風のささやき 俳句のblog

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古い家で 【詩】

2024年08月15日 | 

「古い家で」

その古い家は、高い所に咲いた
ノウゼンカズラが迎えてくれた
その橙色のアーチを潜り

靴を脱いで、夏の足跡もそこまではついてこられない
ひんやりとした土間には
笑っているおばあさんがいた

その皺の間に悲しみや寂しさ織り込んで
優しい言葉だけが残った
柔らかい方言が耳に心地よかった

飾られたご先祖様たちの写真から
茶飲み話のような穏やかな
ひそひそ声も聞こえてくるようで

さっきまで、裏のおじいさんが自転車で来ていた
そのままになった、梅干やら、茄子漬
僕の苦手なラッキョウも残っていた
まだ温もり残す茶碗には温かな話の名残が
漂っているようだった

僕はサイダーをご馳走になって
おばあさんの話しを聞いて、聞かれるがまま、学校の話などをする
それが楽しい話なのかどうか
けれど、興味深そうに話を聞いてくれる
頷きに僕も、もう少し話をしたくなって

その家は蚕を飼っていた
繭を手に取り、興味深そうに見る僕に
その中がどうなっているのか
鋏で開いて見せてくれた
手の上に載せられた小さな蛹
幼虫から蛹へ、繭の中の薄明りに眠り
やがて成虫になる、その予兆と変容の間の、身を護る鎧

僕も大人になること、大人たちの繭に
護られていたことは、後ほどに分かること
その繭は、いつも応援する声に満ちていた
僕はその繭玉に育まれていた
今でもその声が僕に、力をくれている気がする
背中を支えてくれる

もう顔を出しても
覚えていてくれる人もいない古い家
僕がもらった無償の、応援の声と一緒に
思い出す、そのノウゼンカズラが迎えてくれた
家の門構え

僕も、今では、背中押す側に、なれているのかしら
その応援を、君たちに、その先へとつなげて行きたい

 


夏休み 【詩】

2024年08月01日 | 

「夏休み」

農作業を終えた昼間、朝から今日も暑かった
皆は昼寝、眠気を知らない、子供の僕は
退屈のあまりに蝉を取りに行く
近くの神社の参道、年老いた背の高い
杉の木のうっそうとしたところ

いつの間にか油蝉と、太い幹との
色の区別もつくようになって、そっと網を伸ばす
鳴き止んでしずかに、飛び立とうとする
網と蝉とのせめぎ合い、僕の野球帽には汗が
滴り、一夏で、駄目になりそうな帽子よ
僕はそれだけ、走って息を切らした、体はそれを求めていた

蝉の幼虫は毎夕、誰が教えるともなく
土の中から這い出してきて
例えば、桑の葉の裏につかまり動かなくなり
やがてひび割れる背中から
立ちあがる、青白い柔からな生き物の
命の限りの鳴き声を、僕は捕まえに行くのだ

水路には水草、僕が走ると
ドジョウが逃げた、たがめやアメンボ
蝉よりもそちらが面白くなって
足を、その流れに託した
土を浚って、ヤゴを手に乗せた
これが蜻蛉に変わるなんて、その変容の不思議

人は、目に見えて脱皮はしない
けれど日々に生まれ変わりたい
僕もいつかは、姿を変えて
空を羽ばたくのかしらと
そう思えていたのは、遠い夏の日

そんな素直に、自分が羽ばたく姿を
思い描くことが出来なくなった
それは、空を見上げて、飛んでいく力を、心が
失ってしまったからなのかも知れない
でも、僕はまだ憧れ、羽ばたける日のことを思っている

祖父の手にしていた、アヤメの葉につかまって
生まれたてたシオカラトンボが
柔らかい乳白色から、色を変えて空に飛び立った
夏の朝の陽射し、その不思議、真似ようと
今でも胸には、秘めるものがある


