つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

路傍の人に足を止めない

2011-09-30 | Weblog
人に「完璧」という人は無く、
頭がよければ自惚れ、
金があれば見下し、力があればすき放題振る舞い、
とにかく謙虚を知らない。
怒り心頭にして、ただバカという。
中流と意識するものと上流と意識するものとの階級は下層。
金が楽をうむという暮らしの中では、羅苦ばかり。
人に、私はバカだからと謙遜するも不遜な行為からで、
取り繕っているだけのこと。本当に馬鹿といわれりゃ腹が立つ。
さもしい人である。
俗世、ずる賢い人ばかり。憎まれっ子世にはばかるとは実に然り。
厭世になりたくもなる。
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知の恵

2011-09-29 | Weblog
経験からそのものの特徴、癖、ころあいを覚え、
その識が智慧となる。
智慧をつけたことによって自分に便宜が図られる。
予め知ることもできるようになる。
不思議なことに。

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細胞

2011-09-28 | Weblog
あなたが宿って生まれた肉体は、
どこを取ってもあなたを記憶している。
脳だけではなく
細胞の一つ一つにあなたが記憶されている。
人にそれぞれ好き嫌い、合う合わないがあるように、
細胞にも同じく相性がある。
善行に勤しんでいるものは、ことごとく好き嫌いを抑えて、
誰にでも相性を合わせている。その記憶は細胞の隅々まで行き渡り、
ドナーとなって人助けをする。
人は皆同じであるとする心の念いがなせる業である。
心底善行に勤しむ人は真底にささやく。
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2011-09-27 | Weblog
憤怒の相は明王に委ねて、
一切の心の怒りをなくす。

短気は損気である。
気の短い者に賢者はいず、
どこからも疎まれていることにさえ疎い。
そんなあなたに遇えば、笑顔で気を使い
気まずさを起こさぬようにと
周りはオタオタ。争うことをしない。

怒りがプラスにはたらくことは無く、
害うだけであるとそこそこ知るから。
短気はバカである。
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仮の事

2011-09-26 | Weblog
このところ特に時間が早く過ぎるような気がする。
年老いてくれば誰でもそう感じるようだが、年に限らずという
異変として速さを感じるのである。
老いも若きも年月の速さを感じているようである。
科学的に検証しても今昔、時間の早さは少しも変わらない。
だが、である。
現代科学は、コンピューターなるものが開発されてから、更なる速さでその進歩を遂げている。
少し前の未知だったことが知れるようになり、不可能と思われていたことが可能となってきた。
これからも更なる進歩は続き、時間というエネルギーも解き明かされていくだろう。遠くにある世界も
隔たり無く存在することを知る。私達がまるでテレビチャンネルを変えるように、瞬時に移り行くものであることを。

仮にとして、
明日のことがわからないのは、これから行く時間と過ぎ去った時間とに差異は無く、過ぎ去った時間にこれからの時間が関与して
しまうためである。
是に狂いが無い為に是として法則となっている。狂いの無いものである為に、狂い無く明日はやってくる。
すべてにおいて狂い無くであるために、信じられて私たちは生きていられる。
もし、少しの狂いでも生じたなら存在することができなくなってしまう。それほど正しく日は巡るのである。
絶対である為に変わらない動きとなって存在している。だから、そのその昔は天気も確かであった。
晴天の有無も狂いは無かった。是(法則)に狂いが無い為である。
法則は浄化であり、必ずゼロに戻る。中が虚ろで膨らんでいるのが容である。その虚ろという自由をもって法則は動いている。
その自由に動かされて無常となっている。
私達が更なる進歩をして、やがて時間も克服するようになれば、未来も過去も行き来できるだろう。
そうなったとき、生まれる前の世界に旅をして、生まれることを阻止したならば、今の私はどうなるであろう?という変なことにも
答えは出てくる。時間線がずれるだけである。私のいない時間線がつくられていく。私にとってその時間線は無である。
今の時間線上のいままで生きてきた現象は存在していた為に、旅に出たまま帰らぬ人となる。が、阻止した自分は阻止したときからの時間線上を生きる。

