産むことに迷う人、産みたい人、堕胎・水子供養のこと

産みたいけど迷っている人、水子さんの供養のこと、堕胎のこと、
命のサポーターとして、役立つ情報を載せています。

できない

2015-03-31 07:32:56 | 
できない

あなたが会社に泊まることになり
ベッドの隣が空白

夜中に目を覚まし
大の字で伸びをしようとしたけれど
できない

あなたの場所まで
手足は伸ばせない

この場所は

大切にしたい


会社の狭いソファで
何時に寝たんだろう
ワックスのついた頭で
お風呂も入れずに


この場所は
あなたの大切な寝床だから
あなたがいなくても
あなたがいる場所だから

大切にとっておくね

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夜明け前

2015-03-30 07:04:29 | 
夜明け前


夜明け前が一番暗いと
本にも書いてあったし
人からも聞いた

最後のページを閉じようと
暗闇が迫るとき

神様は決して
ページを全部閉じるということはせず
ほの赤い愛が
最後のページを照らす

あなたが死なない限り
自分でページを閉じない限り
赤は優しい光となって
清んだ空気とともに
夜明けが来る

今日も愛しい仲間達が
元気で目を覚ます
感謝とともに
チャンスの一日が
また はじまった


            平成二十年十月
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誰もいない部屋で

2015-03-29 15:37:14 | 
誰もいない部屋で

みんなお出かけして
わたし一人
静かにパソコンを打ちます

今のわたしがそうであるように
子供たちも
一人で生きてゆける日が
必ず来るのです

でもこのまま
夜も
明日の朝も
子供たちが
帰ってこなかったら・・
わたしはどうやって
生きていくのかな

やじろべえのバランスの片手には
三人の子供が
同じ重さで
乗っているのです

重たい時もある
ほおり投げたい時もある
やじろべえを辞めたい時も・・

でも
誰もいない部屋で
わたしは生きていけない

握ったら
ほら・・あったかい
やじろべえが泣き虫でも
片手の子供たちは
いつでもあったかい
綺麗な目で
やじろべえを見つめています
だから
なきべそのやじろべえ
また笑って・・
みんなの帰りを待つのです
(平成二十年六月)
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散りばめられたダイヤモンドの上を

2015-03-26 09:22:35 | 
散りばめられたダイヤモンドの上を

もし
貴方が今日
喧嘩したあの部署のあいつが
大昔に
空き地の土管の上で笑いあった
あの子だったら

もし
いつも宅急便を運んでくる
笑顔のお兄さんが
大昔の 貴方の従兄弟だったら

もし
いつも喧嘩する弟が
大昔に
早死した あなたのお姉さんだったら

もし
バイト先で
いつも貴方に意地悪ばかりしてくる上司が
大昔の恋敵だったら
オマケで貴方が奪っていたとしたら・・・


私たちはいつも
永遠も
ダイヤモンドが散りばめられた
ちょっとゴツい砂浜を

好きに歩いている

好きで歩いている

                  平成二十七年三月二十六日
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世界から猫が消えたなら

2015-03-21 20:00:46 | 気付き
世界から猫が消えたならという本が、とても良かったと娘が言うので、読んだ。
今の自分へのメッセージがたくさんあって、何度もウルウル。

その中で、すごく気づいたことがある。

わたしは、最近、とっても気になる人がいた。
親戚にいる人で、はっきりと自分の意見を言う。気も強く、そして優しいところもある。
わたしは、その人に会うと、とても気を遣う。
その人のことが、ずっとグルグル回っていて、辛いほどだった。

世界から猫が消えたならの文章中に、悪魔の言う、こんなセリフがあった。

「だからね、アタシのこの姿は、あなたが想像する悪魔の姿なんです。あなたの心にある悪魔とは、あなたの姿をしていたということなんですよ。」

主人公
「でも性格は違います。」

悪魔
「そこがポイントなんだと思います。つまりアタシは、あなたが生きたかもしれない人生の象徴なんじゃないかと思うんですよ。
・・・とにかくね、明るくて、なにも考えてなくて、派手な服を着て。やりたいことをなんでもやって、周りの目を気にしない。で、言いたいこと全部言っちゃう自分。」

