を自称するのであれば、国民は、自らの意志と行動で、国家を正義の執行代理人として自覚できるまで、みずから努力して形成してゆく必要がある。

そのためには、まず国民が自分たちの倫理意識を高めて、悪しき政治家、利己的で無能力な政治家、公務員たちを国家と政府の舞台から追放してゆくことだ。そして、日本国が、たとえ極東の小国であるとしても、真実に「自由」で「民主的」な祖国となって「良く統治された国家」となるとき、はじめて国民は正義の国家の中に生きているという実感を自らのものにできる。そこで初めて個人は家族の中で育てられ、そして、市民社会の中で、次いで祖国という国家の中で育てられて、真実に自由な国民の規律の許に置かれることになる。そのときにこそ古代ギリシャのピタゴラス派の無名の一学徒の教育論も真実になるのだろう。

 

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西澤潤一氏の教育論(3)

2008年02月09日 | 教育・文化

 

西澤潤一氏の教育論(3)


たしかに、西澤氏が論じられているように、南原繁氏や彼を継承した矢内原忠雄氏を総長に戴いたこの東大法学部は、その後丸山眞男氏やその後の奥平康弘氏や樋口陽一氏らに代表される「進歩的文化人」民主主義者たちの「神なき民主主義」と「国家論なき民主主義」の本拠地となった。しかし彼らの「民主主義」論の主張は、国民の野放図な欲望の解放とともに、国家意識なき国民を造り出し、ホリエモンのような「ユダヤ化」した日本人を生む一つの原因ともなった。(東大法学部出身の「官僚」たちの国家意識を見よ。)

これらの問題は奥平康弘氏らの現行「日本国憲法」擁護論とも関係するが、今はここでは論じることはできない。もちろん、半導体の理学者である西澤潤一氏にはこれ以上の論考を期待できないのだろうけれども、東大法学部の民主主義論者に対して直感的に氏自身なりの見識を示されているのだと思う。

西澤氏が指摘するように、このような「進歩的文化人」たちは理想主義者であり人類愛論者であるかもしれない。ただそこに問題があるとすれば、その理想に対する夢想のゆえに、冷厳な国際政治の現実や人間の本性が見えなくなっていることである。その結果として、国際政治の中で日本国のとるべき進路を冷厳に判断できない。理想と現実を峻別できないでいる。この点でより現実的な判断をもっているのは、むしろ、西尾幹二氏や櫻井よしこ氏らのいわゆる「保守派」の人たちであるだろう。かって一時風靡した「進歩的文化人」たちに対する信用の喪失により、最近になって言論世論における後退と衰微の傾向はやむを得ないものでもあるだろう。もちろん、それをもって日本国の「右傾化」を危惧する人々には今も事欠かない。

しかし、いずれにせよ、この産経新聞の「正論」の論客の中で、教育改革の問題を論じた識者の中に、国家意識の回復と倫理道徳の根幹としての「民主主義教育」を取り上げたものは誰もいない。それほどに多くの日本国民にとって、戦前の日本の「超国家主義」のその帰結と「戦後民主主義」の醜悪な現実とその実態にこりごりと言うことなのかもしれない。

しかし、事実として日本社会の「正常化」を――それは、西澤氏があげられているように、国家の防衛を他国任せにするとか、拉致問題を解決する意志も能力もない主権国家としてのゆがみであるが、――実現するためには、「真実の民主主義」に、いわば「理性的民主主義」に、イギリス・プロテスタンティズムに起源をもつ「古い民主主義」に国家国民の倫理道徳における教育的根拠を求める以外にないと思う。

それにもかかわらず、今日の教育改革の論議で、識者と呼ばれる人たちがそのことに誰も触れることがないのは、それだけ日本国民の民主主義に対する問題意識のなさやその自覚の水準を示すことになっているのではないだろうか。

この「正論」の識者たちが主張する徳育教育や道徳の教科化と、私の主張する道徳の時間における「民主主義教育の徹底」と異なる大きな点は、民主主義教育では、国民各個人の内心の価値観にはまず足を踏み入れないことである。それらは各個人の良心の自由に任せる。民主主義教育ではそういった内容の問題には立ち入らない。しかし、家庭や学校や企業やさらには国家などに規定されるルールについては、実定法、自然法を問わずいわゆる「」については徹底的に厳守させる。民主主義教育とは、いわばそうした社会的なルールを厳格に守らせるための形式を充実させることである。そしてさらに今に必要なことは、国民の自由の権利を保障し、その実現のために必要不可欠な国家についての自覚を、兵役の義務に代表されるような普遍的な義務意識を民主主義教育を介して回復してゆくことである。こうした根本の問題の解決なくして、教育問題や年金問題といった特殊な問題についても解決の糸口を見出すのはなかなか困難なのではなかろうか。


 


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西澤潤一氏の教育論(2)

2008年02月08日 | 教育・文化

すべての社会改革について言えることは、「破壊はたやすく創造は難しい」ということである。アナーキストやフェミニストたちは、家制度の破壊には成功したかもしれないが、それに代わる、より高い国民倫理の形成には失敗したと言える。そもそも、彼らにはそうした新しい創造への意欲はなく、破壊のみを欲したと言えなくもない。そうした破壊的改革論者の多くはその「改革」の結果に責任を感じない。

この論考で西澤氏が主張されるように、戦後から今日にいたる日本社会の混迷と分裂のその多くは、先の第二次世界大戦の日本の敗北に起因している。それほど先の戦争の敗北は、民族にとって大きな痛手となったということである。

歴史にイフは不可能であるとしても、もしあの戦争がなかったらと考えればどうか。それなりに落ち着いた「品位ある社会」であり続けたのではないだろうか。たしかに、もしあの戦争がなければ、果たしてこれだけ大きな国家的な変革は実現していただろうか。その意味でも、戦後の民主化は、日本国民の主体的な変革ではなく、「外圧」として上からの与えられた民主化だった。

その第一にして最大の問題は、その結果として国民から国家意識が失われるか、あるいは、それにゆがみをもたらしたということことだろう。それが戦前の反動であるかどうか否かその理由を問わないとしても、事実として国民の間から国家意識は失われてしまっている。

