馬糞風リターンズ

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1・17「今月今夜のこの月を・・・」

2019年01月17日 | 大衆演芸
今日は1・17阪神淡路大震災24年目のメモリアル・ディーです。そんな日に不謹慎を承知で「金色夜叉」のことを書きます。
 「一月十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処で此の月を見るのだか! 再来年の今月今夜……十年後の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になったらば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇ったらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のように泣いて居ると思ってくれ」尾崎紅葉の小説「金色夜叉」の熱海の海岸での一節です。映画・演劇でも有名な場面です。僕の子供の頃には漫才のネタでもありました。
ミス・ワカナ 玉松一郎の漫才が有名ですが、僕らの子供の頃は中田ダイマル・ラケットが書生節と言われる「金色夜叉」の歌をネタにしたものでした。
 「金色夜叉」の歌は大正7年(1918)に、後藤紫雲・宮島郁芳という2人の演歌師によって作られたそうです。当時(大正・昭和)の演歌師はバイオリンを伴奏として流していたようです。漫才では「熱海の海岸散歩する~・・」と片方が歌うと相方が口演奏で「ギィヤギィヤ・・」と口でバイオリンの伴奏を入れるのですが、そのタイミングや声の大きさ、テンポなどの食い違いで爆笑を呼ぶまさに名人芸でした。
多くの人(多分)は小説「金色夜叉」を読んだことが無いと思うのですが、このような大衆演芸などでそのストーリーを知ったものです。「婦系図」の湯島の白梅「早瀬 月は晴れても心は暗闇だ。…………お蔦 切れるの別れるのって、そんな事は芸者の時に云うものよ。……私にゃ死ねと云って下さい」「不如帰」の浪子が「あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ! 千年も万年も生きたいわ!」などなど小説を読まなくてもこうした漫才・講談・浪曲などの大衆演劇でその知識を得ていました。

1 (男女)
  熱海の海岸散歩する
  貫一お宮の二人連れ
  共に歩むも今日限り
  共に語るも今日限り

2 (男)
  僕が学校おわるまで
  何故に宮さん待たなんだ
  夫に不足が出来たのか
  さもなきゃお金が欲しいのか

3 (女)
  夫に不足はないけれど
  あなたを洋行さすがため
  父母の教えに従いて
  富山一家に嫁かん

4 (男)
  如何に宮さん貫一は
  これでも一個の男子なり
  理想の妻を金に替え
  洋行するよな僕じゃない

5 (男)
  宮さん必ず来年の
  今月今夜のこの月は
  僕の涙でくもらせて
  見せるよ男子の意気地から

6 (女)
  ダイヤモンドに目がくれて
  乗ってはならぬ玉の輿
  人は身持ちが第一よ
  お金はこの世のまわりもの

7 (男女)
  恋に破れし貫一は
  すがるお宮をつきはなし
  無念の涙はらはらと
  残る渚に月淋し
僕が「金色夜叉」を読んだ記憶は、今高三年の時、遅刻したので学校に入るのが億劫になり、あみだ池の大阪市立中央図書館での事だと思っていました。今日、改めて蔵書を引っ張り出すと裏表紙の「昭和43年4月。桑名市明文堂」とメモ書きがあるところを見ると社会人になってからのようでした。

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