落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

地獄のかけら

2017年02月19日 | movie
『愚行録』

1年前に起きた未解決の一家惨殺事件を取材する週刊誌記者の田中(妻夫木聡)は、ネグレクトで逮捕拘留中の妹・光子(満島ひかり)の担当弁護士(濱田マリ)から、責任能力を量る目的で精神鑑定を勧められる。光子は鑑定医(平田満)に促されるままに幼少期の虐待を詳細に語りだす一方で、兄は取材で被害者一家の関係者から過去の交流を聞き出し・・・。

ほんとうにつらいとき、つらい、苦しいといって泣いたり誰かに助けを求めたりできる人は、幸せな人だと思う。
人生、ほんとうにほんとうにつらいとき、困っているとき、必ずしもそれを他人に告白する機会や手段があるとは限らない。
ないときもある。どうしてもそれができないことだってある。どうすればできるのかわからないことだってある。
わからないとき、人は笑って誤摩化したり、何でもなかった風を装ってやり過ごそうとしたりもする。
だから外見上はとくにそれほど傷ついていないようにも見える。
といって、苦しみが軽減されるわけでは決してない。
その痛みは、腫瘍のように目に見えないところでじわじわと人間性を蝕む。自らそれを乗り越えない限り、その醜い傷はどこにもいかないで、ずっとそこにある。
そして、人間誰でも、生きている限りはどこかにそんな傷を負っている。あとは、本人がどれだけ意識するかしないかの差でしかない。

冒頭、バスの座席にひとり腰かけている妻夫木聡の横顔はひどく苦しそうで、それゆえに悲愴な美しさに満ちている。
エキストラ演じる満席の乗客の群れのなかで、異質にさえ映るような美貌。
彼の傷は目に見えてわかりやすい。父から受けた虐待。両親の離婚後、残された唯一の家族だった妹が犯した罪。
彼は一見それを他人事のように棚上げして、事件の被害者たちの友人たちを訪ね歩き、たわいもない昔話を聞いてまわるだけである。なので物語の後半まで、主人公であるはずの彼は画面のなかではほとんど何もしない。黙って他人の話を聞いているだけである。不気味なくらい表情も薄い。
その彫刻のように整った顔面が、ラストシーンでは驚くほど醜悪に変わるのが無茶苦茶怖い。怖過ぎて、台詞では説明されない結末に、アタマがちょっとついていかない。信じたくない、わかりたくないと思っている間に、エンドロールが画面を流れていく。

田中や光子を含めて、登場人物全員はみんな、平凡で一見どこにでもいそうな「普通」の人々だ。
大学時代から女を利用し手玉に取ることになんの罪悪感ももたず、それでいて親友(眞島秀和)には「いいやつ」と信頼されていたエリートサラリーマンの田向(小出恵介)。妻の友季恵(松本若菜)は名門私立大でマウンティングの名手だった美人なんちゃってお嬢様。そんな彼女にボーイフレンド(中村倫也)を寝取られ妬んでいた淳子(臼田あさ美)。
お金が欲しい、ちやほやされたい、ただそればかりに必死に知恵をしぼるのが幸せになる唯一の方法だと信じて疑わない人々。それぞれに身勝手で愚かではあるが、だからといって罪になるほどの悪人でもない。彼ら程度の身勝手さや愚かさは、若さゆえの未熟さでもあるし、無知ゆえの特権の範囲内だと思う。
ただ問題は、彼らがそれをまったく未消化のまま大人になってしまったことだろう。
学生という身分を抜け出し、20代が過ぎ去り、年齢を重ね社会的責任を負う過程で、若かりしころの狭いプライベートコミュニティの評価はいっさいの意味を失う。むしろそれは自ら捨て去るべきもので、でなければ致命的に人格を損なう重荷にすらなってしまう。
ところが彼らにはそれができなかった。できないまま30代も半ばまで引きずり続けたことが、彼らの不幸だった。
ひとりひとりが抱えたそれぞれは些細な不幸かもしれない。ところがそのなかに、物心ついたころからとんでもない不幸を地雷のようにかくしもっていた存在が混じっていたら、どうなるだろう。

最近『永い言い訳』やら『海よりもまだ深く』やらイヤな人がでてくる邦画ばっかり観てるような気がするけど、この作品は極めつけだったね。だって超リアルだもん。全員そこらへんにいるもん絶対。そのリアリティがマジきつかった。
まだまだいい人イメージの妻夫木くんはなかなかの新境地だと思うけど、満島ひかりは正直もう一歩だったかな。ぶっちゃけ長ゼリフ向きの女優さんではないかも。あと彼女に「美人」設定はちょっと無理あるね。かわいいけどいわゆる美人ではないからさ。
映像が「銀残し」風に暗部がぎゅっと締まった色調で、ふわーんと不安定にゆっくり滑るようなカメラワークが独特で、すごく色っぽかったです。音楽もよかった。
石川慶監督はこれが劇場用長編は初作品だそうですが、今後も楽しみですね。

ところで弁護士役の濱田マリさんには四半世紀以上前、大阪の予備校で絵の勉強をしていたころ、モデルさんとして何度かお世話になったことがある(彼女を描いた絵が実家のどこかにまだあるはずである)。モダンチョキチョキズがメジャーになるより前だったと思うけど、当時すでにかなり印象的なキャラクターで、他にもたくさんいた若くて綺麗なモデルさんたちのなかでも飛び抜けて目立っていた。
いままでもたまにテレビで観かけるたびにそのことを思い出してたんだけど、今回の弁護士役は意外性あり過ぎて驚きました。いや懐かしい。



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