今、新しくお店をリニューアルしているところです。何人もの人から、メニューが見れないとお言葉いただき、申し訳ありません。メニューは今までのものも受け付けておりますので、お気軽にお声かけくださいませ。
今後は、屋久島杉を使ったもの、キリスト意識の入ったものなど、パワーストーンにも力を入れて行きたいと思っております。宜しくお願いいたします。
さて、この間、長い間言いたくて言えなかった、水子さん、堕胎児のことについて、書かせていただきました。
正直、読んで、ご自分にも当てはまる・・と思った方も少なからずいらっしゃると思います。もし御心が痛んだということであれば、申し訳ありませんでした。
もう少し、水子さんということについて言及しますと、
例えば、望まない妊娠(乱暴された、事故のようなことによって)という場合は、わたしは仕方がないと思うのです。
でも、いずれにしても、しっかりとした供養と、気持が必要になります。
なぜ今、このようなことを書くか・・というと、一度お腹に入ってくれた子が天に帰った後、また会いに来てくれたという話が、実家にあったからです。
わたしには、弟との間に、もう一人、ひかりちゃんという子がいます。
母がひかりちゃんを宿していた頃、クリスマスの日に、母が道路を歩いていて、コツンと何かにつまづいた時、とっても嫌な感覚がしたそうです。
その後、病院に行くと、もうお腹の中でひかりちゃんは亡くなっていました。
その時の母の哀しみは、耐えがたいほどだったと、母から聞いています。
そして、何年か経ち、ある春の日の夜、父がふと、夜中に目を覚まし、布団に座ったそうです。
すると、隣の部屋から、ボウッ・・と光の玉が見えたそうです。
その光の玉が大きくなり、父は、直観的に、ひかりちゃんだと思ったそうです。
ひかりちゃんは、座っている父に向かい、光の玉をポーンと投げてきたそうです。
父は、優しくその球を受け取ると、またひかりちゃんにポーンと返したそうです。
何回か、その親子のキャッチボールが続き、ひかりちゃんは消えたそうです。
ひかりちゃんは、父に遊んで欲しくて、元気だと知って欲しくて、会いに来たのですね。
父も、人間は生きとおしの命と知っていたので、嬉しかったと言います。
この文章を読んで、あなたは、水子は魂でも物質でもないもの・・と思われますか?
更に、その父も70歳を超え、今病気と闘っています。
子どもたちも大きくなり、結婚したりして、子供を授かろうとしています。
わたしは、この間ふとした拍子に、あることが降ってわいたように思い付きました。
ひかりちゃんが死んで、40年過ぎました。このくらいになると、輪廻転生として、また生まれ変わりとしてひかりちゃんは生まれ変わる。
そうだ。きっとひかりちゃんは、兄弟の中の誰かの子供になり、
父の腕にもう一度、抱かれることを願っているんだって。
それを知ったとき、涙がぶわっと出ました。だからきっと、そうなのだと思います。
それくらい、それほど、
こちらが思った以上に、名前のない子どもたちは、一度お腹に宿った子どもたちは、天からお母さん、お父さんのことを見ています。
ひかりちゃんは、わたしたちを護ってくれているのが良くわかります。
それは、父や母が、心からひかりちゃんを望み、愛し、哀しんだからです。
先祖供養も同じ。そして水子さんの供養も、同じ。同じ人間だから。
だから、簡単な物質的作業として、片付けてほしくないのです。
そして、気持があれば必ず、その心は届いています。
お腹の中に宿るということは、会いに来たということ。
お空の上から、あのお父さんとお母さんがいいって、選んで望んで、生まれてきたということ。お腹の中に入ったときから、生まれて来てるんですから。
そして、自然に還ってしまった場合、その魂は高級霊だといいます。
何回も生まれ変わりをして、最後にお母さんのお腹の中の記憶を体験して、終わる。と。
ひかりちゃんも高級霊だと思います。しかし、今回は父に会いに来てくれるのだと思っています。
知ってください。そして、悩む人がいたら、教えてあげてください。