もちろんそれが戦後の日本において正しい国家意識の定着を避けることのいいわけにはならない。というのも国家とは何よりもそこにおいてはじめて国民の意志の概念が実現される場であるからである。国家は国民の特殊的な個人の権利などが普遍的な福祉によって調和させられる唯一の条件であるからである。

この要件を十分に充足しない現在の日本の現状が不完全なものであることはいうまでもなく、その結果としてさまざまな問題が生じているのである。この根本を是正することなくして、さまざまの改革は枝葉末節のそれにとどまるし、実現することはないだろう。

戦前の日本の国家形態が戦後のそれよりもすべて優越していたなどというつもりはない。たしかに、戦前には小作制度に起因する農村の貧困問題も存在したし、女性に参政権もなかった。実際戦争の敗北をきっかけとするのでなければ、それらの問題を日本国民が自力で解決できていたかどうかもわからない。


問題は西澤氏が述べられているように、その戦後の日本社会の改革が、太平洋戦争の敗北を契機としていたように、社会の内在的な発展の結果として行われるのではなく、性急でしかも主体的に行われなかったことである。

たしかに一部の官僚たちの間には、「進歩的な」労働法が準備されていたり―――先の南原繁氏などは内務官僚としてそれに少なからず関与していたのであろうが、また農地改革法の試案が作られたりしていたかもしれない。たとえそうであるとしても、戦後の改革が典型的な「外圧」によって行われたのも事実である。日本社会は外圧によらなければ何事も変わらないのである。明治維新も黒船の来航がきっかけだった。

たしかに明治時代にも自由民権運動はあったし、大正時代にも「大正デモクラシー」と呼ばれるような社会的な運動はあった。だから、戦前の日本社会にも、また伊藤博文たちが起草した戦前の大日本国帝国憲法にもそれなりに民主的な要素は含まれてはいたが、いずれにせよ、こうして戦後行われた戦後の「民主的改革」は日本国民によって自力で主体的に実現されたものではなかった。

戦後のGHQの改革の尻馬に乗ってというか、その機会に乗じてというか、戦後の「民主的」な改革に参画した一人に、西澤潤一氏が指摘されたように南原繁氏らがいた。南原氏が戦後の日本の教育改革にどのように寄与されたのかは、無知不明の私にはよくわからないが、南原繁氏らとともに並んで戦後60年の教育行政の基本となった「教育基本法」を中心になって制定したのは、田中耕太郎氏らであった。

この「教育基本法」は日本の教育問題の元凶のように一部の論者から憎まれたが、戦後60余年にわたって持続したのには、田中耕太郎らがこの教育基本法の制定をはじめとする戦後日本の教育の改革にかけた並々ならぬ執念の賜だった。主観的には彼らは、この教育基本法によって、戦前の日本の国家体制を精算しその弊害を是正しようと試みたのである。たしかにそれは一部実現されたと言える。その結果一部の復古主義者たちから批判を受けることとなった。しかし、たとえ戦後の日本の教育が荒廃しているとしても、それは、決してこの「教育基本法」が根本的な要因ではなかった。

南原繁も田中耕太郎もいずれもキリスト教徒であり、彼ら自身はしっかりとした倫理道徳の精神的な基盤をもっていたと言える。しかし、日本国民全体の観点から言えば、民主化とともに共産主義や社会主義思想が流行するとともに、従来の天皇制の権威は失墜し、学校教育の中からも教育勅語などが失われることになった。

とくに共産主義や社会主義の根底にある全人類的な抽象的な平和主義とマルクス主義の階級国家観の影響もあって、ブルジョア国家性悪説とともに日本国民から急速に国家意識が失われていった。その結果として、日本社会にとって従来の伝統的な倫理道徳教育の基盤がなくなっていったのである。そして、今日に至るまでそれに代わる全国民的な倫理道徳規準としての国家意識が形成されるにいたっていない。国家意識の形成なくしてまた倫理道徳の規準も確立されることはない。その意味では現在の日本社会の混乱と紛糾は理の必然として生じているといえる。

 

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西澤潤一氏の教育論(1)

2008年02月07日 | 教育・文化

先日の産経新聞のコラム欄「正論」に教育問題が取り上げられていた。半導体学者として有名な西澤潤一氏もそこで発言されている。日本では今、OECDの学力調査の結果をきっかけに、学生の学力低下問題などが大きな社会問題になっていることがその背景にある。資源小国の日本では、国民の資質のみが唯一の資源であるから、当然といえるかもしれない。人的資源の枯渇はそのまま国力の衰退に直結するからである。

西沢氏をはじめ多くの論者は徳育の教科への導入や道徳の教科書の採用をそこでも主張しておられるけれども、いずれも問題の根本的な核心をつく解決につながるような提案はなかったように思われる。

まず何よりも、「民主主義」教育を倫理道徳の根幹としてとらえる観点を示されておられる方が誰一人もいなかった。それほど、「戦後民主主義」に対する嫌悪感が強いということかもしれないし、あるいは、日本人における民主主義の水準を証明していることになっているのかもしれない。

もちろん、「民主主義」の確立のみが国民の文化的な問題の解決に役立つのではない。それだけでより完全な国家が形成されるわけではむろんない。西沢氏が述べられているように、ただ倫理道徳のみならず、歴史や芸術に対する素養などが国民の間に深く養われているのでない限り、とうてい「品格ある国民」として有機的な民主国家の完成は期待できない。

また、現在の学校教育上の問題が、その背景にある「資本主義社会」の弊害が学校社会にも降りてきているためであることも自明の事実である。だから、そうした背景にある社会問題の解決なくして学校教育の問題も解決することは難しいといえる。こうした観点からの本質的な問題点の指摘も、西沢氏の論考をはじめ、「正論」上の識者たちの論考中にも見られなかった。これは新聞のコラム欄という制約もあるからやむをえない面もある。