主人公
「たしかに僕と真逆ですね。」

悪魔
「そうなんです。無数にあるあなたの小さな後悔、こうしたかった、ああしたかった。
そこを分かれ道として逆に生きたら、あなたはこういう姿だったということなんじゃないでしょうか。でも悪魔的なものってそういうことなんだと思いますよ。なりたいけれども、なれない自分。自分に一番近くて遠い存在。」


と、アロハシャツにショートパンツの、主人公の真逆の服装の悪魔は言う。

そのちょっと前に、わたしの気になるその人について、
わたしに気付きがあった。
それは、
ありのままで良い、
そのままの自分で良い。
ということを、承認出来たということ。

それとともに、
その人を一日に何度も思い出すということが減り、
不思議なくらいだった。

そのあとに読んだこの文章。

わたしも、あの人のように、
言いたいこと言って、もっと強気の部分を出して、
生きたいのだと気づいた。
好きなこと言って、例えそれが反感を買っても、
それが相手のためなら言っちゃう。

それを承認出来たり、それができなくても
今の自分で良いのだなと思えること。

それに気付かせるために、
色んな人が登場して、
自分のもう一面を演じてくれていたとしたら、
この世に不必要な登場人物、不必要な人間って
いないのかもしれないとさえ、思える。

とても良い本でした☆.。.:*・
あちこちに哲学が散りばめられる。
そして、今目の前にいる大事な人、でも目の前にあるどうでも良いことに
一生懸命な自分に対して、
ポンポンと肩をたたいてくれる、
そんな本だと思いました。

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あなたがお里に帰ってから

2015-03-21 10:13:44 | 
あなたがお里に帰ってから

あなたがお里に帰ってから
どれくらいの年月が経ったことでしょう
わたしは 元気に暮らしていますよ

あなたがまだ若い頃
わたしは産声をあげてあなたに抱かれていました
髪を結んでもらったことも 昨日のように覚えています
何日もお風呂に入るの嫌がったから フケもあったことでしょう
そんなわたしの髪を 愛おしそうに編んでくれました

おばあちゃん
わたしも四〇歳を越えて
あなたと少し対等に話せるようになりました
今だったら
あなたに沢山のことを聞いて欲しいのです
子供のこと
自分の身体のこと
旦那さんがどういう人なのかとか
日々のどうでもいいお話を
こんなこと言ったら おばあちゃん疲れてしまうかな なんて
全然思わずに
勝手に口を尖らせて
勝手なことを言って 昔と同じあどけない顔をして・・

いちいちあなたに報告して
あなたはきっと
どんな話でも
笑いながらうなづいて・・

そうかよ そうかよと
面白そうに聞いてくれるよね

時は残酷で
ちぎりながら フワッとあなたを持っていった
そんなことを書いているわたしに
ここにいるさねーって
また笑いながら
あなたがうなづいているのを
肩ごしに柔らかく感じながら
でも わたしは涙をそのままに
この詩を
あなたに贈ろうと思っています・・・

               平成二十七年三月二十一日
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春のママチャリ号

2015-03-21 07:57:29 | スピリチュアル
春のママチャリ号

陽がふりそそぐ中
ゆきおくんを乗せた
春のママチャリ号が
出発しました

あと十年たったら
もう
あなたを乗せることはできない

あと三十年たったら
ママが乗せてもらうかもしれない

「ゆきおくん
お花きれいだね」

「ウン きえいだね」

春ですよと
菜の花が揺れます
あなたの軽くて重い
背中の温かさを感じて

もっと乗っていたくて
もっと走りたくて
でも時間は止まらなくて・・
だから
スピードをあげて・・

ママチャリは今日も
地球を走ります!

