落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

鏡と玉と剣

2017年11月22日 | lecture
明治学院大学国際学部付属研究所公開セミナー「憲法が変わる(かもしれない)社会」

第二回に参加して来た。初回も参加したかったんだけど、先週は仙台高裁にいてかなわず。

スピーカーは片山杜秀氏、対談者は研究所所長の高橋源一郎氏。
片山氏の専門は政治思想史。もともと戦前のナショナリズムを研究しつつ音楽評論も書く著述家で、慶応大学で教鞭を執られるようになったのは40代になってからとのことである。

主催の高橋氏によれば、この連続セミナーの主旨はなんらかの結論に誘導するのではなく、昨今活発になって来た改憲論を考えるにあたり、ほんとうに必要な知識を得ることだそうである。
改憲を考えるといっても、ごくふつうの庶民は憲法なんて中学高校の社会科の授業以来、本文を読んだこともないのが実情だろう。しかも憲法はわかりにくい法律用語で書かれている。そんな憲法に、まず、ひとりひとりが自分の立ち位置で向かいあい、己の頭で読み解くための道具が必要である。確かに。

第二回のテーマは「天皇と憲法・天皇と民主主義」。
なんでかというと、いま改憲を進めようとしている保守派の皆さんが、天皇を重んじる形に日本を変えていこうとしているからである。政治的思想的宗教的ナショナリズムをもって、不況のストレスに苦しむ人々を欺いて、明治大正時代の国家体制に戻そうとしている。
一方で今上天皇は戦後民主主義を擁護する姿勢を常に明確にしているから、彼らとは大きな思想的齟齬がみられる。このギャップは何か、ということが語られた。

以下、高橋氏の質問に片山氏が答える形で進行した(録音もしてないしメモに基づく概要なので一字一句このままではないです。念のため)。

Q.明治憲法と明治天皇とはどんなものか。いったい明治の初めに何がおきて、どんな国家が生まれたのか。

A.明治憲法はざっくりいえば「天皇=神」という憲法。
明治憲法は戦後新憲法になるまで一字も変更がなかった。その点では現憲法と同じで、解釈次第でどうにでもなる憲法だった。憲法を変えないで、解釈の範囲で大正デモクラシーも国家総動員体制も実現した。
違いは主権が天皇だったこと。明治憲法の最大の目標は天皇制の維持。もちろん国民をまもることがうたわれてはいるけど、それはあくまで天皇制を維持するための手段だった。
だから主権者は天皇なのに、天皇は何の責任も負わないしくみになっている。たとえば、欧米では戦争に負ければ元首も変わるし、革命がおこったりする。大幅に国家体制も変わる。日本の天皇はそうしたしくみを超えた“超越的存在”に設定されていた。
つまり一見グローバルスタンダードな国家を目指したようにみえて、尊王と開国を並列させた、西洋とは全く別の東洋的思想に基づいた国家体制だった。
西洋の憲法は国民の自己実現のためにある。ところが明治憲法では、国のために個々の幸せは犠牲にされなくてはならないことになっていた。

Q.人権と社会保障が注目された大正デモクラシーの時代から、なぜ第二次世界大戦、国家総動員体制という社会になっていったのか。

A.第一次世界大戦後の好景気の後、日本は辛亥革命で混乱する中国に市場を求めた。そこに関東大震災があって、その2年後に普通選挙が始まり、世界恐慌がおきた。
世界中不景気だから、選挙でどの政党が政権をとってもマニフェスト通りにはいかなくて政治不信になる。そのはけ口が軍や官僚に向かった。アジアブロック経済に解決を求めたのが大東亜共栄圏。そして満州事変がおきる。
大正デモクラシーだって綺麗事じゃなくて、人がそれぞれ豊かになりたいという基本的欲求によって始まった。それが戦時中、アメリカのプロパガンダで日本のナショナリズムがとんでもないもののように世界中に喧伝されて、日本の国民性自体が全世界から疑われることになってしまった。
それを日本の保守派はいまも恨んでいる。にもかかわらずその代弁者である安倍政権は日米同盟至上主義だし、今上天皇は国民と親しくすることで家業としての天皇制を維持しようとしている。いずれにせよスタンスがはっきりしない国。