またしばしば教育の大きな問題として現在の受験競争が取りざたされるけれども、もちろん、「受験戦争」そのものが悪いとはもちろん言えない。人間社会に競争はなくならないし、「競争」にも意義があるからである。問題にすべきは「競争」の内容であり、無駄な「競争」を生んでいる公的教育の退廃と劣化である。それこそが教育改革の核心ではないだろうか。その一方で、いまだに残る国民の過度の学歴指向とともに、学校教育に多くの弊害を生む原因となっていることも事実だろう。

そこには国民全体の教育観そのものが問われているといえる。いったん受験に直接に不必要とされるにいたった場合、一人の国民として不可欠な歴史教育や道徳教育も二の次三の次にされてしまうのである。

それはさらには国民性の問題でもある。そこにはモンゴル人種特有の実利主義がさらに奥深い根底に存在しているといえるかもしれない。目先の利害を超越して真理そのものを指向するといった、たとえばインド人に見られるような、実利を度外視した強烈な形而上学への衝動は国民にはみられないのも確かだ。

そうしたさまざまな背景があるとしても、現在の日本がかかえる教育をはじめとする文化的な混乱のもっとも根本的な要因は、どこにあるとみるべきだろうか。

それは現在の日本国民全体に見られる「国家意識の欠落」の傾向とそれと関連する「民主主義教育の不全」に求められると考えている。これが現在の日本の教育問題の核心的な要因であると思われる。したがって、問題解決の方向としては、憲法改正を契機とする日本国民の国家意識の回復と、真実の民主主義の学校教育における徹底である。それによってしか、現在の日本社会が抱える諸問題のより根本的な解決は期待できないのではあるまいか。

「教育基本法」はすでに改正はされたが、単に「教育基本法」をいじくったからといって、現在の学校教育の諸問題の解決にはつながらない。因果関係の認識が間違っているからである。

もちろん現在の教育問題の現状をどのように見るかは、その評価の尺度をどこにおくかで結論も異なるだろうが、はたして現状をどこまで深刻に見るべきか。同じ産経新聞の「正論」でも、先に曾野綾子氏が日本の豊かさに対して皮肉を言われておられる。(【正論】新しい年へ どこまで恵まれれば気が済む 作家・曽野綾子

現実の問題としては、そもそも完璧な教育制度を期待する方が無理であり、六割方の成果を上げていればよしとすべきといえる(それすら過大な要求といえるかもしれない)。だから問題は、相対的にもっとも真理に近い教育制度とは何かであるだろう。

現状を全否定することも間違っていると思う。戦後教育や戦後の民主的改革についても評価すべきは正しく評価すべきである。戦前の教育を全否定して、より劣悪な教育制度を導入することになった戦後の教育改革と同じ間違いを繰り返してはならないだろう。戦後六十余年持続した南原繁氏や田中耕太郎氏らの労作である旧「教育基本法」の意義もきちんと評価すべきだ。持続するにはそれなりの意義があったからである。それを全否定するのも間違いである。

前置きはこれくらいにして、とにかく西澤潤一氏の論考を参考に、教育や文化の問題をもう少し検討してみたい。それによって現在の日本の教育問題を考える材料と見る観点が少しでもひろがれば幸いである。

西澤潤一氏の論考は次のようなものである。

引用

【正論】「教育改革」はどこへ 首都大学東京学長・西澤潤一2008.2.4

□硬直化した哲学は通用せず

 ■南原・丸山流の「理想論」を脱せよ

 ≪責任者の驚きの発言≫

 伊吹文明前文部科学大臣や山崎正和・中教審会長が昨年、相次いで「歴史教育は学校では要らない」とか「道徳教育は教科にはしない」といった発言をし、現在の狂った社会や家庭を生じた戦後教育を改めるために努力を続けてきた人たちを仰天させたことは記憶に新しい。

 その直後本欄にも市村真一先生(京都大学名誉教授)の反論が出て少々安堵(あんど)したものの、今時になっても、このような基本的な、しかも教育の最高責任者ともいうべき方々から対照的意見が出されたことに一驚した。

戦後の教育改革はあまりに急激であったこともあり、難点が出てきた。何よりも大きかったのは国家家族主義から家族主義、さらには利個主義にわたる、「全」から「個」への移動が急激に行われたことである。
 

 戦前の徴兵制はほかの国々でもみられ、特に日本だけということはなかったが、軍国主義が強烈だった。しかしそれが廃止されると一気に、自国の防衛すら米国任せ、ついには隣国から夜間上陸したやからに国民が拉致されるに至っても、国は何もしようとしない。

 国民の大多数はわが身が可愛(かわい)くて危険を冒さず、被害者の家族が立ち上がるまで何もしないという、世界で最も公的な束縛が弱く、それでいて個の主張の強い国になっていた。

 戦後の日本人は低賃金にもかかわらずよく働いた。その結果、高い経済水準が生み出されたが、かつて働くことが好きといわれた国民は、すっかり遊び好きになってしまった。当時は考えられなかった栄養過剰による健康障害者が続出しているというから、驚きである。

 ≪過去を反省し暴走を防ぐ≫

 社会の進歩を拒否することは許されない。しかし、周到な配慮を欠いた「進歩」は進歩を拒否するよりも恐ろしい被害をもたらすことがある。「昔」をよく反省、検討して暴走を予防しなければならない。

 戦後の教育改革のリーダー役をつとめたのは南原繁先生といってよかろうが、曲学阿世と批判されたことでも知られているように、日本の教育は大幅に米国型教育に移行した。天野貞祐先生らの日本文化を残そうという努力もむなしかった。

 最も激しいのは教科科目であった。当時、東大総長の南原先生はキリスト教徒だったこともあって、美濃部亮吉先生や丸山真男先生らと共に人格者としても知られ、率先して改革を実行した。家庭でキリスト教徳育がほどこされた先生方の家庭では改めて学校での日本式徳育の必要もなかったのであろう。

 しかし、それのない一般家庭では信念を失って、徳育はもっぱら学校に任すと考えることになった。さらにこうした教育で社会人になった父兄母姉が教育者側に立つようになるや、学力低下、犯罪が急速に社会に広がり、ひいては国力の低下まで心配される事態となった。

