つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

自・由、然、業、得

2017-06-17 | Weblog
天空より現れしもの、その高度な知的生物たちは、
人類などに興味はない。
ただ彼らにもさまざまな種がいるために、
人間より優れた知識を持ってはいるが、
宇宙からの来訪者の中では低レベルにある者もいる。
来訪者の中でもスーパーゴッドなる生命体がいて、彼らは地上に降りてくることなく、
地上の管理監視ができる。侵略しようとする意図をもって来訪する者たちから、
ある程度守護しているのは、彼らの仲間もこの地上に住んでいるためである。
未知との遭遇というのは、それらがどんな能力があり、どんな意図を持っているのか
わからないために、それぞれが牽制しあい知識を得ようとする。
生物である以上、敵としてみなせば、害が及ばないように排除しようとするものである。
まだ人類が地上に誕生する以前に、知的生物たち同士との争いがあり
核エネルギーが何度か使われた経緯がある。どうしてそんな過去のことが
知りえるのかといえば、スーパーゴッドが教えてくれるためである。
それは、エネルギーの法則なる自由の周波によっての同調である。つまり、
縁起という言葉になる。
啓示という言葉も縁起からくるもので、同調することによってつながることができていく。
その方便が、知恵ということになる。
時間と空間に支配された世界であれば、時間と空間がない世界を理解することはなかなか難しい。
が、魂、いわゆる精神、心というものはエネルギーであり時間と空間の概念がない。
概念を持つのは自由があるためで、その自由をどう捉えるかが性質であり性格である。
エネルギーはゼロを自由としている。それぞれの捉え方、自由によって現れるのである。
この自由がすべての支配である。そのために、いかなるものも、
不自由として他に与えることはできない。もし不自由として他を縛り付けるならば、
不自由を強いたものが不自由となるのである。
スーパーゴッドなる生命は、この自由を熟知して、だから、訓じ導くだけで、
強制的にということはしない。自業自得が自由からくるものであるために。

「求めよ、さらば与えられん。」この意味を思慮して、
深遠を解かねばならない。
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