かつて、世界の注目を浴びたレースカテゴリーがありました。
「Can-Am」
Can-Amというのは「カナディアン・アメリカン・チャレンジカップ」の略。SCCA(スポーツカー・クラブ・オブ・アメリカ)が1966年から1974年までオーガナイズドしていた排気量無制限のグループ7レーシングカーによる戦い。排気量無制限とあって数々のモンスターが活躍した人気のカテゴリーでした。
このカンナムで活躍したレースカーといえば、まず現代のF1でも有力なコンストラクターとして存在している「マクラーレン」。
そして多くのカテゴリーに市販レーサーを数多くリリースしている「ローラ」。
「フェラーリ」や「ポルシェ」もワークスマシンを送り込んでいました。
そしてその中に「シャパラル」という名の純アメリカンメイドのレースカーがありました。本日紹介するのはHot Wheels「シャパラル 2」です。
テキサス在住のレーシングドライバー、ジム・ホールが世に送り出した「シャパラル」。現代に伝えられている高い評価の源といえば、それは巨大なウイングを用いることで空力をレースカーのスタビリティ向上に積極的に利用した、最初のコンストラクターというものが主でしょう。
ジム・ホールはまずコンベンショナルなFR+チューブラースペースフレームのオリジナルレースカー、シャパラル1を製作しカンナムの前身ともなったUSRRC(ユナイテッド・ステーツ・ロードレース・オブ・チャンピオンズ)に送り込みました。
しかし、シャパラルがその名声を高めるきっかけとなったのは「シャパラル 2」の登場がきっかけだした。このレースカーが関係者を驚かせた最大の要因、それはロータスのコーリン・チャプマンが先鞭をつけたモノコック・シャシー+ミドシップというレイアウトを初めてスポーツ・レーシングカーに持ち込んだということでした。
同じく2Aの途中で見せたGMをバックにした軽量かつパワフルなオールアルミV8の投入。
裏技中の裏技というべきレース専用オートマチックミッションなど、アグレッシブでラジカルなトライを積極的に行いながらも、抜群の強さを見せたという事実もまたシャパラルの名声を後世に残す上での大きな動機となりました。
通常、こうした新しもの好きなコンストラクターのチャレンジは計画倒れになる例が多い。しかし、シャパラルは最新の独自理論を導入しながらもしっかりと結果を残しました。これが「シャパラル伝説」の真骨頂なのです。