橋の上【詩】

2024年07月25日 | 

「橋の上」

写しとったそばから
川は遠くへ流しさる
そのおもての風景を

岸辺の古い教会
川を横切る白い鳥
重そうな貨物列車も
そのおもてにはとどまれない

橋の上から映して見る
僕の顔はゆがみ
正体のないままに流れてゆく

キラキラとキラキラと
底の方で何かが
輝いているのはわかるのだが


旅の終わりに【詩】

2024年07月18日 | 

「旅の終わりに」

窓辺にはローズマリーの青い花
 その額縁から三日月がのぞき
  仄かに顔を照らされて こんな夜
   あなたのこと思っているよと
    寂しい唇の独り言

まだ口どけのよい夢を見ていた
  夏の夜 白いシーツをしっかりとつかみ
   見ず知らずの夢に踏み込む ときめき

白い巻貝の回廊を
 ラベンダーの花をたずさえて
  上ってゆく夢の中で
   あなたに出会った

古びた海の家の思い出
 バックを抱えた旅人は
  繰り返し寄せる温かな波に
   しょっぱい後悔をあずけた
    海の底深く沈めてくれればいいと

波の音が繰り返すのは
 その後悔をまた僕に返そうとするからか
  いらないと言うのに
   いつまでもしつこくつきまとう

空は鴎を縫いつけて
 いつまでも浮いている白い翼
  僕の目指した灯台は
   岬の先に一人ぼっちの大男のように
    寂しげに 海を眺めていた

旅に出たことの意味も失いかけて
 茫々とした潮風に吹かれ
  あなたの胸にまた眠ることを祈った

なぜいつもあなたは
 微笑を絶やさずにいられるの
  あなたの面影は
   旅する鞄にしのばせる栞

真っ白な手帳のページに
 旅の一言をしたためる
  あなたの胸に届けるための
   長い旅の遍歴を
    文字で埋め尽くそうと

あなたに会うことを
 恥じない心持になれたのなら
  すっかりと陽に焼けて
   乾いた草の香りがして
    あなたに声をかける
     もう ためらわない

あなたはその時
 夢と寸分違わぬ笑顔で
  僕を迎えてくれますか

あなたに戻るために
 旅に出ました
  あなたを愛おしむために
   旅に彷徨いましたと
    跪いて あなたに
     心から告げる


薔薇園の印象【詩】

2024年07月11日 | 

「薔薇園の印象」

重ねる花びらの奥に
秘めた色彩を隠し切れず
太陽にさらけ出す薔薇よ

朝露に濡れた赤や黄色の
花園の甘さに
蜜蜂たちは満足して
その一生を終える

何を待ちわび じらすように
ゆっくりと花びらを落とす
花占いの少女のように
夢見心地に 一枚 一枚

きっと君たちの
芳しき言葉を
天使たちが聞いている
君たちをやがて摘み取り
天の間を飾ろうとして

その日までの純潔
いばらの鎖に身を固め
差し伸べる僕らの指先には
軽い痛みの血を流すのだ

そ知らぬ顔の可憐さに
夢見心地で
いつまでも空を見上げて


沖合へ【詩】

2024年06月27日 | 

「沖合へ」

こぎ出したのは
北極星の輝く海だった


海原は軽く頭をもたげ
進めてゆく
オールもない僕らの
小さな舟を
暗い闇に
つつまれたままの
遠い沖合へ

月影がかなでる
水面の音楽の静けさに
時折は振り返る海岸線
かすかに
またたく街の明かりを送り
灯台はたむけに
光りの花束を投げてくる

それすらも
もう届かない
僕らは
見ず知らずの所へ
向かうのだと
語ろうとする
僕の唇をふさぐように
あなたの瞳は
語りかけてくる
夜空燃え尽きた
短い命の星を映して
(いく千もの費やされる
 言葉以上の言葉で)

行くあては
夜風さえも知らない
繰り返して歌う
波の音を聞きながら
その波間にかいま見る
不安と希望とを二つ
僕らもまた胸に宿して

高ぶる気持ちに
あなたの頭を胸に
長い髪に
隠れた耳元には囁きを

明日は南へ
暖かい
やしの葉が揺れる
白い砂浜へと
ただよう舟を
届かせよう 


思いに重なるために【詩】

2024年06月20日 | 

「思いに重なるために」

風がそっと心に
あの人の面影を置いていった

随分と ご無沙汰ねと言うように
その人の長い黒髪がなびいて
その人の甘い香りがした

いつでもその人は笑っていた
今でも向日葵のような
野原にひときわ明るい笑顔かしら
それは僕の導だった

少しの間 忘れたふりを
していたかっただけ
離してしまった悔いが
ずっと棘のようにチクチクと苛んだから

けれど 閉じた心のページには
あなたの栞をしっかりと
はさんでいたよ

その腕に包まれたときに
自分が大事な贈り物だとさえ思えた
怯えた心に震えがなくなった
死んでもいいと自棄になる心の
愚かさを知った

それから
長い時間を一人歩いて
あなたの胸に
抱きしめられた幸いに
改めて気がつく

人は感じ取れないものを
確かに胸に受け止めるために
どれだけの回り道を
しなければいけないのだろう
もう思い出の中でも
その胸に帰ることはできないけれど

共にあったありがたさを
忘れることはできない
胸に刻まれたあなたがくれたこと
その深い愛情を
全て感じ取れるように
僕はまた歩を進める


籠の中の小鳥【詩】

2024年06月06日 | 

「籠の中の小鳥」

籠の中の小鳥は寂しい
持って生まれた羽で
力いっぱい
羽ばたくことができない
夕陽を追いかけて
飛ぶこともできない

一人歌う可愛らしい朝の歌
一緒に囀ることを知らない
籠の中の小鳥は哀れだ
歌声の音符を
青空にまき散らす楽しさを知らない
歌声に歌声が
響きあうことを知らない

籠の中の小鳥の瞳が映す
見慣れた飼い主の姿
蜜あつめに忙しい蜂を
見たことがあるだろうか
天がける虹の七色を
見たことがあるだろうか

籠の中の小鳥の
唯一の遊び相手は鈴
花とも虫とも遊ばない
風や雲とも戯れず

籠の中の小鳥は
一人ぼっちで籠の中

けれど空の小鳥は
空の小鳥で苦しくて

風を受けて痛む羽根
冷たい雨は沁み込んで来る
安心して眠れない夜の闇が
どれぐらい暗くて恐ろしいものか

籠の中の小鳥は暖かく安心な夜を眠るのに

一人ぼっちで空飛ぶ小鳥は
果てのない広さに戸惑うばかり
口ずさむ歌は時として
不安を告げる悲鳴であったり

きっとどの小鳥も
苦しくて 寂しくて
どの小鳥にも
楽しみが与えられていて

そうして目の前の
小さな籠の中の小鳥
朝日の中で僕を見上げるお前に
素直に湧いてくる
愛情を注ぐことにしよう