風のささやき 俳句のblog

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詩や短歌も掲載しています

沖合いで 【詩】

2019年10月31日 | 

「沖合いで」

気がついたら小船に乗っていた
遠ざかる港
もう帰れない潮流に流されて

街の灯りが滲んで見える
今は懐かしくも思えるけれど
僕はその住人では
なかったみたいだ

僕が吸っていい空気はなかった
不安が足音もなくついてまわった
すれ違う視線が針のように肌に刺さる
ヤマアラシのようになって
無理に笑った
気がついたら一人
漕ぎ出していた

光の差さない黒い水面
どれぐらいの黒い絵の具を溶かし込んで
こんなに黒くしたのだろうと思う位に
意地の悪い潮風はうなっている

助けを求めているわけではない
ただ今さらながら誰かと
繋がっていたいのだと思う
それが素直な気持ちだったと
沖合に流されて分かる
モールス信号のように
闇夜に向かって言葉を放つ

僕はここにいる
僕しかそれを知らないけれど
僕はここにいる
波間に揺られている
この胸は確かに震えている

僕はこのまま 潮流に乗って
遠い海原に流されて行く
届けたい言葉はきっと
海の藻屑と消えた

耳に聞こえる 返信はなくて
言葉を送り出した舌先だけが
ヒリヒリとまだ痛む
結局はすべてが 心の空騒ぎ

空にはまたたいている星
あんなにも遠いところの光が
見上げる胸に届き
誇り高くあれと心揺さぶる

せめてこのまま
その星のまたたきに
見つめ続けられることを願う
漕ぎ出してしまえば
もう帰りつけない
海図なき夜の海の漂流を


過ぎる日々身投げバッタの飛べぬさま 【季語:バッタ】

2019年10月26日 | 俳句:秋 動物
近道をしようと
とある駐車場の中を横切っていたら
歩く先に殿様バッタがいることに気が付きました

バッタは僕が近づくのに
逃げる気配もありません

そうして指先で触れてみると
よろよろとは動くのですが
もう跳ねる力も無い程に
体の力が弱っているようです

そこは人の他にも
自転車や自動車も通るところ
まるで踏まれようとして
その場所に居座っているようで

僕はバッタの意志に任せて
その場を歩き去りました

秋の火守り 【詩】

2019年10月24日 | 
「秋の火守り」

ようやく白い煙が立ち上ってきた
どこまで燃え上がっていいものかわからず
まだおずおずとしている炎を
そっと誘い出すように手の枝を動かす

今朝の雨に濡れて
乾いていない薪が燃えまいとする
自分だけは大丈夫なのだと信じるその思いにも
炎は容赦なく襲いかかり
抵抗は無駄な試みであったと
赤い炎の舌が意地悪げに伝えている

炎に風が通ると燃え上がる
そこには確かに風の通る道がある
人の目には見えない一筋の道
その道に沿って炎が燃える
風の道を作り出そうと薪を動かすと
風が手に懐いてくる

炭になった薪は夕日のように赤く
顔が音も無く焼け焦げる
いつの間にか胸には
また懐かしい静けさが戻っている

とても満たされた人の根元にある静けさ
生きてあることの充足
それは胸にただ感じ取ることができるもの
語り継ぐ術も無い炎の温もりと似ている

薪は炭へと姿を変えて
炭はやがて真っ白な灰になる
何の形状も留めずに混ざり合ったものたちが
仲良く炎の中に横たわっている
空に消えて行く煙だけが
その余韻として漂っているだけ

川のせせらぎがいつもよりも大きいようだ
昨日の雨はそんなにも降ったのだろうか
もう木の葉もだいぶ落ちて
秋は深まる歩調を一層に速めるのだろう

水楢の堂々たるや団栗をポッケにつめる育てたくもなり 【短歌】

2019年10月23日 | 短歌
ブナや楢の木などが生える
広葉樹林を歩きました

ちょうど紅葉も見頃で
林全体が薄い黄色に色づき
太陽の陽射しも降りてきて
とても明るい感じです

ところどころには
団栗が落ちていました

僕には木の種類の見分けがつかなかったのですが
一緒にいた人が詳しく
色々と教えてくれました

その中で大きな水楢の木が気に入り
その木の下に落ちていた団栗を拾いました

自分の家でも
こんな水楢の木を育ててみたいなという
単純な憧れからです

自分の家は庭もないマンションなので
とても大きく育てることはできないのですが
せめて芽を出せばうれしいなと思いつつ

ポケットに団栗をつめたときは
少し胸が高鳴っていました

蔦紅葉錆た鎖か門重し 【季語:蔦紅葉】

2019年10月19日 | 俳句:秋 植物
とある友人の家を訪れました

普段から手入れをしているのでしょうか
見事な蔦が壁や門扉にからみつき
とても洒落た感じに見えます

以前僕も蔦の絡まる家に憧れ
ベランダの柵に蔦を這わせようと
試みたことがあったのですが
うまく育ってくれることはありませんでした

そんなことがあったからでしょうか
ちょっと羨望が混じった気持ちで
その家の門を押したのですが

紅く色づき始めた蔦は
まるで錆びている鎖のようにも見えて
心なしか門が少し重たく感じられました

秋のベンチに 【詩】

2019年10月17日 | 
「秋のベンチに」

あなたの肩にそっと 秋の陽射しが手を伸ばしている
まるで背後から 優しくあなたを抱き締めているように
その透明な 腕のしなやかさと比べると
僕の腕はあまりにも 節ばっているから
僕はおずおずと こぶしを握り締めて
膝の上に 手をそっと納めている

