水子供養と戒名のこと

時代とともに、お葬式の在り方、戒名の考え方にも色んな意見や変化があります。
水子供養のことなど、記事にしております。

さういうふうにできている

2015-08-24 07:23:38 | スピリチュアル
子供のことで、最近疲れることが多い。
夏休みなので、一緒にいる時間も多く、
小さなことなのに、自分との習慣や価値観の違いに勝手にイライラし、
身体もきついのに、あっちこっち行かせられる。と思っている。


今日は、ゆきおのはじめての柔道大会の日だった。
主人と観に行った。
身体が小さいので、体格も経験もある相手に振り回されながらも、
必死に抵抗して、試合は負けた。

わたしは、柔道場の中の、応援に来ている親がいつしか戦闘モードになって、
きつい波動を出していることに疲れた。
相手に振り回され、しまいには体ごと乗っかられて上から押しつぶされるゆきおを、母親の目で、可哀想だと思ってしまった。
でも、その柔道場の先生の息子、大先生の孫、ゆきおと同じ年の男の子が出てきて、試合をした時、
わけもなく泣けてきた。
身体は全然大きくない。細いし、同じ学校のクラスメイトだけど、優しい、ほんわかした子という印象。


その子が、自分より少し大きい相手と組んだ時、彼の中に見えたもの。
それは、柔道場の息子、継承するものが持つ、大きなプレッシャーとプライドだった。
背負うものの重みと、小さい頃から続けてきた柔道に対する思い。

単なる格闘技でなく、小さな身体から出る気迫とプライドが、とっても良かったんだ。
そして、何やら真摯なモノが、彼を包む。

わたしは文化系なので、スポーツとは無縁だったけど、
こうして子供達が、スポーツの世界に連れ出してくれる。
武道場など、絶対縁のない場所にこうして、主人と立っている不思議。

ゆきおは、負けたけれど、団体戦で銀メダルをもらい、思ったより喜んでいた。


その後、主人に、わたしの好きな、阿夫利神社に連れて行ってもらった。
この神さまは、荒神ということだけれど、わたしにとっては
とても理知的で、紳士的な方だ。

最近、疲れて混沌としていると思っていたけど、主人と阿夫利様の前に立った時、
自然と涙が出てくる。

心の中で、

最近、わたしは疲れています。
色んなことに対して、だめだと感じます。

と、言葉が出てきた時、阿夫利様は、
否定も設定もせず、

そうなのだね。。

と受け止める。


その後受け取った言葉は、

「それでもあなたはそこで生きていくのでしょう。」

というものだった。

「それでもあなたはそこで生かされているのだから」というものではなかった。

あなたは愛されているという優しいものではなく、
励ましではなく、

それでもあなたはそこで生きていくのでしょう。

と、穏やかで淡々とした言葉。


それは、わたしがこの宇宙を、わたしの宇宙を
生きていくと決めているから、生きているんだよというもの。

あなた自身が、「わたしが生きるんだ」と決めているからあなたは生きている。

誰も、あなたに強要もしない。

あなたは、自分が生きたいことを設定し、生きたいからそこに生き、
その環境も、設定したいから設定しているだけ。
ただ、それだけ。

そのあなたの設定した物事に、
良い悪いも、周りは言わないということ。

あなたは生きたいから生きているのでしょう。
あなたが生きるというから生きている現実があるのですよ。

というもの。

わたしが能動的に決めたことに、失敗って無いんだよね。

わたしの世界は、そうして出来上がっているんだね。

なんだかスッキリした。

それから行ったレストランは、とっても美味しいパスタの店で、
大ぶりの魚介を使い、グラタンソースでパスタにからめた味は、最高だった☆.。.:*・
久しぶりに主人にご馳走してもらい、自分可哀想という気持ちが飛んだ。


人生は、切なさと愛おしさを織り交ぜながら進んでいく。

しんどいけれど、わたしはこの世界が好きだ。

しっかり向き合うと、優しい風が吹くようにできている。
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手作り旅行ともののけと