         (平成二十年五月)
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手の中の宝物

2015-03-16 09:26:07 | 
手の中の宝物

中に土がこびりついた
赤い何かのキャップを握りしめ
ゆきおくんが
ママのもとに走って来ました

「ママ!これあげる!」

ママは、赤いキャップをポケットにしまいました

小さな泥つきの塊を
けいごくんが
庭から拾ってきました

「ママ!サトイモが生った!」

大事件の嬉しい声と
手の中に
小さな小さなサトイモ

どちらも
嬉しい体温で
あったかいのです

幼いから
小さなものに執着するのではなく
ピュアだから
小さなものに心を動かされる
そんなあなたたちの生き方に
ママも学ばされる毎日です

ママの手の中の宝物は
一生変わらない
ママより大きくなっても
手の中に入らなくなっても
ママが天に召されても
ママの手の中には
可愛いあなたたちが
いつまでも
いつまでも
笑って
サトイモやら
キャップを握り締めている

時間は正直だけど
心はもっと
普遍的なんだよね・・・

          (平成二十年十一月)
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大泣き。

2015-03-12 14:40:58 | 気付き
久しぶりに瞑想した。

瞑想終わったら、言葉がポンと降りた。



「あなたが生きている。
それだけで充分です。」



涙出る。



それは、わたしがずっと誰かに
言って欲しかった言葉だった。


わたしは今まで、
なんのための証明をしてきたんだろう。
何が証明したくて、こうしてきたんだろう。


わたしは生きている。

生きている、こうして頑張っているから
わたしはここの、星にいる価値がある。

だから今日もこんなに頑張っている。
ほら、人のために。
なぜならわたしはライトワーカーだから。


だから一日大切に。
意義のある一日にしたいから。



スピリチュアルという言葉に傾倒しすぎないように
ある程度のバランスも取ろうとか・・

頭で色々心で色々考えながら・・

生きてきた。


横を見ると、
白いピンク色した、金魚のマナが、
すべすべ泳いでいる。


わたしは、
マナは、ただ生きてくれるだけで嬉しい。
言葉を喋らずとも、何かするではなくても、
こうして元気に口をパクパクして
たまに餌を欲しがってくれるだけで、とても嬉しい。

神様も、
同じ気持ちなのかなぁ。

こうして、沢山、
自分と同じ命の光ちゃんたちが、
毎日生きていること。


あなたが生きている。
それだけで充分です。


これはみんなに伝えてってことなのかもしれない。


何かを証明しなくても、
そこに生きている、息をしているあなたが、
ただただ、嬉しい。

だから、何かを証明して、だから認めて欲しいなんて
思わないでって。


わたしが今までやってきたことも
なにも間違いではなかったけど、
こうしてこういう言葉が降っただけで
どうしてこんなに泣くのかな・・


どうしてこんなに
嬉しいのかな・・・


人は、生まれた時、死ぬ時、
同じことを、人に伝えるのかもしれない。


生まれた時、
赤ちゃんは、
ただそこに寝ているだけで、神々しいと思った。
圧倒的な存在感。
温かさ。
笑ってくれるだけで感動した。


死ぬとき。
ベッドに横たわり、もうなにも出来ないあなた。
でも、こうして手を握るとき、
手が温かい。
それだけで、嬉しい。
生きててくれている。
それだけで、もう、何をして欲しいとか
家のことをしてくれないとか、
早く帰ってきてくれないとか
そんなことどうでも良くなる。