 このまま推移すれば、この傾向はいっそう強まり、拡散して社会崩壊をもたらす懸念すら生まれている。

 ≪「自分のもの」なくては…≫

 このような事態を招来したのが人格者である南原先生の教育改革である。かつて東大・安田講堂で警官隊に火炎瓶を投げていた学生らが籠城(ろうじょう)しながら、南原先生の後継者と目された丸山氏の哲学を読んでいたという記事が新聞に掲載されていたのを、いまさらながら思いだす。

 両哲学とも、人類愛にあふれ、それが若者の心を打ったのだと考えたが、年老いてなお、熱い情熱と共にロマンとして胸に抱きつづけている人も少なくないだろう。しかし、今日でも闘争回避の思想が、現実面で領土問題の解決を妨げたり、拉致問題の解決に打つ手なしといった事態を招いている要因となっていることが少なくない。

 ロシアのイワンの馬鹿は美談であるが現実ではない。他人事に理想論を振り回し、自己の問題になるまで考えを変えないということこそ、人類愛に悖(もと)ることを忘れてはならない。広げれば、理想論を守りつづければ自分自身の生命と生活の保障すら放擲(ほうてき)しなければならないことを覚悟すべきである。

 野中広務先生(元衆院議員)は「今の日本人には自分のものがない」といっておられた。自分の信念や考え方だろうが、どんな状況になっても、自分の信念を曲げない強さと共に、自分の考えを通し得るだけの対応の広さがなければならない。

 このためには、きれいごとだけをつないで、自分の哲学としているだけでは足りない。より練り上げて適用を練習しておく必要がある。日本人が、ものをうのみにして、考えない教育を実施してきた弊害がいま現れている。
(にしざわ じゅんいち)

引用終わり・・・・・・・・・・

まず氏の問題認識で共感できるとも思われる点を上げておこう。西澤氏は言われる。

まず、第一点は「戦後の教育改革はあまりに急激であったこともあり、難点が出てきた。何よりも大きかったのは国家家族主義から家族主義、さらには利個主義にわたる、「全」から「個」への移動が急激に行われたことである。」

たしかに、西澤氏が主張されるように、かっての日本の教育改革があまりにも性急で大胆であったために、たらいの水と一緒に赤子をも流してしまうように、戦争以前の教育制度がもっていた長所をも捨て去ることになってしまったのではないだろうか。

GHQは占領統治の目的の一つとして「日本国の民主化」をあげていた。その一環として、民法の改正が取り上げられた。そのことはあまり今日では反省や議論の対象にはなっていないが、そこで日本社会の国民生活の根本的な変革につながる改革が行われたのである。とくに家制度の消滅が日本人の倫理道徳意識に大きな影響を与えたことは疑えない。現在の日本人の倫理意識や学校や家庭の教育問題を論じるときに、こうした歴史的な背景を考慮に入れない論議は問題の分析を的確に行っているとはいえない。

日本国憲法の制定とともに、戸主権が廃止され、それに伴なって家制度がなくなった。しかし当時もこの問題をめぐって賛否両論が戦わされていた。法学者の間でも大きく議論が展開された。とくに、我妻栄氏や宮沢俊義氏ら、いわゆる進歩派の学者らは日本の家制度の廃止に積極的ではあったけれど、刑法学者の牧野英一氏らは日本社会の美風を損なうものとして猛烈に反対した。もちろんそれらの改正によって得たものもあれば失ったものもある。そうして、今日私たちが自明のものとしている完全な普通選挙権も、戸主権の消滅と同じように戦後の「民主化」とともに実現したものである。

今日では現行の民法の元での婚姻制度などの事実は歴史的にも自明のものとなっているし、過去の家制度がどういうものであったかも忘れられている。けれども、戦前にブラジルなどに移住した日本人などの間にはまだ家制度の気風の余韻が残っているようである。いうまでもなく、この家制度は明治時代の自然主義文学者たちが深刻な問題意識をもって批判的に描いたもので、当時の「進歩派」にとっては、また、女性解放運動家たちにとって、克服すべき改革の対象となっていたものである。

戦後GHQのもとで行われた社会改革の結果、家制度がもっていた日本の伝統的な倫理道徳的な秩序意識もおなじように崩壊してゆくことになった。

従来の日本の家制度は欧米の価値観や倫理観とは明らかに矛盾するものである。――とくに欧米ではキリスト教の倫理道徳が根底にあり、そこでは夫婦単位の家庭観が確立されていたが、そうした背景のない日本においては、戦後の民法改正の結果、教育勅語に代表される倫理道徳の価値観を実質的に担ってきた家制度の解消によって、国民的な倫理基準を日本国民は失うことになった。

 

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山本常朝 ――『葉隠』の死生観

2007年12月11日 | 教育・文化


山本常朝 ――『葉隠』の死生観


人間は文化的な生物である。だから、その成育の環境と伝統のなかで「教育」を受けてはじめて人間になる。教育や伝統などの文化的な環境が人格形成に決定的な影響を及ぼす。人は誰でも、両親を第一として、故人であれ、また海外であれ、青年の頃から多くの人格に接することを通じて人格形成を行う。そして、多くの人がそうであるように、私もまた、様々な出来事や人格から何らかの影響を受けながら、意識的にかあるいは無自覚的に自分の人格を形成してきたといえる。

その中にも、もちろんその影響の強弱はある。人格の中にも、強い影響力、感化力を持つものとさほどでもないものがある。

最近でこそ特に関わることもないけれども、二十歳前後の青年時代に触れる機会があって、かなり強い印象を残した人格に山本常朝という人間がいる。常朝とは、いうまでもなく『葉隠』の語り部である。私はそれを当時刊行されていた「江戸史料叢書」の中の上下本として読んだ。

『葉隠』といい山本常朝といえば、その武士道の主張で戦前の右翼思想家のイデオロギー形成に寄与したことから、左翼からは批判的な眼で見られることも多いようである。けれども、それは山本常朝自身の責任ではない。常朝自身の考え方には、右翼とか左翼とかいった狭い範疇を越えた普遍的な真実がある。


常朝の思想の核心は、武士の身分として「死の決意をもって主君に奉じる」ということにあった。武士の生き方としての死の覚悟である。彼の人生観、死生観はそれに貫かれている。

