落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

釜山行きの恐怖列車

2017年11月05日 | movie
『新感染 ファイナル・エクスプレス』

誕生日に別居中の妻に会いたいという娘スアン(キム・スアン)を連れ、釜山行きの高速鉄道KTXに乗車したソグ(コン・ユ)。発車直前にとびのってきた乗客からウィルスが次々に乗客や乗務員に感染、襲われた人間が別の人間を襲い始め、車内はパニック状態に陥る。
ソグは娘を守るために他の乗客と協力して感染者に立ち向かうのだが・・・。
2016年に韓国で大ヒットしたゾンビパニック映画。

韓国映画でゾンビパニックといえば最近も『哭声/コクソン』という傑作がありましたが。
これはもう純然たるエンターテイメントホラーですね。暗喩とか象徴とかそういうものはいっさいない。とにかく怖い。とにかくゾンビ大量。しかも新幹線(正確にはKTXはフランスのTGVがベースなので日本の新幹線とは無関係)。余計なものがなんにもないというか、いれる余裕が世界観の中にまったくないんだよね。車内も車外もゾンビまみれだし、車内は狭いし外部との連絡もつかないし、乗客と同じように観客も冷静に頭を働かせて何かを考えるということがぜんぜんできない。
恐怖がどれだけ絶好の思考停止装置かを、改めて再確認させられる映画です。

思考停止になると人間どうなるか。
とりあえず自分のことしか考えられなくなるんだよね。客観的になんてなれない。いまのこの一瞬をうまくやり過ごしたい、自分ひとりだけでも無事に切り抜けたい、そのことしか考えられなくなる。だからいくらでも残酷にも冷酷にもなれてしまう。すなわち本性が出る。
この映画で印象的なのは、その本性と外見(=社会的ステイタス)の破壊的なギャップがやたらに強烈に皮肉られている部分。幼いスアンが高齢者をかばおうとするのに対して、ソグは「こんなときだから自分のことだけ考えろ」と諭すし、バス会社の役員だというヨンソク(キム・ウィソン)は本来無関係であるはずのKTXの乗務員に高圧的に威張り散らし、ソグたちは感染しているかもしれないのだから隔離すべきだなどとヒステリックに主張する。ひとりがそうわめきだしたら、周りも無批判に同調する。本性だよね。
これは映画の中だから極端な例だよといって笑うこともできるけど、現実の非常時にだって無茶苦茶な非常識と差別がまかり通ってしまうことも、2011年の大災害を経て知ってしまった人は、あるいはぜんぜん笑えないかもしれない。私は笑えなかった。何を連想したかなんてとてもここには書けないけれど。

新幹線(じゃないけど)舞台でパニック映画という設定のせいか、主役のコン・ユが大沢たかおに見えてしょうがなくて。『藁の楯』ですねええ。キャラはまったく違うんだけどね。どっちかというと『そして父になる』の福山雅治みたいな人物造形です。娘のことはかわいいんだけど父親にはなりきれなくて、仕事の成功や己の利益にばかり敏い嫌な男。それがゾンビパニックという非常事態の中で父親としての使命感に目覚めていく。のはいいんだけど、プロポーションが異常に人間離れしてて、演技にリアリティがうまく感じられない。そういうところも大沢たかおっぽい(個人的に苦手なのですすみません)。

それにつけてもあの大量ゾンビは怖かった。あれだけいっぱいいたらもうディテールとかなんでもよくなるね。そこに尽きます。2時間近い上映時間の間、ちょこちょこと展開をひねりつつもおおまかにはゾンビと人間との対決シーンしかないのに、いっさい観客を飽きさせない。設定と物量の勝利。天晴れ。



手紙の旅にて

2017年11月05日 | movie
『ゴッホ 最期の手紙』

郵便配達人ルーラン(クリス・オダウド)に依頼され、ゴッホ(ロベルト・グラチーク)の弟テオ(Cezary Lukaszewicz)宛ての最期の手紙を届けることになった息子アルマン(ダグラス・ブース)。パリにテオを訪ねるが彼はすでに他界した後だった。手紙を託すべき相手を探してアルル、オーヴェルとゴッホの足跡を辿り彼を知る人々に出会ううちに、謎に包まれた画家の最期が明らかになっていく。
125人の画家による手描きの油絵で表現したアニメーション・サスペンス。