ただ、生きているってことが
この時間を刻んでいる時が嬉しい。

きっとそうだよね。

それは、教えてくれているのかもしれないと思って。


圧倒的な、生きるという意味。


一回感動したことはもう感動も薄れて、
どんどん欲しがるわたしたち。
自分の証明も貪欲にしようとするわたしたち。

それは日々冒険であり、
それももちろんもちろん素晴らしいことで。

修行になるし、鍛錬されて
いい顔になって、大正解だよね。


でもたまに、

戻って確認して、
また進むんだね。

わたしみたく、疲れて、
証明することにも疲れて・・


温かい涙を有難う。


光に感謝☆.。.:*・
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夢会議。

2015-03-09 11:31:22 | 気付き
最近多いのが、
朝起きると、

「そだ。
そうしよう。うん。そのとおり。」

みたく、うんうん頷いてひとり会議終了決定みたいなことが多い。

寝ている間にアッチの世界に行って、色々会議したり、
こうしろよ~ああしろよ~と言われて、
はいわかりました~って帰ってくるのかな。

そうでなかったら、起き上がった直後に、うんうんするか?

不思議です。。


そして今日のうんうんは、

「家族に対し、わたしがいなければ、わたしがしてあげなければ
この人々は大変だ~という幻を捨てなさい」

というミッションというか確信でした。


わたしの身体が硬いのも、背中がいつも凝っているのも、
やはり
責任というものを勝手にかちかち山みたく背負っているから。

わたしが動かなければ、この人たちは起きてこれない。
わたしが朝ごはん作って段取りしなければ、したくが出来ない。

でも、よく考えたら、
自分で起きてよ、起きれるよねって話だし、
朝ごはんだって、わたしが寝坊しても、ごはんよそってふりかけかければ良い話で。
水飲んでね(笑)


何か、ちゃんとした家庭たる妄想があり、
それに追いつけちゃんとしろっていう形があり、
不憫な思いをさせたくないというのもあるけど、
一番は、

わたしがいるから家庭が成り立つんだよ

ってことを、いつも証明したかったのかもな~。。と思った。


でも、昨日の続きだけど、

そんな証明しなくても、わたしは十分母親として愛されているし。
そんなことしなくても、子供達はきちんとやっていける力がある。

その力を信じること。信頼すること。
見つめて、讃えること。

それが、彼らの自立になり、わたしも楽~になる。

そのサイクルでしょうこれからは!!

ということかなと。



少し手を抜いて。
信じて放つ。

自分が愛されていることを信頼せよ。
子供の潜在能力を信頼せよ。

証明なくても、そのままで素晴らしいということを認めよ。


だから今日は、
起こすといつもぶーたれて起きてくるゆきおに対し、
ちょっと声掛けを減らして、自分のことやってた。

そうしたら、トコトコ起きてきて、
気持ちよく学校に行った。

どうよこれ。


ええ感じや~ん(*´∀`*)


信頼して放つことと
放任とはまた少し違うよね。


少しずつ、
少しずつ。

出来ることだけ、してみよう。

そうしている間も、みんな愛されているからね(*´∀`*)


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厄日と夢と・・

2015-03-07 11:27:10 | 気付き
昨日は厄日でした。

9時からの梱包作業。

朝家を出たら、バス停にバスが止まってて、時間調整してる。
目の前から、運転手のあたり凝視しながら走っていくのに、
あと10メートルでドア閉めて発進っておい・・

作業は、一人で休憩なし、昼飯抜きで、4時までかかり、
あとから来た若い配送員からは、偉そうにとんちんかんなことを聞かれ、答えたら、
「はあん。。それ、決まりなんすかね。。」
だとよ。
だとよ。
(ちなみに会社に確認済み。okでした。)

しかもそいつに仕事押し付けられそうになり、その家にいた、孫を迎えに来て待っているお父さんが勝手に人の靴を履いて玄関ウロウロし(笑)




どしたの!!!!