あなたの瞳が 時折きらきらと光るのは
どこかの小川のせせらぎが そこに宿っているからだと
僕は不思議な思いがして ずっと覗き込んでしまう
それをあなたは訝しく感じて 笑い出すから
僕は ぶっきらぼうな様子で空を眺めてみる

空の高い処の青さに 唇を当てていると
その薄い色合いが まるで草笛のように
独りでに 僕の胸を震えさせるのが分かる
僕のどこに そんなものが潜んでいたのかと
自分でも 驚くばかりの高鳴りさえも

吸い込んで静かな 空の広さ
何を物差しに 図ればいいのだろう
しいて言うならば 雲一つ 雲二つ と
けれど雲は 悪戯に姿を変えるから
何の尺度にも ならなくて

呆れ返って 見渡す木立は
秋の気配に うっとりとしきって
僕の視線の 絡まる余地があまりにも少ないから

僕は目線を また
あなたの方へと 注いで
あなたの黒髪が まだ
陽射しに抱かれていることを 確かめてみる

端から見れば 秋の午後にただ
陽射しを楽しんで 座っている二人

どこにでもある 風景の一こまだけれど
あなたが僕の 傍らに息づき
当たり前のように 僕とベンチにあることが嬉しい

それで僕は 平和な気持ちになって
青空を ゆっくりと眺めていられるんだ

肌を吹く風が カシミアのように優しく
僕は肌の感覚と 穏やかな気分とに身を任せるだけ
何の強がりも言い訳も 言う必要もないから
ただこうして 黙って座っているんだ

ああ 時間がほんとうに ゆっくりだ

秋の夜古きアルバム眺め見る戻らぬ人との時間埋める 【短歌】

2019年10月16日 | 短歌
子供たちが戻ったので
それに合わせて東京の家も
レイアウト変更をしました

家具や荷物を動かしたりしたのですが
普段はしまってあって
目にすることのない
アルバムも出てきました

子供たちが寝静まった後
一人それを眺めたりしたのですが

若い時の自分や
亡き母の写真もあって
懐かしい気持ちで満たされていました

久しぶりに母との思い出が頭を過り
母を身近に感じることができました

銀杏の臭いにまみれバスを待つ 【季語:銀杏】

2019年10月12日 | 俳句:秋 植物
先日免許を更新しに出かけました

普段車にはあまり乗らないせいもあるのですが
幸い事故や駐車違反も起こしたことがなく
優良ドライバーということで
近くの警察署で更新ができました

一時間もしないうちに免許の交付を受け
帰りのバスを待っていたのですが
道路沿いには銀杏の並木
そうしてたわわに実ったぎんなんが
道に落ちて異臭をたてています

バスはもう10分位遅れていて
いつ来るともわかりません
その場を離れることもできず
ぎんなんの臭いに顔をしかめながら
バスを待っていました

秋の温泉宿で 【詩】

2019年10月10日 | 
「秋の温泉宿で」

○すすき

白いお湯の中では
すすきは頭をもたげている
首筋を伸ばして青空に手を振っている

ほんとうは天に向って伸びて行きたいのだろうに
その意気地が秋の気配にくじかれて

お湯の奥底にだけ
すすきのほんとうの気持ちが淀んだままだ

 ○川の瀬

流れが岩を乗り越えるときにきらりと光る
そうしてするりと乗り越えて行く
流れは岩を乗り越えることを楽しんでいるようだ

僕も苦しみを乗り越えるごとに
明るく光れればいいのに

 ○赤とんぼ

柵の上に止まって
僕と向かい合っている赤とんぼ
複眼のお前の目の中には
一体何人の僕がいる

その内のどれがほんとうの僕だろう
お前が言葉を持つものなら
頭を下げて教えを請いたい

 ○ブナの林

ブナの葉の間から零れ落ちてくる太陽の陽射しは柔らかい
まぶしいことがうれしく思える

 ○黒い蝿

突然空から落ちてきて
白い湯船に沈んだ黒い蝿
吊るされた裸電球の光に
目がくらんでしまったのだろうか
思いもしない操縦ミスの失速

僕はお前を救い出そうと
少し湯船をかき回してみるも

秋にありバッハの音を響かせる子供の去った部屋しんとして 【短歌】

2019年10月09日 | 短歌
平日家に帰ってくると
子供のいなくなった部屋は
あまりにも静かに感じられます

その静けさを埋めようと
ここのところはCDをかけています

今までは子供に壊されるので
部屋の片隅に隠していたものを
引っ張り出してきたものです

ここのところは
グレン・グールド演奏の
バッハのゴールドベルグ変奏曲を聴いています

ギターでもバッハを弾く機会があったせいか
とても耳ざわり良く感じています