2015-08-22 08:43:24 | スピリチュアル





うちのは毎年、手作り旅行。
主人の会社の保養所が鴨川にあり、そこのマンションで自炊。

2泊3日で8日から10日と行ってきました。

海は、綺麗で優しくて、時に残酷で、干る満ちる、穏やか荒れる、キラキラとどよーん、本当にコインの表裏、両方を見せてくれる場所のようです。

日本海水浴場100選でもある、前原海水浴場に行きました。
そこは、家族連れが多くて、
わたしは、海に入るより、海と会話するほうなんで(笑)

波とたはむれる家族を置いて、一人いつも、海岸の端まで行くんです。

うぅ。やっぱりだ。夏休みで疲れきっていて、波の語りかけが心にどんどん染みるぜ。

前原は、家族連れが多くて、その家族のあったかい波動が、伝わってきます。

愛してる、愛してる、愛してる・・・

飲み込み、生み出す海の優しさと相まって、
涙が出てきます。

おじいちゃんが、孫の手をしっかり握り、老いた身体で一生懸命
遊んであげているのをみたらもう・・ボロンでした。

和やかな海岸を一人、鬼みたいな顔をして歩いている人がいたら、わたしです(笑)

流れに任せるということを知ったのも、この旅行でした。

大きな手放しをしたのも。

自分に戻ることができたのも。



館山の花火大会に、夜、車で出かけました。

新参者だから、車をどこに置いたらいいかもわからず。
空腹のまま、近くの海岸に車をやっと止めました。
止める時、なんか止まったほうがいい気がして、主人がバックする時に止め、
わたしが「見ようか」と降りて、後ろのタイヤをみたら、大きなクイがタイヤのすぐ後ろにあり、
回避することができました。
だから、なんとなく止まりたい、なんとなく見たほうがいい、というような
なんとなくは、従ったほうがいいと感じました。
あのままバックしたから、タイヤにキズがついていたかもです。

で、ちょっと遠くから見てて、綺麗でしたが、近くではたばこを吸う人とかいて、
食べ物もなく、子供たちは空腹だったけど、主人は見たがっていた。

次男が、帰りたいと言った時、主人は、新潟でおじいちゃんとみた花火に似ていたので、
帰りたくなかったんだけど、あと30分で終わるのに・・と思いながらも、
子供達の意見を尊重し、車を走らせ、帰り道。
花火がどんどん近づいてきます。会場に近いから。
で、ケンタッキーが食べたいということで、大きな駐車場のホームセンターと
一緒になっているところに入れたら、まさにベストショットが。

降りて、ケンタッキーを買いに走り、中に入ったら、ホームセンターの明かりが消え始め、
店じまい。ケンタッキーの店員さんが、「外を見ていたら、お客さんが走るのが見えたので
閉めずに待ってました(^-^)」とのこと。

お礼を言い、外に出たら、ちょうど良いベンチがあり、そこに座り、大きな花火を
みんなで見るとことができました。ケンタも美味しかったよ(´∀`*)


あの時、主人が我を張り、あと30分だけ、終わるまで・・と言っていたら、
ケンタも食べられなかったし、あの席もなく、
子供達は空腹で、可愛そうだったけど、主人が我を張らず、思いやりで行動してくれた結果でした。


それと、走っている時に、流れに任せれば、良くなるねって話をしていたあとの話なので、
そのとおりだなーって思いました。

9時過ぎ、館山から鴨川に帰る時、
昼間の館山、鴨川の顔が一変することに気付きました。

もののけの雰囲気が濃厚なのです。

立山は、本当に穏やかで、優しく、ありのまま、そのまま、受け入れ、慰めもせず、
ただただ、受け入れて照らす、そんな優しい雰囲気の場所ですが、
夜はその分、コインの裏ですね。
もののけがそのまま出てくる。
素直にいる。
感情もない、素直な、そのままの、もののけ。
お化けではなく、自然のもののけ。