「毎朝毎夕改めては死に死に、常住死身に成りて居る時は、武道に自由を得、一生落ち度なく家職を仕果たすべき也」と語っている。
ある意味では彼は最高の「モラリスト」であるとも言え、少なくとも江戸、明治期には、我が国にこうした人格は少なくなかったのだろうと思われる。そして、まさにそれと対局にあるのが、戦後民主主義の人間群像なのだろう。

常朝自身は、また、それなりに風流人であったようである。彼の言葉の節々にも、詩人的な風格が香ってくる。彼自身は仏道修行や風雅の道は隠居や出家者の従事することとして、無学文盲を称して、奉公一篇に精を出したが、詩人としての気質に不足はなかった。「恋の至極は忍ぶ恋と見立て候」というのもそうである。彼自身がきわめて聡明であったことはその発言からもわかるが、また、なかなか美男子であったようだ。しかし、器量がよく、利発者であっても、それが表に出るようでは人が受け取らぬ事をよく知っていた。それで毎日、常朝は鏡に自分の顔を映して自分の器量を押さえたのである。 

                    
江戸と今日の平成の御世では大きく異なるのは言うまでもないが、それでも本質的に共通する部分もある。そこに、『葉隠』が今日にも普遍的に通用する真理を語っている一面も少なくない。たとえば彼は「武篇は気違ひにならねばされぬ者也」と言う。

現代の私たちが、ふつうに暮らしていても、特に男子には日常的にその誇りを試される場合が多い。その誇りを守る必要があれば、いつでも狂い死にせよ、と常朝は教えるのである。

だから、その配偶者は、いつ何時でも彼女の夫が街の路頭で狂い死にすることがあったとしても、その死には何らかの事情があることを思う必要がある。人生の伴侶として、その覚悟を求められるだろう。昔の武士の妻たちは皆そのことは心得ていたはずである。

また、常朝は次のような言葉も残している。「人間一生誠に僅かの事也。好ひた事をして暮らすべき也。夢の間の世の中にすかぬ事計りして、苦を見て暮らすは愚か成る事也。此の事はわろく聞きて害になる事故、若き衆などへ終に語らぬ奥の手也。」

 



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悲しき教育現場

2007年09月25日 | 教育・文化

教師がいじめ認識? 生徒ら漏らす 神戸・高3自殺(神戸新聞) - goo ニュース

「下半身写真ネットに」神戸自殺生徒、遺書に記す(産経新聞) - goo ニュース

相変わらず、教育現場で「いじめ」はなくならないようだ。「石川や浜の真砂は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ。」で人間から悪の種は尽きることはない。それにしても、こうした事件は、防ぐことはできるし、自殺に至るまでに何とか手を打つ手立てはあったはずであると思う。とくに生徒の教育管理に直接当たる学校関係者の責任は重大である。

以前にもこうした問題についていくつか論じたが、その原因の大きな根本は、国家がその共同体としての性格を敗戦をきっかけに失ってしまったこと、それ以来、国家として、国民に対する倫理教育ついての配慮をほとんど行ってこなかったことにある。いまだ国家としての倫理の基準を確立できないでいるためである。

こうした問題について、いまさら「教育勅語」を復活させることができない以上、「民主主義」を倫理として確立する以外にないことは、これまでにも繰り返し語ってきた。しかし、いまなお、今日の教育関係者のほとんどにはそれを切実な問題意識としてもつものはいない。これでは、いつまでたっても教育現場にその根本的な治療改善は望むべくもない。しかし、長期的な取り組みとしてはそれ以外に改善方法はないのである。それを放置して、いつまでも問題の解決を遅らせ、多くの児童、生徒を悩ませ続けるか。

ただ、短期的な対策としては、不幸にもこうした事件が生じた時には、今回の生徒の遺族は、加害生徒、保護者、学校関係者に対して、法的な責任を民事的にも刑事的にも追求しうる限り、徹底的に追及してほしいと思う。

それは、今日の学校教育関係者の――校長や教頭などの現場教員のみならず、文部科学大臣、教育委員会などの教育公務員の無責任、無能力を改善してゆくためにも、必要な措置であると思う。ご遺族の方々は、悲しみを乗り越えてそうしてほしいと思う。

民主主義を倫理教育としての観点から教育するという問題意識を今日の教育者はほとんどももっていない。その研究も行われていない。今一度正しい民主主義教育を、その精神と方法の両面にわたって充実させていってほしい。そして、いじめの問題などは、クラス全体の問題として、民主主義の精神と方法によって解決してゆく能力を教師、生徒ともども向上させてゆくべきなのである。

クラス全体にそうした問題解決能力のないこと、失われていることを、今回の事件も証明している。しかし、教師、児童、生徒たちの倫理意識の低さは、やがて結局は、自分たち自身がその責めを負うことになる。

         「いじめ」の文化から「民主主義」の文化へ

                 民主主義の人間観と倫理観

          学校教育に民主主義を

 

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「韓流ブーム」

2007年09月07日 | 教育・文化

先の記事「瀬島龍三氏の死、古い人、新しい人」を投稿しましたところ、ある方から(女性だと思います)次のようなコメントをいただきました。

引用


はじめまして
記事を読ませていただきました。
なるほど、戦前の日本だからこその人間形成があるんですね。

昭和50年ごろだったと思います
映画監督たちの対談で戦争映画の俳優選びで悩んでいました。
「日本は豊かになり俳優たちは、きらきらと明るく満ちたりと瞳の者ばかりだ、食いつようなハングリーな顔つきの俳優がいなくなって、兵士役がいなくなった。」

そうですよねえ~~
昔の戦争映画、兵士が女性の順番をずら~~~っと
並んで、はやく!といいながら並んでいる映画。
あの頃の戦争映画はみんな痩せて飢えた俳優さんがいました

・・・・・・ YM
 >

このコメントを読んだとき、すぐに、少し昔に『冬のソナタ』などのテレビドラマでブレイクした「韓流ブーム」の社会的な背景について少し思い当たる点のあることを連想しました。

