水子供養と戒名のこと

時代とともに、お葬式の在り方、戒名の考え方にも色んな意見や変化があります。
水子供養のことなど、記事にしております。

わたしの夏休みの場所

2014-07-30 14:17:33 | スピリチュアル
夕方、家に子供が揃い、ささいなことで子供とぶつかる。
気持ちが暗くなり、さあ今から夕ご飯こしらえねば・・といった時、
玄関のドアが、ガタンと言った。

鍵がかかっていたから、もしかしたら泥棒みたいなのが、空いてないかとガタンとしたのかと、
すぐに鍵を開けて外を見る。

誰もいないし、門の鍵も内側からかかってるので、
泥棒のたぐいでは無さそうだ・・。

でも、なんでガタンと音がしたんだろ・・と、ぼーっとしてたら、
気持ち良い風が吹いた。
夕方だから、風も気持ちよく、そのまま玄関を抜けて、庭に出た。

空を見たら、それは綺麗な、薄水色の空に、いわし雲のような雲が
スーとなびいている。

胸から声がする。


「あなたの場所はここですよ。
そんな家の中じゃないですよー♪
もっと楽になりなさい。
そんな顔しないですよー^^」


優しい空が、連れ出してくれたのかな。

そうだね。
わたしだけじゃなく、みんなの空。

みんなの心の居場所は、いつでもある。待ってる。

我慢しなくていいんだね。

飛び出して、空を見上げるだけでも、しっかり受け止めてくれる。

今度からイライラしたら、空を見に、外に出よう。

わたしの夏休みは、空の中にある♪

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2014-07-29 09:51:37 | スピリチュアル
他人に対して、同情と理解は別物だと気付く。

同情は、飲まれることがある。
理解は、引っ張りあげることが出来ることもある。

同情は、情を同じにする。だから、はじめは良いけど、それだけでフェードアウトするか、
ともすれば同じ磁場から抜け出せなくなる。

理解は、同情から理解へと変化することもあるけど、
最終的に本人よりも本質を見据えることが出来るということだと思う。
わたしはそこを目指したい。

ただの世間話は楽しいし、そんな考えなくてもいいけど、
相談に関しては、深く聞いたうえで、理解する。
理解したうえで、自分に出来るアプローチをする。

その、理解するということは、
漫画を描くことでも、文章を書くことでも、表現方法において、
自分の中にあるものしか、出せないし、理解できない。

だから、日々の出来事の中の、不幸やイライラも、
その理解へと続く学びだと捉えると、
どれも意味があり、無駄が無い。

その悲しみや虚しさは、必ず人への理解になる。
そのトラウマや涙は、いつかきっと、他人の涙をふいてあげられる言葉になる。
楽しい思い出は簡単に忘れるけど、辛いことは覚えているのと同じく、
感動というのは楽しみだけではなく、悲しみも痛みも感動で、魂に刻まれる。


同情ではなく、
そうだね。わかるよ。って
言ってあげたい。

もっともっと、優しさを携えて強くなりたい。


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本当の優しさ

2014-07-25 09:51:58 | スピリチュアル
昔から、性格的に優しい優しいと言われて来た。

でも、2年前までのわたしの優しさは、最近になって、保身のための偽りの優しさも、中にはあったと思える。
嫌われたくなくて、良い人と思われたかったのもある。

最近解ってきたのが、
優しさには2通りあって、
強い優しさ、弱い優しさがあると思う。

弱い優しさは、ただただ優しい。
そして、自分は犠牲になってもいいという思いも入る。
自己犠牲は、飲まれてしまう。今で言う、エネルギーバスターと引き合うこともある。
今は、その傾向が顕著になってきている。
でも、そこに気付いて、その人が、もともと持っている優しさを
強い優しさに変えようと設定すると、
人を幸せに導く力になる。


人を引き上げるには、
まず自分が立っていなければならない。
そして、立つだけではなく、手にかかる負荷にも耐えられる
力と強さと自立が必要。
丹田に力を入れ、優しさやエネルギーを、抜き取って利用しようとして近づくものを排除する勇気。

優しいだけでは、
気弱な善人では、

もしそれで人のためになりたいと思っているのであれば、
それでは危い。

そこに強さを。
人のもともと持っている神聖なるものを信じた上で、
現象的な悪に対しては、迎合せず真っ向として睨む強さを。

その上での優しさは、
自分も他人も幸せにすることが出来ると思う。

そこを意識して、生きていこうと思っている。

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中学生女子のお弁当

2014-07-20 07:35:39 | 日記
長女がバレー部に入っていて、お弁当を持たせます。
今日帰ってきて、お風呂に一緒に入ったのですが、その時に周りの子たちのお弁当事情を説明されました。

