1年ぶりのシネマライズにて。
物語は93年の夏から始まる。カレンダーの赤の×印は、「する日」らしい。木村多江の律儀な妻が書いたもので、疲れているリリーフランキー演ずるカナオはどうにかかわそうとする。その会話が妙に生々しくてリアル。アパートのお隣を覗いてるような。まあなんでこの二人が一緒になったのかなぁって、?マークが頭に浮かぶ。
いい加減男なのにカナオは、なぜか法廷画家になってしまう。現実に起きた事件をモチーフにした被告人たちが登場してきて、一瞬ギョッとするのだけれど、それをカナオは淡々と見つめ描いていく。途中途中に登場する翔子の兄も、バブルの成金みたいな奴で時代を象徴した存在みたいで。気持ち悪い時代だなと。書店のイベントで白人の作家に嬉々として、「本当の優しさに出会えました」いう女たち。気持ち悪い。
一方、翔子は流産を経験してから徐々に心身のバランスを崩していく。仕事を辞めた彼女とカナオが台風の夜、対峙するシーンはなかなか。感情をぶつけられたリリーフランキーがそれを柔らかく包み込む感じが、ああ夫婦っていいなって。やっぱりこの二人だからやってこれたんだって。木村多江って、不幸役の似合う女優っていうイメージがあるけど、絵を再び描き始めたあとの表情がとてもさわやかで印象的だった。
最近読んだ内田樹の本に「親子や夫婦の関係の本当の価値は、『楽しい時代』にどれほどハッピーだったかではなく、『あまりぱっとしない時代』にどう支え合ったかに基づいて考量される」とありました。たぶん、この夫婦はその本当の価値のある関係なのでしょう。
物語は93年の夏から始まる。カレンダーの赤の×印は、「する日」らしい。木村多江の律儀な妻が書いたもので、疲れているリリーフランキー演ずるカナオはどうにかかわそうとする。その会話が妙に生々しくてリアル。アパートのお隣を覗いてるような。まあなんでこの二人が一緒になったのかなぁって、?マークが頭に浮かぶ。
いい加減男なのにカナオは、なぜか法廷画家になってしまう。現実に起きた事件をモチーフにした被告人たちが登場してきて、一瞬ギョッとするのだけれど、それをカナオは淡々と見つめ描いていく。途中途中に登場する翔子の兄も、バブルの成金みたいな奴で時代を象徴した存在みたいで。気持ち悪い時代だなと。書店のイベントで白人の作家に嬉々として、「本当の優しさに出会えました」いう女たち。気持ち悪い。
一方、翔子は流産を経験してから徐々に心身のバランスを崩していく。仕事を辞めた彼女とカナオが台風の夜、対峙するシーンはなかなか。感情をぶつけられたリリーフランキーがそれを柔らかく包み込む感じが、ああ夫婦っていいなって。やっぱりこの二人だからやってこれたんだって。木村多江って、不幸役の似合う女優っていうイメージがあるけど、絵を再び描き始めたあとの表情がとてもさわやかで印象的だった。
最近読んだ内田樹の本に「親子や夫婦の関係の本当の価値は、『楽しい時代』にどれほどハッピーだったかではなく、『あまりぱっとしない時代』にどう支え合ったかに基づいて考量される」とありました。たぶん、この夫婦はその本当の価値のある関係なのでしょう。