『万引き家族』
2月の夜、団地の廊下で空腹に震えていた5歳のゆり(佐々木みゆ)は、通りかかった近所の住人に夕食に招かれる。
年金暮らしの初枝(樹木希林)は風俗で働く亜紀(松岡茉優)、日雇いの傍ら日用品や食料品の万引きを小学生の祥太(城桧吏)に教える治(リリー・フランキー)、クリーニング工場勤務の信代(安藤サクラ)と暮らす古い小さな家にゆりをうけいれ、貧しくともあたたかさに満ちた家庭に幼女は安らぎを見出すのだが・・・。
第71回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した是枝裕和監督作品。
家族の描写に定評のある是枝監督の集大成ともいえる作品ではないだろうか。
メディアにあふれかえり、いまや消費の対象にさえなり果てた「愛」や「絆」の真の尊さと儚さと移ろいやすさと生々しさを、すべて同時にこれだけしっかりと妥協を排除して表現した映画というのは、少なくとも、日本国内では私の記憶にはなかなかない。
初枝一家は確かに和やかに明るいが、かといってべたべたした甘ったるさはまったくない。一部には一見あるように思えても、実際にはわりとしょっぱかったことが後からわかる仕掛けになっている。しかしそのしょっぱさすら「愛」と「絆」の深みになっている。たとえば初枝のふとんで毎晩いっしょに眠る亜紀は、のちに“おばあちゃん”が自らの両親(緒形直人・森口瑤子)からしばしば現金をうけとっていたことを知る。両親は音信不通の長女が初枝と暮らしていたことを「しらなかった」というが、初枝と彼らの間にどのような了解があったのかなかったのかは映画では描かれないし、亜紀にもわかりようがない。初枝はほんとうに“孫”として亜紀を愛していたのか。それとも金づるとしか思っていなかったのか。だがそんな真実が、いったい誰にどうやって理解できるというのだろう。
その一方で、抱きしめる腕の力の強さにも、ふれあう肌のあたたかみにも、すべてに疑いようのない必然性がある。余計なものは、何もない。
「アンパンマン」の作者・やなせたかしが正義の意味を「子どもにひもじい思いをさせないこと」としていたのをインタビューで聞いたことがあるが、その意味では、この映画に描かれる家族の姿はまさに正義そのものといえる。一家の日々の生活はとにかく飢えないことを第一優先に営まれていたし、そんなものはどこの家庭でも同じ、家庭生活の軸ではあるのだが、重要なのは、この一家の誰もが自分ひとりで勝手にこの最底辺の貧しさから抜けだそうとはしない点である。彼らの全員が、互いにかろうじて飢えない・飢えさせないためだけに、花火も見えない傾きかけたあばら家で身を寄せあい、脆く危ういモラトリアムをささやかに積み重ねていく。それまでの人生で、おそらくはさまざまな不幸を知った彼らは、たとえ貧しくても食事ができて安心して眠れる居場所があることがどれほど幸せなものかを、誰よりも深く知っていたのではないだろうか。
だから彼らに貧しさゆえの悲壮感はない。彼らは、この生活をこのまま続けていたらどうなるか、という将来像をいっさい想定しない。間違いなく、意識して考えないよう逃げている。豊かな人は平気で将来のことが考えられる。貧しい人は怖くて考えられない。その怖さを知らない子どもの祥太だけが、打開の一撃に踏みこむことができる。
描かれる登場人物たちの生活は、窃盗、児童虐待、誘拐、搾取、詐欺など報道で耳にしない日はまずないといっていいくらいありふれた事件の連続である。
だがそれを聞くオーディエンスにとって、加害者と被害者がクロスする1点のみで語られるそれらの事件はいつも、当事者にとっては、それまでもそしてこの先も続いていく人生の断片でしかない。なぜかメディアでは価値を見出されないそれらの“背景”の意味を問うた是枝監督に、強烈な共感を感じました。
キャスティングがとにかく素晴らしいのだが、なかでもゆりを演じた佐々木みゆは唯一無二といってもいい。この家族の中でもまだどの犯罪にも手を染めないピュアな立場に置かれた彼女だが、一見してわかりやすい美少女ではない。邦画で陥りがちな「被害者=汚れない人」という表層的描写に決して迎合しないキャスティングと、無駄に笑ったり媚びたりすることのないストレートな演技が、物語のリアリティを最も強く支えているように見えました。
この物語と似た旧作の『誰も知らない』もすごく好きな作品だけど、その部分が微妙に引っかかってたんだよね。あの映画ももう公開から14年、ゆりと似たポジションのゆきを演じた清水萌々子はもう20歳をすぎて、いまは芸能活動をしていない。
そりゃ監督だって成熟するし、常連だったカンヌだってパルムドールあげちゃうでしょう。じゃあおまえは14年間なにしてたんだとか、自分のことはあまりふりかえりたくないですけど。
関連レビュー
『三度目の殺人』
『海よりもまだ深く』
『そして父になる』
『空気人形』
『歩いても 歩いても』
『花よりもなほ』
『誰も知らない』