たまたま去年、アムステルダムのゴッホ美術館を訪ねる機会があり。まとめて物凄い数のゴッホ作品を直に間近で目にすることができた。
考えてみればゴッホは小さいときからいちばん身近な画家だったかもしれない。親が絵が好きで、なかでもカレンダーや新聞の日曜版から切り抜かれたゴッホ作品はつねに家のなかのどこかしらに飾られていた。昔から日本で人気だったんだよねきっと。中学高校時代には何作か模写もした。とくに個人的に好きだったわけではなくて、当時のお気に入りはドラクロワとかベラスケスだったんだけど、教材としても手近だったのかもしれない。
好きな作家というよりは、もっと無自覚に生活の延長のような距離にいる画家という感覚だった。実際に会ったことはないけど、家族の話題にはちょくちょく出てくる有名人の遠い親戚のような。
だからゴッホ美術館で大量の彼の作品を目前にして、不思議な戸惑いを感じたのを印象的に覚えている。生まれてこのかた、おそらくは知っている画家の中でもっとも長い時間作品を観てきたはずなのに、初めて、「あ、この人ホントに画家だったんだ」と気づかされたような。
ええ失礼なのはわかってます。わかってるんだけど。

そのゴッホ美術館で、彼が最期につかったと思われる拳銃も展示されていた(画像)。
それをみて、あまりにもなんども何度も耳にしてきた彼の人生の物語のその端に、やっと手が触れたような心地がした。
たった8年余という短い画家生活の間に、頻繁に居を変え、オランダからフランスへと移りながら800点以上にも及ぶ作品を遺したゴッホ。現存しない作品もある(画材不足から重ね塗りで潰した絵があることがわかっている)から、単純計算で少なくとも3〜4日に1点以上も絵を描いたことになる。もちろん画材費や生活費などを支援した弟テオの献身も大きかったと思うけど、それにしても、画家としてアーティストとして表現者として、ここまで勤勉な人はなかなかいないのではないだろうか。彼ほど魂のこもった作品をこれだけコンスタントに描き続けるには、肉体的にも精神的にもすさまじい集中力をひたすら維持することがもとめられる。そんな生活を、どんな紆余曲折があったにせよまる8年以上続けた末の、その結末を一瞬にして終わらせた、黒い鉄の塊。
決して人気作家ではなかったものの独自の世界観を確立し、芸術家仲間には一目置かれ一部には高く評価もされていた37歳の作家の、あまりにも呆気ない最期は、ぜんぜんドラマでも伝説でもなく、単純にただ寂しくて悲しくて不幸なだけの出来事でしかなかった。
そのごく当たり前のリアリティが、白い展示台の上の拳銃から伝わってきた気がした。

映画は全部、ゴッホの有名作品(「星月夜」「夜のカフェ」「夜のカフェテラス」「アルルの跳ね橋」「ラ・クローの収穫」「オーヴェルの教会」「カラスのいる麦畑」など)の忠実な模写をベースに、実写の俳優の演技をゴッホ風絵画に起こしたアニメーションを加えて表現している。つまりまさにゴッホの絵が、絵に描かれた人々が動いて、ゴッホについて話している。
その映像はそのまま、ゴッホがみていたであろう世界にみえる。渦巻くような星明かり、眩しく燦然と輝く都市のナイトスポット、夏風に波打つ草原の緑、燃えているような収穫どきの麦畑、画家を見つめ返す人々の髪や頬の影に刻まれた深い筆致の一筋一筋に、彼がこめた愛と魂が伝わってくる。それは実際には、この作品に参加した125人の画家たちの愛と魂なのだろう。その愛と魂にみちたワンシーンワンカットから、どうしてこれほど芸術を愛し芸術に愛された彼が、こんな風に亡くならなくてはならなかったのかという悲しみが、胸に迫る。
理由も経緯もなにもかもどうでもよくなる。誰にどう思われていたかどうかも関係ない。ただ、死ぬことはなかったのにと、それだけを感じる。
37歳はやっぱり、どう考えても早かったよねと。

あわせて、晩年の彼をとりまく人間関係がとても繊細に描かれていたのがある意味新鮮でもありました。ゴッホの人間関係というとどうしても家族や女性関係(さっぱりもてなかった)やゴーギャンとの確執ばっかりフォーカスされがちな印象があったので、他にも絵のモデルになったさまざまな人々本人がゴッホのことをそれぞれ主観的に語るというアプローチが、アニメーションなのに却って生々しく感じた。
いまとなっては偉大な芸術家になったゴッホだけど、周囲の人々にとってはかなり厄介な人ではあったのだろうと思う。それはおそらく事実だ。だけど、短命だろうが長命だろうが芸術家なんてものは大概が厄介な人が少なくないし、厄介な人だからこそ凄絶な孤独の中から余人をもって代えがたい不朽の名作をも生み出せるともいえる。
ただそういう人生って往々にしてなかなかしんどいし、だから彼の作品は観ててちょっとしんどいのかもしれない。
すごい傑作ばっかりだとは思うんだけど。



When you love someone you have to be careful with it, you might never get it again.

