フクロウは夕暮れに

接触場面研究の個人備忘録です

Kurt Vonnegut Jr, Mother Night

2009-10-13 23:35:32 | my library
Kurt Vonnegut Jr, Mother Night. New York, New York: Dell Publisher, 16版 April 1980. $1.95

今年の夏休みに遊んだオーストリアにはこの本を持って行った。以前に書いたように、アメリカ留学の後、初めて訪れたヨーロッパにも持って行ったから、この本は2度ヨーロッパを旅したことになる。ペーパーバックなのですっかり黄ばんでしまっているが、とにかく軽いのと、ヨーロッパとアメリカの関係を考えるときにいつも思い出す本なので、今回も持って行き、ゆっくり最後まで読んでみた。初版は1961年。買ったのはきっと1979年に登場したばかりの村上春樹が口にした作家の1人だったからだ。

以前に触れたときにはドレスデンでアメリカ軍の無差別攻撃に遭ったアメリカ人の物語と書いたのだが、その記憶は正しくなかったようだ。経験したのはボネガットで、主人公ではない。ただし、Resiという後半で重要な役回りを果たすことになるロシアで行方不明になった主人公の妻の妹が無差別爆弾を経験したことになっている。

主人公はHoward W. Campbellという名前のドイツ育ちのアメリカ人。彼はもと舞台の脚本家だったが、ナチス時代にドイツの英語放送でナチスの宣伝広報を担当した罪で、帰国したニューヨークで捕らえられ、エルサレムで服役しながら、自分の罪を告白する書き物を綴っているというのが、小説の設定だ。こう書いただけでも、ナチス=悪、アメリカ=正義といった単純な構図からかけ離れたところで書かれたことがわかるだろう。詳しいストーリーは書かないが、ボネガットらしい、権力からも人生からも疎外されたというか、栄養分をもぎ取られてしまったというか、あるいはただただ途方に暮れたというか、そんな負荷感を持った文体で、戦争という大声で至る所から正義が叫ばれる中に主人公を翻弄させながら、それでも、なにか倫理のようなもの、公言すれば笑われるような、なんともみすぼらしくプライベートな心のわずかな振動を書き留めさせようとする、そんな話なのだと思う。

彼の文体の負荷感からは時代とサシで向かっている孤独が感じられる。たとえば安部公房のような。ノーベル賞委員会はきっとリストにも入れなかったかもしれないが、ぼくにとっては傑作だ。
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