ってくらい。


その家の若いママも、基本的に自分のために人が動いているということを、
全く感じる機能の無いタイプで、叔母に対しても父親に対しても、有難うという気持ちが反応しない人。
それは、もうしょうがないね。そういうタイプは、そういうタイプなんで、腹も立たなかった。
でも、そのおかげで、

こういう人間のために、身体を張ってやる仕事ではない。
って正直思った。


おまけで、帰りのバスの運転手は、
あと2秒で死ぬ・・というような悶え声で、
最初から最後まで何言ってんだかわからない。
ここまで来たら笑ったわ。


その前の日は、実家の絨毯を敷くということで、ピアノ持ち上げたりして、
みんな仲良く筋肉痛になって、バンテリン。でも親が喜んでくれてよかった。これはホントに楽しかったよ。

しかし、その次の日に、こんな流れかいって思ってたの。


帰ったら、長男が反抗し、
かなりヒートアップして、かつて言われたことのないことも言われ。

夜のドライブ。
なんだかなあって涙が出てくる。



そして、寝たその日の夢。。


大きく、
「自分」

と書かれた大きな色紙。


そして、言葉が聞こえた。

「あなたは、いつも人のことばかり。
でもこれからは、自分中心でいいんです。
人のお世話をして、頑張って、それでこの結果です。


これからは、自分のことを第一に、
自分を癒してあげてください。
楽しませるのです。」



言いたいことはわかった。
でも、こんなにゴンゴン殴ることないでしょ~。


はじめ人間ギャートルズみたく、
頭にたんこぶいっぱい出来たじょ~。。




なんか今日洗濯物干しながらさ、
天使に文句言ったよ。



「あのね。
こんなふうにして気づかせてくれなくていいです。
ほんと・・今回ムカつきました。
不愉快です。」




でもね、もうひとつの声も聞こえる。


あんたのような強情な人は、
これくらいしなきゃ、わかんないでしょ。
知ってるでしょ。(笑)

って(^-^)



生き方。


人のため、大好き。
身体を人のために活かしてもらってます、大好き。


でも、それも、
本当の自分は、疲れてたんだね。

もういいよ~って。

そんなことしなくても、
愛されてるでしょ。
知ってるでしょ。
酷使する必要ないでしょ~って。


長男が言ってくれた、
酷い一言。

でも、その生き方をフェードアウトしていくために
言ってくれたのかな。


あまりにも嫌な一日だったから、
まだ傷があるけど、


そんなことだろうなーと思ったのでした。。

今日はゆっくりしよ。


皆さんも良い休日を☆.。.:*・











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相手への執着を解く方法

2015-03-02 09:52:48 | 気付き
昨日の続きになりますが、相手への想いは、軽く明るいものは祝福の波動になって
関係も良くなるのを重々承知でいるのに、この一週間ほど続く、相手への想いは、いつの間にか
わたしの中に重しのようにのしかかった状態で、とても苦しかったのです。
でも、そこで見えてきたのは、わたしが私自身で抱える、自分への自信の無さでした。
奢りと本当の自尊心とはまた別のことで、奢りは自分を条件付けで愛すること。
でも、本当の自尊心は、生まれながらにして持つものであり、それはどんなことがあっても
どんなことをされても、しても、珠玉の玉のように据え付けられているものだと思います。
それを本当に直視出来たなら、相手がどう、こうしてくれない、と思う前に
あまり気にならなくなる。究極な表現で言うと、
一人でもいい。と思えること、一人でも生きていけるんだ、わたしは。と思えること。
奢りは条件付きなので、それが時間がたって薄れたり、忘れられたりすると、とたんにまた、補充しなくてはと焦るような、形の無いものだと思います。
そのことを、他人が教えてくれる。そして、それに気付き、乗り越えると、もうなんだか気にならない。
だから、反対に言うと、
気になること、気になる人、どうしてもモヤモヤするということは、
乗り越えられる時がきましたよ~という合図なのかもしれません。

よっしゃ~じっくり取り組んでやろう。
どこがどうこんがらがっているのか。
それは、相手に対して、相手がどうこんがらがっているのかではなく、
自分が、どうこんがらがっているのか、もう頭を出していて、そこを触られると痛いということを
直視しても、あなたは大丈夫。そんだけ強くなったから、見てごらんよってこと。
それが、意外とシンプルなことにあり、
ウイークポイント=癒しポイントであり、
わたしの場合は、ダメな子と思われたくないとか、コミュニケーション下手と思われたくないとか、
人に対して気を遣う自分から脱却したいという疲弊した想いだとか、
そういうことでした。