だから、車の後ろに、何かが乗っているねとみんなで話しながら、
言葉少なく、ちょっとびびりながら帰りました。


最後の日に、和田海水浴場に行きました。ここも100選かな。
ただ、台風が来てて、波が高く、晴れていたけど、すごい波。
向こうに台風の丸い雲の端が見えてました。
(写真2枚目です)



海の家で働く子供達。
小学6年生かな。3年生くらいの妹と、真剣に。

良い目してましたよ。この場所は、自分が任されているんだって目。

一生懸命でした。

来年も会いに来たいな。この子が大きくなっているところを見たい。


この海の家は、お父さんかな、オーナーさんが素敵で。
家族経営みたいなんだけど、あったかい。
着いたら、その男の子がまず、浮き輪を無償で貸してくれた。
普通、海の家で浮き輪だと500円はかかるはず。
それを4つも貸出してくれて。だからこっちも、自然と寄りたくなる。
お礼したくなる。まず与えるという循環ですね。気持ちよかった。



ご馳走というより、コンビニ寄ったり、行き先なんとなく決めてたり、
家と同様に食事を作ったり、ほんとに贅沢なしの手作り旅行だけど、
子供達といつまでこうして、遊べるかなって考えたら、
今はこれで最高なんだと思える。

そしてこういうのを、子供達も是非、自分の子供にしてあげて欲しいな。


後日、両肩ヒリヒリのコゲパンで悩ましいんですけど(笑)


長文、読んでくれて、有難うございました(´∀`*)

さて、みなさん、9月はどこ行きますかっ☆.。.:*・


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自分の顔を労わる方法☆.。.:*・

2015-08-21 08:56:39 | スピリチュアル
この夏休みの忙しい最中、

自分の顔を労わる方法を、自分なりにやっと見つけました。



それは、クリームファンデーションを塗る時に、

指先に気を込めて、指先にファンデーションをつけて、

とても優しく顔を撫でながら塗っていくというもの。



ゆっくり、顔を労わるような感覚で、気と気持ちを込めながら塗ると、

いつもよりテカテカ、光っているような感じで。



顔もマッサージ受けたあとみたいな、

ポカポカの感じで。



なかなか良いですお(´∀`*)
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旅行先での覚え書き。

2015-08-12 07:39:06 | スピリチュアル
館山に旅行に行ってきました。
海に入り、荷物番もしていたら、日焼け止めクリームが剥がれて、コゲパンみたいになって、両肩が痛い昨今です(´∀`*)何か良い対処法あったら教えて~m(_ _)m


主人とも久しぶりにゆっくり話して、その時に色んなことに気づいて、
包紙の後ろに走り書きしたのを、ここでもアップしておこうかと思います。


〇自分に対して、大きなことに気付かせたいと、天が思う時って、
大きな紆余曲折が何回か、あるのかなーって。

また同じことかい!!ってことが来る時には、それを通して、味わう中で、
法則や自分自身の本質に気付く何かがその先にあるということを知りました。


〇今までの行動だと、同じ結果が来る

同じ行動パターンだと、大体行き着くところも、似たようなところです。
ちょっと違うエッセンスを加えることで、結果も変わる。

〇主人が最近、来たことを受け入れ、しっかり組み、その上で信じて委ねると、うまくいくということに気付きました。ちょっとした奇跡も、小さなノートに書き留めています。これ、いいね。

〇今まで見ようとしなかったことを見る

これは大きいです。
自分の本意を大切に汲みながらも、勇気を出して、見ようとしたかったことにも向き合う。

〇労力=正義=幸せ?

