水子供養と戒名のこと

時代とともに、お葬式の在り方、戒名の考え方にも色んな意見や変化があります。
水子供養のことなど、記事にしております。

戒名のこと

2018-05-10 10:01:13 | 戒名
つぶやきなどで、始めようと思っていたこと・・
それは、戒名についての知識、戒名を自分でつけたい方のお手伝いが出来たら・・ということです。

日本の素晴らしいところは、先祖を大切にする文化です。
そして、お墓の存続も、お寺が存続するからであり、
戒名というものは、議論も多く、グレーゾーンのところも多いのですが、葬式仏教という側面を言われながらも、やはり檀家の協力やお葬式の時のお布施があっての、お寺やお墓の存続があるということです。

ただ、一番大切なのが上記のこととはいえ、
今は戒名に何十万もかけられないという人も多いのではないでしょうか。
でも、人は平等であり、誰でも魂の上で仏教徒を目指せるものだと思います。

ここに、今の戒名に対する、お坊さんも、わたしたちも辛いということがあるように思います。




戒名とは、仏教徒として永遠の名前を授かることとあります。
そして、きちんと考えられた戒名には、その方の人柄や、生き様が想像できるものです。
お墓に刻まれた戒名を見て、これはあの人だとわかるものが、素敵な戒名だと思います。

昨今は、戒名ソフトなるものまで出回り、それを見ると、「ランダム」などという項目があります。
誰がどのように使っているかわからないですが、檀家やお寺にお墓がある人は、御縁あるお坊さんにつけてもらうのが大切なことです。
それと同時に、今は、自分で生前に戒名を付ける人もとても増えています。

宗派によってつけ方も変わり、使ってはいけない文字、細かい約束、つけた戒名全体の言葉の響き、

そして何よりも、辞書を必ず引きながら、真剣にその人を思いながらつけるのが、戒名の在り方だと思います。

それについて、今後も追って行きたいと思いますし、もし檀家ではなく、お寺にお墓を持つ予定のない方が、

民営のお墓に入ったり、散骨する予定などとの方が、
ご自分で戒名をつけたいということがあれば、その「お手伝い」をさせていただこうと思っております。

お店にそのコーナーを作る予定ですし、ミクシィでも働きかけていきたいと思います。

間違っても、コンピューターソフトなど使うことのないように願っています。
そして、出来れば、一番良いことは、
お寺に足を運び、生前戒名を授かることが良いことと思います。今はカルチャーセンターなどでも行われているようです。

お金も、生前につけるものであれば、高くはないようです。

わたしは、あくまで、お手伝いをするものであり、つける方はご本人となります。

そのようなスタンスで、これからも勉強を積んでいきたいと思っています。

読んでくれて、有難うございました^-^
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美しい自由とは、ルールの上にある

2018-05-05 07:50:43 | 大切なこと
山口さんの事件で、一番初めに思ったことは、

「親が当り前のことを子供に話していなかった」

ということだと感じました。

でも、そのようにテレビで誰かが発言すると、タブーを言ったようになっている。

なぜでしょう。

小学生の妊娠にしても、中学年過ぎたころから、親が子供に対して、

避妊の大切さ、赤ちゃんの命のことを会話の中に入れていれば、

そのようなことにはならないはずです。



最近、主人と一緒にカフェに行きました。

ガーデンの中にある素敵なカフェで、そこで二十歳すぎの女の子二人が隣のテーブルでした。

お食事も終わり、やおらわたしのななめ前の女の子が、パフを出して、お化粧直しを自分の席で始めました。

食欲が半減し、これが今の子たちなのかな・・と思いました。

また別の日、別のカフェに行ったら、中学生がスマホで遊んでいました。

女の子二人は、自分たちの席でスマホのカメラで遊び、はしゃぎ、

最後には謎の「山羊の鳴き声」を発して喜んでいました。



とても不快でした。



でも、思いました。思いなおしたといったほうが早いかもしれません。



今の時代、若い人たちを中心に、社会の風潮として、色んなことが自由なんだなあと。



何か目にしても、わたしたち大人が注意しない。誰でも自由にインスタやブログで表現が出来る。

セックスもお茶飲む?という感覚で行っているらしい。



でもやっぱり思いなおしました。



真の自由とは、ルールの上にあるべきで、

ある程度の思いやりがルールで。

思いやりの上にある自由は、美しい。優しい。

自分さえよければいいという上にある自由は、とても汚いし、不快だなあと。



自分以外、他人の気持ちや顔が見えていない、見ようとしていない。

親の責任?



小さい頃はそれもあるでしょうが、ある程度の歳になったら、自分の判断。



そこで、人間力として差が出るのは、その人の持っている品性。

生まれながらに持っている賢さだと思います。



誰に教えられなくても、出来る子は出来る。

知っている子は知っている。



生まれながらということもあるんだ・・と思いながらも、

やっぱり親との会話の中で、教えるところは教えるべきだと感じました。






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