永子の窓

趣味の世界

蜻蛉日記を読んできて(169)

2017年02月16日 | Weblog
蜻蛉日記  下巻 (169) 2017.2.16

「さてついたち三日のほどに、午時ばかりに見えたり。老いてはづかしうなりにたるに、いと苦しけれど、いかがはせん。とばかりありて、『方ふたがりたり』とて、わが染めたるともいはじ、にほふばかりの桜襲の綾、紋はこぼれぬばかりして、固紋の表の袴つやつやとして、はるかに追ひ散らして帰るを聞きつつ、あな苦し、いみじうもうちとけたりつるかななど思ひて、なりをうち見れば、いたうしほなえたり。」

◆◆さて(二月)はじめの三日のころに、昼過ぎほどにあの人が見えました。私はすっかり年をとってしまって恥ずかしくて心苦しいけれど、どうしようもない。しばらくして「方角が塞がっているので(泊まれない)」と言って、私が染色をしたから言うのではないけれど、におうばかりの美しい桜襲ねの綾織で、今にもこぼれそうにくっきりとした浮き紋になっている下襲(したがさね)、つやつやとした固紋の表袴(うわばかま)をつけ、遠くまで響く大声で堂々と先払いをさせながら帰っていくのを聞きながら、ああ苦しい!すっかりくつろいだ姿でいたものだわ、と思って自分の姿を見てみると、着古して衣がよれよれになっていること。◆◆



「鏡をうち見ればいとにくげにはあり、またこたび倦じはてぬらんと思ふことかぎりなし。かかることをつきせずながむるほどに、ついたちより雨がちになりにたれば、『いとどなげきのめをもやす』とのみなんありける。」

◆◆鏡をのぞくと、なんと憎らしげな顔つきでもあり、今度こそあの人から愛想をつかされるだろうとつくづく思ったことでした。



「五日、夜中ばかりに世の中さわぐをきけば、さきに焼けにし憎どころ、こたみはおしなぶるなりけり。
十日ばかりにまた昼つかた見えて、『春日へなん。詣づべきほどのおぼつかなさに』とあるも、例ならねばあやしうおぼゆ。」

◆◆五日、夜中に世間が騒がしいので聞くと、以前火事で焼けた憎らしいあの女の家が、今度は丸焼けになったとか。
十日ごろに、あの人が昼ごろ見えて、「春日大社に行かねばならないのだが、その間心配なので」などと、いつものようではなく神妙なので不思議な気がしました。◆◆

■桜襲(さくらがさね)の綾(あや)、紋(もん)はこぼれぬばかりして、固紋(かたもん)の表の袴つやつやとして=襲(かさね)の色目。表が白、裏が濃い蘇芳。綾はあや織物のことで、いろいろの模様を地紋として織り出した絹織物。紋は綾に織り出した模様。固紋と浮紋とがあるがここは浮紋で糸を浮き出すように織った模様。


■固紋=織物の紋様を糸を浮かさず固く締めて織り出したもの。

■憎どころ=憎らしいところ、近江の女の家