それは、現代の日本女性の多くが潜在的に不満不信の感情をもっているらしいことです。これだけ社会は豊かになっても必ずしも多くの女性は幸福感を持って生きているようでもないらしいことです。そして、その背景に彼女たちの父や兄などの日本の男性観に対する潜在的で根源的な不信感があるようにも思いました。それで、私は彼女に次のようなコメントを返すとともに、「韓流ブーム」にある日本の社会的な背景の問題をさらに考えてみたものです。

引用

YMさん、はじめまして
コメントありがとうございました。

そうですね。そうして、戦後の日本人は、私たちの父であり兄であり弟でもあった戦前の日本人の醜い面ばかり教えられて育ってきたのですね。彼らにそうした面がなかったとは言いません。

それは日本人だけではなく、満州で私たちの母や姉が体験したように、ロシア兵も中国兵も極限状態におかれた弱い男の多くが同じように犯す過ちです。

気の毒な日本人兵士の「汚点」ばかりをあげつらうのは、きっと戦後の日本人女性の思いやりの深さなのでしょうね。
 
・・・・・・ SR

「韓流ブーム」が示すもの

まだこの流行がどれほどのものかよくわかりません。一時期ほどの勢いはなくなったかも知れませんが、それでも今も、GOOブログなどでは韓流スターという項目があるし、そうしたサイトなどへのアクセス数などから言っても、このブームの根はまだなくなってはいないのではないでしょうか。

ブームというのは熱病のようなものです。もともと何かを信じることなくしては人間は生きることのできない動物ですが、とくに女性についてそれが言えると思います。時には熱病のように信じるものを求めます。しかし、海外のイスラム教国やキリスト教国のように、これといった特別の社会的な伝統的な信仰文化というものを持たない現代日本の多くの女性たちは、そうした信仰の代用として、ブランド品やアイドルや「韓流スター」を追い回すか、あるいは、怪しげな新興宗教に夢中になるか、セックスの一時の快楽におぼれるなどして、その満たされない渇きを癒そうとするのかもしれません。

こうした現象にも、現代の日本社会のさまざまな問題点が浮き彫りにされているように思います。そこにはやはり事実として、その背景に現代の日本の男性の多くに魅力がなく、そのために日本女性の多くを満足させることができないでいるという現実があるのでしょう。

とすれば、それではなぜ日本の男たちは女性たちに魅力がないのでしょうか。先の記事で由美さんという方からコメントをいただいたとき、この問題についてふと思い当たるところのあるような気がしました。それは、先の太平洋戦争で日本が未曾有の敗北を喫して以来、その戦後にかっての日本の軍隊、軍人が徹底的に貶められたということがあったということです。もちろん、あれほど尊大で傲慢になって肩で風を切って歩いて偉ぶっていた者も多かったかっての日本軍人が、敗戦をきっかけに国民からすっかり信用を失ったのにも実際に無理もない一面もあると思います。

それに、とくに敗戦後は、社会主義や共産主義が大きく勢力を伸ばした時代であったし、そうした階級闘争史観の立場に立つ人々は、かっての日本軍や日本軍人を、そして、靖国神社などを「軍国主義」の象徴として、眼の敵にしてきたともいえます。そして、一方で日本の軍人たちは日本の男たちの象徴でもあったから、軍人と日本の男がさげすみの対象として二重に映ったとしても仕方がなかったともいえます。

それは、日本をアメリカにとって二度と敵対できない国家にするというマッカーサーの占領政策や在日朝鮮人ら敗戦利得者たちの利害とも一致しましたから、あらゆる手段、あらゆる機会を利用して、戦前の日本軍と日本軍人に対して、その信用を失墜し、軽蔑の対象とするような政策がとられました。それにまた、旧日本軍のなかに実際ににそのように扱われてもしかたのない一面もありましたから、そうして、日本においては完全に軍人や軍隊は信用を失墜させられていったのだと思います。それに応じて日本の男もその価値と魅力を失っていったといえます。

先にコメントを寄せてくださった由美さんなども、そうした教育を受けて育った戦後世代の典型の女性のように思います。軍人といえば「売春宿」の前で眼の色変えて列をなす男たちというイメージです。そうして、そんな我が夫の、また父であり兄であり弟の姿を、潜在意識の中に育てていった多くの日本の女性にとって、日本人男性は不信と軽蔑の対象になっていったのだと思います。

しかしそれは、何も現代の太平洋戦争だけではないと思います。戦国時代の武士たちにしても、フビライハンに征服された十二世紀のロシアの男たちにしても、すべて戦争に敗れた男たちは妻子をまともに守ることができませんでした。だから、敗残兵の男たちには妻や娘たちから見離されてもやむを得ない面があります。戦後しばらくの間は、生活のためもあって、多くの日本人女性たちが国際結婚によって海外に渡っていったこともあります。もちろん、大和撫子としての矜持を守った日本女性も多くいたことは言うまでもありません。

そしてまた、戦後の日本は「平和憲法」を後生大事に戴くことによって、戦争のできない国になりました。戦争に懲りた多くの国民がそれを歓迎したことも事実です。その結果、一方では、たとえば北朝鮮に同胞が拉致されても、日本の男たちは、政治家たち、軍人たちも、長い間、見て見ぬふりをし傍観を決め込むしかなかった。それに気づいていた日本の女性は、口に出して言うかどうかはとにかく、そんな男たちの姿にも愛想も尽かしたでしょう。日本の男たちは、自国の防備でさえアメリカの青年たちに任せっぱなしで、それで自分たちは何をしているのかというと、ただひたすら商売に眼の色変えて忙しく、あるいは怪しげな海外ツアー、エロ、グルメなどの生活で娯楽と享楽三昧です。

そんな日本の男たちと比べて、韓国の俳優たちは、みんな兵役の義務を果たして、そこで国家の中に生きるということに気づかされ、そして凛とした一人前の男として鍛えられて帰ってくるのですから、日本の女性たちが、韓国人スターに血道をあげるようになるのも無理はないでしょう。

実際こうした問題も深刻だと思いますが、さらに「韓流ブーム」にはもう一つの問題も、示されていると思います。それは、テレビや新聞など独占的体質の日本のマスメディアにおける質的劣化と反日民族解体勢力による文化侵略の問題です。