人間は生きとおしであり、愛されている。それは、お腹に宿る魂も、全く同じ存在ということ。
宜しくお願いします。
今後は、屋久島杉を使ったもの、キリスト意識の入ったものなど、パワーストーンにも力を入れて行きたいと思っております。宜しくお願いいたします。
さて、この間、長い間言いたくて言えなかった、水子さん、堕胎児のことについて、書かせていただきました。
正直、読んで、ご自分にも当てはまる・・と思った方も少なからずいらっしゃると思います。もし御心が痛んだということであれば、申し訳ありませんでした。
もう少し、水子さんということについて言及しますと、
例えば、望まない妊娠(乱暴された、事故のようなことによって)という場合は、わたしは仕方がないと思うのです。
でも、いずれにしても、しっかりとした供養と、気持が必要になります。
なぜ今、このようなことを書くか・・というと、一度お腹に入ってくれた子が天に帰った後、また会いに来てくれたという話が、実家にあったからです。
わたしには、弟との間に、もう一人、ひかりちゃんという子がいます。
母がひかりちゃんを宿していた頃、クリスマスの日に、母が道路を歩いていて、コツンと何かにつまづいた時、とっても嫌な感覚がしたそうです。
その後、病院に行くと、もうお腹の中でひかりちゃんは亡くなっていました。
その時の母の哀しみは、耐えがたいほどだったと、母から聞いています。
そして、何年か経ち、ある春の日の夜、父がふと、夜中に目を覚まし、布団に座ったそうです。
すると、隣の部屋から、ボウッ・・と光の玉が見えたそうです。
その光の玉が大きくなり、父は、直観的に、ひかりちゃんだと思ったそうです。
ひかりちゃんは、座っている父に向かい、光の玉をポーンと投げてきたそうです。
父は、優しくその球を受け取ると、またひかりちゃんにポーンと返したそうです。
何回か、その親子のキャッチボールが続き、ひかりちゃんは消えたそうです。
ひかりちゃんは、父に遊んで欲しくて、元気だと知って欲しくて、会いに来たのですね。
父も、人間は生きとおしの命と知っていたので、嬉しかったと言います。
この文章を読んで、あなたは、水子は魂でも物質でもないもの・・と思われますか?
更に、その父も70歳を超え、今病気と闘っています。
子どもたちも大きくなり、結婚したりして、子供を授かろうとしています。
わたしは、この間ふとした拍子に、あることが降ってわいたように思い付きました。
ひかりちゃんが死んで、40年過ぎました。このくらいになると、輪廻転生として、また生まれ変わりとしてひかりちゃんは生まれ変わる。
そうだ。きっとひかりちゃんは、兄弟の中の誰かの子供になり、
父の腕にもう一度、抱かれることを願っているんだって。
それを知ったとき、涙がぶわっと出ました。だからきっと、そうなのだと思います。
それくらい、それほど、
こちらが思った以上に、名前のない子どもたちは、一度お腹に宿った子どもたちは、天からお母さん、お父さんのことを見ています。
ひかりちゃんは、わたしたちを護ってくれているのが良くわかります。
それは、父や母が、心からひかりちゃんを望み、愛し、哀しんだからです。
先祖供養も同じ。そして水子さんの供養も、同じ。同じ人間だから。
だから、簡単な物質的作業として、片付けてほしくないのです。
そして、気持があれば必ず、その心は届いています。
お腹の中に宿るということは、会いに来たということ。
お空の上から、あのお父さんとお母さんがいいって、選んで望んで、生まれてきたということ。お腹の中に入ったときから、生まれて来てるんですから。
そして、自然に還ってしまった場合、その魂は高級霊だといいます。
何回も生まれ変わりをして、最後にお母さんのお腹の中の記憶を体験して、終わる。と。
ひかりちゃんも高級霊だと思います。しかし、今回は父に会いに来てくれるのだと思っています。
知ってください。そして、悩む人がいたら、教えてあげてください。
人間は生きとおしであり、愛されている。それは、お腹に宿る魂も、全く同じ存在ということ。
宜しくお願いします。