永子の窓

趣味の世界

蜻蛉日記を読んできて(13)

2015年04月14日 | Weblog
蜻蛉日記  上巻 (13)  2015.4.14

「これより、夕さりつかた、『内裏のかたるましかりけり』と出づるに、心えで人をつけて見すれば、『町の小路なるそこそこになん、とまり給ひぬる』とて、来たり。さればよと、いみじう心憂しと思へども、いはんやうも知らであるほどに、二三にちばかりありて、あか月がたに門をたたくときあり。」
――私のところから夕方になって、「宮中に大事な仕事があって」と出かけたので、不審に思い人に跡をつけさせてみたところ、「町の小路のこれこれの女の家に、お車をお止めになりました」と報告して来ました。やっぱりそうだったのか、と心も煮え返る思いでいましたが、どのようにも言ってやることも出来ずにいて、二三日ほどすぎて、まだ夜も明けきらぬ明け方に門を叩くときがありました。――


「さなめりと思ふに、憂くてあけさせねば、例の家とおぼしきところにものしたり。つとめて、なほもあらじと思ひて、
<なげきつつひとり寝る夜のあくるまはいかに久しきものとかは知る>
と、例よりはひきつくろひて書きて、うつろひたる菊に挿したり」
――あの人だと思うものの、腹立たしいのでそのまま知らぬ顔で門を開けさせないでいると、例の女のところへ行ったようでした。翌朝、このまま黙っていられるものかと思って、
(道綱母の歌)「もう幾夜のあなたの見えないことを嘆きながら、一人寝を重ねて夜の明ける間の、どんなに長いことか、あなたはお分かりになりますか。とてもお分かりにはなりますまい。」
と、いつもよりは丁寧に、色の褪せかかった菊(兼家の心変わりを暗に)に添えて持たせてやりました――


「返りごと、『あくるまでもこころみむとしつれど、とみなる召使の来あひたりつればなん。いとことわりなりつるは。<げにやげに冬の夜ならぬ真木の戸もおそくあくるはわびしかりけり>
さてもいとあやしかりつるほどに事なしびたり。しばしは忍びたるさまに、『内裏に』など言ひつつぞあるべきを、いとどしう心づきなく思ふことぞかぎりなきや。」
――あの人の返事は「夜の明けるまで(門を開けてくれるまで待とうとしたが、急用を持って召使いが来たものだから仕方が無かった。おまえの言うことももっともだ。
(兼家の歌)「まったく冬の夜長の一人寝もつらいものだが、門を容易に開けてもらえないのもそれに劣らず辛いものだった」
どういうつもりなのかと不審に思うほど、あの人はけろっとしています。普通なら、遠慮がちに「宮中に用事があって」などと言いつくろうところなのに、そのような心くばりもないのが、ますます不愉快でならない(あの人は平然と町の小路の女のところに通う)。――


■『内裏のかたるましかりけり』=意味不明。「内裏(の方)のがるまじかりけり」か、「内裏の方ふたがりけり」か。

■「なげきつつ……」の歌=百人一首に載る。