はるかに進んだ知的生命体は、すでに時間を知り尽くしている。そのような生命体が意図して関与すれば、
常に未来は不定となる。明日の命がわからない。
寿命であったとされる。
無知であるから。

ものが終わりを遂げようとするときは、加速する。
燃え尽きるローソクが激しく燃え盛り、その後すぐになくなってしまうように。
穴に吸い込まれる水が、少なくなれば少なくなるほど早く吸い込まれてしまうように。

計測してもわからないことが、気は感じる。
同じエネルギーであるために、
虫の知らせと呼んでいる。
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人の悪の念い

2011-09-25 | Weblog
年々大型化する自然災害。この先ますますである。
その災害で死んでしまう人がいる。
これからも何度かくる台風、それに巻き込まれてしまい、それまでの命の人がいる。
一生懸命に生きてきたのに、老衰待たずにして死に遭う人。
若さバリバリなのに突然死ぬ人。まだまだこれからというときに病に犯されてしまい命を落とす人。
ただ普通に生きてきたつもり、特に悪いこともせずにただ普通に、
なのに、最も恐れる死に取り付かれて、即様あの世に連れて行かれる人がいる。

どんなに偉くなってお金を稼げたとしても、人間社会の法規に合法で暮らしていても、
自然という道理に逆らって生きていれば、それははじかれてしまう。
夏は暑いものである。冬は寒いものである。それにあわせて生きて進化となっていくのだが、
人工的に自然を変えて、夏を涼しく冬を暖かくしてその中に囲い込んでしまえば、
順応する進化が止まってしまう。正しく自然に対応できなくなってしまい生きていけなくなってしまう。
人工的に味をつくり、人工的に色をつくり、人工的に食物(植物)をつくり、人工的に快をつくってそれを享受して生きていけば、
苦しみなど無いように思われるが、苦楽あっての世である。
自然を排除して生きていくことはできない。その代償は知らず知らずのうちに負わされていく。
人の進化は、自然との対応である。正しく対応していかなければ不自然となり、
不自然な現象ばかり起きてくる。
いつの間にか病に犯されたり、不意に事故にあったり、何千年に一度というほどの
滅多に無い災害に遭うことになる。
「思いもよらないこと」なのである。
このままいけばという時間線上には、この思いもよらないことがたびたび起こる。
人の情け無い念いによるものとなっている。
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不自由な自由

2011-09-24 | Weblog
動物には動物のそれぞれの生き方がある。
共存はしていくものだが、
人のように暮らしていくのは不都合である。
かわいさのあまりに支配欲に駆られ、ペットとして
そのものの自由を変えてしまう。
独自に生きる術を奪うのは、何人にあれしてはならないことである。
自由を奪うものはまた、自由を奪われるものとなるのであるから。
あなたが誰かに支配されたくないように、他もまた支配されたくないものである。
我が身に置き換えて物事を考えたとき、誰を仰ぐこともないものである。
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こころというもの

2011-09-24 | Weblog
心経の説く心のありかたを常日頃より実践して、
智慧を身につけていれば、臨終に際して恐怖も無く、むしろ未来世に希望を持つことができる為に、
顔は穏やかで笑みを浮かべて他界となる。さて、そのような人の
死んだ瞬間、テレビ画面が移り変わるように、目にもとまらぬ速さで死後の世界が現れる。
そのために、死んだということに気がつかなく、死後の世界であることにさえ気づかない。
なぜなら、この世と寸分違わない世界であるから。心は、この世で死んだ自分の身体を他人と判断してその場を見る。
それは、自分がそこで生きて見ているからである。これは、
生命に死がないために起こる現象である。自分の死は他人であり、自分で自分の死に立ち会う。周りの人は夢と同じ人であるために、
家族も知人も夢の人達である。だから、誰も自分を不思議な人(死人)とは思わない。自分の心の現象の人達であるためである。
生前の家族が知人が、あなたを偲んで涙していても、自分の心の家族知人は、あなたと同じである。
夢がこの世と同じであり、夢を見ているとき、夢の世界だと思わないのと同じである。
夢が心の世界となっているように、死後の世界も心の世界となっているのである。
だから、既存の地獄が天国があるわけではなく、自らの思いで創られる世界となっている。
地獄へ天国へ行くのも心のあり方である。
凡そ、俗世衆生というのは、心経で説く心を呑み込めないでいる。

