goo blog サービス終了のお知らせ 

落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

ネクタイはウインザーノットで

2010年10月14日 | movie
『シングルマン』

16年間連れ添った恋人ジム(マシュー・グード)を事故で喪ったジョージ(コリン・ファース)。
絶望的な孤独感に耐えかねた彼はついに愛する人の後を追うことを決意、静かに周到に準備を整えていく。
1962年のロサンゼルスを舞台に人生最後の一日を過ごす男の内面を描く。

監督はトム・フォード。本職はファッション・デザイナーですな。グッチとかイヴ・サンローランとか、グラマラスでラグジュアリーかつセクシーなデザインが特徴的な人ですね。ぐり大好きです。
でもなんぼ好きなデザイナーの監督デビューったって、それだけで観たいとは思わない。洋服のデザインと映画づくりじゃ畑違いですし。しょーじき全然期待してなかった。
ところが完成してみたら結構な評判で2009年度の賞レースでもなかなかの健闘を見せ、主演のコリン・ファースはヴェネツィア国際映画祭と英国アカデミー賞、サンフランシスコ映画批評家協会賞で主演男優賞を獲得している。ブラボー。素晴らしい。

確かにコリン・ファース素晴らしいです。マジすげーっす。
とくにぐりが感動したのは、ジムの兄弟(ジョン・ハム)から電話で事故の連絡を受けるシーン。
ごく短い会話がワンカットで終わり、電話を切ってから涙が一粒、ぽろりとこぼれる。ぐりの記憶にある限り、今までに観た映画の中に、こんなに能弁な涙はまずなかったと思う。最愛の人に二度と会えない悲しみ、その事実をいきなり突きつけられた衝撃、昨日までそこにあった幸せがするりと手の中から抜け出ていってしまった欠落感、ふたりで大切に積み重ねて来たものをあっさり否定され奪われる無力感、不条理、悔しさ、怒り、その他言葉には表せないもろもろのものがこれでもかと溢れんばかりに、たったひとしずくの涙の中に流れているのだ。
これほど悲しく、切ない涙を、ぐりはおそらく初めて観た。

物語は完全にジョージひとりの主観で描かれる。
朝、今日で終わりにしてしまおうと決めた彼は、表面上はいつも通りに振る舞いつつ着々と身辺を整理し、黄泉路への旅装を整える。護身用の銃に新しい弾丸をこめ、職場のデスクを片付け、金庫の中身を処分し、遺書を書き、経帷子を揃える。折りに触れてジムとの美しい思い出がフラッシュバックする。まるで今ひとりぼっちのジョージは偽物で、記憶の中でジムといっしょにいたジョージの方が本物だとでもいうように。
だが、そう簡単に人は死ねない。死のうとしているジョージをジムが呼ぶのと同じように、生きているジョージにもさまざまな人々が呼びかけてくる。彼らの声もまた、ジョージの心をそっと震わせる。
その力は最愛のジムが揺さぶるほど強くはないかもしれないが、なにしろ彼らは生きている。ジョージも紛れもなく生きている。人生最後の一日を生きるジョージには、生きている彼らの声も、常とは違って響いてくる。

ドラマチックなことは何も起こらず、台詞も少なく、非常に淡々とした映画ではあるけど、シンプルなのに知的でノーブルで官能的で、ちょいっとピリッとしたウィットもあるシナリオがとってもオシャレ。原作は邦訳されてないっぽいので(どっかでされてたら誰か教えて下さい)、とりあえずジョージが大学の講義で使ってたハクスリーでも読んでみますか。
もちろん映像も非常に素晴らしい。そこはさすがデザイナーです。全編まるでファッショングラビアのよーな完成度。まさに完璧。DVD出たら欲しいわあ。音楽もいいなと思ってたら梅林茂が担当してたのねん。
それにしてもコリン・ファースはこの手の出演作多いなー。ぐりが観たことあるだけでも『アナザー・カントリー』に『アパートメント・ゼロ』に『秘密のかけら』。4本目ですか。まあどれも名演だからいいけどね。
ジョージのガールフレンドを演じたジュリアン・ムーアも相変わらずええ女ですなあ。この人、とくにスタイル抜群でもないしソバカスだらけでしわしわなんだけど、なんかすっげえキレイなんだよね。この人を見るたびに、つまりは本物の美しさはそんな表面上の細かいこととは関係ないのさってことを痛感させられます。じゃあ何なんだ?って訊かれてもよくわかんないんだけど。