最後に、たまたま来場していた政治学者の原武史氏も交えて、今上天皇のおことばについての討論があった。
去年8月、自ら退位について触れられた件である。

片山氏は、戦後民主主義を擁護する今上天皇の発言として、ふたつの側面があると指摘した。
ひとつめは、天皇が天皇制に言及するのは憲法違反であるということ。ふたつめは、積極的に語る行動主義的天皇像を提示したという点で、これは肯定的に評価せざるをえない、とした。

原氏はそれとはまったく別のポイントを指摘した。

われわれが天皇制を語るとき、しばしば想定されるのは近代の天皇制である。だがいまの天皇制ができたのは明治時代であり、それ以前の天皇制はいまとは別のものだった。
過去の天皇の半数以上は生前に退位していて、これが他国の王制・帝制とは大きく異なる点である。日本で最後に生前退位したのは光格天皇(注:在位1780〜1817年。けっこう長いね。亡くなったのは1840年)。といっても鎌倉〜江戸期の天皇は社会的影響力も弱く、政治力もなかった。2013年に今上天皇は天皇陵を見直し、江戸以前の小規模な、戦後憲法下の天皇制の、いわば身の丈にあった形に戻すことを提案した。

その一方で、今上天皇はおことばの中で、天皇の役割の中核は「いのり」すなわち宮中祭祀と、人々の傍に直接たつ行幸であるとしている。
しかし、宮中祭祀も行幸も明治以降に復活したもので、江戸期には行われていなかった。行幸に至っては平安中期以降何世紀にもわたって行われていない時期が続いていた。行幸は明治以降、天皇の力を強大化するための手段でもあった。
それを今上天皇は誰よりも熱心におこなっている。江戸以前の天皇の姿に戻そうと提案しながら、明治以降につくられた天皇制を強化しようとするのは矛盾している。

昭和天皇が終戦直後にやった巡幸が良い例で、戦争が終わって時代は変わったのに人のあり方はまったく変わっていなかった。人間宣言をした天皇のために、どこにいっても何万もの人が集まり万歳コールがおきて、ときに涙しながら君が代を斉唱した。
彼は玉音放送で「国体を護持」と断言している。敗戦がどれほど残酷でも、皇太子時代に全都道府県を行幸した彼は、君民一体の国体は簡単に崩壊しないことをよく知っていたからだ。

今上天皇もおことばのなかで、玉音放送と同じ言い回しで“皇室がどのような時にも国民と共にあり”と語った。
夫婦ふたりで国民の前で膝をつき直に手を触れる平成スタイルで、さらにひとりひとりの心に深く刻む行幸を確立したのは、ある意味ではかつての天皇制より危険といえる。

セミナーの内容はここまでで、以下しょうもない感想。

憲法の勉強がしたいけど、専門書は難しいし市民講座は高いしなどとくよくよしていたところに、最近何度か専門家のお話をうかがう機会があり、よりきちんと総合的に憲法を知りたいという欲求がたかまっていた。
天皇制には個人的にさほど興味があったわけじゃないけど、たった1時間半でもめちゃくちゃおもしろかったので、もっと勉強してみたくなりました。
それにしてもスピーカーお二方ともすんごい早口で喋る喋る。著作もまったく読んだことなかったけど、これから読んでみようと思います。
会場になった500名収容の大講義室はほぼ満席。平日の昼間、横浜市内とはいえ駅からかなり離れた山の上のキャンパスにここまで人が集まるというのが驚き。それだけ関心が集まってるってことだね(なんてコメントはのんきすぎですか)。大半はリタイア世代だったけど、現役学生と思しき若者もちらほら見かけました。
来週も出席の予定です。



明治学院大学横浜キャンパスにて。

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