ものっすごくカラフル。
卵焼きは綺麗な黄色。
彩鮮やか。


鼻をほじりながら、ふ~ん。ふ~~ん。と聞いていましたが、
なんかだんだん面白くなくなってきた。

よくよく聞いたら、
その下の受け紙がすごーく綺麗なこと。
そして、察するに、冷凍食品が多いことが判明した。

受け皿は彼女と買いに行こう。
冷凍食品か・・飽きがくるぞぉ。

卵焼きは、今日の朝リベンジして黄色に焼いた。

冷凍食品は、一種類くらい、グラタンでも買うか。

コンビニで買う人も多いから、わたしもそれでいいよって言ったから、
それはだーめー☆と言いました。

何か事情があれば、その時はそうするかもしれないけど、
母親の手作りのお弁当スタイル、
多少彩が悪くても、やっぱり手作りのものを入れる。

張りたいのはわかるけど、譲歩もするけどさ、
なーーーんかなーー。


なんか面白くねえっっ。


なんだこのイライラは(笑)


でも付き合おう。そういうのもあっという間の思い出になる。



お祭りが続く週末だけど、夕方からざあざあ雨で、
子供たちも屋台の人も可哀そうだね。

今日は雨降りませんように☆


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心の声

2014-07-18 09:16:47 | スピリチュアル
今日、夫の実家の浄水器の調子が悪いというので、車で出かけた。
車を置く時に、心の中から声がした。

「お金をもらわずに、人に対して働くことをしなさい。」


その日の午後、今度はわたしの実家に車を走らせ、押し入れの片づけをした。

母は喜んでくれて、こう話してくれた。

「もうね、与えることを習慣にしている人は、岸に行くと船が待っているというような人生を
歩めるものなのよ。本当に助かったわ。有難う。」


自分の持てるものしか出せないけれど、それを惜しげなく出し続けることを設定する。
すると、今まで面倒くさかったこと、損したと感じることが消える。
気持ちの設定ひとつで、自分の発する磁気も変化して、波も変わり、起こる現実も変わる。


心の声って、本当に有難い。
聞こえるのではなく、プカンと浮かぶけど、それは自発的なものでは無さそうって感覚。

気持ちの他は、すべて与えられたものであるなら、
それは世界のために使っても、何の損傷もない。

そして他人の喜びが波動のようにわたしのハートに響く時に、
それは自分に与えられたものだと実感出来る。

人間て、そういう風に出来ていると、また設定する。

自分をいかに、粋にプロデュースするか。

そんなことを考える日々です。
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マイブーム♡

2014-07-16 10:09:14 | 日記
今のマイブームは、NHKのプロフェッショナルという番組を、ユーチューブで観ること。
色んな分野の一流の一人一人が、それぞれの価値観を出してきて、とっても細胞に響く。
プロフェッショナルとは程遠い、自分へのカンフル剤になる。一つのことを突き詰めて行く先に見えるもの。それを番組で観れる時代。有難いなあ♡

ソムリエ、漫画家、漫才、日本一の天ぷら職人・・
到底自分は到達できない分野を、一生かけてストイックに突き進んだ果てに見えるもの。
掴んだ言葉。

インプット、アウトプット、実行、計画、生活の中でのそれらのバランスを取るのは難しいけど、
流れを信じて進んでみようと思う。
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そもそも君

2014-07-03 15:55:53 | スピリチュアル
ポジティブな言葉で自分を鼓舞するのって、
必要な時もあると思うんだけど、
わたしがやっても、いつも途中で終わってしまう。

