水子供養と アセンションに向けての意識改革ブログ

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かなりディープな内容になります

自分の名前の魔法

2016-12-16 09:49:29 | スピリチュアル
ここのところ、気づきがとても多いのです。



昨日、お風呂に入ったとき、瞑想をしていました。

そして、自分の名前を何気なく、確認しました。



わたしの名前は、「愛子」です。

わたしは、ずっと、自分の名前を、「愛する子」と思ってきました。

だから、鑑定も、愛を出そう、人と接するときも、相手が嫌がらないことをしよう・・と思ってきて、それは間違いないと思います。



けれどね、そうして生きてきた結果、

それがたまに、疲れるなぁと思うことが出てきたり、その結果、良かれと思ってしていたことが、裏目に出たり、

一生懸命してきたのに、なんかまた違う・・ということが起こったり、

色々でした。それも人生の側面だから、それでいいのですね。

そして、そのように落ち込んでいると、優しいお客様が、スカイプワークで、

「今までのことは間違っていないんですよ。これでいいんです。」と、これまた優しい言葉をかけてくれるんですよ。

お客様に救われることのどれだけ多いことか。

結局、鑑定士が導き、お客様が対価を払って救われる・・だけではないのですよね。

一生懸命していると、自分がポッと小さな落とし穴に片足つっこんで、じっとしている時に、サラリと引き上げてくれたりするんです。お客様が。

本当に、感謝しています。有難うございます。



それでね、名前の話に戻りますが、愛する子ということを自分に課して生きてきた。でも、なんか乗らない。道に乗らない感覚なんです。

それで昨日、大発見をしたんです。

「愛子」という名前は、愛される子っていう意味なんだと。

大きな愛の光の中に、子というものがある。そういう映像が見えました。

わたしが、子なんだ。そして、愛がわたしを包んでいて、沢山の、沢山の愛の中に、ずっと前から生かされていた。そしてこれからも。



なんて、有難いんだろうと、涙が止まりませんでした。



わたしの主人は、明生と書きます。

明るく生きる。というのは、能動的なものですね。

やっていく。こうして生きて行く。それは、親の願いもあります。

だけれど、そうして考えると、彼は、生まれつき、明るい光の中で、ただ生きる。

のびのびと生きる魂なのですよね。そのような人でもあります。



皆さんも、ちょっと考えて、ひねってみてください。以外な仕掛けに気づくかもしれません。



名前というのは、わたしは、親を通して、親につけさせて、結局は生まれる前に自分で決めてくるものだと思っています。



うちの長男が、産院で赤子の時、ガラス越しに彼を見て、名前が決まらないねと言っており、順に、名前を彼に向って言っていきました。



「よしお、たかし、・・けいご。」



けいごの時、彼はピクッと反応したのですね。

だから、けいごと付けたのです。その名の通り、圭は「宝石」吾は「我れ」

ということで、プライドの塊のような、気高い精神の子です。自分で付けたんだなあと思いました。



そして同時に、親の愛、神の愛も入っています。

自信が薄れた時など、自分で、自分の名前を優しく呼んであげると、癒されますね。呼んであげてください。



今日も良い日になりますように。いつも有難うございます^-^