馬糞風リターンズ

世ノ中ハ何ノヘチマトオモヘドモタダブラリト下ツテモオラレズ

地名・あまり(地名の話4)

2009年08月11日 | 地名・地誌
 山梨県韮崎市に県立公園「甘利山」があります。
甘利山は、つつじの名所でまた手頃なトレッキングが楽しめる人気の所だそうです。
http://amariyamaclub.or.tv/

この山のふもとの集落に行きますと、甘利小学校(廃校)、農協甘利支所、甘利沢、甘利神社・・と正に「甘利」の大安売りです。
この「甘利」は地名を負っているのです。
この付近は、古代には高句麗からの渡来人が多く住んだところで、後の高麗郡(巨麻郡)と呼ばれた所です。
この高麗郡の一角、塩川と釜無川が合流する当たりを古代には「アマリベノゴウ」と呼ばれていました。(和名抄:甲斐国巨麻郡余戸郷)
律令制では、国、郡、郷(里)と地方行政制度がとられていました。
その内、郷(里)は、原則として50戸を以て1つの郷を編成しました。
所が、山間僻地ではこの原則が満たされることがなく郷が編成されることがありました。正に文字通り「余った戸」で編成された郷ができたわけです。
余戸は「アマリ」「アマリベ」「アマベ」などと呼ばれていました。
高架橋で知られる「アマルべ」も同じ由来の地名です。(但馬国城崎郡餘部郷)
和名抄には「33カ国、102郡」に「余戸」が散見されます。
地名としては、多い方に分類されるものです。
そして、その「アマリ」「アマリメ」「アマリベ」などの地名を氏族名にするものが現れました。
 但馬記には、余戸氏の存在を記しています。同記には「紀伊国海部郡、日高郡、安房国板野郡に余戸郷有り。余戸氏此処より起こる・・」
余目(アマリメ)は、余戸郷より起こり、その地名を負う、とあります。
余目は余部が訛ったのもで、陸前の余目、余部が有力であったようです。
甲斐国甘利荘と云う記録があり、この地名を負ったのが「甘利氏」なのでしょう。




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