それは、はっきりいって、NHKをも含む日本のテレビ局、プロデューサーが、まともなドラマ制作能力をまったく失って、視聴者の要求にこたえられなくなっているという事実です。どうしてそうなったのか、その理由はいろいろあると思いますが、もっとも大きな理由は、NHKと民放各局とともに、現行の電波法の上にあぐらかいて独占的で無競争の刺激のないインセンシティブな体質になってしまったためだろうと思います。かっての国鉄も、郵便局も、電電公社もすべて、ある業界を既成の企業・利益団体だけが独占して、そこに競争の原理が働かなくなると、その業界は腐敗し堕落し、顧客に対するサービスなど、どこ吹く風というようになります。かっての社会主義国のように、まともな仕事をしなくなります。


今、NHK、民放ともどもテレビ局は、仕事を下請けに丸投げして利ざやを搾取して生きています。彼らには、力のある脚本家を育てて、面白いドラマつくりに取り組もうという意欲もなければ、優れた面白い娯楽と芸術が両立するような質の高いテレビ・ドラマの製作に励もうという意欲も能力も、つめの先ほどもありません。

それが気の毒な日本女性をして、韓国製のテレビドラマに向かわしめていることになっています。彼女たちには、日本のテレビ局に、面白く楽しいドラマを見せるように要求することもできないのです。ですから、最近の「韓流ブーム」は、テレビ局と日本の男たちとに対する事実上の批判でもあります。女性たちにはそうした形でしか、自分たちの批判を表すことができないからです。

今日のようなテレビ文化の社会では、テレビ局の公共的な使命はとても重要です。ひところベストセラーになった、藤原正彦氏の『国家の品格』なども、テレビ・マスコミの「下品格」の反動として出てきたと考えてもよいものです。そして、残念ながら今なお、このテレビ局の改革はまったく手付かずのままで、そのために、女性のみならず男性も、ほんとうに面白い「日流ドラマ」を見ることもできません。

戦後六十余年たった最近になってようやく、「男たちの大和」や「硫黄島からの手紙」や「出口のない海」などのいくつかの映画で、かっての日本軍人たちのよい面、男らしい一面も少しずつ描かれ始めてはきていますが、それでもなお、兵役の義務も果たさず、実際に、自分の国も女性も子供たちも守ることのできない、お金とエロだけが生きがいのような多くの日本の男たちに、女性たちは何の魅力も見出せないようです。そして、やはり男らしい「韓流」になびいて行くのだろうと思います。

 

 

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ジーコとオシム

2007年07月21日 | 教育・文化

ジーコとオシム

昨年のワールド・カップでジーコ監督に率いられた日本サッカーが対オーストラリア戦で惨めな敗北を喫してから一年が経過した。

日本サッカー、対オーストラリア初戦敗退が示すもの

その後日本サッカーの監督は、ジーコからオシムに交代した。そうして現在新しい監督の下で、日本サッカーは新しい戦術を確立し始めているようである。

サッカーに限らず、野球でも、バレーボールでも、そして企業においても、さらには国家においても、すべて戦闘に従事する組織というものにおいては、その戦力は監督、指導者の力量に大きく規定される。チームの戦闘能力の6~7割は監督・指導者の力量によって決まるのではないだろうか。時には、勝つも負けるも監督しだい、指導者しだいという場合もあるだろう。

ジーコ監督からオシム監督に代わって、確かに日本チームのサッカーに戦術の型ができ始めたといえる。トルシエであれジーコであれ、戦術に「型」がなかった。最近のいくつかの日本チームの対外試合を見ても、素人目にもそれはわかる。監督としての資質、力量の優れているのは、その選手時代の力量はとにかく、いうまでもなくジーコではなくオシム監督のほうだろう。ジーコ監督はサッカー選手個々人の技量に頼って、チームとしての組織的な戦術と呼べるほどのものはとにかく確立できていなかった。またその必要についての問題意識自体がこの監督には希薄だった。その前のトルシエ監督にもそれほど明確に攻撃の型を追求しているようにも見えなかった。日本選手たちにそれを目的意識的に練習させてはいなかった。

だから、かっての対オーストラリア戦などでも、チームが勢いに乗って攻め続けているときはよいが、ひとたび選手たちの疲れがひどくなってきたり、攻め込まれて日本の陣形が崩れ始めたりすると、専攻の型を失って総崩れになった。

しかしオシム監督になって、専攻のための陣形が確立し始めているようにも見える。また、オシムのサッカーは基本に忠実であるようにも思える。日本選手たちもそれを守って、オシムの目指す日本型サッカーを確立し始めている。これまでの日本代表チームには明確には見られなかったものである。やはりオシム監督はこれまでに日本チームを任された外国人監督の中ではもっとも優れているのではないだろうか。オシム監督には、「オシム語録」などのいくつかの著書もあるという。まだそうした本を眼にしたことはないが、本来の監督であれば、サッカーに関する理論書、指導書を数冊でもものにしているだけの理論的な力量が当然の資格として何よりも求められるべきものである。

それでもなお、現在なお日本人チームに欠けていると思えるのは、サッカーの勝負の構造を論理的に分析し把握できる選手一人ひとりの能力ではないだろうか。体力と練習量だけでもある程度までは強くなることはできる。しかし、ワールドカップで優勝できるくらいになるためには、戦略と戦術を構想できる高度の論理的能力が、監督選手ともに必要である。アンダー20の若い選手には、その面に優れた能力を持った選手も見られはじめているようだけれども、まだ、現在のワールドカップ代表選手クラスの選手の多くは、本能的な才能と、ひたすらのがんばりだけの盲目的な練習に依存しても、理論によって自己の能力を開発して行くことのできるレベルの選手は少ないように思える。しかし、それでは本当に強いサッカーチームはできない。オシム監督にはそれが分かっていても、日本の選手たちがオシム監督の要請に十分に応えきれず、オシム監督をイラつかせている。