最近、正義という言葉に少し疑問を感じているようです。
正義=愛ではありません。

正義の光が強いほど、影も強く出ることもある。
でも、愛は、すべてを受け入れる力でもあるので、
愛は、すべてを癒すのだと思います。

サカイの梱包の仕事をしている時にね、
小さなアパートに住んで、体も効かず、ヘルパーさんに来てもらっている
おばあちゃんがいました。
もう80過ぎていて、寝たきりで。
わたしたちが荷物を梱包して帰る時、一生懸命半身を起こして、こっちを見て、
申し訳ないって顔をして、微笑みました。

その微笑みに、圧倒されたのを覚えてる。

その微笑みはね、
自分の弱さを本当に受け入れた微笑みだった。
何も出来ない、体も効かない。これから違う場所に行く。
全部人にやってもらって、申し訳ない。

わたしなら、もっと拗ねるかもしれない。
それか、取り繕うかもしれない。
言葉たくみに、何やらごまかすかもしれない。

でも、そのおばあちゃんは、心から申し訳ない顔をして、
なんか、大好きよって感じの、満面の笑顔で有難うと言ったのさ。

もうね、ノックアウト。

なんでそんな美しい顔出来んのよって思った。

このおばあちゃんは、流れに委ねること、
他に耳を傾けることをしている。

その上で、利他の精神もある。

すごい〇になってる気がした。




〇自己犠牲と、利他の精神はイコールしちゃだめかも。

自己犠牲は、自己犠牲なんよ。
自分が犠牲になることで、他を活かす。

利他の精神は、自分を活かしながら、他も活かすことじゃないかな。
おもてなしの心。思いやる心。自分を捧げるという風にも解釈されるけど、
捧げながら自分も活かすという感覚がある。
自己犠牲より、利他の精神のほうが、柔らかい。





そんな感じ~(´∀`*)

読んでくれて、有難うございました。♥。・゜♡゜・。♥。・゜♡゜・。♥。









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性教育。

2015-08-03 16:22:30 | スピリチュアル
子供の時に見た、ターミネーター1を、子供と観たくなり、長男と観た。


シュワちゃん演じる、未来から来たターミネーター。

狙うのは、未来の指導者となる子供の母親、サラ。

そしてその母親を助けに、ターミネーターと同じ未来から来る、カイル。


未来からサラに恋をして、助けに来るカイルと、サラが一晩だけ愛し合い、未来の指導者、サラ・コナーが産まれる。



現在、ハンバーガー屋に勤め、冴えない女性のサラが、ロボットとの戦いが終わり、映画が終わる頃には、たくましい母親の片鱗を覗かせている。



長男は中学3年生。性描写には敏感で、その部分をわたしと二人で観るには辛いものがあるので、

わたしはあえて、その描写の時には席を外し、彼に観せた。



今は、本当にインスタントのように、性に関する映像が手に入る。

スマホひとつで、色んな画像や動画が出てくる。

だから、結婚に関しても、女性に関しても、神秘性というものが消えてきている気がする。


男女の性にしても、浪漫が無い。


我慢して、憧れて、切望して手に入れるということ。

想像して、心が駆り立てられるということ、


一昔前の、部屋に隠していたエロ本。弟の部屋にもあった。

こっそり読んで、想像力が膨らみ、男の子は大人になっていく。


そんな、大切な時間が消えていってる。


いとも簡単に、インスタントな、しかも露骨な性描写を見て、心の中で、そこに愛は無いことを知る。


そんなことを続けていて、結婚したいと思えるのかなと思って。



でも、ターミネーターで描かれた、たった一夜の愛で、

未来の指導者は誕生する。

カイルは、命をかけて、彼女を守り、死んでいく。


あの愛がなければ、未来の指導者はいない。


男女の営みは、ピンからキリまでかもしれない。


でも、本当の意味は、そういうところにあることを知ってほしいと思った。


サラは、最後に未来の子供に向けて、レコーダーに吹き込む。


「あの夜、パパとママは、一生分愛し合ったわ。」



そう。


SEXとは、そういう一面も持っている。


ことを知ってほしいな(^-^)



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