それでも最近じわじわと、
新しい思考が、わたしを浸している。

その名は、


そもそも君。


って今つけた名前だし、このそもそも君に愛着も何もないのね^^


ついてるついてる!!
ラッキー☆


この言葉は、とても気持ちをあげてくれる良い言葉なんだけど、
このそもそも君の場合さ、


目にしたものに、そもそも君をピトってくっつけるの。
そんで考えてみるの。

今日、イオンバスに乗っててね。
運賃ゼロで、送ってくれるおじいちゃん運転手さんに、そもそも君をくっつけた。
ピト。

そしたら、その運転手さんを、産んだお母さんが浮かんだ。

そして、降りて歩きながら、道路にそもそも君をピト。

そしたら、ガガガガガって、道路の舗装をする、工事のおじさんが浮かんだ。

目を横に流して、もと合戦場だった場所にピト。

沢山咲いている紫陽花の苗を、植えてくれた人の姿が浮かんだ。



なーんも関係ないと思っている身の回りのことも、
なーんも考えずに気楽に過ごせるようになるには
沢山の人の働きの積み重ねがあったからこそ。

画面を見ながら飲む紅茶。
紅茶の中の氷に、氷を作ってくれる冷蔵庫。

紅茶の葉に、紅茶の葉を育てて摘んでくれた名も知らない人と、
日本まで運んでくれた人々。


そして、愛する家族の後ろには、
お腹を捻りつぶされるような痛みで産んで、育ててくれた
あの人がいる。


なにも、

ついてるついてる☆
ありがとう100回☆


とかしなくても、


目の前の1つ1つに

そもそも君をくっつけて
ゆっくり思いを巡らせるだけで

この世の景色や色が
移ろうように変わっていくのね。。



そもそも君は、
人の数だけいるから、
気が向いたときに、ピトってくっつけてみてね。

そしたらそのうち、
そもそも自分というものは
沢山の愛で出来ているって
わかるもんね^^

自分のものなんか一つもなく、
すべて与えられて、生かされて
愛されて
生きているってことが、
きっとわかるよね♡



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お蔭さまの微笑み

2014-07-01 14:53:11 | スピリチュアル
今日の開梱は、90歳近くの、身寄りのないおばあちゃんの家でした。

古いアパートで、ヘルパーさんが立ちあい、ダンボールを開けていきました。

おばあちゃんは身体が悪いらしくて、わたしたちに指示する他は、横になっておられました。


玄関に入ると、遠くの布団から、少し起き上がって、
わたしに笑いかけてくれました。

とても優しいお顔でした。

そのお顔が、お仕事が終わった今も、頭から離れない。


ただ、優しいだけではない。
強いのとも、違う。
弱弱しいのとも違う。

わたしは、仕事をしながら、その時突然、
ご先祖供養という言葉が浮かびました。

この、懐かしい、優しい微笑みは、
わたしの上にいる、沢山のおじいちゃんおばあちゃんが笑った時の
顔と重なるんじゃないかなと思って。

会ったことがない・・詳しくは時間の差で会えなかった人々。
でも、きっとこういう顔で笑って、生きて、命を私たちに繋げてくれた。

なんかね、有難いなって思ったんです。


そしてね、
もう1つ、

お蔭さまを知っている人の微笑みなんだなって。


順風満帆で生きた人でも、
寂しい時は来るんですよね。
それは、この仕事していると、いやでも目にするんです。


じゅんぐりじゅんぐりに、みんな同じようなところを辿ることも知りました。


でもその時にね、

ひねくれた顔で生きるか、
お蔭さまの笑顔で生きるか、

その違いって、自分の足跡を、泥だらけにするか、綺麗にするかの違いでも
あるみたいな気がして。


今日のおばあちゃんは間違いなく、
歩いた跡が、ふわふわだったと思う。


独りで生きていると、自分の力で生きていると、
何の支障も無く、お金もきちんと入ってくる人は思うでしょう。

それもある視点では当たりだと思う。

でも、人の手を借りながらも、
お蔭さまの笑顔で優しく、布団の上で生きている人も

神様は同じくらい、それよかもっと優しく
見てるのかもしれないなって思ったの。


とれみにょん姉さんの新刊の131pにね、
人は一人では生きられない
って項目があるの。

その文章を読んだ後の、おばあちゃんの微笑みだったから、
よけいそう思ったんだね。


お蔭さまって、わたし、考えてなかったなあ。
それよか、主人を支えて、子供のお世話して、
自分がいなくちゃ大変でしょって生きていた。

まぁそれもそうなんだけどね。

でも、それじゃ、優しい笑顔は出せないんだよね。


優しい笑顔は、お蔭さまの心から出るんだね。

生かされている。満たされている。

それは、自分の力じゃなくって、


名前も、顔も知らない、
沢山のこの、地球上のみんなが、
少しずつ、出来ることを寄せ集めて
この社会があるってことを、
ここにきて、やっと感じ始めています。


あの微笑みで。
あの微笑みが、
教えてくれました。


ありがとう。おばあちゃん。

長生きしてね!!

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