日本チームが本当に強くなるためには、日本の学校教育から、とくに国語教育から変えてゆかなければだめだ。もっとサッカー選手たちにも哲学教育を訓練し、彼ら一人ひとりの論理的思考力を高度のものにしてゆかなければ、日本チームは世界最強の仲間入りは本当にはできない。オシム監督になって改善されてきてはいるとはいえ、だから日本サッカーはまだ子供の、理論なき戦術にとどまっている。そして、この日本チームの弱点は、いうまでもなく、今なお国民や国家の弱点でもある。

それにしても日本の一部のサッカー選手たちにやめてほしいと思うのは、試合の最中に彼らがエヘラエヘラ笑い顔を折々見せることである。間抜けたように気が抜けるし、本当に真剣に戦っているのか疑わせもするからだ。それは選手たちにも不本意なことだろう。

日本、PK戦を4―3で制し準決勝へ…アジアカップ(読売新聞) - goo ニュース

 

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教育の再生、国家の再生

2007年05月09日 | 教育・文化

教育の再生、国家の再生

今の安倍内閣においても、教育改革は内閣の最重要課題に位置づけられている。それは現在の安倍内閣ばかりではなく、歴代の内閣においても教育の問題は最重施策として取り上げられてきた。前の小泉首相は、郵政改革で頭がいっぱいだったから、教育の問題はそれほど自覚されなかったかもしれないが、その前の森喜朗元首相の内閣でも、文部科学省に教育諮問委員会を作って教育改革を目指していた。森喜朗氏でさえそうだった。森喜朗氏は文教族の国会議員としても知られている。

確かに国家の再生には教育の再生が前提になるだろう。しかし、教育の再生には何が必要なのか。教育の再生には、国語教育の再生が必要であり、国語教育の再生には、なにより哲学の確立が必要であると思う。だから、少なくとも国家の再生といった問題に関心をもつ者は、まず哲学の確立によって国語教育の再生をめざし、国語教育の再生によって教育の改革を、そして教育の改革を通じて国家の再生を計るということになる。教育の再生は国語教育から、ということではないだろうか。


江戸時代から、日本には「読み書き、ソロバン」という教育上の標語があって、この標語の教育の核心をついた普遍的な真理は、今日においても意義があるだろうと思う。読み書く力を十分に育てることが教育の根本的な課題であることは今日でも同じだと思う。


読む能力は、知識や情報を外部から吸収するのに不可欠であるし、書くことによって、自らの意思を社会や他者に向って発信することができる。この二つの能力は、個人が充実した社会生活を営んでゆく上で不可欠のものであるし、また、どれだけ高いレベルでそれらの能力を育成できるかが、個人の生涯を意義のあるものにできるかどうかも左右するのではないだろうか。


確かに、現在の学校教育でも国語教育がおろそかにされているとは思わないし、生徒たちの国語能力の向上に向けて、それなりの努力は行われていると思う。朝の授業前の読書の時間は多くの学校で普及しているようであるし、作文の時間などで文章を書くトレーニングもそれなりに行われている。


ただ、それでもなお、日本の国語教育における「読書の訓練」は生徒たちの自然発生的な意欲や努力に任せられたままで、読書の技術などは、まだ学校の現場では洗練されも高められもせず、充実してはいないようだ。もちろん日本の教育の伝統としても確立されてはいない。それは、多くの人々から指摘されるように、今日の大学生がまともな論文を書けないということにもなっている。

だから日本で世界的に通用する学術論文を書くことができるのは、リテラシーという言葉で「言語による読み書きできる能力」が長年の伝統の中に確立されている欧米などの海外に留学して、そこで教授などから専門的な論文教育を受けて、論文の書き方に「開眼した」という留学体験のある、大学の修士か博士課程の卒業者に多いのではないだろうか。この点で今日なおわが国の普通一般教育や大学や大学院での論文教育は充実していないようにも思われる。


この事実は、かなり高名な日本の学者、教育者の文章が実際に拙劣であるという印象からも証明されるのではないだろうか。論文教育はいわば科学研究の方法論の一環として行われるべきものであり、その核心は、論理的思考力であり、哲学的な能力の問題である。自然科学系の有名な学者であっても、その文章に現われた認識や論理の展開で、正確さや論証力に劣っている場合も少なくないように思われる。


いずれにしても、これだけ学校教育の普及した国民であるのに、果たして、それにふさわしいだけの国語能力が確立されているだろうかという問題は残っていると思う。実際の問題として、一般的に国民における読み書きの力は、(自分を棚にあげて)まだまだ不十分だと思う。


それでも、今日のように、とくにインターネットが発達し、ブログなどで比較的に簡単に個人が情報を発信できるようになったので、なおいっそうそうした能力は求められると思うし、また、その能力育成のための機会も容易に得られるようになったと思う。多くの優れた学者の論説文もネット上で容易に読めるようになったし、また、語学力さえあれば、自室にいながらにして世界中の著名な科学者、学者の論文も読むことができるようになった。一昔に比べれば、翻訳ソフトなども充実して、語学能力の育成もやりやすくなったと思う。


蛇足ながら、私自身は文章を書くときに注意すべきこととしては、次のようなことを心がけるようにしている。それは、思考の三要素として、「概念」「判断」「推理」の三つの項目にできうるかぎり注意して書くことである。


「概念」とは、一つ一つの用語を正確にして、それぞれの言葉の意味をはっきりさせることであり、

「判断」とは、一文一文の「主語=述語」の対応が正確であるか「何が何だ」をはっきり自覚することであり、

「推理」とは要するに、文と文のつながりのことであり、接続詞や副詞などが正確に使われて、一文一文に示された判断が、論理的な飛躍や誤りがなく、必然的に展開されているか確認することである。

そんなことを検討し反省しながら書くようにしている。しかし、文章を書く上でこんな基本的なことも今の学校では教えられていないのではないだろうか。

なかなか、理想どおりにそれを十二分に実行できずに、現実にはご覧のような悪文、駄文になってしまっているのは残念であるにしても、これからも引き続き改善してゆくべき課題であると思っている。

今日の記事も、また、「教育の再生」や「国家の再生」といった大げさな標題を掲げてしまったけれども、多くの人がブログなどを書いてゆくなかで、「言語による読み書きできる能力」、、、いわゆるリテラシーを高めてゆくのに、こんなブログの記事でも、少しでも役に立てば幸いだと思っている。

 

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