落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

空を駆けて

2013年08月14日 | movie
『風立ちぬ』

幼い頃から大空に憧れ、飛行機設計技師を目指す東大生の二郎(庵野秀明)は、列車の中で関東大震災に遭遇、乗り合わせた菜穂子(瀧本美織)を混乱の中で上野の自宅まで送り届けた数年後、三菱重工で戦闘機をつくるようになってから避暑地で偶然再会。たちまち恋に堕ちる若いふたりだったが、菜穂子は重い結核にかかっていた。会社からも軍からも飛行機の完成をせき立てられる二郎と彼女に残された時間は少なく・・・。
日本が世界に誇る零戦を生んだ実在の航空設計技師の生涯をもとにしたフィクション。

ひとことでまとめるのがものすごい難しい映画ではあるんだけど、あえてまとめると究極のオタク映画。由緒正しくしっかりとあるべきオタクの姿をオタクらしく、オタクの道をもって描いた、ワン・アンド・オンリーなオタク映画だと思う。ブラボー。
このごろはこんな報道(「風立ちぬ」に苦言 喫煙場面多いと禁煙学会 )があったり、あんな報道(ジブリ「風立ちぬ」韓国公開が危機 ゼロ戦題材に「右翼映画」批判止まず)もあったりするけど、とりあえずまずこの映画は右翼映画でも反戦映画でもないよね。だって当時世界最高の戦闘機をつくっときながら、二郎はまったく戦争にも社会にも関心がない。きれいさっぱり、そんなことどうだっていいと思ってるし、実際に台詞でもそう語っている。とにかく美しい飛行機がつくれさえすれば、そして愛する人と平穏に暮らせさえすれば、他のことは問題ではなかったのだろう。
この映画では、おそらく、戦争の是非や軍国主義や愛国主義の是非にはあえて意図的に触れていない。ここに描かれるあらゆる要素に対して、その是非を明示しない描写に徹してある。喫煙に関してもそうだし、当時の日本の貧しさに関しても、映画の世界観そのものに対して観客に判断を完全にまる投げするような表現をしている。そのために、あるべき説明すら極力排除されているように見える。

これまでどんなメッセージでも「アニメは子どものためのもの」と、とにかく子どもにわかりやすいように、なるべく平易に表現していたジブリ映画とはまさに逆方向の作品である。まあどっちが趣味かといわれれば、ぐりは正直こっちの、はっきりと大人向けにシフトした路線が好きですけど。何回も観て、いろいろ考えたいタイプの映画だ。たぶん観る人によってまったく感じ方は異なるだろうし、観るタイミングによっても違うと思う。
ぐりにとっては、この物語は自由と豊かさを描こうとした映画のように見えた。二郎が夢見る「美しい飛行機」は自由と豊かさの象徴だ。重力に縛られた大地を離れ、思いのままに大空を舞う飛行機。だが飛行機を開発するには莫大なカネがいる。政府も企業もそのためにあらゆる犠牲を払い、その犠牲の上に二郎の夢があり、二郎の夢の飛行機の行く先は戦争だった。もっともっと莫大なカネと市民社会の犠牲を要求される戦争のために、二郎の夢は成就する。
歴史に「もし」はない。戦争がなくても二郎がこれほど偉大な航空設計技師になれたかどうかなんて誰にもわからない。だが少なくとも彼は、あらゆるモラルやルールから解き放たれていたからこそ天才になれたのではないかと思う。その彼の心の自由と、すべてが飛行機をつくることだけに集約された限定された魂の豊かさがこの映画のテーマなんじゃないかとぐりは思ったし、それこそオタクの最終形じゃないかと思う。オタク、ブラボー。

まあだから、いってみれば喫煙シーンやら戦争美化やらなんという外野の批判は、もしかしたら確信犯なんじゃないかとも思う。いいんじゃないの、なにやったって絶対にヒットする宮崎駿アニメなんだから、どんどん問題提起の方に頑張ってくれた方がむしろ清々しい。
宮崎さんはもう72歳、いつ引退されるか、どの作品が遺作となるか、おそらくは自分でも毎回覚悟しながらとりくんでいるのではないかとぐりは勝手に推察してしまうのだが、ここまで従来の路線から別方向にふりきられてしまうと、他にもこれまでにやってなかったジャンルももっと見せてくれるんじゃないかと、却って今後に期待が高まってしまう。
全編の半分近くが主人公の夢や妄想のシーンで埋められていて、これらが非常に幻想的で美しかった。二郎は近眼で飛行機を操縦することはできないので、画面に登場する飛行シーンは1シーンを除いてほぼすべて夢や妄想ばかりだが、1フレームごとに画面が呼吸しているかのように常に風が吹いている躍動的な映像美がとくにみずみずしい。これぞ飛行機オタクの真骨頂です。
考えてみれば主人公・二郎を演じた庵野秀明もオタクだもんね。彼の場合は飛行機じゃなくて電車だけど。映画を観ていて、昔、彼が電車について熱く語っていたときの語り口調を思い出しました。熱いんだけど穏やかで、静かで、あくまで淡々とした独特のオタク口調。懐かしかったです。どことなく浮世離れした宗教家みたいな雰囲気が二郎のキャラクターととてもあっている。
あと、ジブリ映画でラブシーンって珍しいよね。ラブシーンってほど大したもんではありませんが、そこも新鮮でした。オタク映画でありつつ悲恋映画の王道ってとこがまた憎いじゃないですか。
なんだかんだいったってたかが映画です。何が正しくて何が間違ってるかなんて、どーだっていいんだよ。そういう枝葉末子でいちいち騒ぐことの方が、なんか頭悪そうな気がしちゃうんですけどね。

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