変わるという時期。
それは、ハンドルを大きく動かすという時期で、
それはどうしても、自分だけでは促せない。
他人の介入があって、はじめて重い腰を浮かすということだと思ったら、
やっぱり困ったちゃんと思う人って、必要なのかもしれないと思いました。

そして、自分のその、痛い部分に気付き、
はぁ~そうだったんだね。わたしはここが泣きたいほど辛かったんだ。
そう思われたくなかったよね。こうしたいよね。
じゃあ、こうしていけばいいね。ゆっくりでいいからねって
自分と対話することで、傷もゆっくり癒えたりしていくのかなと思います。

跳び箱をよじ登り、ゆっくり降りた時、
また少し違う感慨があったり、気持ちが軽くなっていたり、
色々。それが現実に投影されて、相手との関係がもっと軽やかになったり、
お役を終えた人は離れていったり、正直に現実投影されていくということかな。


全部自分なんですね。
そう思うと、とても楽。
だって、他人と話し合わなくても、自分で全部完結できるんだもん。

他人は変えられない。

戦いは、勝ち負けは、調和とはまた違うし。

悟ればいいんだよね。
悟るって、軽くなるってことで、あまり大きい意味は無いように思う。

そして、軽くなってふんわり浮くと、その人と同じところにはいられないし、
自分に合った人との出会いがある。
そういうことって、本当に正直に投影されてくると感じます(^-^)

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ネガティブ色眼鏡

2015-03-01 17:59:39 | 気付き
想像の翼という言葉が、朝ドラにもあったけど、それが良い方向なのか悪い方向なのかで
未来もぐっと変わると思う。
何か小さな人間関係が自分の中で引っかかり、相手が目の前にいないのに、
想像の翼を悪い方向に広げ、飛び始めると、ロクなことにならない。
みんなそれぞれ色眼鏡を持っていて、自分の見たいように見ているけれど、
ネガティブ色眼鏡をかけはじめたと思ったら、自分が疲れている、満たされていないと、自分のケアをしたほうがいいと思った。
そんな時はゆっくり休んだり、好きなことしたり、本を読んだり、美味しいもの食べることもそうだけど、その相手に向かって、心の中で謝るのが一番早いかなと、今日思った。
100円ショップで、買い物してたら、突然、申し訳ないという気持ちがこみ上げた。
ウッときて、涙がこみ上げた。
こちらの勝手な色眼鏡で相手を見ていたことに対して、申し訳ないと思った。
心のなかで謝ったらスッキリした。
それで終わり。終わりにしよう。
勝手な始まりの、勝手な自己完結。
だけど、気持ちはきっと、相手の魂に届いてる。
ごめんね。有難うって言葉は、届いてると思う。
これは、この考え方は、わたしのクセなんだね。
知ることからの大きな一歩だね☆.。.:*・
クセは気づいた時になおしていけばいい。
ゆっくり進もう。
気づきを有難う(*´∀`*)//
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子リス

2015-03-01 08:44:06 | 
子リス

圭吾は子リス
くりっとした目に
細い体に
いっぱいの細かい気持ちに
きっといつも
体がフルフルしてる

遠い陸橋の階段の上から
買い物帰りのママを見つけたとき
お友達が歩いてるのに
パタっと立ち止まって
こっちを見てる仕草

ママがお出かけするのに
道まで見送ってくれて
角を曲がるまで手を振って
いたずらに
ママがまた顔を出したとき
あなたもピョコッと出てきて
ママはびっくりしたのと

胸が熱くなったのと・・・

あなたの
陽炎のように
体から消えていく仕草を
ママは 忘れません


       (平成二十年六月)

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