死んで無に帰すという思いでいるなら、好き勝手生きたほうがよいはずである。
死んで無に帰すという思いと矛盾があるために、ぴかぴかの墓を作り、冷たく狭いところに骨をしまう。
誤解が商売となって、金をかければ成仏できると思っている。
骨もなにもかも気である。自然に帰して大気にまじりあって、それこそ千の風となりそよそよと吹くものを。

無に帰すことなく連なっていく為に、心をみがいて、死後の世界を天国としていくのである。
悟ることができないために、連なっていく世界となっているもので、悟ることができれば
行為が伴い輪廻を脱して、時間も空間もない永遠の自由の世界、死後の世界、真の生命の住む世界となっていく。
未だ無知にあり、そのために何劫という時を転生していくのである。それは、ただただ苦しみに他ならない。
未来世に生まれ変わるまでのあの世に於いても、亦
未来世に於いても苦しみはついてまわる。
苦しく死ぬ人は、あの世も未来世も苦しく、時間空間を持たないあの世に於いては、その心故に
絶対世界となって、変わらない世界となる為に抜け出すこともできなくなってしまう。
それこそ、地獄という。
心故にである。

地獄に仏。是という法則の慈悲の慈である。無くなることのない慈悲である。
慈の世界を創るか、悲の世界を創るか、心の持ち方によって(臨機応変)とでも言おうか
変わるのである。
何にしても自分に懸かるのである。
心をみがいてすべてが美しくなっていく。
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小乗ぼっち

2011-09-22 | Weblog
食べては排泄、そして眠る。
その繰り返しである。

生命は円く輝きを放ちながら、おそらくというどことも無い位置に座して、
肉体という船に宿り操る。知るべきための姿に変えながら、陽炎に覆われて。
此岸から彼岸へと渡る為の船という肉体である。
誰にでも遠い旅路であるために、どれほど肉体を代えながら渡るのであろう。
無常の肉体を、その時々に使い捨てながら渡る。
後に引きずることなく、捨て去ってこそ軽やかに進んでいくものであるために、
未練を残してはいけない。

だから、

生きていくための必要最低限にして、ものはため込まないことである。
起きて半畳寝て一畳。もののため込む隙は無い。


諸々のものは常に入れ替わりとどまることをしない。
時が過ぎ去って、だいじなもの、たいせつなものなどというものはない。
時にあって、走る為につくられたものを走らせず、
住む為につくられたものに住まずに眺めるだけなら、そのものは腐るだけである。
害となって苦しむ。

食べては排泄、そして眠るだけである。
そうして生きている。
いるものを取り込み選り分けて、いらないものを捨て去りながらである。
凡そ衆生というのは、
食べることにきたなくして捨てて、むさぼり眠る。
そのことだけに執着して、彼岸に渡ることを覚えない。
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九品九生

2011-09-21 | Weblog
学歴などというものは生命の目的には関係ない。
学識豊かであっても道徳に欠けていれば、
最低の人間である。
人の値には九つの性があるという。
上品上生から下品下生まで九つに分かれる位。
人の品性、格である。
どんなに諭しても理解することがなく、理解しようともしない者。
頭のできるできないではない頭の悪さの者がいる。
最も救われなければならない対象の者であるが、
どんなに他力が働いて救いの道を指し示し導いても、
少しの自力の無いものには、その導きも空しいものである。しかしながら、
‘下手な鉄砲も数打ちゃあたる’・・・あくなき(悪無き、飽く無き)道を指し示して、
劫という時間を要するかもしれない絶望的観も、いずれは到達するものである。
千里の道も一歩からのように・・・生命には死が無い為に・であるから。

下品下生の生命たるや、それはそれは長い道のり、苦しみを受けていくことになる。
自分の心の質、性、格のために、無知からくるために。

自分を改めさえして、正せば変わるものである。
実に短い間に、と。

すべての人(だった)の清浄の願いを発した世界。仏の世界。
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