2017年11月05日 | movie
『ノクターナル・アニマルズ』

20年前に離婚した夫エドワード(ジェイク・ギレンホール)から、小包で小説の校正刷を受けとったスーザン(エイミー・アダムス)。
「夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)」と題するその作品を読みながら、学生時代、まだ未熟だったふたりの結婚生活を思い返すのだが、そこに書かれた物語はあまりにも暴力的だった。
『シングルマン』で愛する人を亡くした大学教授の喪失の日々を描いたデザイナー、トム・フォードの二作目。

どんなに豊かでも、もっているものに満足できない人は、いつまでたっても不幸だ。
たとえば住む家がある。食べるものがある。履いてでかける靴がある。でかけて会える友人がいる。生活の糧を得る仕事があったり、ともに人生をわけあう家族がいる。
生きていくために必要なものは、実はそれほど多くはない。最低限、いちばんだいじなものだけ、手に抱えられるぶんだけ、肩に担ぐことができる程度のものさえあれば、たいていはなんとかなる。と個人的には思っている。
だが高度に複雑化した現代社会では、そうは考えない人はとても多い。つねに何かが足りなくて、その欠けたピースを埋めるためにもがいている。たいていそのピースは、いまは手元にはないけれど、どうにかすればちゃんと手が届くところにあるものと信じている。
世間はそれを自信とか上昇志向とか向上心とか出世欲なんて呼ぶかもしれない。ある意味では、その欲求が社会を動かしているといえる。しかし、そうした一方通行の欲求が決して少なくない人々を不幸せにしているともいえる。

スーザンはアートビジネスで成功し、イケてる現夫ハットン(アーミー・ハマー)と豪邸に暮らし、綺麗な娘(India Menuez)にも恵まれている。それでいてハットンの仕事のビミョーな雲行きからなのか、うっすら離婚を考えはじめている。夫は夫でニューヨーク出張中にどちらさまかとお楽しみだからまあお互い様といえばお互い様なのかもしれないけど。
美人で何もかも手に入れておいてここまで決定的にありふれて残念なシチュエーションから、20年近く音信不通だった前夫からの手紙が、静かに音もなく、しかし確実にすべり落ちていく罠のようにヒロインを陥れていく。
彼女はおそらく、自分が満たされないのは家庭生活のせいだと思っているけれど、そう考えがちな傾向が自らの根本的な価値観のなかにあることには気づいていない。
そのことを、20年も前、互いに何者でもなかったころの伴侶が、彼女に伝えようとしていたことにさえ、思いもよらない。

映画はヒロインの実生活の現在と、エドワードとの数年間と、小説「夜の獣たち」の世界とが交差する形で進行していく。
「夜の獣たち」の主人公トニー(ジェイク・ギレンホール/二役)は夜のハイウェイで暴漢(アーロン・テイラー=ジョンソン/カール・グルスマン/Robert Aramayo)に襲われ、車を奪われ妻(アイラ・フィッシャー)と娘(エリー・バンバー)が誘拐される。自身はどうにか難を逃れるが、翌朝になってようやく警察に通報するものの、捜査の結果発見された妻子は暴行を受けた挙句に殺害されていた。物語はこのトニーの主観で、彼がその後の人生を唯一の目的をまっとうするためだけに生きる過程をシンプルにストレートに描いている。
映画『ノクターナル・アニマルズ』の物語も、構造的にはやや技巧的ではあるものの、基本的には非常にシンプルでストレートだ。
愛と復讐。
男女の人生観の溝。
時間は決して逆には進まない。
普遍的な映画のテーマだ。それをこれだけのミステリーにできるんだからスゴいです。まさに圧倒的。原作も読まなきゃ。そういえば『シングルマン』の原作も読もうと思って読んでなかった。

残念ながらグッチやイヴ・サンローランみたいなブランドの服やら靴を買える身分ではないし、トム・フォードのことは『シングルマン』を観るまでよく知らなかったんだけど。テキサス出身なのね。小説「夜の獣たち」の舞台・テキサスの描写があまりにもあまりなのはそのせいなのかなあ。
エドワードとスーザンの設定が『ゴーン・ガール』に似てたせいなのか、ついついスーザンが『ゴーン〜』のエイミーに重なってみえてしまったけど、考えてみれば、あの映画にも描かれた“イケてる自分”を手に入れるために結婚して、結婚してみたらそうは問屋が卸さなかったなんて展開はおそらくは世界中どこにでも転がっている話だろう。肝心なのは、その“意外とイケてなかった”と判断できたときに、自分の人生にいちばんたいせつなものを見誤らずにうまく己をシフトチェンジできるかどうかが、自分で自分を幸せにできるかどうかを左右するのかもしれない。そのスキルに、教養とかキャリアとか知識とか経験はあまり関係ないのではないだろうか。
だから世の大半のカップルはこんなにドラマチックな恐怖の坩堝にははまったりしないのかもしれない。はまってないことを、天に感謝しなさいよという話ではないとは思いますけれども。



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