国保、社保から葬儀・埋葬の補助
葬儀後の給付金(補助金)
2月の夜、団地の廊下で空腹に震えていた5歳のゆり(佐々木みゆ)は、通りかかった近所の住人に夕食に招かれる。
年金暮らしの初枝(樹木希林)は風俗で働く亜紀(松岡茉優)、日雇いの傍ら日用品や食料品の万引きを小学生の祥太(城桧吏)に教える治(リリー・フランキー)、クリーニング工場勤務の信代(安藤サクラ)と暮らす古い小さな家にゆりをうけいれ、貧しくともあたたかさに満ちた家庭に幼女は安らぎを見出すのだが・・・。
第71回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した是枝裕和監督作品。
家族の描写に定評のある是枝監督の集大成ともいえる作品ではないだろうか。
メディアにあふれかえり、いまや消費の対象にさえなり果てた「愛」や「絆」の真の尊さと儚さと移ろいやすさと生々しさを、すべて同時にこれだけしっかりと妥協を排除して表現した映画というのは、少なくとも、日本国内では私の記憶にはなかなかない。
初枝一家は確かに和やかに明るいが、かといってべたべたした甘ったるさはまったくない。一部には一見あるように思えても、実際にはわりとしょっぱかったことが後からわかる仕掛けになっている。しかしそのしょっぱさすら「愛」と「絆」の深みになっている。たとえば初枝のふとんで毎晩いっしょに眠る亜紀は、のちに“おばあちゃん”が自らの両親(緒形直人・森口瑤子)からしばしば現金をうけとっていたことを知る。両親は音信不通の長女が初枝と暮らしていたことを「しらなかった」というが、初枝と彼らの間にどのような了解があったのかなかったのかは映画では描かれないし、亜紀にもわかりようがない。初枝はほんとうに“孫”として亜紀を愛していたのか。それとも金づるとしか思っていなかったのか。だがそんな真実が、いったい誰にどうやって理解できるというのだろう。
その一方で、抱きしめる腕の力の強さにも、ふれあう肌のあたたかみにも、すべてに疑いようのない必然性がある。余計なものは、何もない。
「アンパンマン」の作者・やなせたかしが正義の意味を「子どもにひもじい思いをさせないこと」としていたのをインタビューで聞いたことがあるが、その意味では、この映画に描かれる家族の姿はまさに正義そのものといえる。一家の日々の生活はとにかく飢えないことを第一優先に営まれていたし、そんなものはどこの家庭でも同じ、家庭生活の軸ではあるのだが、重要なのは、この一家の誰もが自分ひとりで勝手にこの最底辺の貧しさから抜けだそうとはしない点である。彼らの全員が、互いにかろうじて飢えない・飢えさせないためだけに、花火も見えない傾きかけたあばら家で身を寄せあい、脆く危ういモラトリアムをささやかに積み重ねていく。それまでの人生で、おそらくはさまざまな不幸を知った彼らは、たとえ貧しくても食事ができて安心して眠れる居場所があることがどれほど幸せなものかを、誰よりも深く知っていたのではないだろうか。
だから彼らに貧しさゆえの悲壮感はない。彼らは、この生活をこのまま続けていたらどうなるか、という将来像をいっさい想定しない。間違いなく、意識して考えないよう逃げている。豊かな人は平気で将来のことが考えられる。貧しい人は怖くて考えられない。その怖さを知らない子どもの祥太だけが、打開の一撃に踏みこむことができる。
描かれる登場人物たちの生活は、窃盗、児童虐待、誘拐、搾取、詐欺など報道で耳にしない日はまずないといっていいくらいありふれた事件の連続である。
だがそれを聞くオーディエンスにとって、加害者と被害者がクロスする1点のみで語られるそれらの事件はいつも、当事者にとっては、それまでもそしてこの先も続いていく人生の断片でしかない。なぜかメディアでは価値を見出されないそれらの“背景”の意味を問うた是枝監督に、強烈な共感を感じました。
キャスティングがとにかく素晴らしいのだが、なかでもゆりを演じた佐々木みゆは唯一無二といってもいい。この家族の中でもまだどの犯罪にも手を染めないピュアな立場に置かれた彼女だが、一見してわかりやすい美少女ではない。邦画で陥りがちな「被害者=汚れない人」という表層的描写に決して迎合しないキャスティングと、無駄に笑ったり媚びたりすることのないストレートな演技が、物語のリアリティを最も強く支えているように見えました。
この物語と似た旧作の『誰も知らない』もすごく好きな作品だけど、その部分が微妙に引っかかってたんだよね。あの映画ももう公開から14年、ゆりと似たポジションのゆきを演じた清水萌々子はもう20歳をすぎて、いまは芸能活動をしていない。
そりゃ監督だって成熟するし、常連だったカンヌだってパルムドールあげちゃうでしょう。じゃあおまえは14年間なにしてたんだとか、自分のことはあまりふりかえりたくないですけど。
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